◆◆ 第4篇 手繋ぎ・みんなでお絵描き ◆◆
Chapter18.渡井 柚子
「清香、明後日、誕生日なんだってさー」 三人より遅れて喫茶店に入ってきた舞が、清香を引き寄せながら楽しそうにそう言った。 清香が慌てたように舞の制服の袖を引っ張る。 「くーちゃん!」 「なんで? どうせなら、みんなでお祝いしたほう、いいじゃん〜。ほら、ツカなんか、部活でこんなところ寄り道出来る機会すらそんなにない奴なんだし。おごってもらいなよ」 「なんで、俺だよ……」 舞のノリに呆れたように、勇兵が頬杖をついた状態ではぁとため息を吐く。 「だってさー、あたし、誕生日、夏休み中だからこういう風に友達に祝われる機会ないんだもの。いいじゃん、やろうぜ〜」 「あ、わたしも、春休み中だから、ないや」 「え? 柚子、誕生日、いつ?」 「……3月28日」 「へぇ……」 そう言いながら、舞が修吾のほうを見るので、柚子はそれまでなんとも思っていなかったのに、つい気になって、同じように彼のほうを見た。 修吾はぼんやりとメニューを眺めていたが、舞がニヤニヤしながら見つめていることに気が付いたのか、顔を上げた。 「なに?」 「覚えた?」 「なにが?」 「ふふっ。べっつに〜」 舞のおかしそうな素振りに、修吾は不満そうに目を細め、その後に柚子を見た。 そして、静かに言う。 「オレも、小中は冬休み中だった」 「え?」 「……誕生日」 「へぇ、そうなんだ。いつ?」 舞は清香が座る椅子をさりげなく引いてから、自分も柚子の隣の席に腰掛けた。 「1月18日」 「修ちゃん、すげー微妙な時期じゃん」 勇兵がそれを聞いて、面白そうに笑った。 この辺は、寒い地域に分類されるため、夏休みと冬休みが同じくらいの長さになる。 関東地方など、南の地域の夏休みは8月中続くが、この辺りはお盆明けには夏休みも終わり、二学期に突入する。 そのため、冬休みが南の地域に比べて二週間ほど、長いのである。 「確か、三学期の始業式は……」 「1月18日」 「よし、じゃ、始業式は誕生会で!」 「え? いや、そういう意味で言ったんじゃないよ、勇兵」 「いいじゃん、たまには。バレー部でも時々やるよ? 誕生会と銘打ったたこ焼きパーティー☆」 「でも、たこ焼きなのね」 修吾と勇兵のやり取りに、舞はおかしそうに突っ込む。 柚子は静かに三人のやり取りを眺めながら、1月18日……と心の中でメモを取った。 誕生日プレゼント、何がいいかなぁ……? と、ぼんやり心の中で考えて、思わず、口元が緩んだ。 清香は修吾が開いたままにしていたメニューを見つめて、考えるように首を傾げている。 「ツカ、それ、あんたらだけでやるの? あたしらは呼ばないの?」 「へ? ……そんなん、俺が決めることかよ。なぁ、修ちゃん?」 「……あ、オレ、そういうのいいよ。苦手だし」 修吾は困ったように頬を引きつらせて、乗り気でないことをアピールするように、手を横に振った。 舞が長い睫を伏せてつまらなそうにふーんと言い、メニューに目を落とす。 「あ、あたし、これにしよ」 清香が悩んでいる横で、舞はサクッと頼む物を決めて、頬杖をつく。 「じゃ、ニノには、冬休み中気に入った小説をプレゼントしたげる」 「……それ、シャドーが読んだやつ?」 「ええ、駄目?」 「駄目じゃないけど……」 「普通、プレゼントなら新品だろ。デリカシーねーな、シャドーはー」 「ツカに言われたくないっつーの」 清香が悩んでる鼻先で、舞と勇兵が睨みあっている。 それがおかしくて、柚子はクスリと笑い声を漏らす。 修吾がそれに気が付いて、不思議そうにこちらを見た。 「……あ、仲、良いなぁって思って」 「ああ。そうだね」 「しゅ……二ノ宮くんは、冬生まれなんだね」 「あ、うん」 「だから、暑いの嫌いなんだね」 「……そういうもんかな?」 