第四節  空と同じ髪の色


 カノウたちは待ち受けていた警備兵と交戦中だった。
 本当に、どこから湧くのか、兵士の多いこと。
 アインスがすぐに突っ込んでいったので、カノウは、とりあえず、ニールセンを壁際に寄せた。
 カノウは周囲の状況を見て、一瞬で次の行動を決める。
 幸運なのは前方にしか敵がいないということ。
 アインスが兵の群れを薙ぎ倒した瞬間、ロッドを放り投げた。
 ロッドはブーメランへと変形し、弧を描いて戻ってくる。
 そして、計算通りの位置にいかづちが落ちる。
 カノウはアインスに駆け寄り、叫ぶ。
「アインス、ボクのこと、上に放り投げて!」
 その言葉に、アインスがスッと片手を差し伸べてくるので、走る勢いのまま、その手に足を乗せた。
 グッと踏みしめ、アインスが放り投げてくれたタイミングで思い切り飛び上がる。
 天井に足をつき、ブーメランをガシッと掴んだ。
 落下しながら、ブーメランが銃に変形するのを待つ。
「アインス、退がって!!」
 その言葉で、アインスが後ろへと飛び退いた。
 ニールセンを庇うように立ち、カノウを見つめている。
 ガチリと腕に固定される部品。
 グッと拳に力を入れると、すぐにエネルギーの充填が始まった。
 カノウはゴーグル越しに、兵の位置を確認する。
 大きなエネルギーを放出するのではなく、少しずつ放出して、連射。
 まだ試したことはなかったが、冷静に、カノウは力を加減して、指を動かした。
 人差し指でボタンをピンと弾く度、一筋、青い光が走る。
 それが狙い通りに当たった。
 当たった警備兵が気を失って倒れていく。
 カノウは空いているほうの手で、天井に向かって紐の付いたボールを放り投げた。
 ボールが天井にぶつかって弾け、ピッタリとくっつく。
 カノウの体の落下が止まり、紐がビヨンビヨンと跳ねる。
 その状態で、残りの兵にもいかづちを放った。
 全員倒れたことを確認し、カノウは握っていた紐を離して両足を揃えて着地する。
「よっし、先進もう!」
「カノウ、すごいです」
「少年、やるなぁ」
 カノウは2人の言葉に若干照れたように鼻を掻いたが、すぐに駆け出す。
 喜んで良いのか惑う。
 ……もしも、プラントから外の世界に戻って、元の通り冒険者に戻った場合、今の自分ならば、ミカナギの護衛なんか必要なしに旅を続けることが出来ると思う。
 そのことは悪いことではないのだけれど、……この件が解決して、自分の目的を果たした後、……そこにあるのは『別れ』なのだ……。
 それを思うと、自分の成長も何も……素直に喜べなかった。

『ボクね』
『 ? 』
『プラントに行くんだ』
『ほぉ』
『ボクの夢は……この世界に、科学の輝きを広めること』
『そうかぁ』
『だから、今の法令、ぶっ潰すんだ』
『ほっほっ。そかそうかぁ』
『……おじいさんのお友達の夢を叶えられるかは分からないけど、その夢をたくさんの人が自由に考えられる世界に、してみせるからね』

 プラントで技術を独占すること。
 一部の地域でのみ許される専門家育成。
 プラントとクラメリアの街以外で、専門的な知識や技術を持つ者(一部資格を除く)がいた場合、厳しく処罰される。
 カノウはそのことに疑問を抱き、その法令を破棄させるためにプラントを目指していた。
 サーテルの街で出会ったおじいさんとも約束した。
 ……自分は、そのためにここにいる……。
 プラントに辿り着き、プラントで暮らし、外の世界とは明らかに異なる恵まれた環境に眉根を寄せた。
 けれど、その反面、その環境に馴染み始めていた自分がいた。
 ……自分だけが、代弁者になれるのに。
 そのことを忘れるところだった。
 ミカナギやアインス、そして、天羽は、元々ここで生まれた者たちだ。
 ここが故郷で、ここが暮らすべき場所だ。
 けれど、自分は違う。
 どんなに温かな人たちに囲まれても、どんなに大切だと伝えられても、自分はここで暮らせる人間ではない。
 いつの間にか、自分もここでずっと暮らせる……。そんな幻想に囚われ始めていた。
 それくらい、このプラントという空間は……いや、天羽たちと一緒に居ることが心地よかったのだ。

