第十一節  蹴るか斬るかはご愛嬌


 ミカナギは肩から提げていたバッグをバサッと地面に落として、ゆっくりとビームサーベルを構えた。
「殺気ビンビン。オレまで張り切っちゃうじゃん。ねぇ、あんたら、何者?」
「なっ……あ、あなた様は……?!」
 シンプルなビーム銃を構えていた男達4人は戸惑ったように、ミカナギを見た。
「あ? 何?」
「……いや、そんなはずはない。他人の空似でしょう。もう何年経ったとお思いか!」
「確かに……。し、しかし、あまりに似過ぎでは?」
「ゴーグルではっきりした顔立ちまでは見えない。似過ぎと称すには、尚早です」
「しかし、あの髪と……あの目の色は……」
 クリアグラスのゴーグルから覗くように、男の1人がシゲシゲとミカナギを見てから言った。
「えーっと……」
 バトルスーツ装備のごっつい男達が、ひそひそと会話しているのを見て、ミカナギは困ってしまった。
 一体なんなのか?
 先ほどまで、緊張感に満ちた殺気を湛えて、そこに立っていたくせに。
「ま、まぁいい。今回の任務は別にある。後ほど、ミズキ様に判断を仰げば良いだけのこと」
「確かに」
「相談終わった?」
 頷きあって銃を構え直す男達に、退屈そうに片足をぶらぶらさせていたミカナギはにかりと笑って、再び構えを取る。
「とにかく」
「天羽様」
「確保が」
「最優先」
 男達は順々にそう言い、素早くミカナギへ光線を放ってくる。
 ミカナギは全ての光線を見切って、ふわりと横へとかわし、一度ビームサーベルのスイッチを切って、後ろに向けてから再びスイッチを入れた。
 バシュン! と激しい音が響いて、ミカナギが地面を蹴った瞬間、それに勢いを加えるようにスピードが乗った。
 ミカナギはその勢いのまま、ゲシンと右側にいた男を蹴り飛ばし、宙に浮いている間に鳩尾に膝を落として、意識を奪った。
 男の手から落ちたビーム銃を素早く確保して、適当に引き金を引く。
 動揺したのは男達のほうで、慌てて跳ね回ってそれをかわしてゆく。
「はいはい、あぶねーぞぉ」
 楽しそうにミカナギはカラカラと笑いながら、また適当にバスバスと光線を飛ばした。
 男達は同時に思う。
 この男、鬼だ。と。
「おらおら、まだまだあるよぉ」
 ようやく真面目に照準を合わせて、銃を構えた時だった。
「ミカちゃんー? いつまで待てばいいの〜?」
 テントの中からちょこんと顔を出して、天羽が困ったような目でこちらを見てくる。
 素早かったのは、男達だった。
 ミカナギの存在など無視をして、天羽に向かって駆け出す。
 ミカナギもさすがに天羽が出てくるとは思っていなかったものだから、動揺して反応が遅れた。
 あまり扱いの慣れていない銃を手放して、ビームサーベルのボタンを押す。
「最大出力!!」
 ミカナギはそう叫んで、バチバチッと音を立てるサーベルをぶんと振った。
 先ほどの3倍はあろう長さの刃が1人を切り伏せたが、その先に当たらないので、強く地面を蹴る。
 燃料が切れたのか、サーベルの色がドンドン薄くなってそのまま消え、しょうがないので、ミカナギは残った2人の一方を蹴り飛ばす。
 天羽も自分に向かって走って来る人間が、銃を持っているのを見て、驚いたように顔を強張らせた。
 けれど、男はそんな天羽の表情を見て、慌てたように銃を放り出す。
「ま、待ってください、天羽様! 我々は!!」
 しかし、そんな叫びを天羽の声が掻き消す。
「来ないでーーーー!!」
 顔をしかめて腹の底からそう叫ぶと、男は足をもつれさせてその場に倒れこんでしまった。
 ミカナギはそれを不思議に思って、男の様子を探ったが、完全に昏倒しているように見える。
 ……一体、何が起こったのか。
 天羽がゼェゼェ……と呼吸を繰り返して、その場にへなへなとへたり込む。
 すぐにミカナギは天羽に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「う、うん。ごめんなさい」
「あ?」
「待ってろって言われたのに、出てきてごめんなさい」
「…………」
 反省したように目を細めて謝る天羽を見下ろして、ミカナギはポリポリと頭を掻く。
 そして、1つため息。
「別に、怒りゃしねぇよ」
「……で、でも……」
「こちとら、お荷物抱えてるなんてのは百も承知なんだ。わざわざウダウダ言うかよ」
 素早くしゃがみこむと、ポンポンと天羽の頭を撫で、そっと倒れている男達に視線を動かす。
 こいつらの狙いは……天羽、か。
 それに、……自分のことも知っているような、口振りだった。
 拘束しておいたほうが、無難か?
