第三節 私を奪い合うのはやめて!! ……なんて言うはずないでしょ? 「いやだ! だって、ひきょうだも!! お兄ちゃん、ひきょー!!」 外はねが可愛らしい3歳くらいの男の子が、7、8歳くらいで同じく外はねでぼさぼさの頭をしている男の子にそう叫んだ。 大きいほうの男の子が困ったように唇を尖らせる。 「卑怯って言われたって、僕は僕なりにプログラムを組んだだけで……」 「それにしたって、ひきょうだも! ぼく、勝てるわけないじゃん! そんなのに勝てるわけないじゃんーーー!!」 小さいほうの男の子がそう叫んで泣き出してしまった。 2人の前には、父が適当に組んだ格闘ゲームの映像が映し出されたモニターとコントローラーがある。 弟はどんどん声を大にして泣くばかり。 兄は目を細めて、それを見つめるだけだ。 「どうしたぁ? ハズキ?」 そこに13歳の頃の姿のミカナギが入ってきて、よしよしと頭を撫でる。 ハズキはミカナギを見て、すぐにきゅっとミカナギのズボンを握り締める。 だから、ミカナギもそれに応えるように、抱き上げてあやすように笑った。 「ん? どうした? ミズキ困らしたら駄目だろ?」 「……ぇぐ、だって、お兄ちゃん、ひどいんだも。オリジナル造ってくるなんてひきょうだも!!」 「…………。ミズキィィィ?」 ミカナギは部屋の状態とハズキの言葉を総合して状況を理解したらしく、すぐにミズキに視線を送る。 ミズキはツンと視線を逸らして、何も知らないとでも言うように、コントローラーを握り締めて、再びゲームを始めてしまった。 「卑怯なのはどっちだよ。弟だからって、いっつも僕が怒られるんだ」 「……ミズキ」 「どーせ、ミカナギはハズキの味方なんだろ?」 「何言ってんだ? オレは2人の味方だぞ」 ミカナギは飄々と笑ってそんなことを言い、ハズキを下ろすと、今度はミズキの頭を優しく撫でる。 「んー、じゃ、こうしようか。ミズキはプログラム組めるけど、まだハズキは無理だから、オレが代わりに組んでやる」 「……やっぱり、ハズキの味方じゃないか」 「いやいや。その代わり、ミズキのサポートには兎環が入る。それでどうだ? 明らかにお前のほうが有利だろ? あの兎環だぞ?」 「…………。トワ? でも、トワ、やってくれるかな?」 それまでは聞く耳持たないという顔をしていたのに、トワの名前が出た途端、ミズキは嬉しそうにこちらを向いた。 ミカナギはにぃっと笑って頷く。 「まぁ、なんとかすらぁ」 「うわ……信用できないなぁ、その言い方は……」 「いやいや。一応、これでも、オレはな……」 ミカナギは人差し指を立てて、トワの弱みを握っているとふざけ口調で言って、2人を笑わせ、なんとかその場を治めたのだった。 その後トワにその話の一部始終を聞かれており、グチグチと色々叱られたものの、めげずに頭を下げ続け、ミカナギはトワにミズキのサポートに入ってくれるように取り付けたのだった。 * * * * * * * * * * トワはハァァと白い息を吐き出し、氷柱に触れたことで感覚の失われた手に、僅かばかりの熱を送る。 突き刺さった氷柱は、力のないトワの手ではびくともしなかった。 唇を噛み締めて、しばし考え、それから、ホログラフボールを招き寄せる。 そして、それに向かって、ポツリ、と何かを呟く。 すると、氷柱の突き刺さっている足の腿関節のあたりから下の部分が、カシンと音を立てて外れた。 これで、なんとか、本体への水の浸入は防げるだろう。 「いい子ね……」 トワは優しい声で、ツヴァイにそう声を掛け、前髪を撫ぜた。 ただの人形のように、正面を向き、座っているツヴァイ。 