◆◆ 第3篇 篝火・たこ焼き弾丸ストライク ◆◆

Chapter10.車道 舞



 文化祭終了の時間。
 一般入場で来ていた人たちもほとんどいなくなって、廊下にいるのは学生ばかり。
 看板や飾りがあるだけの、そこにはいつもの光景が広がった。
 祭りが終わったことを、実感する。
 春花はなんとか背の高い赤い髪の人を見つけ出して、一緒に帰っていった。
 挨拶だけしたが、修吾の家で見た写真に写っていたお兄さんとは、だいぶ印象が異なった。
 ……あれだけ容姿が変わっていれば当然のことなんだろうけれど。
 ああ、それと、修吾と性格が正反対であることもよく理解できた。
 理由は簡単。
 舞の顔を見てすぐに、
『へぇ……えろそうな顔してんなぁ』(当人は誉めてるつもり)
と言ったからだ。
 本当はぶん殴ってやろうかと思ったが、春花が素早く注意したので、手の出しようがなかった。
 後ろで勇兵がおかしそうに笑っていて、そちらのほうに憤りをぶつけるように肘打ちしてやった。
 柚子は柚子で、そんなビックリ兄に対しても、丁寧に頭を下げ、あちらはあちらでわざわざ屈んで柚子の顔を覗き込んだ。
 柚子は動じることなくきょとんと目を丸くし、賢吾がにぃっと笑った。
『ちんまいのとえろそうなのと』
 サングラスをずらして柚子の目を真っ直ぐ見据えた。
 ……目は、修吾そっくりだった。
『なんだよ、修もやるじゃん』
 春花と賢吾は合流して、そのまま帰っていったが、帰る時に春花が賢吾に清香の話をしているのが聞こえた。
 賢吾は全く思い出せないという体の反応をしていたが、舞はその様子を見つめて、首を傾げた。
 昔馴染ならばそれはそれ。
 清香もそう言えばいいのに、なぜ不自然にも知り合いではないスタンスを取っていたのだろうと。
 そんな引っかかりがあった。
 修吾が気が付かないから面白かった、というようなことを言ってもいたが、それにしても、春花に見つかった時の彼女の取り乱しようといったら、今までで一番だったように思う。
 なにしろ、舞にすがりつくぐらいであったのだから……。
 舞は柚子を美術室に届けた後、部の片づけを先にするために文芸部の教室へと向かった。



