◆◆ 第9篇 星祭り・キミノヒカリ ◆◆

Chapter4.二ノ宮 修吾



『幸せの欠片を探しています。おじいさん、欠片を知りませんか?』
 男の子は、星空の停車場で汽車を待つようにたたずむおじいさんに声をかけました。
 おじいさんは、男の子の声に反応してゆっくりと振り向くと、にっこりと笑ってくれました。
『坊や。そこにも、ここにも、あるじゃないか』
『え? どこにも、そんなものはありませんよ。僕はまだひとつだって見たことがない』
『そうかね。わしにとっては、この星々の輝きひとつひとつでさえ、幸せの欠片そのものだけれどね』
『……これは、ただの光じゃないですか』
『そう見えるかね』
『はい』
『そうか』
 おじいさんは悲しそうに目を細め、うーんとうなりました。
『坊やの求めるものはなんだね?』
『「幸せ」そのものです』
『幸せの形とは、ひとりひとりちがうものだよ。きみにはそのイメージがないのじゃないかな』
『どういうことですか?』
『がむしゃらに求めるだけではだめだということだよ。探しているものがわからないのでは、きみはきっと、きみの言う「幸せの欠片」とやらを見つけられないだろう』
 男の子は、おじいさんの言葉に首を傾げます。
 その時、ちょうど汽車が汽笛を鳴らしてやってきました。
 おじいさんはそちらに目をやると、やさしい声で言いました。
『坊や、幸せはいつだって、そばにある』
 ゆっくりと1歩を踏み出すおじいさん。
『目をこらして、耳をすまして、探してごらん。そうすれば、きっと、坊やも見つけられるはずだ』



「最近は、この商店街も、シャッターが下りてるところが多いんだけどね。それでも、このお祭りの時だけは華やかになるんだよ」
 柚子が商店街通りを歩いている時に、嬉しそうにそんなことを言っていた。
 彼女は、七夕祭りが大好きなようだ。
 そういえば、短冊を渡してくる時も、かなりテンションが高かった。
 そんな柚子の様子に、思わず口元が緩む。
 柚子の歩調に合わせて歩いていた舞と目が合った。
 彼女の表情も、緩んでいた。

