第二節  気高き姫と、幼き遂行者


「盾になりなさい!!」
「はぁっ?!」
 ミカナギの背に隠れたトワはすぐさまホログラフボールを輝かせた。
 ミカナギは、ツヴァイの胸から放たれた小型ミサイルを見つめて思う。
 1人の人間に対して、盾も何もないだろうと。
 ビームサーベルの出力を最大にして、ヤケクソで振るおうとしたその瞬間だった。
 ミカナギの目前で小型ミサイル群が、監視用ビームの雨に撃たれ、激しい爆風が起こった。
 慌てて目を閉じ、その爆風から身を護るように両腕を顔の前でクロスさせる。
 ピシピシとミサイルの破片のようなものが体中に当たって跳ねた。
 チリチリと額が熱風で焦げるような感覚。
 少しの間、誰もが沈黙する。
 ミカナギはゆっくりと目を開けた。
 爆風で吹き飛んだのか、ツヴァイが少しばかり後退していた。
「ふぅ……」
 トワが後ろでやれやれとでも言いたげなため息を漏らした。
 ミカナギはすぐに振り返る。
「こ、の! お前、可愛い顔して何のつもりだっ?!」
 ミカナギの怒りようを見ても、トワは全く悪びれることなく笑う。
「何のつもりって。いつも通りのつもりよ?」
「…………。間に合ったからいいようなものの、オレなんかが盾になれるわけねーだろ?! 無茶すんな!! 下手したら2人ともお陀仏だぞ?! わかってんのかっっっ?!!」
 ミカナギは怒りに任せて怒鳴りつける。
 余りに大きな声なものだから、トワは耳を塞いでその言葉を受け流しているようだった。
 自分の怒りの意味が伝わっていないのかと思い、ミカナギは再び口を開こうとしたが、それよりも早くトワがホログラフボールを輝かせて唇を動かす。
「あなたが盾になることで、あの子の射出スピードが若干遅れることは計算の上よ」
「……は?」
 トワのその発言にミカナギは意味が分からずに口をへの字にして黙り込む。
「私は計算の上で動いている。だから大丈夫よ。あの子の射出スピード、威力、照準設定、弾道。それに見合うだけの攻撃をこちらも返せることを導き出しての行動。2人ともやられるなんてナンセンスな結果には、決して辿り着かない」
「…………」
「……まぁ、多少、あなたが怪我をするという見積もりは出ていたけれど、思いのほか私の計算を遥かに超えた、最良の結果となったわけだ」
「お前……」
「さて、ちゃっちゃと終わらせて合流しましょうか。そろそろ、足が凍りそうよ……」
 トワは唇を噛み締めて、自身の足に目をやる。
 ミカナギもつられてそれを見た。
 いつもは綺麗な白い足が、真っ赤に染まっている。
 ミカナギは慌ててトワに声を掛ける。
「お前、ショール貸せ」
「え?」
「いいから、早く」
 トワはミカナギに渡されたバトルジャケットを着たことで、邪魔になったショールを首にクルクルと巻いていたが、それを丁寧に解いて、こちらに寄越してきた。
 ミカナギは何も断らずに、そのショールを2つに割く。
「ちょ……?!」
「足、貸せ」
「…………」
 ミカナギは素早く膝をつくと、壊れ物を扱うように優しくトワの足に触れた。
 トワがそれを恥ずかしそうに目を細めて見ている。
「はぁぁぁ、はぁぁぁ」
 1回、2回、と息を吹きかけてから、そっとトワの足を布で包んでやる。
「ミカナギ……」
「何もないよりマシだろ。……ったく、何があるかわかんねーんだから素足で歩き回るのやめろな」
「…………」
 もう片方の足も同様に息を吹きかけ、少しの間、ミカナギの手で暖めてやるように擦った。
 冷たい。
 当然か。素足で氷上に立つなど、想像するだけで寒気がする。
 おそらく我慢していたのだろうが、無茶が過ぎる。
 足を包み終えて、ふぅっとミカナギは白い息を吐き出した。
 そっと顔を上げて、トワを見上げると、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らす。
 耳まで赤くなっているのは、寒さのせいか、それとも……。
「計算もいいけど、自分の心配もちゃんとしろな?」
 そう言って、すっくと立ち上がると、ミカナギはビームサーベルを持ち直して構えた。
 ツヴァイがそっと手を前に出す。
 すると、どこからともなく槍が出現し、ツヴァイの手に収まった。
「オレが前に出ることで、あのお嬢ちゃんの行動が制限される……みたいなこと、お前言ったよな?」
「ええ」
「どういう意味だ? 何を知ってる?」
