◆◆ 第4篇 手繋ぎ・みんなでお絵描き ◆◆
Chapter2.車道 舞
「ねぇ、舞さんって、二ノ宮くんと付き合ってるってホント?」 「ふぇ?」 あんまりにあんまりな問いかけを横から小声で投げかけられて、思わず舞は柚子並みの間抜けな声を出してしまった。 視線の先では修吾が困ったような表情をしていたが、それどころではなくなったので、質問してきた子のほうを向いた。 桜川亜湖。 一学期、舞と席が近くてよく話していた子だ。 クラスの中では比較的落ち着きのある……お姉さんみたいな雰囲気のある女子。 「一体、今のは何の冗談?」 その言い様がおかしかったようで、亜湖はすぐにクスクス笑った。 「冗談、とかじゃないよ。部活一緒だし、仲良さそうにしてるの、よく見掛けるから噂になってて。ほら、二ノ宮くんって、女子とあんまり話さないタイプだし」 「……うーん。部活一緒だから仲良いだけだけど? それに、話し掛ければ、アイツ生真面目に返事してくれるよ?」 「……じゃ、付き合ってるとかは……」 「ないない。ありえない」 舞が肩をすぼめて首を横に振ると、亜湖は少々安堵したように胸を撫で下ろしたようだった。 ……ああ、この子も修吾ファンか……。 そんなことを思いながら、むしろ、ここは付き合っていると言って、牽制してあげたほうが柚子のためになったろうかと考えたが、それでは、自分の行動を制限されてしまう可能性も出てくるので、今更な考えはすぐに破棄した。 舞は軽く修吾のほうに指先を向けて、からかうように笑う。 「亜湖、ああいうのタイプ?」 その言葉に、亜湖が少々照れたように笑みを浮かべた。 「……硬派で、浮気とかなさそうな……感じかなぁって」 「ああ、それは当たりかもねぇ」 硬派って言うより、シャイ、なだけだけど。 でも、生真面目だから、惚れた相手には本当に誠実に尽くすタイプではあると思う。 完全な忠犬タイプ……とは、犬のマスコットを貰って以来、ずっと思ってきたことである。 「舞さんは……?」 「ん?」 「好きなタイプとか、ある?」 亜湖が修吾のほうを見てから、顔を赤らめてすぐに舞にそう聞いてきた。 その素振りは、見ているこちらも恥ずかしくなるくらい可愛らしいと思った。 女の子は恋をしている時が1番可愛いというのは、真実であると思う。 ……とは言っても、舞は、修吾には柚子、と思っているので、そこで塩を送ってやるようなことはしないけれど。 舞は亜湖の問いに少々間を置いた。 どう答えればいいものやら。 色素が薄くて、毛並みが柔らかくて、おっとりしているようで、実は結構独占欲が強くて……? ……ああ……この返答では、あまりにも個人を特定しすぎだな……。 少々頼りない感じの守ってあげたくなるようなタイプ。 しっくり来るけれど、亜湖の頭の中では舞の頭の中と同じ変換はしないから、少々貧弱な男子の図が浮かんでしまうような気がする。 ……こういう時、難しいよなぁ……。 恋愛話を聞くことについては大好きなんだけど、自分のことは話すに話しづらい。 ぼんやりと考えていると、修吾がこちらを見つめて、口をパクパクさせている。 何やってんだろ、アイツ……。 そう思った瞬間、 「車道さん、出てもいい種目どれー?」 と訊かれたので、体を捻ってそちらを向いた。 「んー? なんでもいいけどー?」 舞が少々無防備な声を出すと、そこにいた女子全員、少々目を丸くした。 「? どうか、した?」 「あ……いや」 「舞って、色香あるかと思えば、いきなし可愛い声出すから、あたしらでも、時々びびるよね」 「……ん? 悪い。ぼーっとしてたから、かな?」 女子たちの反応に、舞は困ったように首を傾げてそう言う。 「あはは。まぁいっか。でさぁ、車道さん」 「うん」 「二年からの要望でさぁ、四種目くらい出て欲しいって言われてるんだ」 「……え?」 さすがに舞もその言葉には嫌そうな声を発した。 その反応が返ってくるのはおそらく予測がついていたようで、みんな、特に表情を変えなかった。 「理不尽だとは思うんだけど……クラスマッチで大活躍だったの、インパクトあったらしくてさぁ」 「ああ……あれね」 「で、リレーは、たぶん、出たほうがいいと思うのね」 「……ほいほい。リレーね」 「いい?」 「ええ。だって、走るだけだし」 なんともないように舞が笑うので、押し付けなければいけないので少々気が引けていたであろう一部の女子たちも、安堵したように息を吐いた。 「あたし、騎馬戦とタイヤ引きならやっていいよ?」 「え?」 「だ、大丈夫なの?」 「何が?」 「いやだって、ねぇ?」 