◆◆ 第1篇 恋の味・ときめきビターチョコミント風味 ◆◆

Chapter2. 二ノ宮 修吾side



 お昼休み、弁当を食べ終えたころ、勇兵がノートを返すためにか、こちらの教室にやってきた。
 ツンツン頭を整えながら、修吾の横で勝手にだべっている。
 なので、それを遮るように修吾は口を開いた。
「ノート返してきたら?」
「んー、渡井いねーんだもん」
「車道さんに渡しとけば?」
「やだよ」
「なんで……?」
「渡井にだけおごるだけで済むはずが、あいつにもおごることになりそうでやだ」
「本当にそんな子なの?」
「かー」
「?」
「お前も、奴の容姿に騙されているクチか!」
「騙されているかは知らないけど、そこまで凄い人には見えないんだもの」
 修吾は思ったままを物静かに言った。
 勇兵は騒がしい奴だが、人の話をちゃんと聞いてくれる。
 その点で、修吾は勇兵のことが気に入っている。
 ……暑いのに抱きついてくるところさえ抜かせば、だけれど。
 勇兵は少しばかり悩むように首を傾げていたが、我慢できないようにパラパラッとノートを開いて、修吾に手渡してきた。
 意味がわからずに、修吾は渡されたページをそのまま見る。
 そこには鉛筆で丁寧に描かれた手がいくつもいくつも並んでいた。
 それぞれモデルが違うのか、細い手もあるし、無骨な手もあった。
「マドハンドみたいだね」
 某RPGのレベル上げ用モンスターの名を上げ、クスリと笑ってみせる。
「修ちゃんのそういうたとえ、俺好きだな」
「……そう?」
「ああ。でな」
「うん?」
「たぶん、渡井間違えてこれを寄越したんだと思うんだけどさぁ……」
 そこまで言って、勇兵ははぁぁ……とため息を吐いた。
「どしたの?」
「宿題の問題、載ってないんだよ」
「へ?」
「これ、授業でやった部分とか、ところどころに書いてあるんだけど、ほとんど、こういう絵ばっかなの。特に手が多い。あと、人の背中とか、教室の風景とか。……あ、すげーのがあったわ、そういや」
 そう言って、勇兵は修吾の持っているノートを捲っていく。
 そして、あるページで止まった。
 見開きで、ドーンとお寺の絵が描かれている。
 もったいないのは、少しページがこすれあったせいで黒ずんでいることだろうか。
 けれど、その絵は正直かなりの大作と言えた。
「……すごいね」
「ああ。なんか、見入っちゃってさ……まぁ、結局宿題は出せずじまいだったよ。今日部活なくてよかった……」
「居残り?」
 その問いに勇兵はコクリと頷いてみせる。
「借りた身分なので、怒るに怒れないし、むしろ誉めたいくらいだし。俺はどうすればいいと思う? 修ちゃん」
「んー……何も言わずに返したら?」
「そういう、もんかな?」
「……わかんないけど」
「無責任な!」
「だって、僕、関係ないし」
「修ちゃん、来世を約束した友なのに!!」
「してないよ。あれは勇兵が勝手に言ったんだろ?」
「ガーーーン」
 オーバーリアクションで頭を抱える勇兵を尻目に、修吾はペラリとページを捲った。
 本当に手が多い。
 たくさんの手。
 色んな角度から見た手。
 そのほとんどが、本当に上手い。
 時々、集中力が尽きたように途中で終わっているものもあるけれど、それはごく稀だった。
 ふと、あるページで修吾は手を止める。
 自分の腕時計と同じものが描かれた絵があったのだ。
 修吾は左利きなので、腕時計は右手首にしている。
「これ、僕の手だ……」
 静かに呟く。
 勇兵はそれには気がつかずに、渡井が戻ってくるかどうかをキョロキョロと見回している。
 ページいっぱいに、修吾の手が描かれていた。
 他のページは一回描いたら違う人の手を描いてあったのに、このページは、全て修吾の手。
 ノートのページを捲っている手。
 たぶん、髪を掻き上げた時の手。
 消しゴムを持っている手。
 この絵を描くのに、どの程度の時間が掛かるのか知らないけど、この間、ずっと自分は彼女に見られていた……?