先程までは宝石のペリドットのように輝いていた瞳も、今は色がない。 ハズキは何を思って、ツヴァイを造ったのだろうか。 そこにトワはまず思考が及んだ。 ツヴァイの元になるプログラムを組んだのは……ミカナギだった。 ハズキの要望を聞いて、様々な機能をつけ、ハズキのみのために忠実に動く……ハズキ専用のプログラム。 たったそれだけの存在のはずだった。 それが、1年前。 ミズキがアインスを完成させてから1年遅れて、ハズキはツヴァイを完成させ、常に彼女を従えて歩くようになった。 はじめはいつものミズキへの対抗心だろうと思っていた。 けれど、ツヴァイのプログラムの基本が、ミカナギが組んだあのプログラムだと、気がついた時、なんとも言えぬ感情がトワの中に湧いたのだ。 ハズキは……ミズキやトワ・ミカナギを疎んじている。 そう感じたのは……その時だったと思う。 それはそうだ。 5歳にして、全く知らない人ばかりの環境に送られ、あのタゴルの下で、息子として生きなくてはならなくなった。 はじめのうちこそ、トワが様子を見に行っていたものの、ミズキもトワも、そのうち心に余裕がなくなり、ハズキを構える状況ではなくなっていった。 そんな中、彼は10年以上も……何を思って、過ごしてきたのだろうか。 所長の養子として、天才科学者ミズキの弟として、彼は、他の人間では想像できないほどのプレッシャーを受けて、生きることを強いられてしまったのだ……。 「……あなたは、ハズキの苦しみを知っているの?」 トワは答えることもないツヴァイへと、そう問いかけた。 ハズキ専用のプログラムであるツヴァイ。 けれど、トワは感じ取った。 ツヴァイは、ミカナギの存在を……確かに記憶していると。 だからこそ、先程も躊躇せずに、ミカナギを盾にしたのだ。 トワの勘は当たりだった。 ツヴァイは、ミカナギがトワの前に立ち塞がったのを見て、小型ミサイルを放つのを躊躇った。 その時間は、トワが計算していた以上に長かった。 それはコンマ数秒の差だったが、そのおかげで、ミカナギを無傷のまま、小型ミサイルを撃墜することが出来た。 ミカナギとツヴァイの関係を何と言えばいいのか。 ミカナギも記憶がないながら、ツヴァイに何かを感じていたようだった。 その関係を何と呼ぶ? それは、とても崇高な関係であるように思えてならない。 プログラムを組む技術なら、トワが格段に上だろう。 けれど、ミカナギは、組むプログラム全てに愛情を注ぐ。 先程のツヴァイの行動は、その愛情が、確かに伝わっていた証拠ではないか。 「……電子に愛されているのは、本当は私じゃないのかもね……」 トワはそう言って、フゥと白い息を吐き出し、ミカナギの背中を見つめた。 すると、ホログラフボールがふよふよとトワの周囲を漂い、慰めるように寄り添った。 それに対して、トワは優しく笑みを浮かべた。 * * * * * * * * * * 氷は氷の刃を作り出し、それを素早くミカナギへと投げつけてきた。 何重にもなって氷の刃がミカナギへと飛んでくる。 ミカナギは横へと駆け、それをかわしながら、少しずつ氷との距離を縮めてゆく。 氷がパチンと指を鳴らすと、ミカナギの頭上でバキリと音がした。 「ミカナギ、上!!」 トワの声がして、ミカナギは頭上を確認せずに、前へと勢いをつけて転がった。 床にスタタタタと音を立てて、いくつも氷柱が落ち、床に刺さった音がした。 ミカナギはなんとかかわしきったことに安堵したが、そこに氷の蹴りが容赦なく入った。 前転を終えて立ち上がろうとした瞬間に顎にもらったものだから、グラリと視界が揺らぐ。 