 キャンプファイヤーを見つめて、舞は長い髪を掻き上げた。
 18時ちょっと前。
 秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったもので、辺りはずいぶん薄暗かった。
 もう10月も終盤なのだからそれはそれで当然なのだろう。
 ぼーっと突っ立っていると、音もなく隣に清香が現れた。
 舞はそれを横目で見て、すぐに炎に視線を戻す。
「くーちゃんはいると思った」
「うん、せっかくだしね」
「……二ノ宮くんは、帰ったの?」
「ええ、用事ないし、興味もないからって」
「ふふ……シュウちゃんなら誘われたろうになぁ」
「……?」
「渡井さんは……?」
「絵、描くってさ。今日くらいやらなくていいのに」
「……そう……」
 清香はおっとり笑い、舞のほうを見ている。
 視線は感じるけれど、視線を合わせるのが躊躇われて、舞は前を向いていた。
「くーちゃん、誰かに声、掛けられなかった?」
「声?」
「キャンプファイヤー行くなら、一緒に見ない? って」
「……ああ、言われたけど、断った」
「やっぱり」
「3年生だったんだもん。誰だよって思って」
「最後の思い出作りしたかったんだよ、きっと」
「思い出?」
「先輩に聞いたんだけど、後夜祭の時の告白率の高さは、普段の3倍、らしいよ。あ、カッコ当社比、だそうですが」
「お祭り騒ぎでテンション上がるんだろうなぁ……」
 舞はそんなことを呟いて、はぁ……とため息を吐いた。
 勢いと雰囲気で押してしまえ、な状況なのだから、当たって砕けるのも怖くないのだろう。
 むしろ、そのテンションと雰囲気のおかげで、成功率も少し上がるのかもしれないし。
「でも、キャンプファイヤー一緒に見よう、はかなり正統派なお誘いらしいよ。正々堂々だし、告白なしで返事もらうようなものだから、傷は浅くて済むらしいけど……。ほとんどは、後夜祭参加中にいきなり肩を叩かれる……」
「遠野さん」
 清香が説明してくれているところにタイミングよく、2年の男子が声を掛けてきた。
 清香はすぐに覚悟を決めたように目を細め、クルリと振り返る。
「はい?」
「……ちょっと、いいかな?」
「はい」
 人のいないほうを指差す先輩に、清香はコクリと頷いた。
 全く興味のない人は後夜祭に出てはいけないみたいな雰囲気だ。
 舞は心の中で呟き、清香が先輩について歩いていく背中を見つめる。
 先輩がたくさん話しているようだったが、清香が二言三言言葉を返して、すぐに頭を下げた。
 そして、駆けて戻ってくる。
「……慣れたもんだね」
「慣れてないよ。いつも、心は痛いんだよ、これでも。だけど、はっきり言わないのは、相手にも失礼だから」
 舞の皮肉にも似た言葉に、清香は困ったように眉を寄せて笑った。
 その後に目を伏せて、長い睫が影を作る。
「でも、断りやすくは、なったの」
「え?」
「……好きな人がいます、って、言えるから」
 その言葉が聞こえた瞬間、ザザ……と風が吹いて、清香は髪とスカートを押さえて、静かに俯いた。
 キャンプファイヤーの火で、顔が赤いのか炎のせいで赤いのか全然わからない。
 だから、清香が俯く必要なんてなかったのだけど……。
「へぇ、すごい」
「なにが?」
「あたし、引き合いに出されてるんだ」
 舞が冗談でも言うようにそう言うと、清香は困ったようにこちらを見た。
「意地悪言わないで」
「意地悪のつもりはないよ。……ただ」
 舞は周囲を気にするように見回し、髪を掻き上げた。
 自分だけならばいいけれど、彼女までそういう偏見のフィルターに掛けられてしまうこと……それだけはいつも怖くて……。
 だから、舞は心の中にある欲望の半分も外に出しはしないし、……たとえ言ってしまっても、冗談のように笑って、それで終わり。
 そうしないと、いつでも彼女は自分の傍から逃げ出してしまうと、そう、思っている。
 それなのに、彼女はそんな舞の気持ちなど知りもしないで、一生懸命歩み寄ろうと、真面目に向き合ってくる。
 ……ずっと。
 彼女を意識し始めてからずっと、望んでいたはずなのに。
 今は、彼女のその姿勢が、怖くてたまらなくなることがある。
 なぜなら、歯止めはいつでも緩い位置でギリギリ引っかかっている程度で、どんなきっかけで外れてしまうのかが、自身でも想像がつかないからだ。
 後悔はしていない。
 けれど、そこにある優しさを失う怖さが、時々付き纏うようになった。
 ゴンボを救出した時も、今回の写真のことも、……彼女の失望の要因になりはしないかと、そんなことを考えてしまう。
 好きだけでは出来ないことがあることを、こんなところで実感させられる羽目になるなんて。
「くーちゃん」
「え?」
「大丈夫だよ」
「何が?」
「くーちゃんが思ってるほど、人は他人を気にしてない」
 他人の目を常に気に掛けなくてはならない状況にあるような清香がそんなことを言ったことには、正直驚いた。
 清香はゆっくりとこちらを向き、小首を傾げて笑った。
「……やりすぎなければ、ね?」
 そっと差し出される手。
 その手を見て、その後に清香の顔に視線を上げる。
 すると、清香は少しばかりねだるように手をグッパッと動かした。
 なので、舞はおずおずとその手を握る。
「変なの」
「え?」
「くーちゃんのほうが、怯えてるように見える」
 繋いだ手を満足そうに見つめて清香はそう言うと、踵を返して、舞を引っ張った。
 舞は引っ張られるままに歩く。
「帰ろ」
「え?」
「私、何度も声掛けられるの嫌だし、目の前でくーちゃんに声掛けられても嫌なので」
「……打ち上げあるって言ってなかった?」
「行く気分じゃないもの……」
 清香の手を握る強さが少しばかり強くなった。
 舞はそれを感じ取って、きゅっと優しく握り返した。
「清香」
「なに?」
「どうせならゆっくり歩いて?」
「え?」
「せっかく手を繋いでも、昼間もバタバタ、今もズルズル……じゃね」
 舞は引きずられながらすれ違ったクラスメイトにヒラヒラと手を振り、清香にだけ聞こえるくらいの声で言った。
 清香が恥ずかしそうにこちらを見て、舞はそれに対してにんまりと笑い返す。
 ……本当はやっぱり気にしているくせに、無理ばかりして。
「ひ、人が、切れてから」
「じゃ、今日は歩いて帰ろう」
「……冗談、だよね? 遠いよ……」
「じゃ、バスを降りるまで?」
「くーちゃんってば」
 清香が呆れたような声を発したので、舞は毎度のようにクスクスと冗談めかして笑った。
 キャンプファイヤーの光が届かないあたりまで来て、ようやく2人は自然な形で並んだ。
 だが、前から凄い勢いで走ってくる生徒がいて、舞は清香の肩を引き寄せる形でそれをかわす。
 2人の反射速度に差がありすぎて、清香の足は引き寄せられるのに反応できなかったのか、少しヨロリともつれた。
 なんとかそれを支え、舞は走っていった生徒を目で追った。
「部長?」
 どう見ても、文芸部の愛すべき(憎い?)ちゃらんぽらん部長だった。
 片付けの時も、その場にはいたくせに、ずっと同人誌とにらめっこをしていて、何ひとつ手伝いをしなかった。
 舞が叱るように言っても、部長は余裕がないように手をヒラヒラと振るだけだった。
 時々、鳴に何か話しかけていたが、鳴は無視するように片付けを優先し、部長は悔しそうに表情を歪めていた。
 最終的になぜか修吾まで同人誌を見せられて、何か話をしていた。
 どうやら、読めない漢字があったようなのだけれど、何をそんなに必死になって読まなくてはならないのか。
 舞も修吾もわからなかったので、ただ呆れながら、最後まで迷惑なちゃらんぽらん部長に付き合う形になった。
 それが今度は猛ダッシュで、グラウンドのずっと先まで走っていった。
 キャンプファイヤーなど全く無視。
 全く、何を考えているのかさっぱりだ。
「……まぁ、いっか」
 舞はどうでもよくて、清香の肩から手を離すと、再び歩き始める。
「なんだったんだろうね? さっきの人」
「さぁねぇ」
「……でも、後夜祭だし、なんとなく察しはつくけどね」
 清香は楽しそうにそう言って笑った。
 舞は暗がりに浮かぶ清香の笑顔を見て、優しく目を細めた。
 繋いでいた手を少し大きく振る。
「清香の手、あったかいなぁ」
「え?」
 清香が振られるように少しよろめく。
「冬場は重宝しそうだなぁ」
「……手袋買いなよぉ……」
 舞の冗談を言うような口調に、清香は苦笑いをしてそう言葉を返してきた。
 何はともあれ、文化祭終了。
 明日1日は寝まくるとしよう。
 本当に、睡眠時間の足らない1週間だったから、今日が限界、といってよかろう。



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