 そう思った途端、顔が熱くなった。
 慌ててノートを閉じる。
 そして、2、3遍手団扇で顔を扇ぎ、勇兵にノートを返した。
「ん? もういい?」
「あ、うん。正直、人のノート、勝手に見ちゃ駄目だよね」
「そう……だな。悩んだんだけどさ、誰かに見せたくなるくらい上手かったからさ」
「……それは、わかるよ。うん」
 修吾はコクリと頷いて、はぁ……とため息を吐いた。
「お、戻ってきた」
 勇兵はそう呟くと、ポンと修吾の肩を叩いてから、柚子の元へと歩いていこうとしたが、それよりも早く、柚子のほうがこちらに来た。
 素早く、白い手を合わせて謝るような仕草をする彼女。
「ごめんなさい。わたしったら、渡すの間違えちゃった……」
「あ、いや、いいよ、別に」
「宿題の問題は提出用のノートに書いてたの。うっかりしてた」
「そうだよなぁ、提出用のノート、準備する必要あるよね、これじゃ」
 勇兵は苦笑交じりでそう言い、そっと柚子にノートを手渡す。
「……中、見たよね?」
「そりゃね」
「あは……」
 柚子が困ったように笑う。
「でも、上手いからいいじゃん。ね? 修ちゃん」
「え、……さ、さぁ?」
 誰にも見せていないという体を取ればいいのに、素直に勇兵はこちらに話を振ってくる。
 修吾は慌てて首を横に振った。
「二ノ宮くんも……見たの?」
「わり。あんまり上手いんで、俺が見せちまったんだ」
 柚子がノートをきゅっと握り締めて、こちらに視線を寄越す。
 別に責めるような視線ではなかったけれど、まだ先ほどの余韻が残っているせいで、少しばかり申し訳なさが沸きあがった。
 勇兵がすぐにそう言ってくれたけれど、柚子は困ったように目を細めて俯く。
「ちょっと、ツカ。何、柚子さん泣かしてんの?」
 どこから沸いて出たのか、ジトッと修吾と勇兵を見比べながら、3人の輪の中に舞が入ってきた。
 初めて至近距離でその綺麗な顔を見たので、修吾は静かに息を飲んだ。
 肩下まである髪は柔らかそうなストレートで、白のセーラー服がよく似合っている。
 少し伸びるとお腹が見えそうな、短めのセーラー。
 パッチリした切れ長の目。
 なんというか、オーラが違う感じがしてしまう。
「泣かしてないよ。なぁ?」
「あ、はい。大丈夫だよ。舞ちゃん」
 すぐに柚子がにっこりと笑う。
 舞はそれを見て、すぐに笑い返す。
「柚子さん、泣くような子でもないもんね。今のは冗談。……でも、珍しい組み合わせね?」
 3人の顔を見比べる舞。
「ツカと……えっと、二ノ宮くんはわかるけど、なんで、ここに柚子さん?」
 名前が出てこないように一瞬言いよどんだ舞。
 けれど、修吾は特に気にも留めなかった。
 話したことがないのだからしょうがない。
「あ、あのね。数学のノートを貸してて」
「あーっと。渡井!」
「ん? なぁに? 塚原くん」
 勇兵の舞にまでおごりたくない大作戦を知らない柚子は、全く空気を読めておらず、ほやーんとそう言った。
「へぇぇ。柚子さんから借りたの?」
 舞が素早くそう言い、勇兵のことを首を傾げて見上げる。
 ごまかすように勇兵は大げさに笑いながら口を開いた。
「いやー。渡井いい奴だよな。二つ返事で貸してくれてさ」
「あー、でも、柚子さんのじゃ、きっと、悲惨な結果ねー」
「ん。まぁ、ある意味、悲惨な結果だったけど」
 特に何も言ってこない舞に拍子抜けしたように、勇兵は唇を尖らせる。
 柚子が慌てたように舞の名前を呼ぶ。
「舞ちゃん!」
「だって、柚子さん、勉強からきしだもの」
「あぅ……」
 止められずに放たれた言葉に傷ついたように、柚子は小さく奇声を上げた。
 その柚子の声に、修吾は意外さを覚えた。
「え……?」
 勇兵が驚いたように目を見開く。
「そうなの?」
