エピローグ

 深い深い紺色の空。
 散りばめられた宝石のように瞬き続ける星々。
 銀の光を放って輝く月。
 夜の海を漂って、2人乗りの飛行機が空を駆ける。
 猛然としたスピードで。
「こらこらこら、兎環! スピード出し過ぎだよ!! こら! うわ、回転すんなぁぁぁぁ!!」
「ミカナギ、黙ってないと舌噛むわよ♪」
「噛むわよ♪ じゃねぇよ! 大体、なんで、お前が操縦席なんだ……!!」
「ほら、ミカナギ、月が綺麗だわ。サラも連れてくればよかったわね」
「お前のこの運転レベルじゃ、その言葉には賛同しかねる!! お前、わざと荒い運転してんだろ?!」
「……当たり前でしょ? 私を誰だと思ってるの?」
 ミカナギに指摘されて、すぐにトワは運転を丁寧なものに移行した。
 ミカナギが後ろの席で、安堵するように椅子にもたれかかる。
 飛行機の稼動音がやかましく、体には常に振動が伝わってくる。
 視界に丸い月が浮かび上がり、ミカナギは見惚れるようにそれを見上げた。
「月って、追っかけてくんだよな」
「そう見えるだけだけどね」
「わかってら」
「1度でいいから、こうして、月を追いかけてみたかったのよ」
 満足そうなトワの声。
 その後には、決して発されることのない『ありがとう』が含まれていることを、ミカナギはすぐに察す。
 なので、ミカナギは優しい声で言った。
「どんな我儘でも聞いてやるって、言ったからな」
「私の我儘は、もうずっと前に叶ってるわ」
「へ?」
 ミカナギからトワの表情は見えない。
 トワからも、ミカナギの表情は見えないだろう。
 ミカナギには、トワの言葉の意図が察せず、首を傾げるだけ。
「御神薙が、私の傍にいてくれる。それが、私の唯一の我儘……のつもり」
 それ以外にも色々無茶を言われたように思うのだが。
「今更逃げようとしても、どこにも逃げられないんだからね?」
「お前みたいな女、オレ以外に受け入れられる訳ねぇだろが」
「ええ、そうね。あなたじゃないと、私の相手は無理だわ」
 ミカナギの返答に、トワは楽しそうに笑いながらそう言い、再び、飛行機のスピードを上げた。
 本当に、黙っていれば可愛らしいのに。
 けれど、ただ可愛いだけの人だったら、自分は彼女を好きになっていなかったろうから。
 これはこれで、いいのだ。
 手を繋いで虹を登ることはもう出来ないけれど、手を繋いで、これから先の人生をずっと歩いてゆける。
 それ以外の幸せが、どこにあるだろう。
「兎環」
「なぁに?」
「死ぬまで、よろしくな」
 心を込めて、あなたに伝う。これが、自分の心からの言葉だ。




 夜空に輝く虹。
 それは私たちの常識では考えられないもの。

 この話は、50年以上前に起きた、大きな宗教テロの際に放たれた核爆弾のせいで、すっかり空気を汚染されてしまった、架空の未来の話。
 夜になると、濃厚なスモッグに覆われ、昼は恐ろしく暑い。
 環境は最悪。
 人間の人口も、半分に減ってしまった、そんな未来。

 昼夜問わず、不変の輝きをもたらす虹。
 雨も何も要らない、そんな不思議な虹。
 その虹に支えられた、世界の、お話。

 世界は虹の力によって救われ、環境はすっかり元に戻った。
 語るべき全てを話した今、この物語は、これから先、紡がれることはないだろう。

 だから、最後はこの言葉を贈ろう。
 天上より地上に降り注ぐあの光は、私たちを元気付ける天使の歌声。
 そう。
 彼女の声にも負けない……この世で唯一の、La voce di Angeloだ。



*** 第十五章 第十節
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