第七節 心を歌うから、こんなにも歌声は遠くへ響くの。
『どうして、お姉ちゃんのお唄って、泣けてくるんだろ?』
妹は、そう言って、いつも泣くのを堪えるように、余った袖を握り締めた。
けれど、結局堪えきれずに、彼女は泣いて……。
トワは優しく彼女の頭を撫でて、慰めるのだ。
妹は感受性が強い。
見つけてしまったもの全てに、心を引っ張られてしまう。
それを優しさという人もいるけれど、その不安定さが、トワは姉として、心配でもあった。
不安を見つければ、それに囚われ、悲しみを見つければ、それに引っ張られ、歓びを見つけたら、本当に無邪気に弾ける。
それは幼い心を持つ妹らしかったけれど、その分、心配で、いつも傍に置いていた。
『お姉ちゃんの唄が泣けるのは、きっと、ある人を想って歌っているからよ?』
トワはニコリと笑って、そう答え、天羽のふわふわの髪に触れる。
『お兄ちゃん?』
敏感な妹はすぐにそれだけ切り返してきた。
妹は、ミカナギに会ったことがあるのは、ほんの数回だというのに、よく覚えていた。
本当に怖いくらいに懐いていたから、それも仕方なかったかもしれない。
『天羽は、勘がいいなぁ』
『あたし、お兄ちゃん好きだけど、お姉ちゃん独りにするお兄ちゃんは嫌い』
『……事情が、あるのよ?』
『事情なんて、関係ないの。お姉ちゃん独りにするの、いけないの』
ぷくっと頬を膨らませて、不機嫌そうに妹は言う。
それがあまりにも可愛らしくて、トワはクスリと笑った。
『じゃ、天羽は、私の傍にいようねぇ?』
『うん♪ あたし、お姉ちゃん、だいすきだから、一緒にいるよ〜。あ、でも、お兄ちゃん、捜しに行きたい、かも』
人懐っこく笑った後、妹は悩ましげな表情でそう付け足した。
トワが外に出られないことだけは知っているから、代わりに、……きっとそのつもりなのだろう。
『いいのよ』
『えぇ? どうして?!』
『彼は、約束破るような人じゃないから。きっと、帰ってくる』
『で、でも……』
トワの優しい表情に、妹は慌しく表情を動かす。
静と動の、その表情は、あまりにも対照的だった。
トワは妹の目の前に人差し指を突き出して、ふわりと微笑んだ。
『ねぇ、天羽?』
『なぁに?』
『どうして、唄が心に響くか、わかる?』
『…………わかんない』
『心を、歌うから』
『え?』
『唄は心。歌声は、心の響きなの』
トワは胸にそって手を持っていって、自分の鼓動を確かめるように、目を閉じる。
まだ、あの頃は、腕の傷も少なかった。
タゴルの実験が激化したのは、ついぞ最近のことだから、当然なのかもしれない。
『心を歌うから、歌声は遠くまで響くの』
『心を……歌う……』
『感受性の強い天羽が歌ったら、きっと、ストレートに伝わるだろうね?』
『…………お姉ちゃんは、隠すように、歌うよね?』
『え、そう?』
『うん、だって、いつも、そう、思って、悲しく、なるから』
『違うよ』
『何が?』
『あの人に向けているから、天羽には、悲しくしか聞こえないだけ』
『…………』
『私のは、唄の中でも、カンツォーネだから』
『カンツォーネ?』
『一番、愛を伝えるのに重きを置いた民族が、唄のことをそう呼んだの』
『……カンツォーネ、かぁ』
『天羽のカンツォーネなら、私みたいに、聞く人を悲しくさせないだろうね?』
『あたしは、お姉ちゃんのお唄、好き』
『そう? ならよかった。なんだか、いつも泣かせてばかりだから』
『だって、お姉ちゃんの心が、とても優しいこと、知ってるもん♪』
妹はそう言って、ぎゅっとトワの細腰に抱きついてきた。
大切な、大切な妹……。
私たちの娘のように、愛しい子。
どうか、無事でいて。
無事で……。
トワはムクリとベッドから起き上がった。
ホログラフが昨夜引っ張り出した時のまま、周囲を漂っていた。
皺がついてしまった白いワンピースを、少しだけ撫で、ベッドの上に膝を抱えて座る。
そして、ゆっくりと息を吸い込んで、綺麗な歌声を紡ぎ出した。
誰を想って歌うのか?
