◆◆ 第9篇 星祭り・キミノヒカリ ◆◆

Chapter2.二ノ宮 修吾



「さっちゃんは来ないんだ?」
 帰り際、普通に帰ろうとする清香を見て、修吾は穏やかに尋ねた。
 清香は一瞬目を細めたが、すぐに笑みを浮かべる。
「うん。明日から、東京のお母さんの実家に行くの」
「ああ、そっか」
「この時期、混むから嫌なんだけどねぇ……。私、ひとりっ子だし、行かないとおばあちゃん達が悲しむから」
「うん。行ける時に行ったほうがいいよ」
 ニュースを見ると、東京の最高気温は連日35度近い。
 修吾であれば、絶対に御免こうむる世界だが、身内がいるのであれば、それは絶対に行くべきだ。
「ええ。あ、そうだ。みんな、お土産、何がいい?」
 結局、清香以外はついてくることになり、清香は修吾の横に並んでいる4人に向けてそう言った。
 修吾に聞いても、「別に気にしなくていいよ」と答えるのが分かりきっているからだろう。
「夏限定の菓子とかだと、すぐやられちまうかな?」
「それはさすがに無理だべー」
 勇兵が遠慮せずにそう言って笑い、秋行がすぐさま突っ込んだ。
「柚子、確か、前暮らしてたんでしょ? 何か、オススメのものとかない?」
「え? ……ご、ごめん」
「ん?」
「わたし、そういうの興味なくて、あんまり、覚えてない……」
「そっか……。清香、毎年のことなら詳しいんでしょ? 任せる」
「…………。了解」
「あーっと……」
「 ? 」
「暑いだろうから、体調気をつけてね」
「ふふ。はぁい」
 舞が照れた表情で告げた言葉に、清香は笑顔で応え、すぐにみんなに手を振った。
 修吾はそんな清香に手を振りつつ、柚子の様子が気になって、チラリと横目で彼女を見た。
 彼女は少し心許なさそうに、三つ編みをいじりながら、それでも、なんとか清香に小さく手を振っていた。



