◆◆ 第4篇 手繋ぎ・みんなでお絵描き ◆◆
Chapter3.二ノ宮 修吾
「あれ〜? 修ちゃんも騎馬戦?」 昼休みに召集を掛けられたので、グラウンドに行ってみると、1・2年の男子の群れの中に勇兵がいた。 勇兵の場合、自分から出場すると騒いだタイプなのだろうなぁと思いながら、彼に歩み寄った。 騎馬戦やタイヤ引きなどの団体競技は、六クラスを二つに分け、三クラス対三クラスで行なうことになっている。 要するに、この場に勇兵がいるということは……勇兵とは団体競技の際は味方同士であるということが確定したわけだ。 「なぁなぁ」 「なに?」 「修ちゃん、俺が土台やったげようか?」 「へ?」 「騎馬決めるための召集だろ、これ。だから、さっさと組む人めっけて飯にしたいんだ。組もうぜ〜、修ちゃん〜」 「……ぼ、僕、上は嫌だよ……」 勇兵の言葉に、修吾は素直にそう返した。 その言葉に、勇兵は修吾の体を上から下まで嘗め回すように見、ポンポンと頭を撫で、肩を軽く揉んでから、うーんと唸った。 「……上が適任だろ、どう考えても」 「傷つくから、溜めながら言うのやめてくれ」 「俺が修ちゃんだったら、喜んでやるけどなー。上は楽しいぞ?」 「それは勇兵が運動得意だからじゃないか。それに、やりたいならやりなよ」 「いやー、だって、背また伸びたみたいだしさー、俺。一応気を遣って、下になっとこうかなぁってさー」 「……勝利を選ぶなら、勇兵は上になるべきだよ」 「ぅん? でもさ、修ちゃん。修ちゃんはさ、どう見ても上確定なんだよ? それなら俺と組んどいたほうがいいと思うけどなぁ? なんなら、制限時間内逃げまくれる最強の騎馬になってあげてもいい」 「…………」 「今がお買い得だって」 「何のセールスマンだよ……」 「うーん。笑う、かな?」 「古いって」 修吾は勇兵の引っ張り出してきた相当懐かしいネタについうっかり笑いを漏らしてしまった。 「よっし、決まり☆」 「は? え、ちょっと、今のどこにオッケーの要素が……」 「よし、あと二人だー。誰でもいいな、誰でも。あ、バレー部の奴いる。あいつらでいいや」 勇兵はそう言うと、修吾の言葉なんて聞く耳持たずで突っ走っていってしまった。 二言三言言葉を交わし、すぐに二人を連れてくる。 片方は勇兵よりも背はあるが、体つきはひょろく、気弱そうな男子。 思わず、ネギを連想させられそうなほどひょろ長い。 もう片方は、修吾くらいの背だけれど、体つきがガッチリしていて、目付きが鋭い……ちょっと怖い印象のある男子だった。 「二ノ宮修吾くん。コイツが上な」 「わかった。よろしくね、二ノ宮くん」 ネギは優しく笑って、そう言ってくれた。 「修ちゃん、背高いのが高安守(たかやすまもる)で、こっちの目付き悪いのが……」 「目付き悪い言うなよ」 「だって、ちっこいのって言ったら怒るだろ?」 「もっと浮かばねーのかよ、いい表現が! ホント、失礼な奴だなぁ……。自分で名乗るわ。オレ、浅賀光(あさがひかる)。よろしくな、二ノ宮」 勇兵とポンポンと喧嘩腰でやり取りを交わすも、特に悪びれた様子も無く、そう言って笑った。 どうやら、細かいことをずっと気にするタイプでもないようだ。 「よろしく。……た、ただ、本当に僕でいいの? 僕、弱いんだけど……」 「ああ、別にいいよ。守はやりたくないとこ引っ張り込まれただけだし、オレの場合、上やりたかったんだけど、相手怪我させるから駄目って断られたとこだったんだよ」 「コイツの通り名は『狂犬』です☆」 勇兵がおかしそうに笑いながら言った。 光がそう言われて困ったように眉をひそめる。 「た、単に加減できねーだけだろうが。喧嘩なんてしたこと、一回もねーんだかんな」 「浅賀は熱中すると、手加減できなくなっちゃうタイプなんだ。