◆◆ 第7篇 夜色・空気のように溶ける笑顔 ◆◆

Chapter12.南雲 秋行



 秋行の癖として、そのグループの人間関係、というものを探ろうとしてしまうところがある。
 そして、その中で誰と仲良くすれば、仲良しこよし綱渡りに成功するか。
 そういうものを見定めることには長けているつもりだった。
 けれど、この二ノ宮修吾グループはそうではない。
 むしろ、二ノ宮修吾グループと称していいのか、それすら疑問に思う。
 なぜなら、この中で1番オーラを放ちながらも、1番目立たなくて地味なのが、この二ノ宮修吾だからだ。
 もちろん、話をしていく上で、秋行も修吾の良さは分かってきたつもりではあるが、それでも、疑問は尽きない。
 彼は決してオープンな性格ではないし、クラスの輪に率先して入っていくタイプでもない。
 秋行からすると、羨むほどのオーラを持っているにも関わらず、彼は全くと言って、人に興味がないのだ。
 ……そう見えるかと思えば、1番律儀に他人のことを気に掛けていることもあり、秋行からすると、彼は1番おかしな観察対象だった。

「修ちゃん、修ちゃん。ゲームやろ、ゲーム♪」
「……勇兵、みんながいるの、ガン無視?」
「だって、このゲーム、修ちゃんちじゃないと出来ないんだもん〜」
 唇を尖らせて、勇兵は修吾の言葉も気にせずに、ゲームの電源を入れた。

 塚原勇兵は男子のリーダーと言っていいくらいのお祭り屋。
 器も大きくて、陽気でフレンドリーな性格から、誰とでも仲良くできるタイプ。
 そんな彼がひと際懐いているのが、この二ノ宮修吾だ。
 一見、全く性質の異なる2人に見えるが、観察している内に、どうにも性質が似ていることが分かった。
 修吾は見たとおり、内に篭るタイプ。
 勇兵は外側に厚い壁を作って、奥の奥に、本当の自分をしまっておくタイプなのだ。
 勇兵が懐く理由は、きっとそこにある。
 勇兵自身が、自分の性格上出来ないことを、修吾が簡単にやってのけれてしまっていること。
 そこに、いくらかの憧れがあるのではないかと、思う。
 それでも、修吾を外へ外へ連れ出そうとしているのも彼なので、それだけでは駄目なのだということも分かっているのだろう。
 この2人は、近くもなく、遠くもない位置で、互いを認め合っている。

「あ、それ懐かしい〜。あたし、あたしもやりたい☆」
 勇兵が修吾に渡そうとしていたコントローラを奪い取って、舞が不敵に笑った。
「げっ……! 嫌だよ。シャドー、鬼のように強いじゃん、このゲーム」
「大丈夫大丈夫。小学生の頃に売っちゃったから、しばらくやってないって♪」
「…………」
「そんなに強いの?」
「いじめに近いレベルで」
 舞がさっさとスタートボタンを押してしまって、勇兵は思い切りため息を吐いた。
 修吾が勇兵の肩越しに2人の対戦を見守っている。

 車道舞。
 珍しい苗字と持ち前の美人オーラで、クラスが変わっても、すぐにクラスメイトの記憶に留まることが出来る女子。
 成績優秀、スポーツ万能。明朗快活で気風も良い。
 男子にも女子にも人気のあるタイプで、周囲への気配りも上手い。
 二ノ宮修吾と塚原勇兵を足して割って、女子にした感じ。……などと言ったら、彼女が怒りそうだけれど、秋行から見ると、本当にそんなタイプだ。
 しかも、彼女の人の良さは、基本的に天然。
 今回の1件も、他のクラスメイトたちより1歩引いた場所で見守っていた。
 秋行のこと以上に、秋行の周囲にまで気を配ってしまった結果だろう。
 彼女はそういった気配り視野が半端なく広い。
 だからか、自覚なく疲れるらしく、小脇にはいつも渡井柚子を従えている。
 彼女にとっては、親友兼癒しグッズ、といったところだろうか。

