番外編  一枚の紙に託された想い


 あの、闘いの日から3日が経ちました。
 淡雪くんは、まだ、目を覚ましません。
 後頭部を強打しすぎたため、脳波が不安定になっているそうです。
 ひなたちゃんの右手の調子も芳しくなく、新人戦予選はまともな試合ができるかもわかりません。
 私は、下校途中に淡雪くんの病室を覗いて、それから家に帰るという生活を続けています。
 せっかく、体が元に戻って、これから幸せになろうとしているというのに、なんとも皮肉なものです。

 意識を失いながらも、ひなたちゃんが頭を打つのを庇いながら倒れこんだ淡雪くんの姿に、私はやっぱり敵わないなぁという思いでいっぱいになりました。
 とっくに諦めていたはずなのに、そう感じてしまうなんて、思った以上に、私は彼が好きなのかもしれません。

 淡雪くんはやっぱり普通の体に戻ったようです。
 意識も戻らない代わりに、怪我の治癒能力も普通の人と変わりません。
 暗誦で得た能力に、文字暗記という無駄なものが加わったことで、淡雪くんの能力は崩壊し、元の体になるための準備を徐々に進めていたのかもと私は推測しています。
 私たちが心配していた1ヶ月間、寝て過ごしていたという話も、体が反動に耐えるために行った最終的な省エネ行為だったのでしょう。

 ベッドで眠る淡雪くんを見つめて、早く目を覚ましてと、私は声を掛けて帰ります。
 毎日毎日、それの繰り返し。
 ひなたちゃんは部活で忙しいのもあって、覗きに来ることが出来ません。
 本当は心配なのに、普段と変わらないように友人たちと話をしているひなたちゃんは、本当に強いと感心しています。
 志筑くんも新人戦に向けて、ガンガン走っています。
 徐々に、修学旅行の班決めやルート決めの話し合いがされるようになってきて、少しずつ気が急いてくる私がいるのを感じています。
 設楽先生は2日ほど休んでいたけれど、すぐに復帰して、今は修学旅行の後の文化祭のスケジュール調整に追われているようです。

 しずく、そちらの具合はどうですか?
 少しは、おば様と話せるようになったでしょうか?
 受験勉強で忙しいとは思うけれど、こちらにまた遊びに来てください。
 ……あ、こんなことを書いたら、あなたは私に来いと言うのかもしれませんね。
 でも、私は、力がなくなった今でも、人ごみが好きになれません。
 そちらの空気には馴染めなくて、どうしても出掛けられません。
 根性ないと言われてもしょうがないのですが、お願いです。
 またかと言われるかもしれないけれど、……お願い……。



追伸
 出そうか出すまいか迷っている間に、淡雪くんが目を覚ましました!

 つい昨日のことです(この手紙を書いていたのは3日前でした)

 久しぶりに部活休みのひなたちゃんと一緒に帰っている時に、淡雪くんは頭に包帯を巻き、頬に湿布。目には眼帯をつけた状態で、私たちの前に現れました。
 一応、Yシャツとジーンズを履いてはいたのだけれど、どう見ても病院を抜け出してきたのは明らかでした。
 ふらつきながらもひなたちゃんを抱き寄せて、そっと頭を撫でている淡雪くんの柔らかな笑顔は、私の心を締め付けましたが、それでも、とても印象的でした。
 ひなたちゃんが泣きながら淡雪くんの名を何度も呼んでいて……。
 淡雪くんはお願いだから泣かないでと困ったように言いました。
 ひなたちゃんは、誰のためにでも心を痛める優しい子だけれど、ああやって子供のように泣きじゃくることは、淡雪くんのため以外には……そして、淡雪くんの前でしかないのだと思います。
 そう思うと、あの2人の絆というのは、なんて強固で、なんて素敵なんだろうと思わずにはいられないのです。



追伸の追伸
 失恋をしたのに、ショックがそんなに大きくないのは、あなたのおかげかもしれません。
 私は覚えていないけれど、あなたに助けを求めたとあなたは言いましたね。

 あの時、助けに来てくれて、ありがとう。

 たとえ、意識を取り込まれていても、あの時のしずくの叫びは、とても嬉しかったです。

 …………。

 もしかしたらです。

 もし…………これから先、しずくを好きになるようなことがあったら、

 あなたは私の想いを受け入れてくれるのでしょうか?

 な、何を言ってるんだろ……。
 ちょっと……この追伸の追伸は、見ればわかると思うけれど、何度も消しました。
 はじめから書き直せばいいのにね……私はやっぱり不精なのかも。


 それでは……。
 もらって困るお手紙をそちらに送ります。
 受験勉強、頑張ってね。

十二神雨都   9月25日



 雫は手紙をぱさりと置くと、フゥとため息をついた。
「ったく……鈍感のうえに、卑怯だよ、雨都……」
 雫は困ったように笑うと、参考書をどけて、引き出しからまっさらな便箋を取り出した。
 電話を掛ければいいのに、どうしてか、手紙でと思った。
 書いた言葉はたった11文字。

『馬鹿! オレは雨都が好き』


 それを読んだ時の、雨都の困り顔が目に浮かんで、ふっと笑みを浮かべた。



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