 4人揃って、柚子の祖母の家を訪ねる。
 道路沿いに建つ大きな平屋。
 玄関が奥にあって、小路を1列になって進む。
 小路の入り口には短冊や飾りが施された笹が飾られていた。
 道路にはもう提燈や七夕飾りが飾られていて、小路に飾られた笹も綺麗にそこに収まっていた。
 近所の家々でも、同じように飾りがされているのが見えた。
 お祭りを盛り上げようという、地域住民の配慮なのかもしれない。
「柚子ー、お化け屋敷入ろうね〜」
 さっき見かけたお化け屋敷が気になっているのか、舞がからかうようにそんなことを言った。
 それにビクリと反応する柚子。
 一瞬困ったように舞を見て、それから、修吾と秋行を見て、眉を八の字にした。
「…………。舞ちゃん、お盆にお化け屋敷とか、洒落になってないよぉ!」
「あはは♪ だいじょうぶだいじょうぶ。あたしがついてるから」
「そんなこと言って、わたしのことおどかす気満々なんでしょぉ? 舞ちゃんの考えてることなんて、手に取るようにわかるんだからぁ!」
「おっと……ばれてるか。じゃ、あれだ。ニノと入ればいいじゃん。ニノなら頼りになる……ならないか」
「シャドー、どういう意味だよ」
「いやー、だってねぇ……。モグは? お化け平気?」
 小慣れた様子で濃い緑地の浴衣を着こなして歩いている秋行が、舞の言葉にゆっくりと首を振った。
「ボク、お化けの類はぜんぜん平気だけど、びっくりするものはだめだべぇ。発作起きっがもしんねぇがら」
「あ、そっか……じゃ、お化け屋敷は駄目か」
「シャドー、1人で行ってくれば?」
「1人で入って何が面白いのよ……。あー、清香がいればなぁ……」
 舞がつまらなそうにぶつくさとそんなことを言った。
 その様子をちらりと見て、柚子が迷うように目を細める。
「ずいぶんと賑やかだこと。柚子ちゃん? 来たの?」
 カラカラと玄関が開いて、そこには小柄ながらも、背筋がしゃんとした品のよさそうなおばあさんが立っていた。
「あ♪ おばあちゃん! 来たよー!!」
 柚子が元気に跳ねて、おばあさんに駆け寄った。
「あらあら、ご機嫌だこと」
「うん♪ それより、おばあちゃん、浴衣、用意してくれた?」
「ええ。ちゃんと縫いましたよ、2着」
「すみません、なんか、いつの間にかそんな話になっちゃってたみたいで……」
 舞が慌てて頭を下げた。
 おばあさんは舞を見て、やんわりと微笑むと、ゆっくりと首を振った。
「いいのよ。この時期は、知り合いにも何着か頼まれるの。そのついでだったから」
 そして、少しの間を挟んで、ふわりと声を発する。
「舞ちゃんね」
「あ、はい。はじめまして」
 舞が更に慌てて、ペコペコと頭を下げた。
 なんだか、その様子がおかしくて、修吾は目を細めた。
「ほんとーに綺麗だこと」
「え?」
「柚子ちゃんがすごい美人なんだって、いつも言っててねー」
「は、はぁ……」
 照れているのが手に取るようにわかる。
「いつもあなたの話ばっかりよ。可愛がってもらっているみたいで。ありがとうございます」
「い、いえ」
 ぶんぶんと頭を振って、舞はそっと目を伏せた。
 さすがの舞でも、初対面の年配の方相手では、物怖じするらしい。
「で、色素の薄いめんこい子が、南雲くんね」
 呼ばれてすぐに秋行が朗らかな笑みを浮かべた。
「はじめまして! 秋行です。お邪魔します!」
「ふふっ……で、あなたが修吾くん」
「あ、はい。渡井……さんには、いつもお世話になって……」
「修吾クン、さっすがにそれは固ぇべぇぇぇぇ!」
 秋行がおかしそうに笑うので、そこで顔が熱くなって、修吾は言葉を止める。
 視線を上げると、おばあさんはにこにこと笑って、修吾を見つめていた。
 雰囲気が、柚子に似ている気がする。
 そんなことを考えたら、余計に顔が熱くなり、カシカシと頭を掻いた。
「立ち話もなんだし、上がってくださいな。着付けてる間、2人はどうします?」
 おばあさんはそう言うと、つっかけを脱いで、家の中へ入った。
 柚子がそれに続いて、家に上がり、3人を笑顔で手招きする。
 なので、みんなそれに倣った。
「少し休ませてもらってから、花火を買いに行ってこようかなぁと」
「ああ、花火か。バケツはうちのを使ってくださいな。表に出しておくから」
「あ、はい。ありがとうございます」
 修吾はしっかりとそう返して、みんなの靴を揃えた。
 柚子が舞の手を取って、奥の部屋へと引っ張っていった。
 おばあさんがそれを笑顔で見守る。
 慣れない家に、修吾と秋行はどうすればいいかわからず、その場に立ち尽くす。
 その様子に気が付いて、ゆっくりとおばあさんが玄関そばの部屋を示した。
「ジュースとお菓子は用意してあるから、よかったら召し上がってくださいな」
「あ、はい……おばあさんが着付けを?」
「ええ。誉めてあげてくださいな」
「え?」
「2人が着替えたら」
 お茶目な笑顔でそう言って、おばあさんはスタスタと廊下を歩いていく。
 秋行はその言葉に、ニコニコと笑顔で応えたが、修吾は何も言えずにそれを見送った。
 おばあさんが奥の部屋に入ると、すぐに秋行の表情から笑みが消えた。
「他人の家で落ち着かねし、さっさと買いに行ってくっぺ」
「そうだね」
 ここ最近の傾向として、秋行は、修吾といる時、必要以上のエネルギーを使わない。
 あまりはしゃがれても困るので、そのへんは全然構わないのだが、他の人と接している時と比較すると、どうしても戸惑いが隠せなかった。
 気兼ねない、という言葉を取り出せばよいだけのことなのかもしれないけれど、それだけじゃないような気がするのだ。
 鈍感な修吾でも、それくらいはわかる。



