◆◆ 第1篇 恋の味・ときめきビターチョコミント風味 ◆◆

Chapter7. 車道 舞side



『え、でも、これ、お礼にもらったんでしょう? 二ノ宮くんに悪いよ』
『いいのよ、持ってなさい』
 そう言って、舞は柚子に修吾からもらったマスコットを手渡した。
 無理やり手の平に乗せられたマスコットを見て、むーと頬を膨らませる柚子。
『舞ちゃんは、要らないの?』
『要らなくないよ』
『……だったら、持ってなよ。二ノ宮くん、可哀想』
 そう言って、舞の手を取り、裏返し、優しく乗せてくれる。
『あたしは、もう1個持ってんのよ』
 しょうがなくため息を吐いて、スカートのポケットから出して、柚子に見せた。
 柚子は驚いたように、目を丸くする。
『え? え?』
『二ノ宮に教えてもらって、お店で買ってきたから』
『……どうして?』
『率直に気に入ったから』
 舞がそう言うと、柚子はどんどんわからなくなっていくように、うー……とこめかみを押さえだした。
『気に入ったなら持ってればいいじゃない』
『あたしがほしいのはこれであって、柚子に持っていて欲しいのは”コレ”なの』
『……よくわかんない……』
『うん。柚子はお馬鹿だから仕方ない』
『うー……』
『でもきっと』
『?』
『いつか、意味を持つ日が来るから、持っていてよ』
 柚子の細くて白い手を握り、そっとマスコットを渡し返す舞。
 柚子は困ったように目を細めて、仕方なさそうにコクンと頷いた。
『表向きはもらったのを持ってるのがあたしで、柚子が持ってるのはあたしが買ってあげたやつってことで』
『なんでぇ?』
『二ノ宮が可哀想なんでしょ?』
『…………。舞ちゃん』
『何?』
 柚子は舞の思惑なんて見透かせないほど、とても低スピードの思考回路を持っているけれど、それでも、舞の心だけは受け取ったように、にこぉと笑った。
『ありがとぉ』
 その笑顔に、舞はすぐに表情を緩ませる。
 この、自分の感情に気が付いているのか気が付いていないのかさえわからない少女に、幸せの欠片というやつが降り注ぐことを、常に願う。
 舞は神など信じないが、この世界に感謝している。
 この少女に、出会わせてくれたことを。



