◆◆ 第9篇 星祭り・キミノヒカリ ◆◆
Chapter10.二ノ宮 修吾
「聴いてるから、聴かせて?」 目の前で、彼女は柔らかな笑みを浮かべている。 いつでも、こちらはいっぱいいっぱいなのに、彼女は余裕そうに笑うのだ。 それが、どれだけ自分の自信を失くさせるか、きっと彼女はわかりもしないだろう。 両想いだとわかってもなお、自信が無くなる。 上手く口が動かない。 覚悟を決めたはずなのに、まとまっていたはずの内容が、頭の中でとっちらかる。 額から汗が零れ落ちる。 それを拭って、大きく息を吐き、彼女に視線を向ける。 『なんでも上手にやろうなんて思わないで、言うだけ言っちまえよ』 去り際に勇兵が残していった言葉が、頭を過ぎった。 やるからにはきちんとやらないと。 その完璧主義な性格が、自分自身の首を絞め、彼女の前で、こんなにも萎縮してしまう原因だ。 そんなのは、よく分かっている。 それでも、やっぱり、カッコよく、決めたいと思うのだ。 それは、しょうがないじゃないか。 好きな人の前でカッコつけずに、どこでカッコつけろというのか。 『修吾クンは見てて分かりやすいべ。でも、相手に伝わんねがったら、想ってないのど一緒だと、ボクは思うんだよね』 秋行の言葉も思い出された。 でも、今、自分の想いは彼女に届いている。 届いているのだ。 『感性で生きている柚子と、口下手な修吾。交わしてない言葉は、山のようにあるんじゃないの?』 先ほどの舞の言葉だ。 とにかく話せ、と、彼女は言ったのだ。 ヘタレた性根を叩き直すよりも、それが1番良いと。 ……ああ、そうか。 何を迷っているんだ。 きっと、そのまま言えばいいんだ。それだけ、なんだ。 修吾はグッと右手を握り締める。 彼女は翳りのない笑顔で、自分の言葉を待ってくれている。 やることなんて、ひとつだろ。 「その……わたら……えっと、ユズ、さん」 「……はい」 「……お……、僕は」 真っ直ぐに、自分らしい言葉を選び出して、声を発する。 今までの張りぼては、きっと要らないのだ。 「自分が情けないことをよく分かっているから、どうしても、なんでも完璧にやろうとしてしまうところがあって」 「……うん……」 「勇兵が、この前言ったとおり、自分が出来ないと分かりきっていることには、一切水を注がないって決めていた」 「大丈夫」 「え?」 「それは、誰だって一緒だよ。修吾くんだけじゃない。わたしなんて、絵しか描いてないよ?」 安心させるように笑ってくれる柚子。 自分は、この人のこういうふんわりなところが大好きだ。 「……ありがとう。でもね、ユズさん」 「ぅん?」 「出来ないって分かっていても、譲りたくないなって思うものが、昨年、初めて出来たんだ」 修吾は必死に表情筋を動かして、彼女に笑いかける。 それだけで意図が通じたのか、柚子の表情が少しだけ硬くなった。 「人付き合いも苦手だし、自分の感情を伝えるのも苦手で……、その上、好きなものだけを見つめて進めるひたむきさも、僕にはなかった」 丘の上、隣で、彼女が絵を描いている横顔を見つめた昨年の夏。 あの夏、自分にイカヅチが落ちた。 このままじゃ駄目だと、彼女が自分に教えてくれた。 振り返るように目を伏せて、修吾は出来るだけ優しい声を発する。 「キミのおかげで、僕は少しだけ変われたんだ。それは、まだ小さな1歩で、僕は歩いている途中だけどね……?」 「…………」 「そんな変化をくれた人の前で、自分なりのカッコつけ方で、行動することしか出来なかった」 「……修吾くん」 「でも、カッコつけようとすればするほど、何をすればいいのか、何を言えばいいのか、全然分からなくなってしまって……」 「ぅん……」 「でも、キミはそんな僕の話でも、笑って聞いてくれるから……、自分だって、それに見合うだけのものを返さなくちゃって、心ばかりが焦ってしまった」 柚子の手が震えて、そのまま頬を拭ったのがわかった。 