 もしかしたら、手がかりが手に入るかもしれない……。
 そんなことを考えていた矢先、天羽の声で昏倒したかと思った男が、震えながらも何かを取り出して、静かに言った。
「申し訳ありません、作戦失敗です……。隊の、収容を優先してください。繰り返します……失敗です。ただし、タゴル所長の元には身柄は渡っていないことを確認。……坊ちゃま、本当に、申し訳ありません」
 その言葉が最後まで言い切られるよりも早く、男達の体がパッと閃き、次の瞬間、姿を消してしまった。
 ミカナギは眩しさに目を細め、呆然とする。
 なんだか、訳が分からない。
 記憶喪失の自分も、偏屈天然のカノウも、相当稀少な存在だとは思うのだが、天羽に会ってから、おかしなことが次々に起こっているような、そんな気がする。
「天羽」
「なに?」
「お前、やっぱり別室はやめよう」
「本当?!」
 ミカナギの言葉に、天羽が嬉しそうに目を輝かせた。
 1人になる空間があってはいけない。
 今目の前で繰り広げられた光景は、まさにそれを物語っていた。
 真剣に物事を考えているミカナギとは対照的に、天羽は先ほどまで息を切らせていたくせに、嬉しそうに首を振りながら、
「同室、同室〜♪」
 と、口ずさんでいる。
 ミカナギは口元に手を当てて、しばらく考えてみたが、結局常識も知識も足らない自分では、結論など出ようはずもないので、考えるのをやめた。
 すっと地面に落ちているビーム銃を指差す。
「天羽、拾って来い」
「えぇぇぇ〜〜〜? あたし、銃、嫌い」
「オレはあっちのを拾うから、お前も手伝うんだよ。これは高価なものなんだ。金になるぞ」
 ミカナギがほくほく顔でそう言うと、天羽が嬉しそうに顔をほころばせる。
「いくらくらいなの?」
「そうさなぁ……、お前に買ってやったぽわぽわフードが3つは買えるな♪」
「1丁で?」
「ああ」
「ほほぉぉぉぉ。それじゃ拾わねば! 拾わねば、隊長!!」
「うむ! 物分りの良いお嬢ちゃんで、ほっとしたぞ。さて、拾えーーー!」
「よーそろー」
 ミカナギの声に、天羽は敬礼もどきをして、タタタタッと銃の落ちている地点まで駆けていった。
 ミカナギは素早く2丁、銃を拾い上げて、地面に落としたままのバッグの中に詰め込む。
 それと一緒に、中に入れてあった天羽のフードを取り出し、タタタタッと戻ってきた天羽から銃を受け取った後、ふわりとかぶせてやった。
 すっぽりと小柄な体がフードに包まれ、一応立派な旅芸人に見える。(フードのデザイン上の問題)
 ぽわぽわフードというくらいなので、どうにも、冒険者向きな装備とは言えない。
 袖にも襟元にも、ぽわぽわの飾りがついていて、頭がちょこんと耳のようにつっ尖っている。
 ……のだが、元々、天羽の服装が服装だっただけに、こちらのほうがまともに見えてしまうのが不思議だ。
「えへへ〜。ほくほく、ほくほく」
「さって、そろそろ、時間だな。戻るか!」
「あいあいさー」
 ゴーグルを外して、バッグを肩から担ぐようにぶら下げる。
 すると、ゴーグル跡のついたミカナギの顔を見て、天羽がおかしそうに吹き出した。
「なんだよ?」
「ミカちゃん、跡がスゴイよぉぉ。あはは〜」
「うっさい」
 楽しそうに笑う天羽を、ミカナギは開いている右手で、コンと小突いた。



第十二節  久々の、あなた


「坊ちゃま、申し訳ありません」
 戻ってきたハウデルは床に膝をついて、ヒゲ面の渋めな顔を、渋く歪ませながら、深々と頭を下げてきた。
 それに従うように、他の3人も頭を下げる。
 ミズキは眼鏡をカチャカチャと掛け直してから、ポリポリと頭を掻いた。
「まぁまぁ……。そんなに畏まらないで。……しかし、ハウデルに気がつかなかったなんてね。あの子、何かあったのかな?」
「はぁ……。まさか、自分があの『声』にやられる日が来るとは思いませんでした。……まだ、頭が痺れているような気分です」
「あはは、済まないね。あの子には警戒用に色々と持たせているから」
 ため息混じりに頭をそっとさするハウデル。
 ミズキは苦笑を漏らして、頭をまたもや掻いた。