遠くにいる人を想って。それが答え。
歌声は、遠くへ響く。
なぜなら、トワは2人のことを、誰よりも強く、大切に想っているのだから。
第八節 子連れ狼
「はぁぁ、おい、カノウ、1回稼いでから、街出ようぜ? 本当にすっからかんだ」
「まぁ……、天羽ちゃんの旅装束一式そろえたから、仕方ないよねぇ」
ミカナギの絶望的な眼差しに気がついているのかいないのか、カノウはあははと笑い声を上げた。
本当に、カノウは金銭的な面に疎い。
記憶喪失の自分でも、これはやばいと思うことを、全く気にも留めない。
図太いといえばいいのか、とろいお馬鹿と呼べばいいのか。
……”頭だけは”いいんだが。
「ふんふふ〜ん。フード、フード♪ ぽわぽわフード♪」
「とってもよく似合うよぉ、天羽ちゃん」
買ったばかりのフードを嬉しそうに翻らせながら、天羽はスキップ・ターン・ジャンプを繰り返す。
見た目以上に行動が子供だ……。
それを見て、カノウがほわぁ……と頬を赤らめて、優しく褒める。
なに、このバカップル。
ミカナギは心の中でそう突っ込む。
名はフードであるが、実質そのぽわぽわフードは外套だ。フードの部分が動物の耳のようにつんと尖っており、それを見て、天羽が手を離さなくなったので、結局それを買わざるを得なくなってしまった。
そのフードに合わせて、水色のブーツも買ってやったのが運のつき。
……とはいえ、サンダルで旅は無理だから、仕方ないのだが。
明らかに、天羽の我儘を通して、2つとも購入してしまった自分が、悔やまれるわけで。
「ああ、あれもこれも、1ランク下のに出来れば、銀貨が10枚は残ってたはずなのに……」
ブツブツブツブツ……ミカナギは瘴気を漂わせて、呟き続ける。
カノウいわく単細胞だが、パーティー内唯一の金庫番(その能力がある)だ。
今回の決断は、あまりにも、痛い、ぞ。
カノウがそれを見て、ポンポンとミカナギの肩を叩く。
なので、ゆらりとカノウに視線を向けるミカナギ。
「お金なんてすぐ貯まるよぉ、気にすんな☆」
「お前が言うなぁぁぁぁぁ!!」
すぐに突っ込むミカナギ。
「はっきり言って、お前が一番の金食い虫なんだかんな!!」
「な……」
「時代遅れにも本は買ってくる! 野菜しか食えない!! ジャンク屋好き!!!」
「う……」
「読み終わったら売ればいいのに、後生大事に持ち歩きやがって! そのリュックの中に、どれだけ役に立つものが入ってるか、お前、言えんのか?!」
「言えるよ」
「ほぉ……」
「ボクにとっては、大切なバイブルさ」
背の高いミカナギに潰されそうなくらい、壁に押し寄せられながらも、カノウは笑顔でにこちゃんと返す。
ミカナギはそれを聞いて、その場に突っ伏した。
「いや、もういや。こんな、人たち、いや」
ミカナギは本当に涙を流しながら、そう言い切った。
「あはは〜、カンちゃん、ミカちゃん、泣かした〜」
楽しそうに天羽はそう言うと、ミカナギの背中にぼすんとのしかかってくる。
それを見て、カノウがハァ……とため息を吐く。
「わかったよ。お金稼げばいいんでしょ? 稼げば。そしたら、こんな、細かい文句言わないんでしょ?」
「……細かくない。細かくない……」
「細かくないみたいだよぉ?」
おかしそうに天羽が、ミカナギの小声の言葉をカノウに伝えた。