それで、修吾はゆっくりと彼女に視線を戻す。 彼女は泣いていた。 「ごめん、わたし、いっぱいいっぱいで。続き、聴かせて?」 修吾は彼女の切ない声に、つい手が動いた。 そっと目の涙を拭って、彼女の髪に触れる。 手が震えた。 気取られてもいい。 もう、カッコつけようとするのはやめると決めた。 彼女の頭を撫でた手を軽く握って、胸元に引き寄せる。 「僕も、いっぱいいっぱい……。話、長くなっちゃったけど、要するに、もう、分かりきっているとは思うんだけど……」 「修吾くんの、口から聴きたい」 柚子は溢れてくる涙を拭いながら、それでも頑張って笑いながらそう言ってくれた。 自分なんて、照れて拗ねて、酷い反応を返したというのに。 心臓がドクドクと音を立てる。 頭の中を凄いスピードで血が駆け巡って、気温もあいまって、体感温度がピークを迎える。 「僕は、キミが……渡井、柚子が、好きなんだ」 最後のほう、声が掠れた。 どうして、自分は大事なところで、完璧に決められないのか。 そんな思いが過ぎったけれど、柚子はそんなことは気にもしないように、にっこりと笑って頷く。 「わたしも」 「…………」 「大好き。あなたのくれる言葉が、好き、です。わたしの、恋人に、なってくれませんか?」 一生懸命、声を押し出すようにして話しながら、柚子はゆっくりと修吾を見上げてきた。 修吾は落ち着くように、1度息を吐き出し、グッと奥歯を噛む。 「……ありがとう……」 その言葉しか、出て来なかった。 こんな取り止めのない話を、こんな長い時間、こんなに苦しい思いをして、聴いてくれた。 彼女に対して出る言葉はそれしかなかった。 ゆっくりと頭を下げ、もう1度息を吐き出す。 すると、柚子の手が修吾の頭に乗り、グシャグシャと髪の毛をかき混ぜられた。 「うわっ、何?!」 いきなりそんなことをされて、意味が分からず、修吾は顔を上げて、髪の毛を押さえる。 いたずらっぽく笑う柚子。 「1回、やってみたかったの。舞ちゃんが時々さりげなくやってたから」 「……なんだよそれ。い、一応、これでも、セットしてるんだから」 「うん。かき混ぜたら、少しベタベタする……」 「……ったく。ユズさんって、ホント考えなしだよね……」 「……むぅ」 修吾が笑うと、柚子がむくれるように頬を膨らませた。 それがおかしくて、修吾は更に笑った。 柚子も修吾の様子を見て、優しく目を細める。 「ねぇ、修吾くん?」 「ん?」 「わたしたち、これで何か変わったのかなぁ……?」 「……さぁ、どうだろ」 「…………」 「これだけじゃ、変わらないと思う。でも、少しずつ変わっていけたらいいね」 「……うん。うん」 嬉しそうに彼女が頷く。 修吾は少し考えるように夜空を見上げた。 「……はぁ」 「疲れた?」 「うん」 「わたしも疲れました」 「はは。……戻ろうか?」 「うん……」 修吾が歩き出すと、柚子はちんまりと修吾の隣に並ぶ。 それを見て、修吾は歩くスピードを少し落とした。 「……だいじょうぶだよ、ついてけるよ?」 それに気が付いた柚子が不服そうに、こちらを見上げてそう言う。 ……ああ、困った。 手を繋ぎたい、なんて、さすがにもう、そんなことを言う体力は、自分の中には残っていない。 修吾は目を細めて、右手を作務衣になすりつけると、そのまま、ギュッと握りこんだ。 これ以上、良い思いをしたら、夢になってしまいそうだ。 うん。ここは、我慢することにしよう。 「なんだよ、シャドー。浴衣脱いだのかよ?」 神社でお参りを終えて、勇兵と公園前で合流した。 その第一声がこれだった。 勇兵は赤い半被の袖を捲って、たくましい二の腕を覗かせたまま、不服そうに目を細めた。 「だって、弁天山登るわ、花火はするわ、でしょ? あたしには無理」 「無理って、渡井は浴衣じゃん」 「あたしが花火を持って、暴れないなんて無理」 「そっちか……」 「そっちよ。