第九節  天才の違法行為


 カノウはパーカーのフードを目深に被り、静かに通りを見つめていた。
 やることは1つ。
 自分は、これで、15年生きてきた。
 目を細めて、静かに通りを見つめる。
 カモを漁るように、時たま目がキョロ……と動くだけ。
 幸い、この街の人間は、食材には恵まれていないが、金銭的には潤っている者達が多い。
 ミカナギに文句を言わせないためにも、きちんと金を持って帰らなくては。
 ハァ……とため息。
「持って帰らなかったら、……売られちゃうんだろな、……ボクのバイブル……」
 肩にズシリとのしかかるリュックの重さを愛しく思いながら、カノウはため息、ため息、ため息。
 古かろうとなんだろうと、この本たちは、貴重なものなのだ。
 どんなにデータ社会になったって、最後に残るのは、文書だと、カノウは思う。
「やだなぁ……捕まったら笑えないし」
 ひとりごちながら、顔を上げて、カノウはとあるおじいさんに目を奪われる。
 言葉は悪いけれど……、
「カモ」
 だ。
 おじいさんは不自由そうに機械式の四本足の杖を操りながら、歩いてゆく。
 カノウは更にパーカーのフードを深く被り、駆け出す。
 タタタタッと周囲に響く足音。
 人もまばらだ。
 ……チャンス……!!
 ぽん、と、おじいさんの肩を叩く。
「ん〜?」
「おじいちゃん、ちょっと、お話があるんだけど、いいかな?」
 俯きながら、それでも声だけは優しく尋ねた。
「なんじゃ?」
「……この杖、壊れかけてる。危ないよ」
「あー、わかっとるんだが、修理ができんからのぅ」
「新しいの、買わないの?」
「……この杖は、大事なばあさんの形見でなぁ」
「…………ボクが、直してあげようか?」
「はぁぁ? 坊や、そんなことできるのかい?」
「うん。……でも、ナイショ、だよ?」
 カノウは少しばかり顔を上げて、人差し指を口元に持ってゆく。
「ああ、その手の子かい」
 おじいさんは納得したように微笑んで、裏通りへ、カノウに従うようについてきた。
 よっこらせ……と、貨物用のケースに腰掛けて、杖をカノウに手渡してくる。
 カノウはリュックから機械いじり用に改造したナイフを取り出して、器用に杖の部品をひとつひとつばらしてゆく。
「器用なもんだ」
「……誰にも……」
「わかっとるよ。大変だよなぁ、機械いじりが好きな若者は、多くいるじゃろうに」
 おじいさんは優しい声でそう言って、カノウの顔を覗き込んでくる。
「顔を、見せてくれんかね? 誰にも言わんし、報酬も見合うように払うから。じゃから、ちゃんと君の目を見たい」
「…………」
 カノウはしばし逡巡してから、ゆっくりとパーカーのフードを脱いだ。
「優しい目をしておるな」
「はは、恥ずかしいです」
 おじいさんの言葉に、カノウは顔を赤らめて、フルフルと首を振る。
 おじいさんは胸ポケットから紙巻煙草を取り出して、カチリとライターで火を点けた。
「……わしが若い頃、親友に機械いじりが好きな者がいてのぅ。まだ……あんな事件が起こる前じゃったから、好き勝手に、出来てたんじゃ」
「…………」
 カノウはカチャカチャと部品を外しながら、おじいさんの話を聞いていた。

 この世界は、50年前の、大々的な宗教テロで落とされた核爆弾によって、荒廃してしまった。
 ……それ以後、こんな法令が出来た。
 様々な研究を行うのは、プラントのみ。
 あらゆる知識に特化すること、技術に富むことを……一般人に、禁じる法令。
 だから、この世界には、以前は多くあった、技術職が、ない。
 歴史学者、哲学者、植物学者、機械工学の専門家、コンピュータのプロフェッショナル、遺伝子の研究者。
 それらはどこにもいない。
 残された技術職は、料理人、大工、建築士。
 科学は人類の進歩を手助けし、けれど、その手で、人類を滅亡に追い込もうとした。
 それは科学が悪いのではなく、使い方を誤った人間が悪いのだが、その法令は苦渋の手段だったのだろう。
 プラントという、1つの集合体に集めてしまうことで、管理も監視も容易くなり、多くの技術者が一箇所に集まることで、この大地を再び、緑多い世界に戻すための研究が進められる。
 一応、そういう狙いが、あった。
 けれど、これは……単なる技術や知識の独占だ、とカノウは思う。
 裏を返せば、そのプラントが、50年前の宗教集団のように血迷えば、どうなるかわからないということになる。

