第十四節 命、というもの 左腕をギプスで固め、ミズキは右手だけでコンソールをいじくっている。 ベッドでは天羽がすやすやと寝息を立てて寝ており、時計を見ると深夜の3時を回ったところだった。 甘えるように居座っていたかと思えば、さすがに監禁されている間眠っていなかったのもあったのか、いつの間にか眠ってしまっていたのだ。 大体、ミズキは昼夜逆転型の人間であるから、部屋のベッドは気が付くといつも天羽が占領していることが多かった。 ミズキは深く息を吐き出し、アインスの機能が徐々に消えていく間のログを真っ直ぐに見つめる。 綻びとなったのはハズキが消去したと言っていた、バグの部分だ。 正直、理論上、それが原因となって崩れるということはありえない。 自信過剰かもしれないが、余りはすれど足りなくなるようには設計していなかったのだから。 「アインス……」 ミズキは眉をひそませ、すぐにバックアップのデータが入ったディスクを取り出した。 アインスの中のプログラムが壊れただけなのならば、インストールし直せばいいだけだ。 ……だが、そんなに単純な問題かといえば、そうでもない。 メモリもプログラムも何ひとつ中には入っていないとはいえ、核が無事ならば、電源を立ち上げれば回路が回りだす、くらいのことはあるはずなのだ。 ……つまり、核に損傷がある可能性がある。 ミカナギが乱暴に扱ったからか? いや、おそらく、それは違うだろう。 なんとなく、そう感じる。 ミズキの中に1つの仮説がもう出来上がっていた。 きっと、ずっとずっと前からだ。 それが天羽とカノウを護ろうとした時に出来たのか、サーテルの街での戦闘が原因であるのか。 ……それを知ることはままならない。 アインスの残したメモリにも、そういった部分の記録が残っていない。 アインスが気が付かないほど、微かな損傷であったと考えられる。 ここから先は、コルトの検査結果を待たざるを得ない。 核が損傷していた場合は……? ミズキはその言葉が過ぎった瞬間、口元に手を当てた。 眉を歪め、ぐっと唇を噛む。 心は決めていた。 アインスを生み出したあの時から、自分は……覚悟をしていたではないか。 人と同じものを与えたかった。 ロボットだ、TG-Mだなどという区切りなど無しに、そこにあるものは命なのだと。 そうすることが、自分の役目だと思っていた。 天羽を生み出したあの日から、その重さを決して忘れないようにと……固めていたはずの覚悟は、あまりに固まっていなかった。 シューーーン……とドアが開いて、コルトが眠そうな目をこすりながら入ってきた。 ツナギの上の部分を脱いで、腰で袖同士を結わえた状態の服装。 天羽が眠っているのに気付いて、静かな声で話し出した。 「検査終了しました。欠損部分、右腕部、回線チップ、遠距離移動用チップ、言語処理用マイクとスピーカー。体内に幾分かの埃と砂が認められ、そちらはすぐに処理を行いました」 「ご苦労様」 「……いや」 ミズキの労いの言葉に、コルトは悔しそうに眉をひそませ、俯く。 そして、すぐに顔を上げ、ミズキに訴えるように拳を握り締めた。 「直せるよ。直していいんだろ? 直して、いいだろ? アタシなら直せるんだ。アインス、直せるんだ!」 コルトが悔しそうな表情でそう訴える。 それを見て、ミズキは察する。 ミズキは検査前に言った。 核の損傷が認められた場合は、修理は行わなくていいと。 「損傷が、あったんだね……」 「ほんの少しだよ……大したことない。すぐ直るよ」 「……コルトは素直だから好きさ」 ミズキはクスッと笑ってそう呟いた。 コルトはその言葉に動揺したように目を見開く。 そう。 すぐに直るのならば、核の損傷が認められたことを、ミズキに報告せずに直してしまえばよかったのだ。 けれど、彼女の性格ではそれができなかった。 簡単に見透かせてしまう。 仕方がないのだ。 彼女は取り繕うほど大人ではない。 ……ミズキの見出した、可憐な花の蕾であるのだから。 「……嘘だ。直せるものを直さないなんて、ミズキさん、どうかしてるよ。いつも、ドジして壊すものの修理は簡単に頼むくせに……なんで、大切なものの修復を許してくれないんだよ!!」 コルトの言葉に、ミズキは目を細めた。 天羽がその声で目を覚ましたのか、コシコシと目を掻いて、上体を起こした。 コルトが天羽と目が合って、動揺したように口を噤んだ。 けれど、言いたくて仕方なかっただろう叫びを、すぐに付け足した。 「アタシは直すからな! アンタがなんと言おうと直すからな!!」 そう叫んで、コルトは部屋を飛び出していく。 ミズキは小さな背中を見送って、悲しげに目を細める。 天羽がベッドから下りて、ペタペタと足音をさせて、こちらまで来た。 首を傾げて、ミズキを見つめてくる。 「……どう、したの? どうして、コルト、怒ってたの?」 「……いつもの軽い冗談を言っただけだよ……」 「駄目よぉ、浮気しちゃ」 ミズキの返しに、天羽もすぐに冗談のような口調でそう返してきた。 だから、ミズキも笑って返す。 「ああ、大丈夫さ。……いつでも、僕は、天羽一筋だからねー」 と。 天羽がその言葉を聞いて、少々不審そうに眉をひそめた。 そっと、ミズキの頭に、小さな手が触れる。 なでなで、と手が動いた。 この子は、まだ状況を把握していないだろうに。 撫でられる手に、涙がこぼれそうになった。 「駄目よぉ。一筋なら、取り繕っちゃ……」 ミズキは、天羽のその言葉に、つい、その小さな体を抱き寄せてしまった。 どうすればいい? ……どうすればいいんだ、アインス……。 ミズキは考えなくたって簡単に分かるはずの答えに気が付かずに、心の中でそう呟いた。 |
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