 大通りのコンビニで花火を買い、その辺で配っていた団扇で扇ぎながら、柚子の祖母の家まで戻ってきた。
 秋行はコンビニで買ったアイスを食べ、ひと心地つくように足を投げ出して、腰を下ろした。
「はー。今日ぬぐいなぁ……」
「僕は……いつでも暑いけど……」
「ああ、修吾クン、夏苦手なんだっけ?」
「ん」
 返事も短めな修吾がおかしかったのか、秋行はクスリと笑った。
「しっかし、作務衣ってマニアックなチョイスだなぁ」
「そう? 浴衣より動きやすいし、おかしくはないと思うけど」
「おかしくはないけど、それだったら、どっちかってーと甚平かなぁなんて」
「……家にそのチョイスがなかった」
「なるほど。でも、ま、若向けの黒地、似合ってるべ。男前だぁ。作家さんって感じがする」
 そう言われて、修吾はどう返せばいいかわからず、心持ち目を細めた。
「その辺のタオル、頭に巻いたら、更に男前だべ」
「南雲くん……?」
「はは♪ 冗談だべ」
「南雲くんは、浴衣着慣れてるよね」
「ん。おじいちゃんに合わせでだらいづの間にがね」
「お母さんも和装だったよね?」
「んだね」
「お父さんも?」
「父さんはただのサラリーマンだがら、帰ってきたら普通にスウェット。家に帰ってきてまで、えんづい格好しだぐねぇって」
「ああ……わかる気がする」
「着慣れれば楽なんだけどねぇ。ま、父さん、婿養子だがら」
「そう、なんだ?」
「ん。今、サラリーマンだけど、祖父ちゃんの弟子で、書道家目指してだの」
「書道家……」
「祖父ちゃん、書道家なんだ」
「あ! そ、そうだったんだ?」
 そういえば、秋行は選択授業が書道だったような気がする。
 因みに、柚子と修吾は美術、舞と清香と勇兵は音楽だ。
 2人でしばらく話していると、ようやく、奥の部屋から舞と柚子が出てきた気配がした。
「舞ちゃん、やっぱり、その色似合うねぇ♪ 選んでよかった!」
「……あたしは頭痛がする……」
「え? なんで? 清香ちゃんにも見せてあげたかったなぁ。おばあちゃん、カメラある?」
「ええ。そうね。せっかくだし、4人で写りなさい。今出してくるわ」
「ありがとう♪」
「しっかし、柚子がその色とはねぇ……ちょっと意外」
「そうかな? この色の組み合わせ、好きなんだよね。ちょうど柄が可愛いのをおばあちゃんが見つけてくれて……変?」
「いやー、似合ってる似合ってる。んで、柚子、ちょっと待って。やっぱり、髪の毛こうしよう。清香から借りてきたから」
「え?」
「ほら、おいで」
 修吾は秋行と目を合わせて、苦笑した。
「これは、顔見せでけるまで見ねぇのがマナーだべね」
「そう、だね」
 修吾は若干落ち着かなくて、そっと腹をさすった。
 おばあさんには、誉めてあげてと言われたけれど、実際問題自分に言えるだろうか。
 秋行に先を越されて、言えずに終わる姿がありありと浮かぶ。
「ほらぁ、可愛い♪」
「って言われても、わたしには見えない……」
「あー、ぎゅーってしたい」
「……もう。溶けるからやめてよ、そういうの」
 タタタッと軽い足音。
 先に顔を出したのは舞だった。
 白地に華やかな薄紅色の花柄に青地の帯。
 舞では絶対に選びそうにない、ピンク色が強めの浴衣だった。
 長いストレートの髪も、綺麗にまとめて、後ろで留めているらしい。
 綺麗な顔立ちに、その姿はよく映えた。
「……可愛いじゃん」
 思わず、修吾はそう言ってしまった。
 舞に対する気安さのせいだと思う。
 そう言われて、舞が困ったように目を泳がせた。
「あたしの格好の感想は要らん!」
 照れ隠しなのはすぐにわかった。
「はいはい、見て驚けよぉ。あたしの柚子はやっぱり可愛いぞぉ」
 白い歯を覗かせて笑う舞。
 柚子の手が慌てたように舞の袖を掴んだ。
「ハードル上げないでよぉ。舞ちゃんの後は辛いよぉ」
「いいから! ほぉら、ご開帳〜☆」
 優しく柚子の体を引き寄せて、ポンと肩を抱く。
 柚子が恥ずかしそうに俯きながら、舞の腕に収まった。
 黒地にオレンジ色の花がちらちらと咲いている。かわいらしい柄だった。
 帯は深い紺色で、全体的にシックな印象のある色合い。
 三つ編みにしていた髪は、白いシュシュで結わえ、前に垂らすように形作られていた。
 いつもよりもお姉さんっぽい。
「なんか、ドキドキする」
 秋行が真面目な声でそう言うと、柚子が恥ずかしそうに舞の後ろに隠れた。
「モグ、らしくない言い方しないでよぉ。柚子が逃げちゃうじゃん」
「あ、ごめんごめん。2人とも可愛いべぇ。来てよがった♪ な? 修吾クン」
「…………。え? あ、う、うん……。すごい、似合ってる……」
 心臓の音がうるさい。
 似合ってる。そのひと言を言うだけで精一杯で、柚子の顔を見ることも出来ない。
「……張り切ってたくせに恥ずかしがるなって、柚子。ほら、これからしばらくその格好で出歩くんだから」
「わ、わかってるけどぉ……」
「はい、男子諸君、ガン見終了!」
 ……そう言われても、修吾は最初チラリと見ただけで、全然見ていないのだけれど。
 秋行がニコニコ笑って、置いてあったペットボトルのジュースをコップに注いだ。
「まだ時間あるし、ひと休みしよ?」
「あ、モグ、サンキュ。ほら、柚子」
「う、うん」
「柚子ちゃん、カメラあったわよ。撮る? あら、めんこい」
 おばあさんがカメラ片手に、茶の間に入ってきて、柚子の髪型を見て、本当に嬉しそうに笑った。



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