「うん、危ないし……」 舞が不思議そうに首を傾げてみせると、心配するように彼女たちは確認するようにそう言った。 そんなことを言われるとは思わず、舞は噴出す。 舞にとっては、騎馬戦とタイヤ引きなんていうのは、花形種目。 好き勝手暴れていい種目なのだから、危ないとかそういう認識よりも前に闘争心が湧いてくるものでしかない。 もしも、清香や柚子が出るなんて言い出したら、全力で阻止するけれど。 「あっはっは。危なくないって! もしやるんなら、それくらいの競技のほうが楽しいじゃん」 「車道さんって……時々わかんないなぁ」 「そう? あたしは至って普通だけどねー」 舞は髪をサラリと梳かしてからにっこり笑った。 その表情に見惚れている子がいたが、舞はそんなことには全く気が付かずに、顎に手を当てた。 「あと……一種目、か」 「徒競走は?」 「また走るのぉ?」 「たぶんさぁ、ポイント高めのに出せってことだと思うからさ……悪いんだけど」 「……うーん……まぁ、いいよ」 「ホント?! ありがとう! ホントにありがとう!!」 舞の返答で、机の上のノートの一部が完全に埋まったのが見えた。 あんまり競技が多くなると、清香のところに遊びに行けなくなるのだが……そこはまぁ、しょうがないか……。 「……あ、しまった」 「何?」 「借り人競争に車道さんを出せって言われてたの、思い出した」 「んー? あたし、さすがにもうお腹いっぱいだよ?」 「だ、だよねー。ま、まぁいっか。じゃ、あとは適当に埋めて……」 「あ、柚子さん、まだ決まってないじゃん」 舞はノートを覗き込んでそう言うと、すぐに立ち上がって柚子の席に行き、腕を引っ張ってきた。 ポンポンと肩を叩き、まだ余っている競技を確認する。 「ねぇ、この子でも出来そうな競技あるー?」 柚子はほとんど空気と同化して、クラスの盛り上がっている様子を見守っていたのに、急に引っ張り込まれて動揺しているようだった。 落ち着かないように目を細めて、首を動かしている。 「渡井さんは……借り人……あ……駄目だ、今適当に埋めてて定員いっちゃった」 「…………」 「柚子さん、どれか選びな? っても、やりたくないなぁって顔してるけどぉ……」 舞は柚子のわき腹をグリグリやって笑った。 柚子がくすぐったそうに身をよじらせる。 この子の絶望的な運動神経のなさは、女子の間では周知のことなので、柚子が憂鬱そうな顔をしていても、納得しているようだった。 「渡井さん、悪いんだけど、二人三脚お願いしてもいいかなぁ……?」 「え?」 「これ、息さえあえば運動神経そんなに関係なさそうだし」 「……えっと……」 まだ埋まっていない競技から選び出されてきたそれに、柚子は困ったように首を傾げた。 「大丈夫だよ、気負わなくても」 「とりあえず、出とけば文句言われないからさ? ね?」 柚子のことを気遣うように、口々にクラスメイトたちが優しい声を発する。 ……柚子は、すぐに泣き出しそうな雰囲気がある、らしく。 あんまり強い物言いはしづらい……というような話をしているのを聞いたことがあった。 勿論、舞はその場にいたので否定はしたのだが、柚子から積極的にクラスメイトたちと話すことがないため、その印象はそのままの状態のようだ。 「あ、あの……」 柚子が搾り出すような声を発した。 チラリと舞を見て、少々俯きがちで言葉を漏らす。 「ま、舞ちゃん……と一緒だったら……」 「あー、でも、車道さん、今……」 「別に。いいけど」 舞はそれに対してサラリとそう答える。 もう四種目引き受けているのもあり、その言葉にクラスメイトたちが驚いたように目を見開く。 「え? い、いいの? だって、さっき……」 「柚子さんのテンポ合わせられんの、現時点であたしだけだろうし。いいよ」 こんなに心許なさそうに目を細めている親友を一人放置……というのも心苦しいところではあるし。 「じゃ、じゃあ、お願いしようかな……」 「ええ。ただ、その代わり、徒競争を他の人にお願いしても良い?」 「ああ、うん、そこは調整してみるよ」 「お願いしま〜す☆」 舞はふっと笑みを浮かべてみせた。 柚子が気まずそうにクルリと踵を返して、天井を見上げた。 舞はほとんどノートが埋まっているのを確認してから、柚子の細い肩をきゅっと抱き寄せた。 柚子が怯えるように肩を震わせたが、舞が構わずに柚子にもたれかかるように抱きついて、ニコニコと笑った。 小声で柚子が言う。 「……ごめんね……」 舞はなんでもないように首を傾げてみせた。 「何が?」 その言葉に、柚子は目を細めて沈黙する。 