◆◆ 第8篇 白球・涙雨の日は相合傘で ◆◆
Chapter6.二ノ宮 修吾
運動部所属の勇兵と清香がいないのもあってか、秋行がのほんとした顔で言った。 「昼休み、ご飯一緒すっぺ♪」 それは、修吾だけではなく、舞や柚子も含めての誘いだった。 ちょうど学食の予定だった修吾はコクリと頷く。 その様子を見て、秋行はにこちゃんと笑い、たったかたと舞、柚子に声を掛け、鮮やかなスピードで了承を取り付けて戻ってきた。 「よっし、昼休みはダブルデートだ〜」 「で、デート? 大袈裟だなぁ……」 「ん? 修吾クン駄目だなぁ」 「は、はぁ……?」 「女子相手の時は、いづでも張り切る。コレ、マナーだべ」 「……そんなもん、かな……」 「あ、がっつぐって意味ではねよ?」 「う、うん、わかってるけど」 失礼ながら、秋行はどんなにがっついても、尻尾を振ってはしゃいでいる小型犬にしか見えない。 それは男子的に見ればかなりお得な能力なのだが、きっと秋行的には全く嬉しくない能力だろうから、修吾は口にはせずに苦笑だけ返した。 もっとも、修吾が秋行の内面に気が付いていないだけで、彼は彼で計算高い一面も保有していることは言うまでもない事実である。 「女の子は〜、ストレートに言われるのが好きなんだべ」 「……それ、誰から聞いたの?」 「ん? 女子のお悩み相談で聞いだ」 「お、お悩み相談……?」 「ボクは、みんなどナカヨシだがらね〜」 修吾が首を傾げると、秋行はふふっと笑い、口元に人差し指を当てた。 他の男子がやったら、まずヒンシュクを買うであろう所作を、易々とこなせてしまう彼はなかなかに大物である。 舞が購買で買ったサンドイッチをぱくつきながら、ぼけーっと窓の外を見ている。 修吾はシャケ弁当を摘みつつ、その様子に目をやる。 そして、舞の隣でお弁当を広げ、秋行の話に頷いている柚子に尋ねた。 「シャドー、どうかしたの?」 「え?」 返答に困ったのか、柚子は一瞬目を丸くし、ふらりと視線を泳がせた。 秋行がすぐに朗らかに笑う。 「そういうのは、柚子チャンでなぐ、シャドーに訊いだら?」 遠まわしに、会話の邪魔すんなよと言っているのだが、鈍感な修吾は勿論それには気付かない。 そんなこと以上に、ナチュラルに柚子のことまで名前呼びになっている秋行に、修吾は心の中で眉根を寄せていた。 なんだろう。 彼女にとって仲の良い人が増えることは喜ぶべきことであるはずなのに、モヤモヤする。 とはいえ、勇兵にさえ、時々嫉妬することがあるくらいだから、あまり深く考えても、自己嫌悪に陥るだけか。 呼称なんて、人それぞれ、自由な訳だし。 「シャドー?」 「ん?」 「どうか、した?」 「どうもしない」 「…………。そう」 「雨、降らないかなぁって」 「え?」 「もうすぐ梅雨じゃん? だから」 言っていることがよく分からない。 「だ、大丈夫か?」 「相合傘。萌えるシチュエーションよねぇ」 ただのノロケか。 「…………。シャドー、大丈夫そうだね」 舞の言葉に、修吾は颯爽とシャケ弁当へ意識をシフトさせた。 その動きがおかしかったのか、柚子がクスクスと笑う。 「相合傘といえば……」 秋行の話がちょうどひと段落したところを見計らって、柚子が口を開いた。 全員の視線が柚子に向く。 それが恥ずかしかったのか、柚子は少々顔を赤らめつつ、話を続けた。 「あ、ごめん、そんなに大した話じゃないんだけど……。その、修吾くんと初めて話した日、舞ちゃんと相合傘で帰ったなぁって……そ、それだけ。ご、ごめんなさい」 なぜ謝るのかは意味不明だが、柚子が少しばかり嬉しそうな顔をしたので、修吾も優しい目でそれを見守った。 舞がよく思い出せないとでも言うように、髪をかき上げて小首を傾げる。 「そうだっけ?」 「そうだよー。舞ちゃんが突然修吾く……ぁ、あああ、ぇっと、二ノ宮く……」 「 ? 