『カンは、部外者だってのにこれから体張るんだ、謝れ!!』

 そんな自分の甘えた心に、引導を渡したのが、相棒であるミカナギの言葉だった。
 部外者。
 ……そう。自分は、部外者なのだ……。
 怯えるトワを見て、可哀想になり、仲裁に入ったあの瞬間、頭は違うことを考えていた。
 ミカナギたちは、ここが帰る場所だった。
 だから、もう、カノウと一緒に旅をする理由がない。
 目的を果たしたら、……また、一人ぼっち……。
 出会う前ならば、平気だったはずのその言葉が、今は耐えられないくらい辛かった。
「カノウ? どうしました?」
「え? あ、ううん。走りっぱなしで疲れちゃっただけだよ。気にしないで」
 カノウの様子がおかしいことに気が付いたのか、アインスがそう声を掛けてきた。
 カノウは首を横に振って笑い返す。
 少し遅れてついて来ていたニールセンが、カノウのその様子に目を細めた。
 人間は愚かだ。
 そこに在るものが、絶対永遠に続くと錯覚してしまう。
 ……そんなことは、あるわけもないのに……。
「あの角を曲がると、制御室です」
 アインスが静かに言い、走るスピードを上げた。
 待ち受けている兵士を警戒しての行動だというのがわかったので、カノウはペースを変えずにアインスの背中を見つめた。
 アインスが角を曲がろうとすると、すぐに光線が飛んできた。
 なので、カノウはニールセンに止まるように指示し、息を整えた。
 アインスは相手の攻撃を器用にかわし、カノウに視線を寄越す。
 1人で十分。
 暗視ゴーグル越しに、視線の意味を察した。
 アインスが角に消えて、数秒で兵士の攻撃が止む。
 どうやら、警備に置かれていた数が少なかったらしい。
 本来ならば、警備を重視するべきはこの箇所かと思われたのだが……。
 アインスがすぐに角から顔を出し、手招きした。
 なので、カノウはニールセンと一緒に駆け寄った。
「思ったんだけど、トワさんがいるのに、どうして、制御室なんてものがあるの?」
「トワはプラント建設時から存在したわけではありませんから」
「あ、うん。そ、そうなんだけど……必要なくなったなら、無くしてもいいんじゃないかって思って」
「トワが、プラントの管理権限を持っているのは、ミズキ様のお父上の勝手なご判断に基づくものです」
「…………?」
「ここの所長……ミズキ様の伯父に当たりますが、その方は、それを本位と思っておりません」
「2人は仲悪かったの?」
「ミズキ様はタゴル殿のことは苦手だと仰っていましたが……、あの方の『苦手』はイコール『嫌い』なので。そのため、その類の話は一切聞いたことがなく、ミズキ様のお父上とタゴル殿の相性までは、おれにはわかりません」
「そっか」
「わかることは、トワにプラントの環境を勝手に統制されることをタゴル殿が面白くないと感じていた、ということだけです」
「……それで、今回の一件?」
「ドサクサに紛れて、足元をすくったのかもしれませんね。トワの悔しがる様が見られたのなら、タゴル殿はもっと楽しかったことでしょうね」
「楽しいって……。プラント全域巻き込んでおいて」
「あくまで、タゴル殿の人格から考えられる思考を言葉にしただけのことです。実際はわかりません」
「出鼻を挫くのにも有効だったし?」
「はい。トワの能力は厄介ですからね」
「でも、アインスはそっちがおまけだと考えているんだ?」
「はい」
「青年2は面白いことを言うな」
「そうですか?」
 カノウとアインスのやり取りを見つめていたニールセンが突然ぼんやりとそんなことを言った。
 なので、2人はニールセンに視線を動かす。
 ニールセンは髭を撫で、にやりと笑った。
「いくつか、昔のプラント研究者の日誌のようなものも書庫にあったのでな。暇潰しに読んでみた。その中にあるタゴルという男に関しての記述は、極めて完璧主義で生真面目な男、と称されていることが多かったのでな。そんなくだらんことのために、それをやるとは考えられんように思う。……とはいえ、記述にあるタゴルが猫を被っていたら別の話だがな」
「なんでもありますね。あの書庫」
「ここの奴らはゴミ置き場くらいにしか感じていないようだがな」
 ニールセンは嘆かわしそうにため息を吐き、2人の間をすり抜けて、制御室の入り口へと向かった。
「ほれ。急がねば、青年たちが困るぞ」
「あ、そうだった」
 ニールセンがドアの前に立つが、当然のことながら、ドアはうんともすんとも言わなかった。
 ロックが掛けられているようだ。
「今、ロックを外します」
 アインスがそう言って、パネルをいじくる。
 カノウはゴーグルの位置を直しながら、ロックが外れるのを待った。
「ニールセン・ドン・ガルシオーネ二世。ドアの前に立つのは危険です。中に敵がいる可能性もありますから下がってください」
「なーに、おらんさ」
「どうして、そう言い切れるのですか?」
「歴史学者の勘がそう言うのだ」
 理屈にならないその一言に、カノウは苦笑を漏らした。
 けれど、ニールセンが退くよりも先にロックが外れ、ドアが開いた。
 中からライトの光が漏れ出る。
 カノウは暗視ゴーグル越しに明るい光を見たため、目を瞑った。
 そして、慌ててゴーグルを外す。
 ニールセンもゆっくりとゴーグルを外し、楽しげに笑った。
「空と同じ色の髪。貴殿が、タゴル殿かな?」
 カノウはその言葉に目を見開く。
 そして、ニールセンの肩越しに室内を覗き込んだ。
 長身で、水色の髪をオールバックにしている、厳格そうな白衣の男がそこに立っていた。
 それ以外に人はいない。
 男は光線銃をこちらに向け、目を細める。
「如何にも」
 険しい視線がこちらを射抜く。
 カノウはその視線の虜にでもなるかのように、息を飲み込んだ。
 ピリピリと肌が言う。
 血がザワザワと騒いだ。
 どうしてだろう。
 自分は、この人を知っているような気がする。



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