◆◆ 第3篇 篝火・たこ焼き弾丸ストライク ◆◆
Chapter5.車道 舞
「んー、文化祭日和!」 土曜日1日を準備に充てられたため、睡眠不足なしの文化祭当日を迎えることが出来ました。 全ての方々に感謝します。 舞は柄にもなく、そんな言葉を心の中で呟き、大きく伸びをした。 朝の準備も済んだし、あとは一般入場の時間まで待っていればいいだけ。 素晴らしいことに、文芸部員は当日すらも全員集合してのミーティングなし。 やる気がないにも程がある。 一応、変人……基い古平良先輩は顔を見せてくれたものの、特に何も言わず、舞の言葉に頷いていただけだった。 ……彼女が文化祭が終わったら部長になると思うと、それはそれで緊張感に包まれた部活動になりそうな気がする。 心配で、一応午前当番の2人が来るまで、文芸部展示用の教室で、修吾と舞は待っていたのだが、なんとか時間ギリギリには教室入りしてくれた。 「わりぃわりぃ。クラスのほうの準備で手間取っちまって。……へぇ、結構すげーなぁ。俺らの代の時なんて、めちゃ殺風景だったぜ?」 ギリギリで駆け込んできた先輩はそんなことを言っておかしそうに笑った。 「でも、今年は2人いたからよかったねぇ。去年は、古平良くん1人で大変そうだった」 「ああー、そうそう。鳴1人でな! よくやったもんだよ。ここまでじゃなかったけど、展示は文化祭のなんとか賞もらってたんだぜ?」 ……要するに、文化祭準備を新入生に押し付けるのは、この部では代々決まっていることだったらしい……。 「へぇ……そう、なんですか」 舞は2人の言葉が意外で、目を丸くした。 修吾のほうを見ると、修吾も意外そうな顔をしていた。 今の鳴を見ると、全くそういった部分は想像が難しい。 確かに、同人誌用に書かれた短編小説は尻切れトンボとはいえ、なかなかいい味を出してはいたが、部室にはよっぽどのことがない限りはほとんど寄り付かない。 やる気がないにしても溜まり場として時々使用している3年生以上に、鳴は部室に顔を見せることが少なかった。 「……とりあえず、お昼まで当番お願いします。時間になったら来ますから」 「あいよー」 「楽しんでおいで」 2人はヒラヒラと舞と修吾に手を振ってくれた。 悪い人たちではないのだが……、やる気がなさ過ぎるのが玉にキズといったところだ。 とはいえ、舞も夏休みまでは他人のことを言えないほど、部活に対して情熱を持っていなかったから、なんとも言い難いのだが。 「話すの、二学期頭の部会以来だった」 修吾がそんなことを言って笑った。 「ああ、ニノはそうだよねぇ」 そして、これがきっと最後になるだろうな。 そんなことを考えながら、舞は相槌を返した。 文芸部展示の教室の前では清香が待っていて、舞が出て行くと小さく手を上げた。 修吾もそれに気がついたようで、舞に視線を寄越す。 「渡井と回るんじゃないんだ?」 「ああ、柚子さんとは午後回る約束してるから」 「……そう」 「狙い目だよ?」 「な、何が……?」 舞が悪戯っぽい笑みで顔を近づけてくるから、修吾は少し顔を引いた。 「柚子さん、たぶん、美術室にいると思うなぁ……」 「……だ、だから?」 「へたれでなければ、誘いますね」 そう言ってにんまり笑う舞。 気持ちなんて、舞には見透かされてしまっているから言い逃れも何も見苦しいだけなのがわかっているのか、修吾は何も言わない。 「くーちゃん?」 清香が不思議そうな顔をして、こちらに歩いてくる。 「ああ、ごめんごめん。行こう」 「うん。……こんにちは、二ノ宮くん」 「あ、ああ、ども。遠野さん」 清香が舞に返事するや否や、突然修吾に声を掛けたので、舞は驚いて動きを止めた。 修吾も修吾で、動揺しながらも挨拶を返しているし。 「……思い、出してくれた?」 清香が珍しく目をまん丸に見開いてそんなことを言った。 前々から知った風な素振りを清香が見せてはいたが、知り合いにしては、修吾がだいぶ他人行儀に見える。 「ヨーグルト、譲ってくれたよね。この前、勇兵に名前教えてもらった」 「……あ、あは。