」 「柚子ー。そのへん、もうどっちでもいいって」 「ど、どっちでも……?!」 柚子が急にワタワタし出したのを見て、舞が呆れたようにそう言った。 修吾はよく意図が掴めずに首を傾げる。 秋行がしばらくその様子を眺めていたが、にこりと笑って言った。 「あ、んじゃあ、ボクも、南雲くんでなくて、秋行くんがいいなぁ♪ 他人行儀なの、好きくねんだよね〜」 「え? そ、そうかな? 他人行儀なつもりはなかったんだけど」 その申し出に柚子がコチコチと頭を揺らした。 それと一緒に三つ編みがゆらゆらと揺れる。 相変わらず、その様は可愛いかった。 修吾が見惚れている脇で、舞が小さくため息を吐いたような気がして、そちらを見る。 すると、舞はすぐににっこり笑って言った。 「じゃ、あたし、モグって呼ぶね? いいかな?」 「ん? ああ、うん。かまわねよ? シャドーは苗字の変形が好きなの?」 「ええ。男子だと色々面倒だから。愛称ってカド立たないし?」 「ふーん。そんなもんだべかぁ」 なんだろう。 なぜか、少し修吾の前の空間がピリピリと緊迫しているような気がする。 修吾でも少しばかり肌でそれを感じ取ったが、柚子は呼称のことで頭がいっぱいなのか、そんな雰囲気など気にも留めていないらしい。 「え、えっとぉ……それじゃ、……修吾くん、と、えっと……秋行くん、って、呼んでいい、かな?」 改めてそう訊かれて、修吾の顔がボッと熱くなる。 いや、駄目だろう。 今までも彼が気が付かないだけで、呼ばれていることはいくつもあったのだが、自覚してその呼び方をされてしまうと、とてもではないが、修吾は平常心を保てそうにない。 照れを誤魔化すように俯いて、髪に触れる。 「ん! ボクは全然構わねよ。むしろ、物凄く嬉しいべ〜」 横では自然にそう返す秋行の声。 朗らかに、感情表現豊かな彼が隣に来ると、修吾の朴訥さが際立ってしまう。 秋行のことは好きなのだが、柚子の目には、そんな2人がどんな風に映っているかを想像すると、少しばかり劣等感が沸いた。 「修吾くん、は?」 「あ、や、その……お、オレ、は……」 上手く口が回らなくて焦る。 こんな会話、大したことのないものなのに。 舞とこういう話をした時は、軽快に、短いやり取りで終わった。 むしろ、タメを作るほうが気持ち悪いんじゃ……? 色々な言葉がグルグル回って、上手く言葉が出てこない。 「良いに決まってんじゃ〜ん。ね? ニノ?」 すかさず舞の助け舟が入る。 彼女の配慮であることは目を見なくても分かる程、明白だった。 なので、修吾はすぐに頷く。 仲良くなってからもうすぐ1年が過ぎようとしているというのに、こんな会話で目が回ってどうするんだ、自分。 思わず、そんな言葉が頭を過ぎった。 本当に……このままでは、告白も何もしないで、高校生活が過ぎてしまうんじゃないだろうか。 そう考えたら、自分自身がとても情けなくなった。 「……この流れだと、塚原くんは勇兵くんかなぁ?」 柚子がほんわぁ……と柔らかい声で言った。 舞がその言葉に面白くなさそうに頬杖をつき、秋行を静かに見た……というよりも、睨んだ、気がした。 とても短い間だったので、気のせいかもしれない。 「柚子、いいよ。ツカはそういうの気にしないからさ」 「え? そ、そう? なんだか、2人は名前なのに、塚原くんは塚原くんってなんか……」 「い・い・か・ら」 「あ、う……。う、うん。わかったよ」 そんなやり取りが済むと、時間も結構過ぎてしまっていたので、4人とも急いでご飯を済ませて、学食を後にした。 修吾はなんだかよく分からないが、少々疲労を覚えて、うーんと唸った。 廊下で、修吾の後ろをついてきていた柚子が、その様子に気付いて、話し掛けてくる。 「どうしたの?」 