第49章  大好きな人へ


 あれから、4年の時が流れました。
 あたしは今、名古屋の体育大学に通っています。

 あの後、あたしはあっくんにきちんと断りの言葉を伝えました。
 あっくんがあたしに対して泣いたのは、あれが最初で最後かもしれません。
 わかっていたのに、なんで、涙が止まらないんだろうという言葉が、今でも忘れられません。
 あっくんは高校を卒業すると、美容師になるために東京へ修行に出ました。
 専門学校に行こうとしないのが、彼らしいところで……今はどこで何をやっているのかわかりません。

 うっちーはもう少ししたら、教育実習で地元の高校に行くそうです。
 自分のやりたい研究を専攻しながら、単位をやりくりして教員過程も取っていたって言うから、本当にいつも彼女には驚かされます。
 まだ、人見知り癖は直らないみたいだけれど、うっちーはうっちーなりに一生懸命みたいです。
 そして、この前会った時に、ハッサクくんの話をしていました。
 相変わらず、抜けているけれど、やっぱり授業内容は素晴らしい出来だと誉めていました。

 あ、そうそう!
 ビックリな報告があるんだぁ。
 なんと、うっちーとシズ様……今年の夏に婚約しました。
 はじめ聞いた時は『えぇ?!』って驚いてしまったけれど、シズ様のゴリ押しでのゴールインみたいです。
 なんとなく、やりとりが浮かんでしまうから微笑ましくって……。
 でもね、うっちーのお願い攻撃には、相変わらず敵わないらしくて、行きたくないと言っていた大学にも、一応頑張って通っています。

 そして……あたしたちはというと……。


「ごめん!遅くなった……」
 淡雪はあくせくと汗を拭って、日向にしっかりと頭を下げた。
 最近視力が落ちてきたとかで掛け始めた眼鏡が汗でずれる。
 夜の駅前で、淡雪が来るのを今か今かと待っていた日向は、淡雪の姿を確認してほっと胸を撫で下ろした。
「どうせ、また、史料を読んでて時間を忘れたんでしょう?」
 ため息混じりに尋ねると、淡雪は困ったように目を逸らして、ポリポリと首を掻く。
「ごめんなさい……」
「いいよ、雪ちゃんらしいから。でも、携帯の電源くらいONにしててよ。全然通じないから不安になっちゃったよぉ」
 日向は携帯をポケットから取り出してそう甘えるように言った。
 淡雪はすぐにポンポン……と日向の頭を撫でる。
「髪の毛、切ったね?似合うよ」
 優しい声でそんな言葉。
 日向はその言葉にかぁっと顔を赤らめた。
 熱くなった顔を冷ますようにブンブンとあおぐ。
 それを見て淡雪がおかしそうに笑った。

「さて……行きますか。バイト代入ったから、おごるよ。何がいい?パスタ?カレー?ラーメン?」
「もっと、豪勢な料理名でないのぉ?」
「そんなのが出るところに行ったら、ひながこぼして大変じゃないか」
「むぅ……そうやって……」
 日向はむくれて、一気に早足になった。
 淡雪が慌ててそれを追ってくる。
 腕をガシッと掴んで、冗談だよと口にしようとした瞬間、
「君、何をしているんだ!」
 という声がして、淡雪が腕を掴まれた。
「え?!」
 淡雪は動揺を隠せずに振り返る。
 警官が真面目な顔をして、淡雪を見据えている。
「2、3質問していいかな?」
 淡雪は心の中でまたかと呟く。
 毎回、夜に待ち合わせてデートをしようとすると必ずと言っていいほど、声を掛けられるのだ。
 どうやら、日向が中学生かそれ以下に見えるようで……。
「あ、ち、違います!この人、あたしの彼です!」
 慌てて日向が警官にそう告げる。
 けれど、怪訝そうに警官は2人を見比べて、「本当に?」と口にした。
 その言葉にむっとするのは日向だった。
 バッグから身分証明の学生証を取り出し、警官に見せる。
「ほら、希 日向 大学3年!これでいいですか?」
「僕も一応……」
 淡雪も財布から取り出した学生証を見せた。
 警官がしっかりと見比べてから、これは「申し訳ない」と敬礼をすると去っていった。
「はぁ……」
 日向の大きなため息。
 淡雪は日向の顔を覗きこむ。
「気にしない気にしない」
「い、一応、薄いけど、お化粧だってしてるのに、ひどいよぉぉぉぉ」
「いいじゃないか、若く見られるんだから」
「嬉しくないの!」
「……そうか……?」
「せっかく、雪ちゃんと並んだんだもん。嬉しくないよ、年下に見られて……」
「大丈夫だよ、ひなは可愛いから」
 淡雪は慣れた様子でサラリと口にして、ポンポンと日向の頭を撫で、その手で日向の手をキュッと握る。
「さぁて、天ぷらにしようか。和食が食べたい。いいお店知ってるんだよ、静かで過ごしやすくって」

 日向の手を引いて、こっちこっちと誘導する。
 日向はしばらくいじけた顔をしていたけれど、お店に着くと天ぷらのいい香りが鼻をくすぐったのか、日向はようやく笑顔になった。



 ……という感じです。

 雪ちゃんは日本文学を学ぶのかと思っていたけれど、歴史の勉強をするために名古屋の国立大学に通っています。
 あの海岸での闘いの後、修学旅行の話し合いが始まるまで、雪ちゃんは入院をせざるをえなかったのですが、なんとか復帰してから修学旅行が終わるまではとても忙しそうにしていました。
 記憶を操る能力も、もう消えてしまいました。
 体も、もうほとんど普通の人と同じで……少しだけじじむさい以外は、あたしたちと同じです。
 どうしてそうなったのか、うっちーの推論を聞いたところ、『文字を介さずに得た能力と体だから、もしかしたら、文字での暗記がなんらかの作用をしたのではないか』という言葉が返ってきました。
 どのような作用をするのかまでは掴めていなかったのだけれど、うっちーはそこまで研究を進めていたということです。
 それを考えると凄いなぁ……。
 雪ちゃんが1ヶ月間、眠りについてしまったのも、体が急激に普通の体へと移行しようとした反動だったのではないかとうっちーは言っています。
 雪ちゃんが体に異常をきたすことは以前からあって、それは全てこのためだったようです。

 あたしは少しずつだけど、料理が上手くなってきました。
 気合で料理を作るのをやめてから、一気に上手くなりました。
 ……というか、今更、『一球入魂!』という料理中に用いていた言葉が恥ずかしいこの頃……。
 まだ、雪ちゃんに美味しいと本音で言ってもらえないけれど、これからも頑張っていきます。
 だって、雪乃さんの料理がライバルだもん。
 慌てたって、料理歴の浅いあたしが簡単に太刀打ちできるはずがありません。

 でもね、頑張るんだから。
 見ててね、雪ちゃん!
 美味しいって言うまで、ずっと一緒なんだから。
 ううん、美味しいって言った後も、ずっと一緒だよ。

 ずっとずっと、大好きだから。
 あなたも、あたしに大好きと言い続けてください♪



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