ああ、そっちか。うん、そう。二ノ宮くん、甘いの嫌いでしょ?」 「……どうしてわかるの?」 「無糖ヨーグルトにまっしぐらだったもの」 「……ああ……。とにかく、あの時はありがとう」 「いいえぇ。今度から、見かけたら話しかけていいかな?」 「……べつに、いいけど……」 修吾の顔がむっとむくれた。 舞はそれを見て、すぐに察する。 照れてる。むちゃくちゃ照れてる。 噴出しそうになったが、それよりも前に清香が笑った。 修吾が意外そうに唇を尖らせる。 けれど、清香は何も言わずに、にこっと笑って舞の制服の袖を引いた。 「よし、行こ」 「あ、清香、文芸部は午後にしてくれる?」 「ぇ? どうして?」 舞は修吾にヒラヒラと手を振ってから、文芸部の教室にまっしぐらの清香の肩を掴んだ。 一般入場開始の放送がちょうど校内に響き渡った。 「実は、苦手な人と組むことになっちゃって」 「……あれ? 二ノ宮くんじゃないの?」 「急遽変更に」 「なるほど。それで、私が行っている間だけでも、私の案内をしているフリをして誤魔化そうと?」 「……まぁ、そうゆうことですね」 「ふーん。くーちゃんでも苦手な人いるんだ?」 「……いるよ……」 「ふふ……そうですか。私は構いませんよ?」 舞は落ちてきた前髪を掻き上げて、ふー、と息を吐いた。 「本気で困ってるみたいだね?」 「ニノが勝手なことするからこちらの手配は全てボロボロなのよ」 「二ノ宮くん?」 「2人で文化祭歩けって言っても酷かと思ったから色々考えてやったのに、台無しよ」 「…………」 清香が舞の顔を覗き込むように少し背を屈めた。 舞は清香に視線を向ける。 「また、渡井さん?」 真っ直ぐな目が、少しばかり怒っているような光を放った。 なので、舞はすぐに取り繕う。 「ニノも子供じゃないんだし、誘うくらいするわよね? あたしがおせっかいしなくても……」 「さぁ? 私は二ノ宮くんとも渡井さんとも仲良くないからわからないなぁ」 清香はすっとぼけるようにそう言い、クルリと踵を返した。 舞も素早くターンをして、隣に並ぶ。 「くーちゃん、最初どこ行く? どこが混みそうかなぁ?」 金曜に配られた文化祭の出展リストを取り出して、清香がこちらに見せてくる。 けろりとしていて、全く先程の表情などどこにもないから、舞はペースを合わせるようにリストを覗き込んだ。 「あ、そういえば、ニノに、たこ焼き1個おまけ券もらったよ。ツカのクラス」 「……あ、朝から、たこ焼き?」 舞の言葉にさすがに驚いたように清香が苦笑を漏らした。 「だって、後になると足りなくなったりするでしょ? せっかく、おまけしてもらえるんだし」 「わ、私はいらないや……」 「そう? じゃ、清香の分も食べちゃうよ?」 「う……もう、くーちゃんってば。じゃ、勇くんのクラスね? もっと、順路とか決めて動いたほうがいいと思うんだけどなぁ。勇くんのクラス、奥のほうだし」 勇兵のクラスに行くのが決まったものの、清香は納得がいかないようにブツブツと呟いている。 舞はにんまり笑って、清香の手からリストを奪って、ポケットにしまった。 慌てるまではいかないまでも、舞の行動に唖然とする清香。 「行きがけでいいところがあったら入ればいいんだよ。細々考えなくたって♪ ね?」 「……私、アドリブ、そんなに得意じゃないよぉ」 「大丈夫。とりあえず、絶対に入らないのは漫画喫茶ね」 「あ、そういえば、私のクラス、甘味喫茶って、言ったっけ?」 「……聞いてない」 「結構、お菓子作り好きな人が多くて美味しいのが出来たから、行こう? 私も作ったから」 「あのさ」 「なぁに?」 「甘味喫茶ってことは、オプションないの?」 「お、オプション?」 「こんなに可愛い清香を活かそうと考えないの? あなたのクラスは」 舞は恥ずかしげもなく、そんなことを口にした。 目の前には夏の日焼けを耐え抜くためにケアされ続けた綺麗な肌。 ふんわりふわふわ色素の薄い髪。 学内でもファンの多い可愛らしい顔立ち。 