だから、上乗せると危ないからさ。だから、二ノ宮くんが最適だと思うよ」 守が光をフォローするようにのほ〜んとした口調でそう言った。 「よし、騎馬も決まったし、二年に言って、教室戻ろうぜー♪」 勇兵は上機嫌でそう言い、タタタッとノートを持っている二年生のところに駆けて行ってしまった。 修吾はその背中を見つめて、諦めのため息を漏らす。 「二ノ宮くん、もしかして、嫌?」 守が心配そうに修吾を見つめてそう言った。 光がその言葉で、チラリとこちらを見る。 「う、うん。騎馬戦には、あんまり良い思い出が無いんだ」 修吾は俯いて静かに返した。 光は思い切り伸びをして、吐き出すように言った。 「じゃ、オレたちが、良い思い出作ってやるよ」 「……え?」 「楽しいぜ? 良いチームで組めば、なんでも楽しくなる」 「…………」 「二ノ宮、勇兵を信じろよ。オレ、お前と話すの初めてだけどさ、……その」 「どうせなら、楽しくやりたいもんねー。二ノ宮くん、ぼくらがフォローするから大丈夫だよ」 二人は優しい声でそう言って、にっと笑ってみせた。 なので、修吾はただコクリと頷くだけでよかった。 「……なんだ、全然透かしてねーじゃんか。な?」 「光、本人の前……」 「え?」 「へへっ。こっちの話だから、気にしなくていいよ」 光は誤魔化すように笑い、守はお腹を気にするようにさすった。 勇兵が軽やかな足取りで戻ってきて、白い歯を見せて笑う。 「言ってきたぞー。さて、戻ろうぜ! じゃ、チーム二ノ宮で頑張ろうなぁ♪」 「え? なに、そのチーム名」 「勝手に決めた」 「勇兵!」 「リーダーは俺ね♪」 「それなら、チーム塚原じゃないか」 「上に乗る人がメインだろー、やっぱり」 勇兵はにひひひと笑いながら、修吾から逃げるように駆け出した。 修吾は追いかけることまではせずに、ただ、頭を押さえてはぁぁぁとため息を漏らす。 「勇兵楽しそうだなぁ」 守が嬉しそうにそんな言葉を発したのが聞こえた。 「へぇぇ、ツカと組んだの」 「うん」 修吾はため息を吐きながら、頷いた。 舞は特に気に留める風でもなく、宿題のプリントを見つめている。 修吾は宿題が終わったので、持って来ていた小説を取り出して開いた。 舞は分からない問題があったようで、顎にシャーペンのヘッドを当てて、うーんと唸った。 考えている最中のようだったので、修吾は何も話さずに、小説のページを進める。 「思えばさぁ……」 しかし、ペンが動いた様子も無かったのに、舞のほうから話し掛けてきた。 「あたしら、なんで、気が付くと、二人でいんのかなぁ」 「へ? そりゃ、部室とか図書室とか、どこ行っても、いるから……」 「変なとこ、気が合うよねー。今日は部室の気分。今日は図書室の気分。時々はあたしが暇だからニノについてくこともあるんだけどさー。……あ、ま、どうでもいいか」 「…………。なんだよ、振っておいて」 舞はようやく頭の中で答えと結びついたのか、サラサラとプリントに数式を書き出した。 「いやさ、なんか、あたしらが付き合ってるとか、根も葉もない噂があるそうでねー」 「ふーん……。…………。…………。はぁ?」 修吾は素直に顔に出した。 嫌そうな雰囲気を。 ちょうど顔を上げた瞬間、その表情だったので、おかしかったのか、舞が噴出した。 「そんなに嫌か。ふっ……あはははは。あたしも嫌だよ!」 明るい声でそう言い、シャーペンを置く舞。 「……なんで、そういう話に?」 「うーん……たまたま一緒にいる率が高いから、かな?」 「だったら、オレは勇兵と付き合ってるって事にもならざるをえないじゃないか」 「……うーん……その発想はなかなか出来ないものだわね」 「だって、シャドーは女子だけど、オレにとったら、勇兵と同じ、感じだし」 「あたしにとったら、ペットも同然だし」 「ペッ……?!」 