「こういったものの、修理さえ、許されないなんて、間違ってます」
「使い捨てなんじゃろう」
「え?」
「物資は制限されておるのに、50年前にあった習慣は、簡単には抜けんのだよ」
「……使い捨て……」
 カノウは顔を歪めて、解体し終えた部品たちを見つめた。
 この部品たちは、きちんと錆を落として、磨耗した部分は取り替えて、駄目になったものは溶解し直せば、再利用が可能なのに。
「坊やには耳慣れんかのぅ」
「…………はい」
「そうよのぅ。見たところ、15か16か……」
「18です」
「ああ、これはすまん」
「いえ」
 カノウはふるふると首を横に振った。
 おじいさんの『坊や』は耳に心地いい。
 だから、別に気にしない。
「困ったものじゃ」
「え?」
「わしらの世代はな、親に自分達が楽に生きるための社会を作ってもらって育ったんじゃよ」
「…………」
「じゃから、いつか、わしらも、次の世代のために、遺せるものを……と、そう、考えておった」
 おじいさんの声は悲しそうだった。
 カノウは手だけは動かしながら、声に耳を傾ける。
 やすりでシュッシュッと錆を落とし、オイルを少々馴染ませる。
 少しだけ鼻を刺す、オイルの臭い。
「それなのに、……のぅ。あっという間じゃった」
 おじいさんはふぅぅぅ……と煙草の煙を吐き出して、目を細めて空を見上げた。
「わしは、あの瞬間を、テレビで見たんじゃ」
「テレビで……?」
「パレードの中継中にな、核が落ちた。あっという間に映像が乱れてなぁ……数分してから、慌しく報道局を背景にアナウンサーが映った」
「…………」
「膨大な量の核が落とされた模様。ウラニウムによる汚染被害が広がる恐れがあります。すぐにシェルターへ避難してください」
 懐かしむように、おじいさんの声。
 とてもいたたまれない、過去の傷跡。
「…………」
「そのパレードをしていた国は、地球の反対側じゃったのに」
「酷い状態だったんですか?」
「……反対側じゃったから、わしらの国は、一番被害は少なかった。それでも……汚染によって、たくさんの知人が死んだよ」
「…………」
「親友もな、その時に死んだんじゃ。ロボット工学を学びたいと言っていて、希望の大学に受かった、すぐ後じゃった」
「……なんて言っていいのか……」
「でも、今思うと、あの時死んでよかったのかもしれんと思ってしまうんじゃ」
「え?」
「こんな世界では、あやつの夢は、きっと叶わんかった」
「夢……?」
 カノウはそこで手を止めて、顔を上げた。
 杖は半分ほど、元の形状を取り戻しつつあった。
 綺麗に磨かれたボルトは、まるで新品のようにさえ見える。
 おじいさんはにっこりとえくぼを作って笑った。
「いつか、人間のようなロボットを作ってみたいと、よく言っておったよ。それで、一番に、自分は友達になるんだと……」
「友達……」
「わしは、そんな親友が眩しくてなぁ。羨ましくて、いつも嫌味を言っていじめておった」
 寂しそうに、おじいさん。
 カノウはそれを見て、ぐっと唇を噛み締める。
 悔やんでいるのだと、思ったからだ。
 一度でいいから、その気持ちを素直に告げられなかったこと。それが、悔やんでも悔やみきれない。
 おじいさんの目は、そんな風に見えた。
「……これも何かの縁だ」
「え?」
「坊やが、叶えてくれんかね?」
「そんな……無理ですよ」
「いや。わしには分かる。坊や、……ただの機械いじり好きじゃない」
 おじいさんは真面目な目でカノウを見透かし、そう言って、再び空を見上げる。
「わしらは、とんでもない世界を、君たちに遺してしまった。そのうえ、こんな我儘を言うもんではないのかもしれんが、50年ぶりに、そんな手際のいい修理を見て、つい蘇ってしまったな」
「おじいさん……」
「坊や、好きなら、大成させなくてはいけないよ?」
「…………」
「後悔が、残ってしまうから、ね」
 優しく笑い、おじいさんはポンポンとカノウの頭を撫でる。
 引き継ぐなんてこと、自分は考えたこともなかった。
 ただ、残骸だけが……、過去のガラクタだけが転がっている世界だと、孤児だったカノウは感じていた。
 そんな中にも、確かに綺麗なものはあって、カノウは、ガラクタの中に埋もれる宝石を見つけるのが好きだった。
 出会いという、宝石。
「ボクね」
「 ? 」
「プラントに行くんだ」
「ほぉ」
「ボクの夢は……この世界に、科学の輝きを広めること」
「そうかぁ」
「だから、今の法令、ぶっ潰すんだ」
「ほっほっ。そかそうかぁ」
「……おじいさんのお友達の夢を叶えられるかは分からないけど、その夢をたくさんの人が自由に考えられる世界に、してみせるからね」
 カノウは真っ直ぐにおじいさんを見つめて言い切った。
 こんなに真っ直ぐ言えたのは初めてだ。
 おじいさんの、心を感じたからかもしれない。
 今、自分は、こうして口にしなくちゃいけない気がした。
 実行されてから偉ぶったって意味がない。
 言い切った言葉を、実行する。
 それが、漢っていうものだ。