「……なんか、よくわからないけど疲れた」 「え? だ、だいじょうぶ?」 「うん。大丈夫なんだけど……なんだろう。なんか、さっきまで、異様な寒気が漂っていたような気がして」 「季節も変わり目だしね。気をつけてね? しゅ、うごくん」 「ありがとう。わた……。…………」 「どうしたの?」 突然考え込んだ修吾に、柚子が首を傾げた。 『女の子は〜、ストレートに言われるのが好きなんだべ』 中休みで聞いた秋行の言葉が、頭の中で飛び回る。 けれど、そういう風に言われるのが好きだと分かっていて言うのは、なんだか違う気がする。 柚子絡みで、そんなくだらないことを考え出すと、思考が止まってしまう。 ……小説も、そう思い始めると書けなくなるし。同じことなのかもしれない。 自分が固すぎるのかもしれないけれど、そんな風に思ってしまう。 でも、このタイミングを逃すと、自分はこういった話題を彼女には絶対に振れない。 情けないほどに自信があった。 なので、チラリと柚子を見た後、照れを隠すように顔をそらして口を開いた。 「渡井も」 「ぅん?」 「名前で、呼んで欲しいって……思うことあるのかな?」 「え?!」 柚子がその問いに驚いたように声を発した。 なので、修吾はそこで彼女に視線を戻した。 後ろを歩いていた舞と秋行もこちらを見ているのが見えた。 耳まで赤くして、柚子が口をパクパクさせている。 ……困っている? そう思って、修吾はすぐに言った言葉を取り消そうと、口を開きかける。 が、それよりも早く、柚子が拳を握り締め、頑張って笑ってくれた。 「呼ばれたら、嬉しい、よ?」 「そ、か」 「……でも」 「 ? 」 「修吾くんが呼びたいなって思ってくれた時で、良いよ?」 「え?」 「わたしは……呼びたいから呼んだの」 それって……。 「でも、いっつも……修吾くんの視線を感じると、ためらっちゃってた。だから、さっきの良い機会だったよ。これで、修吾くん、いきなり呼ばれてビックリしたりしないもんね?」 「……ビックリはしなかったと思うよ」 照れて黙り込みはしたかもしれないとしても。 「そっかぁ」 「照れるけど、……悪い気は、しない」 素直に嬉しいと言えなくて、申し訳なかった。 「……女の子って」 「え?」 「ストレートに言われるのが、好きなの?」 「何を?」 「……な、なんでも」 「わたしはぁ……鈍いからサクッと舞ちゃんみたいに言ってくれると、理解が早いかなぁ」 「そう……」 「でも、別に、好きかって言われると、そうでもないかも」 「へ?」 「…………。うん。優しい言葉ならいいけどね」 「ぁ……」 「悲しい言葉は、嫌だもんね」 柚子はそう言って、少し儚げに笑った。 「それに、焦れったくても……その人らしければ、それが1番じゃないのかなぁって、思うよ」 「…………。そっか」 「うん。でも、いきなり、どしたの? なんだか、修吾くんがこういう問いかけしてくるのって、初めてなような……」 「あ、ごめんごめん。そ、その……小説の、参考にならないかなって思って」 「……あれ? 恋愛小説は書かないんじゃ?」 「恋愛小説は書かないけど……、お、女の子は、登場するし……」 「あー、そっか。そうだよねぇ。……ねぇ、修吾くん?」 「ん?」 「わたし、挿絵描いてみたいなぁ♪」 「挿絵?」 「……うん。作・二ノ宮 修吾。絵・渡井 柚子。って書いてある本が、本屋さんに並ぶの」 「…………」 「なんちゃって。あはは、言うのは自由だよね♪」 「頑張る」 「え?」 「頑張るよ、オレ」 ちょっと単純だなぁって後から思い返すとそうなんだけれど。 確かに、二ノ宮修吾の世界の中心には、渡井柚子がいて。 彼女の言う夢なのなら、きっと叶うと信じていた自分がいた。 「じゃあ」 「ん?」 「わたしも、頑張ろ」 柚子の笑顔に、修吾は目を細める。 「叶えるの、楽しみだね」 |