「それは、また後で」
「……わかった」
 トワが目を細めて優しくそう言うので、ミカナギもそれ以上は何も聞かずに、ダンと床を蹴って飛び出した。
 ツヴァイの槍が目にも留まらぬスピードで、こちらに突きを繰り出してくる。
 ミカナギはそれをヒョイヒョイとかわしながら、ツヴァイの懐に潜り込んだ。
 ミカナギは斬り払わずに肘打ちを入れ、そのまま、彼女の体を壁に叩きつけた。
 バチリと、ツヴァイの体が音を立て、ズルリとその場に腰を落とす。
 決して大きなダメージにはなっていないだろう。
 どんなに攻撃してもダメージを負わせることなど、一度もできなかったのだから。
 けれど、それでも、何故か今回ツヴァイは、自分から崩れ落ちるように倒れた。
「もう、動くな」
 ミカナギはツヴァイを見下ろして、そう呟く。
 ツヴァイがその声に反応するように顔を上げた。
 表情は相変わらず無表情。
 けれど、ペリドットグリーンのその瞳が、少しばかり色を持って揺れた気がした。
「ツヴァイ……なんでかわかんねーが、オレは、お前さんとは戦いたくない」
 本当に、よく分からない。
 初めて会った時から、自分は何故かこのロボットに同情的だった。
 プログラム通りに動くように造られているのだから仕方ないと、自分は簡単にそう言ってのけた。
 そんなことで済まされないほど、起こった悲劇は大きなもので、失われた命は償うことが出来ないものだったというのに、だ。
 それなのに、再び会いまみえた時も、自分は感情に任せて彼女を攻撃するということが出来なかった。
 そればかりか、学べ、と、スラリと言った。
 まるで、成長を見守る保護者のような気持ちで、だ。
 ミカナギの表情が歪む。
 それを、ツヴァイの綺麗な双眸が映し出す。
「……それは、命令か?」
「……違う」
「それでは、なんだ?」
 そう問われて、ミカナギも少し考える。
 どう答えれば、一番しっくり来るのか。
 感情を持たないロボットに、どう言えば伝わるのか。
 それを考える。
 そして、静かに答える。
「望み、だ」
 ツヴァイはその言葉を反芻するように繰り返す。
「のぞみ」
 そして、ミカナギから一瞬離れる視線。
 その後に、彼女の小さな口が動く。
「わかった」
 簡単に、ツヴァイはそう言った。
「え?」
 驚いたのはミカナギのほうで、思わずツヴァイを見つめる。
「動かない。ワタシは、この場では、お前を攻撃しない」
「ツヴァイ……」
 呆気に取られるしかなかった。
 彼女の中でどういう処理が行われて、その言葉が導き出されたのか、ミカナギには見当もつかない。
「けれど、無傷で帰るわけにも行かない」
「…………」
「ここに、核がある」
 ツヴァイはそっと胸の辺りに触れて、簡単にそう言った。
 ミカナギはその言葉の意味を察して、眉根を寄せる。
「それは、駄目だ」
「それでは、足でいい。足が駄目になれば、ワタシはお前を追えない」
 ツヴァイの声はどこまでも淡々としていて、どこまでも淀みなかった。
 こんなグロテスクな話をしているだなんて、声の調子だけでは、きっと分からないような……そんな響き。
 ミカナギは戸惑うように、彼女の足を見つめた。
 ミニのプリーツスカートから伸びる足は、人工的に造られたものとは思えないほどに綺麗だったからだ。
「ワタシは、自己破壊は出来ない。お前がやってくれ」
「……無理だ」
 ミカナギはツヴァイの言葉に首を振った。
 ツヴァイが静かにミカナギを見上げてくる。
「それでは、ワタシはどうすればいい? ワタシは任務を与えられてここにいる。ハズキ様の元に戻るには、任務を成功させるか、失敗させるかの、どちらかをしなくてはならない」
「…………」
「ククククッ……ハァッハッハッハ!! こりゃ、傑作だ。少しばかし様子を見てたら、随分と面白い展開じゃねぇか!」
 氷が口元を拭って、フラフラと立ち上がる。
 トワにとばっちりが行かないように気を配った分だけ、氷のダメージも大きかったらしい。
 たった1発だったが、それでも十分足に来ているように見える。
「ハズキ坊ちゃんは、忠実だけが取り得のロボちゃんにまで裏切られている、と。こんな面白いことはねぇな」
「…………ワタシは、ハズキ様を裏切ってなどいない…………」
「裏切りだろう? まだ戦えるのに、戦意の放棄。任務を失敗したと見せかけるために、相手に破壊までこいねがっている」