そっと、舞の腕に両手を添えて、少々不安そうな表情を見せる柚子。 「少し練習しないとねー」 「……うん……」 「どうしたぁ?」 「……ううん、なんでもない」 「ホント?」 「うん」 舞の言葉に柚子はすぐにコクンと頷き、けれど、軽く息を吐いたのが、抱き締めていたからすぐに分かった。 嫌いな運動をしなくてはいけない状況が憂鬱だからかと思い、舞は特に気にも留めずに、柚子から体を離して、ポンポンと優しく頭を撫で、参加種目が全員決定したというので、舞は自分の席へと戻った。 そんな舞の背中を、柚子が寂しそうに見つめていたことには……その時は全く気が付きもしなかった……。 「好みのタイプ……?」 なんということでしょう。 あの純情シャイボーイ、忠犬タイプ確実の二ノ宮修吾くんが、部活中(と言っても、部室でまったりしているだけ)にそんなことを問いかけてくるではありませんか。 某リフォーム番組のようなナレーションを思わず頭に思い浮かべながら、舞は首を傾げる。 修吾がやっぱり聞くんじゃなかったと言いたげな、苦虫でも噛み潰したような表情でこちらを見ている。 舞は悪戯っぽく笑った。 「何? どうしたわけ? いきなり」 「……いや、クラスの男子が……そんなこと言ってたから」 修吾はごにょごにょと言い辛そうに口を動かした。 舞はその様子を見て、更にクスクス……と笑った。 「あたしの好み知ってどうすんのさ、君」 「いや、どうもしないけど、気になったんだよ。……わ、悪いかよ。個人的な興味だよ。それもどうしようもないくらいくだらなくて突発的に湧いた興味。適当な話題作り」 修吾は舞の反応に、表情を強張らせてそんなことを言う。 からかうような口調で問い返したのがいけないようだ。 ……まぁ、照れているだけ、というのは理解しているから、別に構わないのだけれど。 「……なんだか、そこまで言われると傷つくなぁ……」 「え? あ、いや、そんなつもりは……」 でも、どうせなので、ちょっとだけ傷ついた風を装って、俯いてみた。 理由は簡単。 暇だし、面白いから。 「ごめん……。た、単に、ほら、シャドーみたいな子はどういう人に惚れるのかなぁって、一応、オレも男だし、少しはさ」 「ふふっ……はいはい。大丈夫よ〜。柚子さんには言わないでおいてあげるから」 「お、おい、なんで、そこで渡井の名前が出るんだよ」 「え? だって、暫定柚子さんの彼氏だし、あたしの中では」 「かっ……な、なに言ってんだよ……! いきなり」 顔を赤らめて声を裏返らせる修吾。 舞はあまりにおかしくて噴出した。 修吾が赤くなった顔を冷ますように手団扇でパタパタと顔を扇ぎ、視線をわたわた動かしている。 むしろ、これだけ挑発しているのに、二人の間に進展がないことのほうが、個人的には心配なのだが。 舞はひとしきり笑った後、ふーと息を吐きだし、目を細めた。 急激に静かになった舞を見て、修吾が戸惑うようにこちらを見る。 舞は頬杖をついて、修吾を見つめた。 好みのタイプを聞かれているだけだから、特定できそうな情報を与える必要なんて全然無いわけなのだが、彼ならば、なんとなく、許容しそうな気がした。 だから、言ってもいいかなぁ、と、そんな気持ちになる。 「聞きたい?」 「……聞いていいなら……」 修吾は唇を尖らせて、そう言った。 舞はニコリと目を細めて笑う。 髪を掻き上げ、熟考する。 まだ、無理だ。 心は、まだ誰かに言えるレベルまで追いついていない。 舞はふーと息を吐き出して、唇を噛んだ。 「…………」 「嫌なら、いいよ。オレも、そういうの聞かれるの嫌いだし」 真面目な表情で修吾は言い、椅子から立ち上がって、本棚の本を漁り始めた。 「柚子さんの好みなら、教えてあげられるけど、聞きたい?」 「…………。別に」 「いいの?」 「うん、興味ない」 「へぇ……結構自信あり?」 「……ち、違うよ。単に、何を聞いたって、僕は僕でしか在れないって、分かってるから……だから、聞きたくないんだ」 つい、『僕』に戻っていることにも修吾は気付いていない。 舞はふっと笑みをこぼし、そんな彼の背中を見つめた。 その言葉は、誠心誠意、柚子のことが好きだと、そう思っている彼だからこそ言える言葉のように、舞は感じた。 だから、つい笑みがこぼれてしまったのだと思う。 柚子の好みのタイプは……自分に正直で、優しくて……何よりも一緒に居て、落ち着ける人。 プラス、手が綺麗だったら言うことはない。 見事にストライクど真ん中にいる人間が、自信なさげにそう言っている姿を見るのは、なんとももどかしいものだなぁと……舞は思った。 |