ミカナギは後ろに倒れこむが、すぐに頭を振って立ち上がった。 「効かねーな」 「たりめーだ。このくらいでくたばられてたまるか」 ミカナギは氷の言葉を受けても何も返さずに、すぐに踏み込んで、氷の体を横に薙いだ。 氷の肌が若干焦げる音がしたが、すぐに後ろへと下がったために、真芯では捕らえられなかった。 「どうしたよ? この前みたいにぶちきれてみろよ?」 「この前?」 「……なんだよ、覚えてねーのか? 拍子抜けだな……。まぐれかよ」 氷はちっと舌打ちをした。 「何のことを言ってるんだ?」 「……オレの口から言うか、バーカ」 ミカナギの言葉に氷は不機嫌そうに目を細め、次の瞬間、拳を氷で固めて殴りかかってきた。 ミカナギもそれをかわして、攻撃に持ち込もうとサーベルを振るい、2人の攻防は一進一退を繰り返す。 氷で固めた拳で、サーベルの攻撃を受け、ジュワワと溶ける音がしている間に、もう一方の手で殴りつけようとしてくる氷。 ミカナギはそれに対して、蹴りで応戦し、すぐにサーベルを持ち直し、斬りつけるを繰り返す。 「ミカナギ!!」 トワの声がした瞬間、直感でミカナギは意図を察して、氷と距離を取った。 氷に向かって監視用ビームの一斉攻撃。 しかし、氷はそれに対して、氷の壁を作って対抗した。 ビームはその壁を溶かすので精一杯で、ふっと消えた瞬間、ビームの攻撃も止んだ。 「おいおい、邪魔すんなよ」 「私はミカナギの勝利を望んでいるので」 「……へっ、オレのところに来れば、オレに惚れさせる自信があるんだぜ? それは嫌なのか?」 「……ええ、眼中にないし」 トワはニッコリ笑ってそう言い切った。 ミカナギは2人のやり取りを見つめながら、少しばかり乱れた息を整える。 トワのああいった言葉を聞いたら、普通の男ならば、諦めるか切れるかのどちらかだと思うのだが、氷は全くそんな様子を見せない。 この男ならば、彼女に『誰?』と言われた時点で切れるかと思っていたのだが。(ミカナギに対しては怒りをぶつけてきたが) 恋は盲目。という言葉があるが、あれは真実であるらしい。 「……じゃ、やっぱし、コイツを倒さないと駄目なんだな」 「? 勘違いしないで。強いか弱いかじゃないわ」 「ぁん?」 「あなた、私の好みじゃないもの。軽口叩くタイプは嫌いよ」 「……おい」 「はい?」 氷は怪訝な顔をして、ミカナギを指差してみせる。 「コイツも軽口叩くタイプじゃねーか」 「ああ。ええ、そうね。だから、私、ミカナギも嫌いよ」 トワは淡々とした口調で、それでもしっかり笑顔で一連の言葉を述べた。 氷がはぁぁと意味が分からないように息を吐き出す。 カシカシと頭を掻き、唇を噛み締める。 「つまり、オレよりコイツのほうが、マシってこと?」 「ああ、たぶん、それ」 トワはニコリと笑ってそう言う。 ミカナギも氷も、ヒクヒクと口元をひくつかせる。 「コイツ、本当に、あのトワか……?」 「私は昔から私だけど?」 トワはサラリと髪を掻き上げ、暇そうに目を細める。 「ねぇ、早く終わってよ。この子もなんとか助かりそうだし、私、早く先に進みたいわ。天羽に早く頬ずりしたいの」 「…………」 「ミカナギ、早く!」 トワは駄々をこねる子供のようにそう言った。 ミカナギはその言葉に反応するように、再び氷へと攻撃を繰り出す。 「……オレの20年の恋は……」 氷はボソリとそんなことを言いながら、ミカナギの攻撃を受け流す。 ミカナギは静かに言った。 「アイツ、気が強くて我儘だぞ」 「…………」 「……けど、お前が惚れた様に、優しいところもあるのは確かだよ」 ミカナギはフォローするようにそう言って、攻撃のスピードを上げた。 