◆◆ 第6篇 空音・桜咲くにはまだ早く ◆◆

Chapter5.塚原 勇兵



 南雲秋行は、勇兵以上の人懐っこさを持っている。
 たった1週間で、自分の席の周りに男子・女子問わず輪が出来上がるほどに。
 容姿の可愛さも相まって、なかなかどうして、食えない奴かもしれない。
 それが、勇兵から見た、南雲秋行。

「え? 渡井さん?」
 男子と話していた秋行が不思議そうに声を上げた。
 勇兵も同じ輪の中にいたので、彼に視線を向ける。
 秋行が挨拶回りで柚子や舞や清香と話していたのを、彼らは見ていたのだ。
 それで、3人の話になって、あの中で1番話し掛けづらいのは柚子、と、1人の男子が言ったところで今に至る。
 因みに、1番話しかけやすいのは、清香、とのことだった。
 彼女が男子の間で学年のアイドルと称されるのは、近づきがたさよりも親しみやすさから付いた面が強い。
 彼女が女子から目の敵にされやすいのも、そういう面があるからのようだ。
 舞や修吾のようにオーラが違う、と思わせる強みがあれば、相手も土俵に上がってきたりはしないのだろうけれど。
 清香は、相手を怯ませるくらいの可愛さを持っていながら、控えめすぎる節がある。
 そういう子は、つけこまれやすい。
「んなごどねぇと思うけどぉ……。渡井さん、話しやすいど思う。な? 塚原くん、二ノ宮くん」
 勇兵は話を振られて、らしくもなく、ビクリと肩を跳ねさせてしまった。
 少々デリケートすぎる話題で、勇兵はコメントに困る。
 話しやすいのは確かなのだけれど、修吾のことを思うと、避けたい話題だった。
 輪の外ではあったけれど、秋行が修吾にも話を振ったので、男子たちの目が修吾に向く。
 修吾は小説を読んでいたけれど、話は聞こえていたようで、困ったように顔を上げた。
「なぁ、なんで、二ノ宮に訊くの?」
「ほら、アイツ、車道さんと同じ部だから、渡井さんともよく話してるんだよ。だからじゃね?」
「ああ、そういうことか。つかさ、二ノ宮って車道と付き合ってるって聞いたんだけど、実際どうなの?」
「知らねぇよ。気になるなら、聞けばいいじゃん」
「そういう話題、睨まれそうで出来ねぇよ。アイツ、凄むと怖ぇし」
 勇兵の横にいた男子がコソコソとそんな話をしている。
 修吾は視線が一気に自分に向いたことを自覚して気恥ずかしくなったのか、一度視線を外してから、再びこちらを見た。
 勇兵には分かるけれど、修吾と親しくない連中からしたら、それもやはり格好つけのひとつと取られる。
 修吾は気取らなくても、そういうのが絵になってしまう人だから、ある意味不憫だ。
「ね? 二ノ宮くん」
 秋行はほんわりとした口調で、屈託なく笑い、修吾に同意を求める。
 なので、修吾もおずおずと頷いてみせた。
 勇兵はそれを見て、少々表情を渋くした。
 嘘なんてつける人ではないけれど、ここで周囲に塩を送るような反応をしてはいけないのに。
「そんなに言うならさぁ」
 突然、このクラスに遊びに来ていた堂上ヒロトがそう声を発し、輪の中に入ってきた。
 秋行は知らない顔の登場に少々戸惑うように、大きな目をパチクリさせる。
 ヒロトは少々不敵な笑みを浮かべて言った。
「南雲、あの3人とのデート、セッティングしてよ」
 その言葉に、秋行の周囲にたむろっていた男子たちが静かになる。
 修吾も視線を上げ、ヒロトを見た。
 秋行が困ったように表情を歪める。
「え? そ、そゆのは、ボク、ちょっと違うがなって思うけど」
「いいじゃん、仲良くなるのがモットーなんだろ? 休日会ったら、更に仲良くなれるんじゃねーの?」
「……ん、んだけど」
「何? 静まり返っちゃって……。お前らだって、仲良くなりたいんじゃないの? こんなところで話聞いてるより、よっぽど良いじゃん。もし、トリプルデートするんなら、参加したい奴、手ぇ挙げた」
 ヒロトは茶化し口調でそう言いながら、サッと手を挙げてみせた。
 さすがにその場にいた男子は動かなかった。
 秋行が困っているのが見て取れたのだから、当然だろうか。
「ど……」
「ヒロト」
 勇兵がヒロトを諌めようと声を掛けるよりも早く、修吾が静かに声を掛けた。
 予想していなかった人から声を掛けられたことで、ヒロトの表情が少々怯む。
 修吾は持っていた小説を机に置いて、ヒロトを見据えると穏やかな口調で言った。
「もしそういうことがしたいなら、声は自分で掛けるべきだよ。南雲くんは、そんなつもりじゃないって言ってるじゃないか」
「…………」
 修吾のその言葉に、ヒロトは苦々しそうに表情を歪める。
「はっは……。なんだよ、この空気。もしかして、おれ、悪者?」
「そ、そんなごどねぇよぉ。た、ただ、ちょっと……無茶だって話だよ。それに、ボク、君のごど、よく知らんもん。知らん人のごど、紹介はでぎねぇよ。それは、無責任過ぎるもん」
「ああ、悪ぃ。おれが一方的に、南雲のことを知った気でいた。そのことは謝る」
「ん、ぅん」
「でも、正直さ、デートできるならしてみたいだろ? なぁなぁ?」
 雰囲気が悪くなったことにようやく気が付いた自己中・ヒロトは、表情を改めて、空気を茶化すようにそう言った。
 どうやら、故意ではなかったらしい。
 それがわかって、ようやく、周囲の男子の表情も緩む。
「そりゃ、な」
「だろう? おれは仲良くなるツテもねぇからさぁ……もし行けるなら、南雲に賭けたい」
「……ボク? ボクは、そゆのはいいよぉ。みんなも話し掛ければいいよ。みんな良い子だもの」
「それが出来ねぇから、こんな輪にいるんだって。だろ? みんな」
 ヒロトの言葉に苦笑する男子。
 その輪の外で話を聞いていた女子たちが、不快そうにため息を吐いた。
 勇兵はそれをチラリと見、少し考えてから、パンパンと大きく手を叩いた。
「はぁい、話が昼休みでは出来ない話題になりそうなので、ここでおしま〜い」
「な、なんだよ、塚原。おれだって、そのくらい弁えて……」
「いいからいいから。ほら、予鈴鳴る時間だし、クラス帰ったほういいぜ」
「あ、ホントだ。南雲、おれ、堂上ってんだ。覚えてくれよな? じゃ!」
「ん。堂上くん、よろしく」
 秋行はやんわりとそう言って、ヒラヒラとヒロトに対して手を振った。