「ご、ごめんなさい……頑張ってはいるんだけど」
「……あ、いや、謝んなくてもいいけどさ。俺なんて、わかんないからやんないし」
「まぁ、そういうことだから。ツカ、次からはあたしに来てねー☆」
 舞は可愛い笑顔でそう言って、お金のマークを手で作ってヒラヒラと振った。
 勇兵がすぐにペンと舞の頭を軽く叩く。
「誰がお前なんかに! 俺が破産するわ!!」
「ちぇー。なによぉ。小学校からのよしみじゃない」
「よしみなら、タダで見せろ」
「なんで、お前が偉そうなんじゃー! ツカのくせにぃ!!」
 ドスを利かせず、少し可愛さが残るように言う舞。
「……仲いいんだねー」
 感心したように柚子がそう言い、2人の口論(?)が一応止む。
「ん? 俺、誰にでもこんな感じ。ね? 修ちゃん」
「うん。勇兵はいつもこんな」
「そっかぁ。舞ちゃんはそうでもないよねぇ」
「……そんなことはないよー。単に、柚子さんといるとまったりするだけ」
 柚子の言葉にすぐに舞はふわっと笑ってそう言った。
「気をつけろよ、渡井」
「へ?」
「コイツ、中学の頃、後輩キラーだったから」
「……年上キラーの間違いじゃないの?」
 イメージにそぐわなかったので、修吾がすぐに言葉を差し挟んだ。
 すると、勇兵がすぐに手を横に振る。
「いやいや。中三の文化祭でやった王子役が大好評。一・二年の女子がキャーのキャーのと……」
「ツカ、黙れ」
「お姫様じゃないんだぁ?」
「お姫様は、学年の可愛いー子がやったの」
「舞ちゃんだって可愛いじゃない」
「……柚子さん……アリガト……」
 柚子の言葉に不意を突かれたように、舞は照れたように髪を掻き上げる。
「車道さんは確かにどっちにも好かれそうな雰囲気あるよね」
 何気なく修吾はそう言った。
 すると、舞がピクリと眉を動かした。
 ので、不味いかと思い、口を噤む。
「……まぁねぇ。好かれる分には悪い気しませんけどね」
 すぐに舞は笑顔を作ったので、修吾はほっと胸を撫でおろす。
 正直、美人の不機嫌は怖い。
 女子とあまり話さないので、余計に神経を使った。
「あ、次、移動教室だよね。そろそろ、行こっか、舞ちゃん」
「え? ああ、そうね。じゃ、ツカ、宿題代行業くるまみちをよろしくね〜」
「絶対に利用せん!!」
 引き際でさえ、きっちりと落としていく舞。
 勇兵は突っ込む動作プラスで叫んだ後、はぁとため息を吐いた。
「じゃ、俺も戻るわ」
「うん」
「修ちゃん、もっと喋んなよ。せっかくなんだから」
「え?」
「人って、意外と話は聞いてくれるもんだよ。話そうって姿勢見せればさ」
「あ、う、うん」
 修吾は勇兵にそう言われて、少しばかり驚いた。
 そこまで見透かされているとは思わなかったのだ。
 いつもテンポが合わないと思っているのは、本当は自分が前に出られないからなのだろう。
 ただ、聞いているだけでもいいかと、そういう姿勢で……いるから。
「2人の言い合い、見てんの楽しかったから、言葉出なかったよ」
「シャドーは話しやすいから、声かけてみてよ。なんだかんだで、アイツ、はじめの内、いつも遠巻きにされんだ。あの容姿だから」
「……そっか」
「うん。じゃね☆」
 勇兵はにっかし笑うと、ヒラヒラと手を振って、教室を出て行った。
 クラスメイトたちは移動教室の準備をして、次々に廊下へと出て行く。
 その中に、柚子と舞の姿もあった。
 舞の乱入で聞けもしなかったけれど、修吾は柚子に聞きたいことがあった。
 大した理由なんてないのかもしれないけど、なんであんなにたくさん自分の手を描いていたのか。
 聞いたところでなんにもならないかもしれないが、少しだけ気がかりだったのだ。



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