第六節  『ママ』


『やっぱり、女の子と言えば、長い髪だよなぁ。あ、三つ編みとか清純でよくねー?』
『……変態……』
 モニターの前でカチカチとやっているミカナギを見て、トワがはぁぁとため息を吐いた。
 サラリと髪を掻き上げて、面白くなさそうにミカナギのことを見つめている。
『レンダリング(見た目の画像化)まで普通やる?』
『やるならとことん、だろ』
 ニヘッと笑ってミカナギはすぐにそう答えた。
 トワは怪訝そうにミカナギの顔を覗き込み、そっと額に手を触れてくる。
『な、なんだよ?』
『いえ、頭おかしくなったのかなぁって』
『オレだって、男なの。女のこと語らせたら長いの。それ当然』
『……ふぅん』
 真面目な顔をしてそんなことを言うミカナギに、トワはうわぁ……とでも言いたげに眉をひそめてみせた。
 いくら相手が対でも開き直りすぎたろうか。
 特に、13歳なんて、そういう面に対しての嫌悪感がピークに達するあたりでもあるらしいし。
 ミカナギは言わなきゃいいのに付け加えた。
『男なんて、大体女のことしか考えてないんだぞ?』
『……そう、じゃ、出てくわ』
 素早くミカナギの額から手を離し、鳥肌を抑えられないように腕をさすって踵を返すトワ。
『は!? いや、いやいやいや。お前は別だし!』
 ミカナギが慌てたようにそう言う。
 しかし、その言葉にトワの表情が明らかに歪んだ。
 後ろを向いているから、ミカナギにはそれは見えなかっただろう。
 トワはしばし沈黙し、その後にこりと笑って振り返った。
 ぐぃっとミカナギの頬を摘み、引っ張る。
 面白いくらいに伸びるミカナギの頬。
『いひゃい……いひゃいよ、ほはふぁん(痛い……痛いよ、兎環さん)』
『誰捕まえてほざいた? ん? ん?』
 楽しそうにミカナギの頬をつねり上げ、彼女の目に狂気が宿る。
 楽しそう過ぎて怖い。
 バッチンと音がするくらい勢いよく離し、パンパンと手を叩く。
 ミカナギは頬を押さえて、涙目で言った。
『……いってぇ……。何、怒ってんだよ……』
『別に。怒っていませんけど?』
『兎環ちゃん綺麗でそそるんだよねぇなんて言ったら、ぶっ放すくせに』
『鳥肌立った……』
『だ、だから、言わなかったんじゃん……』
『……本音じゃないこと言われれば、そりゃ撃つわよ……』
 トワは目を細めて、ため息混じりに小声でそう漏らした。
 その言葉はミカナギの耳には届かず、ミカナギは首を傾げるだけ。
『なんでも。ハズキの我儘に付き合うのもいいけど、そろそろ寝たほうがいいんじゃない?』
『ん? もう、そんな時間か? ……うわ、ママ来ちゃうよ』
『ミカナギは本当にママ好きよね』
 トワは目を細めておかしそうにそう言った。
 ミカナギはその言葉を受けて、ニッカシ笑う。
『当然だ。お前だってそうだろ?』
『…………ええ、そうね』
 トワは少し間を置いてから答える。
 トワの好きとミカナギの『好き』が違うことなんて、すぐにわかる。
 けれど、ミカナギはそんなことには気が付かないように笑うのだ。
 2年前、ママのお腹にツムギの子ではない子がいることを知った時、ミカナギははじめ、その意味を解してなかった。
 だが、トワがきちんとしたことを教えると、それまで喜んでいたミカナギの顔が一気に強張ったのをよく覚えている。
 子供として、当然の反応なのだと思う。
 思うが、その後、ミカナギはすぐにあの男の元に向かい、思い切り……殴りつけたのだ。
 それは、1発や2発じゃ済まず、止めるために追いかけていったはずのトワは、ミカナギが無表情であの男を殴り続ける様を、体を震わせて見ていることしか出来なかった。
 ミカナギは……怒ると怖い。
 誰よりも。
 そう。もしかしたら、ツムギよりも怖いかもしれない。
 その時、ポーンと、呼び鈴が鳴った。
 それでトワは我に返る。
『ミカちゃん? 寝てる?』
『ううん、今から寝るよ』
 インターホンから声がして、ミカナギはそう言葉を返して、ドアのロックを外した。
 ドアがシューーーンと開き、桜色の髪をゆるゆるで編み上げた小柄な女性が入ってきて、ふわりと笑った。
 ミカナギが嬉しそうに立ち上がる。
『あら? トワちゃんもいたの? そろそろ、寝ないと駄目よ?』
『ええ、戻るところだったの。ミカナギに襲われそうだったし』
『?! ちょ、嘘はやめろよ』
『あらあらあら……。ママ、邪魔だったのかな?』
 トワとミカナギの表情を見比べて、ママは楽しそうに笑ってそう言った。
 ミカナギだけが激しく狼狽した表情で、口をパクパクさせている。
 トワはクスクスとその様子を見て笑い、ミカナギの肩をポンと叩く。
『こんな軽口男嫌だしねー。しかもマザコン』
『マザ……?!』
『うふふふふ。トワちゃん相変わらず容赦ないわねぇ』
『……ええ、そうでしょう?』
 トワはニッコリ笑って、ママに対してそう返す。
 そして、すぐに続けた。
『あの子は寝たの?』
『……ええ、しばーらくぐずってたんだけど、やっと。今はむぎむぎが見てるわ』
『ママ……』
『ん?』
『ママは、どういうつもりで……』
 トワはずっと疑問に思っていたことを問おうとした。
 けれど、それを見越したのか、すぐにママは口元に人差し指を寄せてきた。
 目の前に置かれた人差し指で、トワの言葉が止まる。
『トワちゃんが大人になったら……話してあげる。まだ、知らなくていいことよ』
 首を傾げて、可愛らしくそう言うと、ママはすぐに背伸びをして、ミカナギの頭を撫でた。
『さて、そろそろ寝なさい。夜更かしは体に良くないのよ〜。不健康なのはむぎむぎだけでいいわ〜』
『はーい』
 ミカナギは無邪気な子供のようにママの言葉にそう返答する。
 だから、トワも仕方なく、疑問はしまいこんで、ママと一緒に部屋を出た。
 ママは天然で可愛らしく、純粋で天真爛漫な人だ。
 ……けれど、ところどころ理解できない部分もあって、年を負うごとに、トワはママに対して嫌悪にも似た複雑な感情が湧いていた。




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