早く終わらせなくては、こちらの命が危うい。 彼女にはそれだけの力があるのだ。 ミカナギは素早く氷の足を払い、勢いよく肩で体を押し倒す。 氷は不意を突かれたように倒れこみ、ミカナギはすぐに氷の喉元に剣先を突きつけた。 「勝負あり、だな。この寒い空間、解除してくんねー? アイツが凍える」 ミカナギは白い息を吐き出しながらそう言った。 氷はミカナギを見据えたままで、何も言わない。 「おい、聞いてんのか? 降参してくれって言ってんだよ」 ミカナギがそう言って、氷の襟首を掴み上げる。 その瞬間だった。 パキ……という音が後ろで微かにしたのは。 ミカナギはすぐに反応して、そちらを向こうとした……が、ミカナギの襟元を氷の腕が掴み、ミカナギはそれをすることができなかった。 「くっ……お前……」 「死ねよ。とりあえず、お前が死んでから、オレは考える」 氷は静かにそう言い、おかしそうにニタァと笑った。 ミカナギはなんとなく察する。 おそらく、ミカナギの首の後ろに、氷の塊が形成されている。 いつでも、彼の采配1つで、自分の命が消える……。 「トワの援護も得られないと思うぜ。あの監視用ビームの座標軸ってのは、結構大まかなものみたいだからな。お前を助けようとして、撃った瞬間、お前ごとって可能性もありえる。……だから、あの女には撃てない」 得意そうに氷が笑って言う。 けれど、ミカナギはそう言われた瞬間に勝ち誇って笑った。 「……甘いな」 「何?」 ビームが一斉に発射される音が広場に響き渡る。 ミカナギは氷の襟首を引き寄せ、思い切り頭突きをかました。 氷の額から血がこぼれ、気を失ったように、ミカナギの襟元を掴んでいた腕が離れた。 ミカナギはチリチリと焦げている髪の毛を慌てて叩き、その辺に転がっている氷の塊を拾い上げて、首筋に当てがった。 「あぢあぢあぢ……!!」 若干自分にもビームが当たった。 本当に加減をしないのだから。 「兎環〜……」 「これでも、頑張ったほうよ。怒らないで」 ミカナギの責めるような眼差しを受けて、すぐにトワはそう言い返してきた。 ……まぁ、こういう無茶ができる人だから、なんとか勝てた訳だけれど。 「男なんだから、一対一で解決してみせなさいよ。全く、私に何度助けられている訳?」 「…………。はい、すいません」 ごもっとも。 ミカナギはハァァとため息を吐いて、少しずつ気温が上がっていく広場を見渡す。 「とりあえず、ツヴァイはどこかの部屋に置いていきましょう。ここにいると、水が入っちゃう」 「ツヴァイ、大丈夫?」 「ええ、なんとかね」 トワはそう言って微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。 立て膝をついていたせいか、膝が赤く染まっている。 「お前も、大丈夫か?」 「ええ、大丈夫よ。凍傷にはなっていないから」 トワはそう言うと、すぐにミカナギの肩をポンッと叩く。 「 ? 」 「頑張れ、男の子!」 「は?」 なんだか、聞き覚えがあるようなその言葉に、ミカナギは首を傾げて、トワを見つめる。 トワは分かりやすいように、ツヴァイを指し示して言った。 「重いから頑張って」 コテンと首を傾げて、可愛らしく。 いや、こんな時ばかり、可愛らしく言われてもですね……。 思わず、ミカナギの頭にそんな言葉が過ぎった。 ミカナギはツヴァイを背負う形で必死に立ち上がった。 ズシンと加わる重み……。 「う……」 頑張れ、男の子。 自分で自分に、そう言い聞かせた。 |
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