「つ、塚原くん、ガンバレー」
 あまりの実力差に、秋行の隣で大人しく見ていた柚子がそう声を発した。
 舞が寂しそうに柚子を見る。
「えぇー……あたし、悪者?」
「そ、そんなこと。あ、舞ちゃんも頑張って! ほら、よそ見しないで!!」
 柚子の声に、舞がテレビに視線を戻す。
 視線を外している間も、勇兵は全く気に留めずに舞のキャラを攻撃していた。
「ツカぁ……あんた、とどめ刺されたいみたいねぇぇぇぇぇぇ」
 舞はそう言い、コントローラのボタンを素速く押した。
 次の瞬間、画面に「奥義!」という文字が大きく表示された。
「あ、……終わった……無理。無理。無理」
 勇兵が悲しそうに首を振りながら、その光景を見守っている。
 見事に勇兵のキャラは断末魔を上げて倒れこんだ。
「舞ちゃん、強ぉぉぉい♪」
「でしょう?」
「渡井は、どっちの味方なんだ……」
「え? わ、わたし? わたしは……」
 勇兵の嘆くような声に、柚子が困ったように頭をフラフラと揺らす。

 渡井柚子は、絵描き志望で、本当に絵ばかり描いている女の子だ。
 このグループでの立ち位置は、『みんなの味方』。
 どちらかというと、閉鎖的な性格で、仲の良い人以外とはほとんど会話をしない。
 おそらく、人見知り気質。
 教室の片隅で、近寄りがたいオーラを発しているタイプだが、どういう訳か、舞とは仲が良い。
 話し掛けると、ほんわりとあったかい笑顔で迎えてくれる。犬みたいな子。
 舞が彼女に癒しグッズ効果があることに気が付いたきっかけはなんだったのか。
 そんなことに興味が湧くが、生憎、女子の人間関係は結構複雑なので、踏み込もうとは思わない。

「みんなぁ、そろそろ、お夕飯の準備出来るから手伝ってくれるかなぁ?」
 エプロン姿で、清香が部屋に入ってきた。
 その瞬間、部屋にいた全員が、「はぁい」と返事をした。
 その声の揃い様に、思わず、秋行は噴出してしまった。

 遠野清香。
 落ち着いて控えめな雰囲気と、ふわふわした柔らかい印象のある容姿が男子にダントツ人気の女の子。
 気が付くと、誰かしらの世話を焼いているタイプ。
 そのせいか、このグループにいても、時折そんな一面が覗く。
 たとえば、今のような状況。
 基本的に彼女は、お姉さんもしくはお母さんポジションにいるのだ。
 この中では珍しく、他の仲良しグループにも所属しており、その中では彼女はリーダー格に当たる。
 道化、などと言ったら、彼女は怒るだろうが、秋行からしてみると、1番自分に近い人だ。

「清香、そのエプロン可愛い〜」
「……春花さんが貸してくれたんだけど……」
「眼福♪」
「シャドー、発言がおっさんだぞ」
「いいじゃない、別に」
 舞はさっさと立ち上がって、清香の肩を押した。
 その後ろを柚子がポテポテとついていく。
 勇兵も勢いよく立ち上がって、部屋を出て行った。
 修吾が最後にゲームとテレビの電源を切ってから立ち上がる。
「南雲くん、行くよ?」
「あ、うん」
 秋行は修吾に声を掛けられて、ようやく立ち上がった。
 修吾がドアを押さえ、秋行を先に出してからドアを閉めた。
「体の調子、大丈夫?」
「え? ああ、うん。ヘーキ」
「優勝、出来るといいね」
「修吾クンたちが見せてくれると信じでっから」
 秋行が臆さずにそう言うと、修吾は一瞬困ったように視線を泳がせた。
 二ノ宮修吾は、照れ屋。
「……うん、そだね。頑張るよ」
 それでも、律儀だ。
「あ、わがった!」
「 ? 」
 秋行は不思議そうにこちらを見る修吾に対して、ニコニコと笑った。
「修吾クン、お父さんみでぇなんだ」
「え?」
「んだがら、やっぱり、これは二ノ宮グループでいいんだべ〜」
「は、はぁ……」
 秋行の言葉に、修吾は不思議そうに首を傾げてみせた。



