◆◆ 第1篇 恋の味・ときめきビターチョコミント風味 ◆◆

Chapter1. 二ノ宮 修吾side



 1年4組。
 ザワザワガヤガヤと朝から賑やかな教室が、二ノ宮修吾のクラスだった。
 修吾もその雰囲気に合わせるように、入学してから3ヶ月程で仲良くなった友人達がふざけあっているのを席に座って見つめていた。
 修吾は、それほど背も高くなく、男子としては線が細い。
 顔立ちは整っているが、根がシャイなため、表情が貧困で、あまり話さない人からはクールな人と見られやすい。
 よく話す人でも、そう思っている人間は多数いるようだけれど、修吾もそれほど本心から仲良くしたいと思う友人がいないため、それはそれでいいと思っていた。
「電車乗り遅れたって言ったら、親何て言ったと思う? よし、チャリで行け! だぞ?」
「それ、次の電車待ってたほうが確実に早いよな」
「そうそう。一時間半後の電車を待ったほうが早い」
「……大変だね。でも、今ここにいるってことは……」
「ん? はは。そう。なんとか親父を焚きつけて乗っけてもらった」
 話の中心になっていた堂上ヒロトが得意そうに笑う。
 修吾の言葉にすぐに結論を言い、また違う話へと移っていく。
 修吾は一瞬目を細めた。
 ……なんとかペースを合わせているつもりだけれど、どうにもテンポが合わない。
 そういう違和感が、このグループとのやりとりには常にある。
 楽しくないわけではないのだけれど……。
 そんなことを思った時だった。
 ガラリと教室の戸が開いて、やかましく男子が1人入ってくる。
「修ちゃん、修ちゃん、修ちゃーん!!」
 第一声がそれだった。
 クラスの人間が、修吾に対して愛称のようなものを付けない中、人懐っこい彼だけはいつの間にか当たり前のようにそう呼んでいた。
 振り返るよりも早く、背中に大型犬の重みを感じ、修吾は心の中で、暑い……と呟く。
 教室中の視線が修吾と塚原勇兵に集まり、しばらくして元の状態に戻った。
 それを見てから、修吾は落ち着いた調子で尋ねる。
「どうしたの……?」
 夏服に着替えたばかりのこの時期に、人に抱きつかれるのはたまったものではない。
 それも一回り以上大きい大型犬。
「修ちゃん」
 大型犬のくせに困ったような声を発して、ようやく修吾から離れた。
 そして、パンッと手を鳴らして、そのまま拝むように頭を下げる。
「一生のお願いだ!」
「……うん」
 このノリは、覚えがある。
 大型犬がやや上目遣いでこちらを見る。
「宿題見せてくれーーーー!!」
「…………。クラス違うから、同じ宿題かが問題だけど」
「数学だから大丈夫!」
「……ああ……。でも、僕、先月も勇兵に一生のお願いって言われた気がする」
「…………」
「…………」
 2人は少しの間見つめあい、勇兵がようやく立ち上がって、修吾の席の前でふざけあっている男子に声を掛けた。
「なぁなぁ……一生のお願いなんだけど」
「お前、前オレにそれ言ったぞ」
「おれも前そう言われた」
 勇兵は何人かに声を掛けたが、皆同じような返答をして、勇兵に宿題を見せることを拒否したようだった。
 困ったように勇兵が頭を掻き、修吾の隣に戻ってくる。
 修吾がそれを見上げると、勇兵はニッカシと笑った。
「修ちゃん、来世分のお願いだ」
「……僕たち、来世でも出会えるだろうかね……?」
「うん、だいじょぶ。俺が見つけてあげるから」
「…………。勇兵、おとなしく自分でやったほうがいいよ。もう少しで期末だし」
「それが出来てたら、わざわざ泣きついてこないってー。察してよ、修ちゃん」
「……まぁ、僕は構わないんだけど……」
「あ、でも、ちょっと待てよ。このクラスって、シャドーいるよね?」
「シャドー?」
「あ、舞だよ舞」
「???」
「くるまみちまい」
 観念してノートを出そうとした修吾に対して、思いついたように勇兵はそう言い、キョロキョロと見回す。
 けれど、目的の人物が見つからないのか、すぐに激しくため息をついた。
「……あいつ、いつもギリギリなんだった……」
「車道(くるまみち)さんと仲良いの?」
「ん? ああ、小・中一緒だったから」
 車道舞は、クラス一の美人だ。
 人の好みというのはあるだろうが、それを含めても、彼女ほど綺麗な顔立ちの女子はクラスにはいなかった。
 可愛い子ならば、それなりにいるのだけど。
 あまり話したことがないので、彼女のことはよく知らない。
 ただ……。
「あ、渡井は来てるじゃん」
 そう言って、勇兵がズカズカと女子ゾーンへ臆することなく入っていった。
 渡井柚子というおとなしい雰囲気の女子とよく一緒にいることだけは、あまり女子と話さない修吾でも知っていた。
 勇兵の反応からすると、柚子も中学が一緒なのかもしれない。
 修吾は勇兵の行く末を見守るように、二人のやりとりを見つめた。
 渡井柚子は綺麗な黒髪を細い三つ編みにしている女の子だ。
 制服が白のセーラー服なのもあり、彼女のその姿は、レトロな昭和のスタイルを思い出させる。
 クラスでそれなりに可愛い女子……の1人。
 勇兵が拝み倒している。
 柚子は2つ返事でオーケーしたようで、勇兵は無事渡井ノートを手にし、こちらへと戻ってきた。
「助かったー。渡井サマサマ」
「彼女も小・中一緒?」
「んにゃ」
「え?」
「今日初めてまともに喋った」
「おま……」
「あー、あとでなんかおごらないと。シャドーに怒られる」
「そういう子なんだ、車道さん」
「ああ、ギブアンドテイクだからな、奴は」
「みんなにもそうすればいいじゃないか」
「……そしたら、俺の小遣いが持たないじゃん☆ じゃ、俺、そろそろ戻る。じゃなー」
「あ、ああ。頑張って」
 勇兵は手をヒラヒラさせながら教室を出て行った。
 修吾はそれを見送って、視線を動かした。
 すると、ちょうど先ほど勇兵と話した柚子と目が合った。
 目が合ったことを驚いたように柚子はきょとんとし、慌てたように視線を外された。
「……んー……」
 修吾は少しだけ唸ったが、特に気にせずに、席の前で騒いでいる友人達の輪へと姿勢だけ戻った。
 その時、ちょうど、車道舞が来たようで、柚子の澄んだ「おはよー」という声が、修吾の耳にも届いた。



「あーーーーー!」
 その後のホームルームで、なぜか柚子がそんな声を上げた。
 いつも物静かにしているタイプの子だから、担任の田村が驚いたようにそちらを見た。
 廊下側の一番後ろの席に関わらず、クラス一同、視線は柚子に。
 それに気が付いた柚子は恥ずかしそうに俯いて、
「す、すいません。なんでもないです」
 とだけ、か細い声で言った。
 修吾は彼女のそんな様子を見つめて、首を傾げる。
 柚子はしきりにノートをパラパラとやり、困ったようにため息を吐いてを繰り返している。
 修吾は頬杖をついて、目を細める。
 どうしたんだろ……?
 そんな言葉が頭を過ぎった。
 すると、彼女が突然こちらをチラリと見てきた。
 見事にバチリと視線が合い、気恥ずかしくなって、修吾は慌てて視線を逸らした。



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