「ほんとに美味しいー。二ノ宮くんのお母様、料理お上手なんですね」
 幸せそうな顔で食べていた柚子が飲み込んだ後に、とってもほんわりとした声でそう言った。
 その言葉に修吾の母親・春花(しゅんか)が嬉しそうに笑う。
「本当? 柚子ちゃん、グラタン好き?」
「わたし、お子様味覚なので、こういう味大好きです」
 元々柚子は引っ込み思案やシャイな性格だからではなく、”自分が変だから”出来るだけ黙っていよう気質の子だ。
 柚子はもうこのメンバーには気兼ねする気がないのか、ハキハキと料理の感想を述べてゆく。
 柚子のそういった率直で素直な性格は、舞の憧れだ。
「これねー、全部修くんが好きな味なの」
「母さん!」
「何? いいじゃない。お母さんが得意なのでいいって言ったの、修くんでしょ。お母さんが得意なのは、修くんが作って作ってってよくねだってきたハンバーグとグラタンだもの〜」
 のほほんと話す春花の言葉に、修吾の顔がどんどん赤くなっていく。
 舞はその様子を見て、ハンバーグをフォークで切りながら突っ込んだ。
「二ノ宮、むちゃくちゃ照れてるでしょ。顔真っ赤だよ〜」
「う、うるさいよ、車道さん」
 うろたえる修吾。
 舞はそれを見てついに堪えられず肩を震わした。
 修吾は照れて暑くなったのか、エアコンのリモコンを取って、ピッピッと温度を下げる。
 それを見てすかさず春花が確認してきた。
「柚子ちゃんと舞ちゃん寒くない?」
「あ、いえ、大丈夫です」
「あたしも、今は平気です」
 そのやり取りを見て気が付いたのか、修吾は慌てたようにすぐに元の温度に戻したようだった。
「あら? 修くんいいの?」
「う……だって、今の……」
 春花の無邪気な表情に、修吾は気まずそうに目を細めた。
 なるほど。
 やたらと律儀に見える修吾の大元はやはりこの人らしい。
「春花さん、おかわりいいっすか?」
「え? あ、ご飯? ええ、いいわよ〜。どのくらい?」
「大盛り☆」
「はぁい。修くんもこのくらい食べてくれればいいのにねぇ」
 いつも騒がしい勇兵が黙る時というのは、食事に専念している時と、部活時、一応授業中(ほぼ寝てる)だけだ。
 勇兵は口元を拭って、満足そうにニッカシ笑う。
「修ちゃん羨ましい〜。毎日こんなんなの?」
「う、うん」
 修吾が少しだけ寂しそうな表情をしたのを舞は見逃さなかった。
 そういえば、もう8時近いのに誰も帰ってこない。
 表札を見る限りでは、4人家族のようだったのに。
「いいなぁ。部活の帰り寄っていい?」
「ツカ、ここは食堂じゃないんだから」
 勇兵の言葉にすかさず舞が突っ込んだ。
 けれど、戻ってきた春花が優しい声で言った。
「勇兵くん、おいでおいで」
「え? いんすか?!」
「ええ、大歓迎。もちろん、舞ちゃんと柚子ちゃんもね」
 春花の言葉に舞は呆然とした。
 柚子は一応コクンと頷いて、嬉しそうに笑ってみせた。
 社交辞令的なものと柚子は取ったのだろうが、そうは見えなかった。
 おそらく、この律儀でやたらとわかりやすい修吾の母親だけに、今の言葉は本気だろう。
「車道さん、口に合わない?」
「え?」
「食が進んでないみたいだから」
「あ、ううん。ごめんごめん。ちょっと考えごとしてた」
「……そっか」
 修吾は納得したように頷いて、すぐに柚子に話しかけられ、そちら側を向いた。
 食事を食べ終えて、片づけを手伝うと申し出たのだが、春花は修吾に手伝わせるからいいと言って、その申し出を断ってきた。
 本当に、お気に入りの息子、といった体が、見て取れるほどの仲の良さ。
 その代わりに、アルバムを2,3冊出してきて、食器を洗っている間、それでも見ていて、と春花が言った。
 修吾はもう食器を洗い始めていたので、全くそれには気が付いていない様子で、これはまた後で真っ赤になるなぁ……と舞は想像して、笑いが漏れた。
「二ノ宮、不憫な子」
 ポソリと呟き、アルバムを柚子と一緒に見始める。
 勇兵は食後のストレッチ、とかなんとか言って、ゴロンゴロンと廊下で何やら暴れていた。
「ふわぁぁ……可愛いぃ」
 柚子が思いっきりミーハーな声を上げた。
 赤ん坊の頃から目がパッチリしている。
 素晴らしいくらいの溺愛ぶりを覗かせる激写激写の数々。
 時たまぶすっとした男性に抱かれて写っている。父親だろうか。
 舞はそれを見て噴出した。
「あっはっは! 二ノ宮……父親似……ッ!」
 顔は母親似だが、このどこかで見たような無愛想な表情は、まさに生き写しだった。