舞のセンサーが確かに何かを捉えた。 「な、ななな、ない。ない。ないよ」 清香は必死にブンブンと首を横に振った。 普段おっとりしているのもあって、その仕草が必死すぎて嘘なのがすぐにわかった。 「そう。ないのかぁ」 「う、うん。ないよ。ただ、女の子がお菓子出すだけだよ。私は裏方だから、舞ちゃんが言うようなオプションはありません」 舞の反応に、清香は安心したように胸を撫で下ろす。 が、すぐに舞はにっこりと笑った。 「まぁ、行きがてら覗いてけばいいだけだよね?」 「……え……?」 「どのみち、清香のクラスには、当番が終わってから行くつもりでいたし。ほら、13時からって、言ってたじゃん?」 「あ……ご、午前中行って、そ、それでいいじゃない? くーちゃんには私のお菓子サービスするから。くーちゃんの当番が終わる14時なんて、もう終盤でお菓子も足りなくなり始めるだろうし」 清香は計算高そうで、全く持って計算が出来ていない。 簡単に罠にはまる。 元々、自分のクラスの話をしなければ回避できたかもしれない状況を自分で作り出すあたりが……全く持って。 ……可愛いんだから……。 そんなことを心の中で呟いた瞬間、顔が熱くなった。 髪をくしゃっと掻き上げて、舞は目を細めた。 「あー、ホント」 「 ? 」 こんなに幸せでいいんだろうか。 横目で清香を見ると、清香は不思議そうにこちらを見ていた。 勇兵のクラスまでのルートでも、綿菓子・クレープ・焼きそば……と舞は立ち寄っては食べていた。 隣で清香が苦笑を漏らして見ていたが、差し出してみせると、それを素直に食べた。 一番いい評価だったのはクレープ。 清香は根っからの甘党だから、当然といったところだろうか。 勇兵のクラスの前まで来て、舞はおまけ券を財布から取り出した。 中に入りながら、清香が心配そうな目で舞を見た。 「くーちゃん、あんなに食べたのにまだ食べられるの?」 「朝ごはんと昼ごはんだもの。このくらいで妥当でしょ?」 「……いや、十分多いと思うけど」 清香は舞の言葉に引きつり笑いをしながら呟きを漏らした。 「清香は少食だからねぇ」 「…………」 「胸大きくならないぞ?」 そう言った瞬間、団扇でペシンと頭を叩かれた。 舞は叩かれた箇所をさすりながら、そちらを向いた。 そこにはTシャツを腕まくりして、頭にタオルを巻いても尚汗だくの勇兵が立っていた。 「何すんのよ、ツカ」 「公衆の面前でセクハラしてるから」 勇兵は悪びれることなく、白い歯を見せて笑うと、片手に持っていたたこ焼きのパックを差し出してきた。 「え、まだ注文してないよ?」 「お前がここに来る目的なんてひとつしかないだろが。遠野の分も持ってきたけど、要らない?」 「あ、ううん。折角だし、買う」 「2つで400円になります♪」 「……いい商売ねぇ」 「……特別に2つ入れてやったのに、そんなこと言う?」 舞が目を細めると、勇兵は唇を尖らせた。 確かに、片方のたこ焼きはひとつ多く入っていた。 「うーん。サービスされても、結局味次第よねぇ」 「ふっふっふ」 「? なによ?」 「何のために俺が運動部で、部活帰りにたこ焼き焼かされてると思ってんだよ?」 「……焼かされてんの?」 「1年が焼くのが通例だからな。まぁ、食ってから文句言うんだな、シャドー」 勇兵は楽しそうに笑いながら、2人から代金を受け取り、舞にパックを2つ押し付けてきた。 団扇でバタバタとTシャツの中を扇ぎながら、勇兵はふーと息を吐く。 「あっぢぃから、あんましここいないほういいぜ?」 「ああ、そうね。あ、そういえば、ニノは来た?」 「うん? 来たよ。ウヒヒヒ」 勇兵は舞に尋ねられて頷きながら、いやらしい笑い声を上げる。 清香が軽く引いているのが見て取れたので、舞はすぐに突っ込んだ。 「キモい」 「ああ、悪い悪い。いやー、お似合いの2人でご登場でしたよ」 「ん? じゃあ?」 「多くは語るまい。しかし、いつも思うんだけどさぁ」 勇兵は顎に人差し指を当てて考えるように天井を見上げた。 舞は清香にパックをひとつ手渡してから、勇兵に視線を戻した。 