修吾はさすがにその言葉にはショックを受け、小説を閉じてしまった。 ページ数のチェックもしていなかったので、何ページだったか思い出せず、ちょっと落ち込む。 「まぁねぇ……男と女がそこにいればそういう発想になるのが世の中だから。事の成否は置いておいて」 「否定したんだよね?」 「当然でしょう? 面倒くさくなるの嫌だもの」 「はぁ……よかった」 「まぁ、別に、付き合ってようと付き合っていまいと、どうでもいい話だと思うんだけどねー、そんなのさ」 「どうでもよくないよ……」 「うん、まぁ、あたしもどうでもよくはないんだけどさ」 「今、どうでもいいって言ったじゃないか」 「一般論よ一般論。さっき、世の中って言葉使ったじゃん」 舞は少々楽しそうにそう言い、鞄から箱入りのスナック菓子を取り出した。 小さく開けて、じゃがりこじゃがりこと食べ始める。 「あたし、ニノのせいで、女友達がどっと減るのは嫌だもん。これが、ニノじゃなかったら、否定も何もしないで放っておくところなんだけどね」 「そう、なの?」 「あ、ツカと付き合ってるって言われたら大否定するわ」 「……勇兵可哀想」 「面倒ごとが嫌いなの」 舞は目を細めて笑い、うーんと伸びをした。 「ねぇ、ニノ、ここわかんないんだけど、教えてくんない?」 「どこ?」 修吾は身を乗り出して、プリントを覗き込んだ。 舞の髪からシャンプーの良い香りがして、少しばかりドキリとした。 舞はなんでもないように最後の大問を指差して、こちらを見つめている。 ガチャリ、と部室の扉が開く音。 二人はそちらを向いた。 鳴がドアノブに手を掛けた状態で、停止し、こちらを見つめていた。 「お疲れ様です、鳴先輩」 「部長、お疲れ様です」 二人が口々に挨拶すると、鳴は扉を閉じた。 「ええ、お疲れ様。邪魔しましたか?」 「いえ、全然。というか、やっぱりそういう風に見えます?」 舞は平然とした調子で尋ねる。 鳴は部室で一番大きい机まで歩いていき、鞄を置いて、椅子に腰掛けた。 「美男美女だし、絵にはなりますよね」 「全然そういうんじゃないので、どうしてくれようねー、と今話していたところなんですけど」 「……うーん……。綺麗な人も、それはそれで大変なのね。同情します」 「え、いや、そういう問題ですか?」 修吾は鳴の反応に思わずそう返してしまった。 綺麗とかそういう問題ではないと思うのだが。 「そういう問題ですよ。いつも一緒にいたって、そう思われない人だっているし。相手にだって気付いてもらえない人だっていますしね。綺麗な人や魅力のある人は、注目も浴びやすいし……ただ、それだけのことだと思います。みんな、そういう暇潰しのネタが欲しいんです」 「暇潰し……」 「そう。暇潰し。本人達は然して気に留める必要も無い戯言ですよ」 「その戯言を真に受けちゃう人もいるから」 「人間って、面倒くさい生き物ですね」 二人の反応を見て、鳴はおかしそうにクスクスと笑った。 舞が鳴の言葉に反応するように笑う。 そして、しばらく三人で雑談を交わした。 秋の日はつるべ落としとはよく言ったもので、その間に外は真っ暗になってしまった。 すると、鳴が窓の外を見つめて、思い出したように言った。 「そういえば、もうすぐ体育祭ね」 「あ、そうですね。鳴先輩は運動は……?」 「苦手です」 眼鏡をクイッと直し、穏やかにそう言う鳴。 「二人は得意そうですね」 「あー、あたしはまぁまぁ、ですかねー」 「シャドーは運動神経良いですよ。球技大会の時も大活躍でした。