 修吾の部屋ではさすがに暑かろうと、母が気を利かせてエアコンのあるリビングを空けてくれた。
 いつもであれば、風通しをよくしておけば、家を抜けていく風でだいぶ涼しいのだが、今年は例年より暑い。
 暑さに弱い息子を持っているのもあり、母はそのへんにも敏感なようだ。
「ちょうどスイカ冷やしてあるから食べていってね」
 笑顔でそう言うと、勝手口のほうへと引っ込んでいった。
 どうやら、裏の水道で冷やしているらしい。
「修吾クンのお母さん、箱入り娘って感じだよね」
 秋行がそんなことを言って、ニコニコと笑った。
「……祖父さんの家が、昔、この辺の地主だったんだ。その名残もあって、今でも、家はでかいし、色んなところに顔が利く。そんなとこで育ってるから、多少ボケてるところはあるかもね」
 修吾は静かにそう言い、開襟シャツのボタンをひとつ空けた。
「ん? ボケてるとかそゆんでねくて、品があるって言いたがっただげだよ」
「そう?」
「確かに、春花さんには……生活感がない」
 勇兵が何を思ったか、かなり気合の入った顔でそう言った。
「な、なんだよ、それ」
「家事や家庭内のいざこざ、ご近所づきあいの気苦労……そういうのが顔に出てないってことだぁ。うちの母ちゃんはだいぶお疲れモードだからさ」
「あ……ああ、そう」
「そりゃ、こぉんな忠犬みたいな息子がいるんだもん。気苦労もそんな掛からないわよ。ツカ、おばちゃん、アンタのせいで疲れてんじゃないのぉ?」
「なんだとぉ?」
「毎朝出るのは早いわ。弁当は最低3つ必要だわ。体作り用に栄養も考えないとだし。アンタ、そのへん、全部おばちゃん任せらしいじゃん」
「……ぅ……なぜそれを……」
「車道家と塚原家のネットワークを嘗めてもらっちゃ困るわね」
「歌枝か」
 誇らしげに言った舞を見て、すぐに思い至ったように勇兵がポツリと発した。
 その言葉で、舞がつまらなさそうに目を細める。
「嬉しそうだったわよ、歌枝」
「へ?」
「やっとお兄ちゃんが本気になった、って」
「今までだって本気のつもりだったんだけどなぁ……」
「周囲のことばっか気にしながら動いてたんじゃ、本気とは言えないわよ」
 自嘲気味に舞が笑う。
 修吾はその様子が少しばかり不思議に思えて、首を傾げた。
 そこで会話が途切れ、室内には外から聞こえてくるセミの声だけが響いた。
「あ、そ、そうだ!」
「ん? どうしたの? 渡井」
 沈黙を嫌ってか、柚子が思い出したように声を上げて、薄手のトートバッグから色つきの紙の束を出した。
 いつもはスケッチブックや画材の入った大きなバッグを持っているのに、今日はだいぶ身軽だった。
「それ……」
「短冊だよ! おばあちゃんが家に笹を飾るから、良ければ短冊でも書いて持ってきなさいって言ってて。清香ちゃんには、今朝もう書いてもらっちゃった」
「えぇぇ、それ聞いてないよ、あたし」
「言ったら、舞ちゃん、勝手に見るでしょ?」
「いえいえ。いくらなんでも、そんなデリカシーのないことはしませんことよ、あたくしぁ」
「誰だよ、それ」
 柚子のジトーッとした目に押し負けるようにして、舞は変な物真似を一発かまして目を逸らす。
 勇兵がすぐに突っ込んで、秋行がクスクス笑いながら、何度か舞の真似を繰り返してみせた。
 気恥ずかしそうに舞が髪をすかす。
「見ないなら、どっちでもいいでしょぉ?」
「……まぁ、ね」
「どうせ、遠野のことだから、見られても困らないことくらいしか書いてねぇって」
 勇兵の冷めた声。
 修吾もその通りだと思い、特に何も付け加えなかった。
「世界平和、とか。みんな元気で暮らせますように、とかな」
「ああ、遠野さんはそういうイメージだなぁ、確かに」
「イメージを大事にするのが、遠野の生き様だもんな」
 その言葉に、舞が不機嫌そうに視線を向けた。
 特に馬鹿にしているつもりはないのだろうが、あまり聞こえも良くない気がしたので、修吾はわざと咳き込んで、その話題を止めた。
 みんながこちらに視線を向け、1番傍に座っていた柚子が心配そうに小首を傾げた。
「だいじょうぶ? 修吾くん」
「え? あ、うん。大丈夫。渡井、短冊ちょうだい」
「あ、うん♪ 何色がいい?」
「何色があるの?」
「黄色、桜色、薄緑色、薄紫色、空色……あ、金紙と銀紙もあるよ」
「んー……じゃ、空色」
「! やっぱり!」
「やっぱり?」
「んーん。別にこっちの話。はい、どーぞ♪」
 明るい笑顔で差し出された短冊を、少し気圧されながら受け取る。
 贔屓目なんて要らないくらいに、今日も、柚子は可愛らしい。
「修吾くんは何をお願いするの?」
「ん? 世界平和、かな?」
「……どうして? あ、どうしてって聞くのも変だけど……」
「自分の周りのことは、自分の努力でなんとかなるかもしれないだろ? だから、自分じゃどうにも出来ないことだけ、お願いしておこうかなぁみたいな」
「子供の頃から?」
「……うん、そう」
「だいぶ、達観したガキだったのね、アンタ」
 柚子と修吾の会話を見守っていた舞が呆れたようにそう言った。
「そうかな。単純に……さ、お願いしてそれが叶ったから、神様ありがとう、みたいなの、ヤなだけだよ」
「…………」
「頑張ったのは他でもない自分で、あとは、周りで助けてくれた人だろ?」
「まぁねぇ」
「そんな難しく考えるなって言う人もいるけどさ。オレは嫌なんだ」
「負けず嫌いだもんなぁ、修ちゃん」
「そなの?」
「あ、アキちゃん、まだわかんねーかな? 修ちゃんはこう見えて、むちゃくちゃ負けず嫌い」
「勝てる試合以外本気でやらないくらいにね」
「あははは! そういう意味が!!」
「ちょ……そ、そんなんじゃないよ。誰だって、得意じゃないこと、好き好んでやらないだろ?!」
「オレ、本気出してない。だから、ノーカン。今のノーカン。さぁ、お見せしよう、これが私の究極の力だ……」
 勇兵が胸を張って、ふざけるように言った。
 少年漫画などでよく見るパターンなので、すぐにみんなおかしそうに笑う。
 漫画を読まない柚子だけが、その話題についてこられなかったらしく、不思議そうに首を傾げた。
「えっと……」
「あー、渡井、気にしなくていいから」
「修吾くんは負けず嫌いじゃなくて、とっても繊細なだけだよ……?」
 ふわりと。
 夏なのに、春風が吹く。
 それは、修吾の心にだけ吹く、柔らかな風。
 けれど、言ってしまった柚子も、さすがに恥ずかしかったのか、次の瞬間、顔を真っ赤に染めた。
「今のノーカン! ご、ごめんなさい。男の子相手に、繊細とか……失礼だよね。ごめん!!」
 秋行だけ、その話題には触れないように、ローテーブルの上に置いてあった短冊に手を伸ばした。
 桜色の紙を取って、考え込むように目を細める。
「今のはなかなか的を射た的確な表現でしたな、解説の車道さん」
「そうですねー、塚原アナウンサー。この調子で、この回は渡井チームが抑え込む形になりそうですね」
「お邪魔でしたらー」
「帰りますがー」
「帰れ」
 茶化すように笑う2人に対して、修吾は少々乱暴な口調でそれだけ言った。
 柚子の起こす春風は、清々しいくらいの大暴投だから、こうしてみんながいる時にそれが出てしまうと、気恥ずかしさで何も考えられなくなる。
 いや、2人でいたとしても、結果なんて同じなんだけれども。
 ……さっきの勇兵の言葉じゃないけれど、こういうところが、自分の駄目なところなんだと思う。
『オレ、本気出してない。だから、ノーカン。今のノーカン。さぁ、お見せしよう、これが私の究極の力だ……』
 いつかなんて言っているうちに、そのいつかは、どこかに過ぎて行ってしまうかもしれないのに……。