それを聞いて、カノウはまたため息。
「はぁい。わかりました、先生。じゃ、適当に稼いでくるので、そっちもよろしく」
そう言って、すぐにスタスタ……と歩いていってしまう。
「カンちゃん? どこ行くの?」
天羽の問いに、カノウはクルリと振り返り、人差し指を口元に当てる。
「ないしょ」
「ナイショ?」
「夕方、この辺りで、待ち合わせね。ミカナギ、ギルドで稼いでおいで」
「へぇい」
ようやく復活したミカナギがだるそうな声でそう言った。
それを見て、クスリとカノウは笑い声をこぼし、パーカーのフードをガバリと頭にかぶせて、タタタッと通りへと駆けていった。
ミカナギは天羽を背中に乗せたまま、ガバリと立ち上がる。
「よし、大先生がやる気になった」
「ほぇ? なんだか、あたしだけ、取り残されている感じぃ? あはは〜」
「アイツ、稼げるくせに、こうでも言わないと、やる気になんねぇんだよ」
ミカナギは天羽を首からぶら下げたまま、そう言って、頭のゴーグルを直す。
「ほぉほぉ。カンちゃんは稼ぎ頭?」
「悔しいことにな」
「あはは〜、じゃ、ミカちゃんは小姑だぁ」
「どっからそんな言葉を……」
「ねぇねぇ? ギルドって何?」
ミカナギの言葉なんぞ無視をして、すぐに質問に切り替える天羽。
けれど、特に気にも留めず、ミカナギは胸を張ってみせた。
「オレみたいな肉体派人間に、仕事をくれるところだ」
「へぇぇぇ」
「猛獣退治から、ペット探しまで、お仕事はより取りみどりさ」
「ほぉぉぉ」
天羽は感心したように耳元で声を発していたが、ふと思いついたようにきゃろんと言った。
「それって、あたしいてもだいじょぶなお仕事なのぉ?」
その言葉で、ミカナギの、表情が、凍りついた。
「ミカちゃ〜ん?」
天羽が不思議そうに首を傾げ、ミカナギの背中から飛び降りて、前へとぐるりと回ってきて、首を傾げる。
ミカナギは激しく頭を抱える。
「しまった、しまった……しまった……。オレとしたことが。何、カノウ、1人で行かせてんだよ。コイツはアイツに任せなくちゃ駄目じゃん」
「あはは〜。大変ですねぇ」
お前がな。
「……な、なるべく、街の中で済む仕事で、高額のネタを取ってこよう」
「こよ〜☆」
憔悴しきったミカナギの横で、ハイテンションな天羽。
一体、この組み合わせは、周囲から見たらなんに見えるのか。
「…………お前、なんか得意なことあるか? っても、覚えてないんだよなぁぁ」
「んっとぉ。ちっさいから、どこにでも潜り込めま〜す☆」
思いついて、すぐに手を挙げて、元気に返してくる天羽。
ミカナギはポンと手を打ち鳴らして、天羽を指差し、にかっと笑う。
「あ、それ、採用。そっち方面で行くか」
「あ、あとねあとね。夢で見たのぉ!」
「ん?」
「お唄好きぃ」
「へぇぇ……まぁ、それは、また後でな?」
「はぁぁぁい!」
ミカナギは流すつもりでそう言ったのだが、天羽は嬉しそうに両手を挙げて、ブンブンと元気いっぱいに振る。
そして、スキップで先へ先へと歩いていく。
やれやれ……。
そう思いながらも、子供に引っ張りまわされることを、それほど嫌と思わない。
自分は、昔子供のお守りでもしていたんだろうか?
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