「ああいうのってさ、後で大変なことになったりせんの? 中学生じゃないんだからもうないのかね?」 「後でって?」 「ほら、女子特有の……あー、まぁいっか。何かあったら、シャドーがどうにかするよな?」 「何が言いたいの?」 「いや、修ちゃん、結構影の人気すごいでしょ?」 「……まぁ、所詮影の、でしょ?」 「うわ、きついなぁ」 「違う違う。最近気がついたんだけどさ、元より話しかけることすら躊躇われる王子様扱いなら、そういった事態はないんじゃないのかと思うんだよね」 「……へぇ……」 「大体、行動にも移せない人間にとやかく言う権利はなし」 「シャドーらしいな」 舞のさっぱりとした口振りに、勇兵は感心したように笑った。 舞は髪を掻き上げて、その後に付け加える。 「どっちかというと、あたしはあんたの彼女になる人の身が心配よ」 「へ……?」 舞の言葉に不思議そうに勇兵が首を傾げた。 舞がため息を吐くと、清香も横でクスクスと笑った。 「彼女、どっかに落ちてねーかなぁっては思ってるんだけどなぁ」 「あんたは、高校卒業するまで拾わないことをお勧めするわ」 「はぁ? なんだそりゃ?! 俺だって、薔薇色の青春は欲しいっつぅの」 「部活バカのくせに」 舞の言葉に、勇兵は唇を尖らせる。 パチパチッと2人の間に火花が散った。 なので、清香がすぐに口を挟んでくる。 「ほらほら、喧嘩しないの。くーちゃん、時間のこともあるし、そろそろ行こう?」 「え、あ、うん」 清香が時計を見せながらそう言ってくるので、舞もすぐにそれに視線を落とした。 勇兵がつまらなそうに目を細めたが、素早く切り替えたように、団扇で2人を扇いできた。 「まぁ、来てくれてサンキュな。あとで、俺も行くわ」 「はいはい」 「と・く・に」 「 ? 」 「遠野のウェイトレスさんは楽しみにしてるぜぇ」 そう言って、どこから出したのかピラリと写真を指で挟んで2人に見せるようにして笑った。 清香が小首を傾げて、可愛らしいウェイトレスの格好をしている写真。 舞は不意を突かれて、動きを止めた。 それとは反対に、清香は行動が速かった。 勇兵の腕を思い切り握って、写真を奪い取ろうと手を伸ばす。 「なんで、勇くんが持ってるの? これ、宣伝用に使うってしか私聞いてないよぉ」 「あははは、俺人脈だけはあるからさぁ……だから……」 「お、お願い。返して。返してぇ」 勇兵が写真を高々と掲げると、舞よりは背が高いとはいえ、清香の背では写真に手が届かなかった。 ここまで取り乱す清香はそう見られないので、勇兵が楽しそうに笑う。 「俺が返しても、他にも持ってる男子いるみたいだけど?」 「……ぇ……」 その言葉に、清香が複雑そうな表情で、勇兵から写真を取り返そうとしていた動きをやめた。 俯いて何も言わなくなった清香を見て、舞は勇兵を睨みつける。 「バカ」 「あ、わ、わりぃ。そんなに嫌だったか?」 裏で回る分には、百歩譲って構わないとしよう。 だが、それが当人に知れた時、当人のショックがどれほどかを想像できないのか。 特に、勇兵ならばそのくらい頭が回るかと思っていたが、所詮、デリカシーに欠ける男子の1人。 慌てて清香の顔を下から覗き込んでいるが、もう、どうしようもない。 舞は失望をこめたため息を吐いて、清香の手を取ると、勇兵の教室を後にした。 「……気にしないほういいよ。男子はいつまで経ってもバカなんだから」 「……もう、やだなぁ……」 「え?」 「私、普通に生活したいだけなのに……」 「……あたし、口出したほうがいい?」 「……ううん。知らないフリしていれば、平和で済むよ。どうせ、今日だけ、なんだし」 なんでもないように清香は言い、舞は息を飲んだ。 清香が時々発する、妙に冷めたような、達観したような空気を久々に感じたせいかもしれない。 普段はおっとりした表情や言動に隠れて見えないのだけれど、ふとした時に顔を出す。 本人も無自覚なのかもしれないが、その空気は……たまらなく舞を寂しくさせるのだった。 |