悪いか!」 「悪くねぇよ。ただ、せっかくカメラ持ってきたのによ……」 「何よ。あたしの浴衣姿撮って、末代まで辱める気だった訳?」 「バッ……違ぇよ、バカ! 遠野に見せたり、色々あんだろ」 「ああ、それなら、柚子のおばあちゃんに撮ってもらったわよ」 「 ! 」 「何? 欲しいの? 何に使うの?」 シゲシゲと舞が様子をうかがうように、勇兵を見上げる。 あまりの扱いの悪さに、勇兵が若干泣きそうな顔になったのが見えた。 「……修ちゃん、シャドーがひでぇよ」 ああ、やっぱり、泣きついてきた。 仕方がないので、修吾は勇兵の肩をポンポンと叩いてなだめる。 「シャドー、いじめすぎ」 「……だって」 「シャドーは、勇兵クンにはやたらきついべ〜」 「腐れ縁相手に、今更優しく出来る訳ないでしょ?」 「俺が、どんな想いで……!」 「 ? 」 「ッぐ……。な、なんでもねぇ……」 「ま、まぁまぁ! 遅くなっちゃうし、花火やっちゃおうよ? 早めに始めないと、場所も取られちゃうしさぁ」 「あ、待って、柚子!」 柚子が舞の背中を撫で透かして、朗らかにそう言うと、カランコロンと下駄の音をさせて、公園の中へと入っていった。 それを追いかけていく舞。 2人の背中を見つめたまま、男子3人は、はぁとため息を吐いた。 秋行が優しい声で勇兵に声を掛ける。 「どんまい、勇兵クン」 「うるへー」 「ボク、あの子好きになる人の気持ちが、全くわがんねぇべ」 おかしそうに笑い、両手を頭の後ろで組む。 勇兵と並んでいたのもあって、秋行がこちらを向いた拍子に目が合った。 修吾は少々気まずさを覚えたが、それでも、目だけは逸らさないようにした。 その様子を見て、秋行がにんまり笑う。 「ひっでぇよなぁ、修吾クン」 「…………」 「何も睨まなくたってよがったべ、さっき」 「ご、ごめん」 「……ああ、取られるなって、覚悟決まったがらいいけどね」 「アキちゃん……」 「ぅん……。別に、ボク、怒ってねがら、そんな顔しねで」 秋行は寂しそうに目を細めた後、にっこりと笑ってみせた。 気持ち的にはまだ割り切れてなどいないことは読み取れたけれど、修吾は彼の言葉に応えるように、そっと微笑んだ。 「南雲くんに言われなかったら、僕、動かなかったと思うよ」 「……ん。わがってだ」 それでも言ってくれたのか。 「結婚した訳でもねし」 「え」 「別に、ボクはボクなりに頑張るだけだべ」 笑顔で言う彼の言葉に、修吾は面食らった。 勇兵が感心したように目を見開く。 「……アキちゃん、つえーな」 「勇兵クンだって、それでいいべな」 「……いやー。無理だな」 「なして?」 「俺、知ってんだ」 「何を?」 「アイツの一途っぷり、知ってっから」 勇兵は白い歯を見せて、ニッカシ笑うと、照れ隠しのようにグッと伸びをした。 「さ、花火だ花火!」 「勇兵クン、ロケット花火3連弾やっぺ」 「おお、任しとけ! ほら、修ちゃん、行くぞ」 「あ、う、うん」 修吾は2人のやり取りに気圧されながらも、2人の後をついていく。 秋行に冗談めかしく言われた言葉に、少々心が揺らぐ。 告白の後の、柚子の言葉が過ぎった。 『わたしたち、これで何か変わったのかなぁ……?』 ……そうだ。 自分は、これから少しずつ変わっていくんだと言った。 でも、それは前進だけじゃない。 後退することだって、ありうるのだ。 手を取れたからと言って、そこでほっとしてはいけない。 少しだけ、自分の気持ちを引き締める。 でも、彼女の隣に立たされて、すぐにその気持ちが緩んだ。 ジッと見たせいか、柚子が不思議そうにこちらを見た。 なので、修吾はなんでもないと口パクで示して、花火の袋から様々な花火を取り出して並べた。 これからのことは、後で考えよう。 今は、今しか出来ないことを全力で楽しむんだ。 みんなと一緒に。 キミの隣で。 |