「秋行さん。ジャージがいつもより汚れているけれど、まさか運動なんてしてないでしょうね?」
 球技大会が終わった日の夜、不安そうに母が尋ねてきた。
 なので、秋行は穏やかに笑って返す。
「少しだげだよ」
「少しって……」
「本当にちょびっとだがら」
「秋行さん、あなた、自分の体のこと分かってて言ってるの?」
「自分の体のこどだがら、自分がよぐわがってるよ」
「だって、わかってたら、こんなこと……」
「そやって、母さんはなんでもかでも、ボクのこど甘やがす」
 母の気持ちも秋行にはよく分かったけれど、それでも言わずにはいられなかった。
 今まで、ずっと我慢してきたから。
 この人が悲しまないように、我慢してきたから。
「甘やかすって……そうじゃないでしょう? 秋行さん。あなたの体は普通の人と一緒には出来てないのよ?」
「甘やかしたら甘やかした分だけ、体はついでこねぐなるって、先生も言ってだべ。それに、ボク、自分が満足でぎる無茶して、この体がぼっこれるんだったら、本望だべ!」
 「ぼっこれる」は「壊れる」が訛った言葉。
「秋行さん……そんな悲しいこと言わないでちょうだい。お願いだから」
 母の表情が悲しみに歪んで、その瞬間、秋行は言い過ぎてしまったことに気が付いた。
 ずっと我慢してきたのは、この人が大事だからだ。
 こんな顔をさせるためではない。
「……ご、ごめん。でも、ボク、どのくらいが大丈夫で、どのくらいが駄目なのか、自分でわがっておぎたぐって……そんで……」
「秋行」
 秋行が必死に言い放ってしまった言葉を取り繕っていると、居間から厳格な祖父の声がした。
「は、はい?」
 すぐに返事をする秋行。
「碁の相手をしなさい」
「あ、は、はい。とにがぐ、ボク、大丈夫だがら。大丈夫だったがら。だがら、心配しねで? ね? 母さん」
「…………」
「ね?」
「ええ。ごめんなさい。お母さんも少し反省します」
 母は塞ぐようにそう言って、台所へと引っ込んでしまった。
 可哀想なことをしたかな。そんなことを思いながら、居間に行くと、着物姿の祖父が碁盤を睨みつけて、う〜んと唸っていた。
「すぐ相手でぎるけど?」
「ああ。そうか」
「助け舟ありがと」
「……別に。アレには丁度いい薬だべ。秋行はゴセ焼がねがらいい気して……過保護にも程がある」
 小慣れた訛り口調でそう言いながら顎を撫でる祖父。
 因みに「ゴセを焼く」というのはこの辺の言い方で、一般的なニュアンスとしては、「わがままを言う」という意味に近い。
 体の弱い秋行を良い意味で甘やかさないのはこの祖父だけだった。
 だから、少々強情で頑固で厳しい祖父だったが、秋行は大好きだった。
「秋行」
「はい?」
「何が良いごどがあったべ」
「……なして?」
「少し、大人の顔になった」
「”選ばれた手”を見つけたんだ」
「ほぉ……」
「羨ましいって思ってるだげじゃ駄目なんだって」
「ああ」
「その子が、ボクの心を呼び起こしてけだんだよ」
「…………」
 祖父は秋行の言葉を待つように目を細めた。
 なので、秋行は心許なさを誤魔化さずに、唇を噛み締めて、言葉を紡ぎ出した。
「……ボクでも」
「秋行……?」
「誰がのいっとう大事な人に、なれだりすんだべが?」
「……大丈夫だ」
「祖父ちゃん?」
「作ったよな顔しねようになれば、いづがなれる」
「…………」
「もう、良い子はしねくてい」
「…………」
「ワシの経験上、良い子は損しかしねぇがらな」
 祖父はそう言って、ニィッと笑い、碁盤に置いてある碁石をバラバラとかき集め始めた。
「ささ、やろうやろう。秋行、色はどっちがいい?」
「ボクは、黒」
「ほいさ。んでば、黒いのだげ取ってげ」
「……祖父ちゃん、ホント、ものぐさだぁ」
 祖父のお茶目な言葉に、秋行はクスクスと笑いながら、碁盤の上の黒石だけをヒョイヒョイと摘み上げた。



 因みに、球技大会最終結果については、以下に記すとおりで、さわやか3組は見事総合優勝を果たし、球技大会は幕を閉じた。
 男子サッカー:優勝
 男子バレー:3位
 男子バスケ:3位
 男子卓球:個人優勝(塚原勇兵)
 男子テニス:初戦敗退
 女子ドッヂボール:3位
 女子バレー:6位
 女子バスケ:準優勝
 女子卓球:個人3位(車道舞)
 女子テニス:初戦敗退




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