「修ちゃん修ちゃん、身長どうだった〜?」
 身体測定の途中。
 修吾と秋行と回っていた勇兵は、秋行の身長の計測が終わるのを待ちながら、壁にもたれて話していた。
 修吾が持っている紙を見つめ、少々頬を上気させて呟くように言った。
「1センチ……伸びてた……」
 169センチ。
 勇兵はそんな修吾の見つめている測定用の紙を覗き込み、数字を確認する。
 物静かに、照れたように、それでも嬉しそうに言った修吾がおかしくて、勇兵は心の中でほくそ笑んだ。
 なんだよ、やっぱり男だなー。
 そんなことを思いながら、体重の欄を見て、思わず勇兵は声を上げた。
「ちょ、修ちゃん、何この数字! 軽すぎだよ、いくらなんでも……」
「へ? え、そ、そうかな?」
「50キロって……何食べて生きてるの?」
「量は普通だと、思うんだけどな……。勇兵は、どうだったの?」
「ん? 身長は、6センチ伸びたよ。182センチ!!」
 修吾が勇兵の得意気な笑顔を見上げて、静かにため息を吐いた。
 どうやら、彼の中で身長はコンプレックスにでもなっているらしい。
 平均的な身長は確保できているのだから、気にすることでもない気がするのだけれど。
「あ、ニノにツカじゃん。もう、身長と体重の測定は終わったの?」
 舞が柚子と清香を引き連れて現れたので、勇兵と修吾はそちらに視線を動かした。
 柚子は普段スケッチブックを抱き締めているのと同じ要領で、測定用の紙を大事そうに抱えている。
 清香が少々憂鬱そうな表情で、紙を見つめていた。
「今、アキちゃん待ってるとこ。遠野、どうしたぁ? 元気ないじゃん」
「朝と昼抜いて元気ないだけだから、気にしなくていいわ、ツカ」
 清香の代わりに舞が呆れたような口調でそう言う。
 それを聞いて、勇兵も困ったように目を細めた。
 そういう話を男子にそのまましないで欲しい。反応に困るから。
 姉がいるから勇兵は見慣れた光景ではあるけれど、修吾がやっぱり反応に困るように、視線を逸らした。
「身体測定なんて、普段の体重でいいんだぜぇ? 遠野は繊細だなぁ、相変わらず」
「す、数字として残るのが嫌なの。いつもなら、この時期に合わせて減らすのに、今年は上手く行かなくって」
 言いはしないものの、そういう方向に頑張る女子を見ると、勇兵はいつも思ってしまう。
 痩せたいと言いながら、その手にはチョコレートケーキ。
 姉に言ったら蹴りを入れられた。
 繊細な問題なのだそうだ。
 清香の場合は、そういうことではなく、数字を少しでも減らそうと足掻いたわけなのだけれど、見られるのが嫌ならば、普段から心掛けていればいいだけのことなわけで。
 そういう面で苦慮する女子を不思議には思うものの、それも含めて、可愛い存在なのだということを、認識しているから、言いはしないけれど。
「身長1センチ伸びてるんだから、しょうがないのにねぇ……」
 舞が清香の持っている紙を覗き込んで、慰めるように静かに言った。
「身長は要らないのに……」
「なんで? 羨ましいよ、165センチなんて。清香、鈍くさくなかったら、運動部引っ張りだこだよ、身長だけで」
「だって……」
 清香は舞を見つめて、はぁ……とため息を吐く。
 舞はそれを見透かすように目を細めて、髪を掻き上げる。
「悪かったわねぇ、女子の平均身長で生きてて」
「べ、別にそこまでは言ってないよ……」