第十節  忍び寄る影


「まぁさか、唄好きが役に立つとはなぁ……」
 頬杖をついて、ミカナギはステージの上の天羽を見つめた。

 ギルドで一番高額だった、街の中の仕事。
   ↓
 イベントの前座。

「さすがだ。ギルド、なんでもあり……」
 ステージの上でピョンピョン跳ねて楽しそうに歌う天羽。
 前座とは思えないくらいの、アイドルエッセンスを醸し出している……と、ミカナギは主観で思った。
 作りのない笑顔に、自然な立ち居振る舞い。
 ちょちょいと翻るスカートもご愛嬌。
 可愛らしい真っ直ぐな声が、綺麗に空へと響いてゆく。
 ……大体、服装が服装だし。
 元々着ていたセーラー服もどきの服は、ステージ衣装と言ってもいいくらいだ。
「それでは、飛びまーす☆」
 手を高々と掲げて、天羽は意識を集中するように目を閉じた。
 セーラーカーラーが風もないのに、ふわりとなびく。
「げ、ちょっと待て! 目立つことすんなよ、馬鹿!!」
 慌ててミカナギは立ち上がって、ステージに向かって駆け出した。
 数日前の光景が頭を掠める。
 白い翼。
 羽根を散らしながら、ふっと消えていった。
 あんなものをこんなところで出したら、……どう誤魔化せばいい?!
「あっれぇぇぇ?」
 けれど、天羽は困ったようにカーラーを手に取って、首を傾げる。
 それによって、ミカナギも立ち止まった。
「ありゃ〜、出ませんねぇ〜。残念☆ ごめんなさい、飛べませ〜ん」
 お茶目に両手を合わせて謝ると、天羽はステージの上から、ぴょんと飛び出した。
 見上げるほど高いステージから飛び降りた天羽は、ミカナギを狙い済ましたように、胸の中へと落ちてくる。
 ミカナギは慌てて天羽の体を受け止めた。
 自然に抱き締める形になって、ポンポンとふわふわの髪を撫でてやる。
 ゴロゴロと懐くように、天羽はミカナギの首に巻きついてきた。
「お前、無茶苦茶やるなよなー」
「えへ〜、でも、これでフードとブーツ分稼げた〜? 天羽頑張ったよぉ。ちゃんっとご恩返しできた〜?」
 ミカナギのほっぺをぐにっと挟んで、楽しそうに天羽は言う。
「はいはい、出来ましたよ。……なんだか、結局、オレ、なんもやってねーし」
「ミカちゃんは、あたしのお守りがよくできたで賞☆ だよ♪」
「ほぉ……おガキ様なことは、自覚してるのか。偉いなぁ、天羽は」
 そう言ったら、天羽もさすがに膨れっ面になった。
「なんか、ちょびっとむかついた」
「気にしない気にしない」
 ミカナギはニッカシと天羽に笑いかけて、トン……と地面に下ろし、そのまま、イベント会場を後にしようと、ステージの裏へと向かった。
 ステージの裏。
 本命の登場に盛り上がる観客達の死角に入ったところで、ミカナギは殺気を感じて、天羽を庇うように立ちはだかって、外を見つめた。
 外で、バトルスーツを纏った男達が、明らかに誰かを待つように待機していた。
「天羽、お前、ここにいろ」
 ミカナギは真剣な声でそう言うと、頭のゴーグルをカチャリと目に掛け、腰に差していたビームサーベルを抜いた。
 ゆっくりと、外へと向かう。
 テントに覆われて暗かったステージ裏。そこから明るい外の世界へと出る。
 警戒するように、男達がこちらへビーム銃を向けてくる。
「物騒だねぇ〜」
 ヒューと口笛を鳴らし、ミカナギはビームサーベルの柄についているボタンをぽちっと押した。
 ブーン……と、青い光を放って、剣の形を作る。
 カノウの作ったビームサーベル。
 性能は、保証済み。
「誰に、御用?」
 ミカナギはにぃと笑みを浮かべて、男達に、そう、尋ねた。




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