「おだづのもこのへんにして、そろそろ、明後日の作戦会議すっぺ?」
 短冊を書き終えた秋行が笑顔でそう言った。
 なので、今まで修吾をからかうように見ていた勇兵や舞も、視線をそちらへと向けた。
「アキちゃん、もう書いたの? なんて書いたか聞いていい?」
「……”選ばれた手”がボクの手に入りますように」
「”選ばれた手”?」
「簡単に言うど、才能のごど」
「ああ……」
「棚ボタ待ちする気はないんだけど、そもそも、それがながったら、どんなに頑張っても無駄だがらさぁ」
「アキちゃんらしいっちゃらしいのか?」
「ん。んだね」
 そう言うと、秋行は修吾をチラリと見て、ニコリと笑った。



@将観堂で15時に待ち合わせ。(勇兵除く)
A柚子の祖母宅にて、女子組、浴衣に着替える。
 その間、男子組(勇兵除く)は花火とバケツなど、必要なものを調達に行く。
B17時、ぼちぼち出始めた屋台を冷やかしに出る。(勇兵除く)
C山車をひと通り見たら、一旦、柚子の祖母宅へ戻り、花火等を受け取る。(勇兵除く)
D弁天山で勇兵と待ち合わせ。
E神社にお参り後、花火。

 以上が、話し合いで決まった当日のスケジュールだった。
 メモを取った舞が、これ見よがしに「ツカ除き」「塚原除外」と記載したものだから、その名残が残ってしまっていることは、あまり気にしないでいただきたい。

「でも、本当にお邪魔しちゃって大丈夫?」
「うん。連れてらっしゃいって言ったの、おばあちゃんだから」
 スケジュールが決まった後、念のため、そう尋ねると、柚子は嬉しそうに笑った。
「今、おばあちゃんは広い家に1人で暮らしてるの。お盆だから、遠くから親戚が訪ねてきたりもするみたいなんだけど、本家でもないから、人の出入りも少なくて……」
「……なら、いいんだけど」
「それに」
「 ? 」
「紹介したいの」
「え?」
「わたしの大好きな人に、わたしが仲良くしてる人たちのこと」
「……そう」
「うん♪」
 ”東京”という単語が出た途端、表情が暗くなったことについて、聞ける隙なんて、どこにもないくらい、彼女の笑顔は朗らかだった。



Chapter1 ← ◆ TOP ◆ → Chapter3


inserted by FC2 system