第7章閑話  朝真最強説

 武城が不機嫌そうに顔を歪めている。
 街のレストランの中で月歌は深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!私が不甲斐無いばかりに……」
「まぁまぁ。つっくん、せっかくの二枚目が台無しよ?」

 朝真がゆっくり立ち上がって、月歌の頬についている血を高級そうなハンカチで拭う。
 真城に斬られた傷はもう血が止まっていて、大したものにはなっていなかった。

「はい、これでよしと」
「あ、ありがとうございます」
 月歌は落ちてくる前髪をかき上げながら顔を赤らめる。

 どうにも、朝真の行動は苦手だった。
 弟か息子のように接してくれているのだろうが、26にもなってこんな風にされるのは気恥ずかしい。

 武城が葉巻を燻らせて、悔しそうに声を漏らす。

「まったく……」
「もう、真城さんはあなたの条件提示に勝ったのだから、文句は駄目よ?」
「お、お前が言ったんだろう?不服なら試したらどうかと……。コイツを出場させるのだって、お前が率先して出してきた案だ」
「だって、頭ごなしに駄目だなんて可哀想だったんだもの」
「真城は、女の子なんだぞ!」
「何言ってるのよ。スカートがヤダって真城さんが言ったら履かなくていい。傷を作って帰ってくれば、子供はそのくらい元気なほうがいい。そんなことばかり言ってたから、あの子があんな風に育ってしまったんでしょう?それが、何を今更……」
「それとこれとは違うだろうが」
「同じです。騎士になりたいなんて発言をさせたくないのなら、もっと女の子らしく育てるべきだったんです。それなのに、中途半端に放任主義を気取るからこうなるんです」
「ぐ……」

「あ、あのぅ……喧嘩は帰ってからのほうが……」
 月歌は状況を把握できないまま、とりあえず喧嘩の仲裁に入る。

 朝真が月歌の困った顔を見て、仕方なく黙り込んだ。

 武城も葉巻をくわえて、考え込むようにテーブルの上の料理に視線を落とした。

「つっくん、ごめんなさいね?」
「え、あ、いえ。ここ数日楽しかったので気にしないでください」
 朝真の言葉に月歌は首を横に振り、ニコリと笑ってみせる。

 元々、自分は武芸を楽しんで学んでいた人間だったから、その点については嘘じゃない。
 そんな自分だからこそ、真城の最後の一撃が文句なしの攻撃だったこともわかる。
 たった一瞬だったとしても、真城は自分以上の力を発揮してみせた。
 もちろん、あそこから挽回することも出来たけれど、その一撃を認めてあげたいと自分は思ったのだ。
 そう言ったら、真城には怒られてしまうかもしれないけど。
 これは真城を下に見て言っているのではないから……。

 朝真が空いている席をトントンと叩き、月歌は座るように促されて、席に着く。

 武城は葉巻を揉み消して、不機嫌そうにガツガツと料理を口に運び始めた。

 朝真が優雅に紅茶を口に含んで、月歌に視線を寄越した。

「ずっと、聞いてみたいと思っていたことがあったのよ」
「は……なんでしょうか?」
「つっくん、誰か、いい人はいないのかしら?」
 小首を傾げて尋ねてくる朝真。

 月歌は真面目な顔のままで停止した。

 朝真がおかしそうにクスクス……と笑いをこぼす。

「ほら、つっくんももうそろそろ身を固めたほうがよくなくて?葉歌さんも手が掛からなくなったことだし」
「は……はぁ。わ、私にはそういう方はおりませんが」
「そうなの?じゃ、おすすめの人がいるのだけれど」
 朝真はポンと手を打ち鳴らして、ニコニコと言う。

 月歌は膝の上の拳をギュッと握り締めた。
 その手の話は苦手だし、自分はこのまま執事として仕えて一生を終えても構わないと思っている。
 すぐに断ろうと口を開こうとしたが、朝真の眼差しが月歌を捉え、言葉が出てこない。
 武城は興味なさそうに2人のやりとりを眺めているだけ。