 柚子のペースでペラペラと進んでいくアルバム。
 8歳くらいまではそれなりに笑顔の写真があったのだが、9歳くらいから急激に表情に冴えがない写真が増え始めた。
 ぶすっとした仏頂面。
 何やら表彰されたのか、賞状を持って兄と思しき人物と写っているが、兄は笑顔なのにやはり修吾はぶすっとしていた。
「はぁぁぁ。やっぱり、二ノ宮くん、手が綺麗だなぁぁぁ。許されるなら切り落としたいー」
 堪えきれないように柚子がそんな言葉を吐き出した。
「柚子さん、あんた発言危ういから……」
「え? だって、本当のことだもの」
 柚子はページをめくる手を止めて、舞のほうを見てきた。
「まぁ、確かに綺麗だけど、見るところ違くない?」
「……わたし、手フェチなの」
「…………。はぁ?」
「舞ちゃんの手も好み」
 にっこり笑って言う柚子。
 初めて知った。
 もしかして、柚子が変人と言われるようになったきっかけって……。
 まさか、柚子が修吾のことをいつも見ていた理由って……。
 舞はそこでもしかしたら自分としたことが、明らかな読み違いをしてしまったのではないかと、そんな不安にぶち当たった。
「二ノ宮くんの手は、細いのに節がしっかりしていて、骨ばっていて……わたしのど真ん中ストライク」
 ほわぁぁっと頬を赤らめさせて柚子は幸せそうに言った。
 舞は心の中で叫んだ。
 二ノ宮、可哀想なやつ……!!
「あ、でもね……」
「ん?」
「二ノ宮くんのことも……」
 柚子が少しもじっと体をよじらせた。
 舞はその様子を見てほぉぉっと胸を撫で下ろす。
 柚子も自覚くらいはしていたのだ。
「うん。何? 聞かせて」
「す、……うー、やっぱりなんでもない。答えは急いではいけない。ゆっくり咲いて花と散ろう、お嬢さん」
「散ってどうする」
 言いかけた言葉を振り払うようにふざけた調子で茶化し、そのままくたーと舞のほうにもたれかかってきた。
「暑い」
「うんー」
「だから暑いって」
「カーラーのあたりが暑いねぇ」
「や、柚子がのしかかってきてるから暑い」
 舞はすぐに柚子をのけて、パタパタと手団扇で自分の顔を扇いだ。
 全く。寛容すぎるのだ。
 自分はまだ見定めている最中だというのに。
 勘弁して欲しい。
「西瓜あるけど、食べる?」
 タオルで手を拭きながら、修吾がリビングへとやってきた。
 廊下のほうから勇兵の「食べるー」という声が聞こえてくる。
 修吾は2人の前に広がっているブツを見て動きを止めた。
 舞は顔を上げて、勇兵の真似をして「食べるー」と言った。
 柚子が修吾のほうを向いて、ニコニコと笑って言った。
「二ノ宮くん、子供の頃から可愛いねぇ」
 パサッとタオルが修吾の手から滑り落ち、むすっとした顔になった。
 その顔が見る見る紅潮してゆく。
 舞は口元を手の甲で覆って、必死に笑いを堪えた。
「み、み、み」
「み?」
 不思議そうに柚子が首を傾げる。
 修吾はふるふると体を震わせている。
「見るなぁぁぁぁ!!」
 初めて見た。
 ”いつもクールな二ノ宮くん”が叫ぶところ。
 舞は堪えきれずに噴出した。
 修吾は慌てたようにズカズカと近づいてきて、アルバムをガシガシッと引っ掴んで胸元に引き寄せる。
「二ノ宮、ごめんねぇ。春花さんが見ていいって言うから」
 笑いながらそう言うと、修吾は今にも泣きそうな顔でこちらを睨みつけてきた。
 柚子もその眼差しに驚いたのか、ビクリと肩を震わせる。
 すぐにタタタッと台所に駆けていき、凄い勢いで叫ぶ修吾の声が響いてきた。
「母さん、母さんー!」
「なぁに? 修くん」
「勝手に見せんなよぉ!」
「我が子自慢しちゃいけないのー?」
「そうじゃないよ! 恥ずかしいだろ、こんなの見られたら!」
「そう? だって、修くん、せっかくジャニーズ系なのに……」
「そう言われてから、僕は笑わなくなったの! 勝手に応募する馬鹿はいるし!!」
「えーーー……」
「えーーー、じゃない!」
 どうやら、修吾には自分が美少年の一角、という自覚はあったらしい。
「馬鹿だなぁ……」
 どんだけぶすっとしたって、綺麗な顔は隠れないというのに。
「でも、二ノ宮くんらしいねぇ」
 柚子が遠くの親子喧嘩を聞きながら、ほわーんと言った。
「まぁ、確かにね」
 苦笑交じりで舞も柚子の言葉に同意した。



Chapter6 ← ◆ TOP ◆ → Chapter8


inserted by FC2 system