「だって、冬生まれの犬とかって、夏が苦手だって聞くから……あ……」 自分で言いながら、まるで、修吾を犬と同列に扱ってしまったような表現に、不味かったかなと口を閉じた。 修吾は数秒ほど複雑そうな顔をしたけれど、それから、おかしそうに肩を震わせて笑い、目に掛かった前髪を除けてから言った。 「ったく、例えが犬かよぉ……」 「ご、ごめん」 「あ、そういう意味じゃないから」 柚子が縮こまったので、修吾が慌てて、笑うのをやめて、困ったように目を細める。 二人の視線が絡んで、柚子は自分の顔が熱くなるのを感じた。 ……一番が良いというのは、友達として、じゃない……。 昨日言いたかったけれど、言えなかったこと。 そして、今後も、言う勇気を持てないかもしれない言葉。 それが、頭の中をグルグルと回る。 修吾は静かに視線を逸らして、息を吐いたようだった。 本当は照れてのことだが、柚子がそれに気がつくほど、余裕があるはずもなく、不安で唇を噛んだ。 「……ツカ、見た?」 「見た見た。和むなぁ、ホント」 わざとらしく、コショコショ言い合う二人に、修吾が耳ざとく突っ込む。 「なに? 静かになったと思ったら」 「いやー」 「ねー」 こんな時ばかり、気の合う二人。 勇兵の肩を軽く小突く修吾を、おどおどしながら、柚子は見つめる。 舞がそっと背中をポンポンと叩いてくれた。 大丈夫。 そういう意味なのは、すぐにわかった。 「さっちゃん、まだ、決まらない?」 「こら、ニノ、そういう風に言わないの!」 「あ、別に、急かす意味で言った訳じゃ……」 「そういや、俺ら、まだ注文してなかったなぁ」 思い出したように勇兵が言い、清香が焦るようにメニューの上で指を動かした。 「みんなは決まってるの?」 舞が、清香から意識を逸らすように、問いかける。 「わたしは、プリン」 「コーヒー」 「クリームソーダとメガシュークリーム☆」 「ツカ、甘党よねー、ホント」 「おぅ。バレンタイン、よろしくなぁ!」 「ああ、あたし、パス。清香あたりくれるんじゃない?」 「あ、わ、わたし、作ってくるよ、二人に」 柚子は修吾と勇兵を見て、慌てて柚子はそう言った。 修吾が驚いたようにこちらを見る。 「お、お世話に、なったし」 「えぇぇ? 柚子、あたしにはぁ〜?」 「ぁ……うん、あげるよ。あげるから、こちょがさないでぇ」 舞がくすぐってくるので、思わず、柚子は声を上ずらせながらそう返す。 「シャドーって、人の誕生日は覚えない、バレンタインは貰う主義、で女子力、ホントねぇよなぁ」 「誕生日は覚えるわよ、さすがに」 「だって、遠野の覚えてなかったじゃん」 「……単純に知らなかったのよ、悪いか!」 「なんだよ、仲良さそうな素振りしといて、知らないって」 「日常の会話で、誕生日の話にならないのよ。悪ぅございましたね」 「ふふっ。私は、くーちゃんの誕生日、知ってたけどね」 「へ? 言ったっけ?」 「うん、聞いた。中一の時」 「……ああ、そう、だっけ?」 「8月11日」 「合ってる」 「渡す機会なくて、プレゼントはあげたことなかったけどね」 清香は申し訳なさそうにそう言い、みんなの顔を見て笑う。 「バレンタイン、みんなにあげるね」 「いつも思うんだけどさ、あの大量のチョコ用意するの、どれくらい掛かんの?」 勇兵が超真顔でそう尋ねる。 「……あ、その前に、注文しちゃおうよ。ごめんね、優柔不断で……」 「清香、どれ?」 「これ」 清香が指差したメニューを見て、舞はサッと手を上げて、店員を呼ぶ。 そして、メニューを持ち上げて、店員に向かって、全員分の注文を伝えてから、店員にメニュー表を笑顔で返した。 「あたしのおごりね」 ポソリと清香に言ったのが、柚子の耳にだけ聞こえた。 清香が困ったようにそんな舞の横顔を見る。 