 王子様よりも大きいお姫様。というのは、シンデレラの劇の時にも言われていたこと。
 彼女は彼女で気になるのだろう。
 思い出して思わず笑みが漏れてしまった。
 10センチ以上ある厚底ブーツを履く案も挙がったけれど、舞がスマートじゃないと却下したのだった。
 一応、ヒールの高いブーツで上げ底は図ったものの、やはりお姫様のほうが背が高かった。
 それでも、カッコいいと、女子に思わせてしまったのだから、あれはまさに車道舞マジックってやつなのだろう。
「あ……あははは。2人とも、少しはわたしのこと、気遣って欲しいなぁ……」
 2人の話に上手く割り込むようにして、柚子は少々しょげ気味な声でそう言った。
「ああ、いいのいいの。柚子はそのサイズがジャストサイズだから」
「ふぇ?! ひ、ひどいよぉ、舞ちゃん。わ、わたしだって、160センチの大台を夢見てた時期があったんだから……」
 160センチが大台、という発想がなんとも可愛らしい。
「柚子があたしより大きかったら可愛くないじゃない」
「そ、それは舞ちゃんの都合じゃん〜」
「そんなことないって。ねぇ、ニノ、そう思わない?」
「へ? あ、ああ……。渡井は、そのままでいいと思うよ」
 急に舞から話題を振られて、修吾が少々戸惑いながらもすぐにそう返した。
 柚子が慌てたように修吾を見て、恥ずかしそうに目を逸らす。
 勇兵は舞と一瞬目を合わせ、にんまりと笑った。
 楽しそうにそんな2人を見つめている横で、清香だけが少々呆れ気味な視線を向けていた。
 秋行がようやく教室から出てきて、輪に加わった。
「もうさげねぇ。待ってでくれでありがとー」
「お、アキちゃん、結構かかったね? どうかしたの?」
「あ、保健のセンセと話っこしてだっけぇ、時間かがってしまって。悪ぃなぁ」
「んーん。この通り、だべってたから大丈夫だよ♪ で! アキちゃんは、身長どうだったぁ?」
「…………。ボク、中学から、全然伸びねぇのぉ」
「あ……」
「156センチ。小学校までは、背高いほうだったんだけどねぇ」
 秋行はのほ〜んとそう言って、少々寂しそうに目を細めた。
 体が弱いということだけは聞いているため、その場にいた全員が少々言葉に困るように、黙り込む。
 けれど、柚子がにっこりと笑って口を開いた。
「だいじょうぶ」
「ん〜?」
「わたしよりは、高いもの」
 柚子は秋行と比べるように並んで、秋行の頭のてっぺんに片手をかざしてから、自分の頭のてっぺんに持ってきた。
 その仕草に、秋行が目をパチクリとさせる。
 柚子はほのぼのと笑ったまま、小首を傾げてみせた。
 秋行が困ったように唇を尖らせ、その後に、にっこぉと笑い返す。
 舞がそんな2人のやり取りを見つめて、静かに修吾の脇腹を小突いたのが見えた。
 なので、勇兵も横目で2人のやり取りを見た。
 修吾がすかさず小声で問う。
「何?」
「……あんま、のんびりしてないでよね」
「は?」
「応援してるこっちの身にもなれってこと」
 ……もしも……。
 もしもの話だけれど、修吾と柚子、という勇兵の中で、これほどまでにないお似合いのカップルに横恋慕する者が現れるとしたら……?
 自分は、その人のことも、応援してあげられるだろうか?
 勇兵は秋行を見つめて、そんなことを思った。



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