「…………違う…………」
「違わない」
「違う」
「違わないね。なんなら、オレが壊してやろうか? また任務で一緒になった時に、後ろからグサリなんて、まっぴらごめんだからな!」
 氷の目に不信の色が宿っている。
 元より、人を信じるようなタイプの人間ではないのだろうが、今のミカナギとツヴァイのやり取りを見ていれば、与り知らぬところで何かあったと考えるのが当然の流れであろう。
 氷がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
 なので、ミカナギも氷のほうに剣先を向ける。
「やるなら、オレとやろうぜ」
「ああ、そうだな、兄弟。だが……」
 氷が視線をツヴァイに向け、指先を擦りあわせて軽く鳴らした。
 冷えた空気の中に、その音は綺麗に響いた。
 天井に出来上がっていた氷柱が、ツヴァイの足めがけて落とされる。
 片足にしっかりと突き刺さる氷柱……。
「っ……!」
 バチンバチン、とツヴァイの体から音がした。
 ロボットは水に弱い。
 ただ、破壊されるだけならば問題ないが、それに幾分かでも水が混じっていたとすれば、別の問題だ。
 ツヴァイの腕がビクンビクンとおかしな動きを見せた。
 彼女の発している熱が、突き刺さった氷柱を徐々に溶けさせていく。
 水が重要な回路まで浸食するのは時間の問題だ。
「運悪く、オレの作り出した空間の氷柱に当たって、お釈迦になりました。ちゃんちゃん。……なんてな」
 氷はおかしそうにそう言って、にぃっと口元を歪める。
 ミカナギはすぐに氷に向かって、ビームサーベルを振り下ろした。
 氷が素早くステップを踏んでそれをかわしてみせる。
「テメェ、仲間じゃないのか?!」
「生憎、オレはオレ以外信じない。利用できないもんは切り捨てる。それが、オレの主義なんでな」
「…………」
「それに、こいつのスペアなんていくらでもいるんだ。不眠症の坊ちゃんは、夜な夜な何かしらこさえてるからな」
 ミカナギはギリギリと奥歯を噛み締めた。
 なんとも言えない怒り。
 自分がツヴァイに向ける、理由のわからない感情と同じく、ツヴァイも、ミカナギに対して何かを感じている。
 だからこそ、彼女はミカナギの望みに対して、縦に首を振ったのだろう。
 トワがタタタッと駆けてきて、ツヴァイの体に触れた。
 そして、すぐにミカナギに視線を寄越す。
「大丈夫。この子は、私がなんとかする!」
「兎環……」
「大丈夫よ。核回路さえ無事なら、なんとかなるのだから!!」
 トワはそう言い切って、ツヴァイに優しく声を掛け始めた。
 システムをダウンするように言い聞かせ、ツヴァイ自身がそれはできないと言った瞬間、ホログラフボールを掲げた。
 キラリと緑色の光が閃く。
「Annulli l'anima di questa persona. Stesso Quelli che desiderano salvare questa persona」
 トワはホログラフボールに映し出された言葉を読み上げるように、聞き慣れない言葉を口にした。
 その瞬間、ツヴァイの目から完全に色が失われる。
 彼女の放っていた冷却用の風が、完全に停止した。
「兎環、何を?」
「とりあえず、侵食だけは食い止めないといけないから。任せて。なんとかするから。早く決着着けちゃいなさい」
 トワはそう言って、ミカナギを安心させるように微笑み、ツヴァイの足に刺さった氷柱に手を掛けた。
 ミカナギは唇を噛み締めて、氷を睨みつける。
 氷はツヴァイを助けようとしているトワを見つめて、楽しそうに笑っている。
「やっぱり、……いい」
 静かにそう呟き、次の瞬間、ミカナギの強烈な蹴りを思い切り喰らって、後ろへと吹き飛んだ。
 けれど、今度はきちんとガードしていたのか、なんでもないように着地を決め、白い歯を見せて笑う。
「俄然、燃えてきた。お前を倒して、トワをもらっていく」
「……ふざけた野郎だ……」
 ミカナギは額に青筋を1本浮かべた状態で、鋭い眼差しを氷に向ける。
 ビームサーベルを持つ手が、異常なほどにかじかんでいた。
 けれど、そんなことはお構いなしで、ミカナギはきゅっとサーベルの柄を握り締めた。




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