「ねぇ?真城さんなんてどうかしら?」
 なんでもないようにサラリと言ってのける朝真。

 武城が動揺するようにフォークをポトリと落とした。

「な、何を言ってるんだ、朝真!!」
「一番手っ取り早いじゃないの。大体、どこかの貴族の跡取りになんて嫁がせる気は私ありませんの。だって、それじゃ風緑村を誰かに譲らなくてはいけなくなるじゃない。婿を取るにしても、真城さんより男前で気風のいい貴族のお坊ちゃんなんてそうそういないし。つっくんは気風はないけど、この通り男前だし、とても賢くて視野も広いわ。あなたが怠けているおかげで領主の仕事も一通り把握しているし。ほら、文句なし☆」
「馬鹿者……そんな無茶苦茶が……」
「真城さんは騎士のお仕事。つっくんは領主のお仕事。こうなれば、一番理想的じゃない」
「理想的……ってなぁ……だったら、なんでもっと早くに言わなかったんだ……」
「一応妻としてあなたを立てたつもりでしたけれど」
 朝真がふぅっとため息を吐いて目を細める。
 ほんわかとしているようで気丈な朝真は、こういう時の間の置き方に恐怖さえ覚える時がある。

 武城が唇を噛み締めて黙り込み、月歌は慌てて立ち上がった。

「あ、あの……私も旦那様と同意見で、そんな無茶な話はないと思います」
「あら?真城さんは好みじゃないかしら?」
「い、いえ……お、お嬢様はとても素晴らしい方です。けれど……身分が違います。私は、元を辿れば他国の賤しき身分の人間。……そんな私では、真城様と釣りあうはずも無く、勿体無い限りでございます。そのお話を冗談でも私に振ってくださったことは光栄と心得ますが……」
「…………。つっくん」
「はい?」
 朝真が月歌の言葉を聞いて、少々眉根を寄せたのがわかった。

 月歌は椅子に腰掛け直して、ビクビクと次の言葉を待つ。

 朝真は紅茶をコクリと飲んでから言った。

「私は、『好き』か『好きじゃない』かを聞いているの。御託は要らない」
「朝真……」
「私の姉だって身分違いの恋だったけれど、しっかりと実らせましたわ。周囲の目ではなく、問題なのは本人同士の意思よ。そうでしょう?武城」
「……それはその通りだな」
「結婚がどうのとか、そういう話は、真城さん自身の手で振り払いましたから、私はできるだけ口は挟みませんけれど」
 また、朝真は紅茶をコクリと飲む。
 冷静さを取り戻そうとするようにゆっくりと。

「つっくん。そのままじゃ、一生恋愛なんてできませんよ」
 キッパリと言い切る朝真。

 月歌はそう言われて、眉をへの字にする。

 朝真は真城そっくりの目でギラリと月歌を睨みつけて続けた。

「相手を気遣うのと、自分を卑下するのは違います」

 そう言って立ち上がると、シャラリとドレスの衣擦れの音を鳴らし、2人を置いて、レストランを出て行ってしまった。

 武城がため息を吐いて、葉巻を胸ポケットから取り出す。

「……怒りよった」
「だ、旦那様……私、何か失礼なこと言いましたでしょうか?」
「いや、失礼というか……、アイツはウジウジしている人間が嫌いというか、放っておけないというか、な」
「はぁ……」
 月歌は困った表情で首を傾げてみせた。

 すると、武城は真剣な目で月歌を見据え、少しだけ納得したように頷く。

 月歌は武城のいかつい顔を見つめた。

「……まぁ、わしも文句は言わんぞ」

「は?」

「もし、そうなっても……な」

「え?」
 マッチを擦って葉巻に火を点けて立ち上がり、ポケットから料理の代金を取り出し、テーブルの上に置いて出て行ってしまった。

 月歌だけが、相変わらず状況から置いてけぼりのまま、取り残されてしまった。

 一体……何がなんなのだか。
 仕方ないので月歌も立ち上がってそのままレストランを後にした。


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