舞は、すぐになんでもないように、会話を再開する。 「清香は手作りだから、経費的にはアンタのホワイトデーのお返しに比べたら、かなり安く済んでるはずよ。ね?」 「うん、材料は、家にあるものもあるし、多くても、三千円か四千円くらいで、なんとかなるかな」 「マジで? 俺なんか、毎年、小遣い足りなくて、ホワイトデーの時期前借りなんだけど……」 柚子と修吾は三人の会話についていけずに、首を傾げて、それを見守っていた。 それに気が付いて、舞がすぐに説明を付け加える。 「清香、クラスメイトと部活メンバーからは救いの女神って呼ばれてたのよ、中学の頃」 その言葉に、清香が恥ずかしそうにテーブルに視線を落とした。 「なんで?」 「みんなにバレンタインあげるから」 「へぇ……」 「しかも、男女の別なくな。大変だったろ? 俺、いっつも心配してた」 「でも、その分、量が、少なかったでしょ?」 「でも、すげー美味かったよ!」 「あ、ありがとう。元々、お菓子作るの、好きで……。でも、なかなか食べてもらう機会ってないから、あの時期は張り切っちゃうの。それだけだから、心配してくれなくても大丈夫だよ?」 清香が嬉しそうに顔の前で指を組んで可愛らしく言うので、舞がそれに見惚れるように目を細めた。 柚子はそれに気が付きながらも、特に何も言わず、清香に視線を向ける。 「そ、それじゃ、遠野さん……」 「なぁに?」 「わたしにも、その内、教えてくれるかな?」 「あ! うん、いいよ! 勿論!!」 清香はどうやら本当にお菓子作りが好きらしい。 彼女の表情からそれがしっかりと伝わってくる。 「くーちゃんも」 「へ?」 「貰うだけじゃなくて、作ろうね。ホワイトデーのお菓子、美味しかったよ。勿体無いよ」 「……気が向いたらね」 「……もう……。あ、勇くん」 「ん?」 「材料費さえ出してくれるなら、私が作ってあげようか? ホワイトデーのお返し」 「マジ?」 「うん。男子でくれた人にまめにお返ししてたの、勇くんだけだったの、覚えてるから」 「……男は照れくさいんだよ、ああいうの。しょうがないんだ」 「じゃ、受け取るなよって思うあたしがいる」 「しょうがないの! なぁ、修ちゃん?」 「ニノも、まめに返してくれそうよねー……って、顔引きつってるけど、ニノ、大丈夫?」 みんなの視線が修吾に向く。 すると、確かに、修吾の表情は硬かった。 「盛り上がってるとこ、悪いんだけど……」 修吾は申し訳なさそうに口を開いた。 「オレ、甘いの、駄目だから……寄越さないで、ほしい」 そこで、柚子もそのことに思い至る。 そういえば、修吾はコーヒーもヨーグルトも無糖を選ぶほど、甘い物とは縁の無い人だった。 「オレにとっては、あの日は、最悪の、日だから……」 「でも、前、俺があげたポッキー……」 「少しなら、大丈夫なんだけど……机いっぱいは、無理だから」 ああ、やっぱり、二ノ宮修吾はもてるらしい。 そこまでされても無自覚で生きてこられたとは、ある意味すごい人だ。 「ごめんな、渡井……」 「え? あ、ううん。いいよ。お菓子じゃないといけない訳じゃないし! わたし、一生懸命考えるよ。だから、その時は、貰ってね?」 「あ、う、うん」 「まぁ、来年のことを言っても、鬼が笑うかー」 「そうね。あたしらの場合、まず、目先の期末テストよね」 と、ちょうど、話に一区切りついたところで、店員がプリンとコーヒーに、舞の頼んだフルーツシェイクを持ってきた。 放課後、みんなとワイワイガヤガヤ、くだらない話をして過ごす時間。 柚子は、それをとても愛おしく感じる。 今は、ただその幸せの中で過ごしていい。 彼らが、自分にそう言ってくれているような気がして、とても嬉しく感じるのだ。 柚子はプリンを食べながらそんなことを考えた。 |