オレは普通です」 「普通って言えるのも凄いような気が……」 「あ、いや、ホント、得意でもないし、苦手でもないから……普通って言ってるだけですよ。運動自体はあんまり好きじゃないです」 「まぁ、好きだったら、文芸部入ってないもんねー」 「え? お、オレは運動好きだったとしても、文芸部のほうが好きだよ」 舞がすかさず茶々を入れてくるので、修吾は間髪入れずにそう返した。 鳴がそれを聞いて、優しく目を細める。 「それで、体育祭が何か?」 「二人は何に出るのかと思って」 「ああ。あたしは、リレーと騎馬戦とタイヤ引きに、二人三脚です」 舞の言葉に、鳴が眼鏡の奥の目を大きく見開いた。 「たくさん、出るのね?」 「白羽の矢が立ったそうです」 「……ああ、二年は体育祭は今年で終わりだから、無駄に気合入っている人もいるのよね……。少し、そのへんが心配だわ。毎年、少なからず揉めるそうだから」 「そうなんですか?」 「ええ、トシ先輩が……そんなことを……」 そこまで言って、鳴がはっと口を押さえた。 顔が見る見る紅潮していく。 舞はその様子を見て、クスクスと笑った。 修吾は意味が分からずに首を傾げる。 「ご馳走様でーす♪」 「あ、いえ、その……そういうつもりで言ってないです」 「ひとつ、気になってたんですけど、あのちゃらんぽらんのどこがいいんですか?」 二人のそのやり取りで、ようやく鈍い修吾も察した。 静かに二人のやり取りを見つめる。 「どこ……? さぁ、どこなんでしょう?」 鳴が本当にわからないようにそう言った。 その返答に舞の表情が笑顔のままで固まったのがわかった。 聡明で賢い印象のある鳴が、好きな理由ひとつも分からずに、元文芸部部長と付き合っているという事実は……かなり、心配になる案件である。 「あの……鳴先輩大丈夫ですか? もしかして、ムードに弱いタイプとか……」 「ムード……。あのバカな先輩に限って、ムードもへったくれもありませんよ」 「ふっ……彼氏に対して、酷い言い様ですね」 舞は鳴の言い様がおかしかったらしく、クスクスと笑った。 修吾はそんな女二人のマジトークに、少しばかり居心地の悪さを覚えた。 ……ホント、自分、男と認識されて無いなぁ……。 つい、心の中でそんな呟きが漏れた。 「……酷い、ですか? でも、……他の人が同じように言ったら、許しません、よ」 鳴のポツリと呟いた言葉に、修吾はビクッと肩を震わせた。 けれど、舞は全く正反対の反応を示して、なぜか修吾の横で悶えていた。 「シャドー?」 「ねぇ、ニノ」 「うん?」 「ここに可愛い生き物がいること、わかる?」 「部長に対して、生き物とか失礼だよ……」 「いや、だって……今の言葉の良さ、わかんないわけ?」 「……怖いなぁって……思ったけど」 「……修吾、そのままじゃ、恋愛小説なんて一生書けないわよ」 「恋愛小説は書く予定ないからいい。というか、いきなり、名前で呼ぶな」 「……二ノ宮くんの突っ込みレベル、徐々に上がってきてますよね」 「ですよねー」 「どうでもいいよ……そういうのは。オレ、そろそろ帰りますね」 時計を見たら、五時半を過ぎていたので、修吾はそこで席を立った。 舞は毎日こうして時間を潰して誰かを待っているようだし、鳴も鳴で同様だった。 本日、鳴が待っている相手が誰なのかが発覚したわけだけれど……。 部室棟を出ると、少し肌に沁みる涼しい風が吹いた。 修吾は学ランの襟を直しながら、野球部の練習を横目に、校門へと歩き出す。 空を見上げると、綺麗に星が浮かんでいた。 「元部長と……部長が……ね」 意外と言えば意外。 でも、そう言われれば、あの文化祭の時の微妙なドタバタ加減も納得がいく。 世の中、やっぱり、分からないことのほうが多いものだ。 そんなことを心の中で呟いて、鞄を持ち直した。 |