 『搭載』という言葉を使わないのは、一応、天羽への自分なりの心配りのつもりだ。
「どうしましょうか?」
 アインスが横でミズキにそう声を掛けた。
 ミズキはアインスに視線を動かし、ゆっくりと笑う。
 待っているのが分かる。
 ……アインスは、自分の指示を待っている。
 確かに、アインスならば、天羽の『声』も効かないだろう……が。
「どうせ、今のままではミズキ様はお仕事をなさらないでしょう? おれがさっさと行って、天羽を連れ戻してきます」
 その物言いに、隊員の1人がアインスを睨みつけた。
「キサマ、システムの分際で、主になんという口の聞き方を……!」
 けれど、それをハウデルが手で制し、ミズキはアインスの言い様に、嬉しそうに笑いをこぼした。
 こんなにも忠誠心に溢れていて、こんなにも言葉を選ばないのは、アインスだけだ。
 ハウデルたちは忠誠心には溢れていても、このような対等な言葉は口にしない。
 ミズキはぽんぽん……とアインスの背中を叩いて、その後に考え込むように顎をさすった。
「発信機は? ハウデル」
「……天羽様には無理でしたが、連れの男の鞄に、一応……」
「上出来だ。それじゃ、アインス、彼らが人気のない場所に出たら、君を行かせよう。天羽だけでも危ないのに、君がいては、街1つ壊してしまうかもしれないからね」
「承知しました」
「うん」
 ミズキはニッコリ笑って、アインスを見上げ、すぐにハウデルへと視線を動かした。
 ハウデルがヘルメットについていた小型カメラを取り出してくる。
「映像が……天羽様の『声』の前までは、入っているはずです」
「はい。私は先ほど、視認しました。あとで、ミズキ様もご確認ください」
 アインスがスタスタと歩いていって、ハウデルからカメラを受け取ると、すぐにミズキへと手渡してくる。
 先ほど、隊の収容を行ったのはアインスだった。
 先の先まで、ミズキはグゥグゥと眠っていたのだ。
 一体何日ぶりの睡眠だったか、思い出せない。
 ふと、突然、部屋のドアがシューーーンン……と音を立てて、トワが入ってきた。
「ミズキ、映像に……映像に、み……」
 珍しく慌てたような、嬉しそうな表情で、息を切らせるトワ。
 けれど、ミズキ以外の人間がいるのに気がついて、慌てて部屋を出ようとした。
「……トワ様?」
 驚いたように、ハウデルがトワを見る。
 トワは観念したように唇を噛み締めて、くるりと振り返る。
 ミズキもポリポリと頭を掻いた。
 隊員たちもまるで幽霊でも見るかのような目で、トワを見上げている。
「これは……一体……?」
 ハウデルが代表して、そう声に出す。
 ミズキが観念したように、ため息を吐く。
「いいよ、トワ。ばれてしまったものは仕方がない。おいで」
「坊ちゃま? どういう……? ミカナギ様と、トワ様は、行方不明と、聞いておりました。……しかも、そのご容姿は……私の知っている姿と、全く……変わりが……」
「すまないね。……そういうことに、しなくてはならなかったんだ」
「は?」
「詳しい話はまだできない。そこは、許してくれないか」
「…………承知しました。坊ちゃまの、心のままに……」
「今日は下がってくれ。ご苦労だった」
 その言葉で、4人の男達はスラリと立ち上がり、ピシッと敬礼を決めて、トワと入れ替わるような形で外へと出て行った。
 トワが動揺したように彼らを見送って、その後にミズキの傍に歩み寄ってくる。
「ごめんなさい……私ったら、こちらには勝手に来ない約束だったのに」
「いや、これまでばれなかったのが奇跡だったんだ。気にすることはないよ。それで、どうかしたのかい?」
 ミズキが優しく、同じ目線のトワを見つめて尋ねる。
 トワは少しばかり考えた後で、俯きがちに言った。
「み、ミカナギが……映ってた」
 恥ずかしそうに、顔を真っ赤にして、だ。
 そんな表情は久しく見ていなかったから、ミズキは驚いて目を見開き、その後にクスリと笑う。
 愛らしい。
 いつも大人びている彼女が、彼の時だけ、これほどまでに表情を萎縮させる。
「何に?」
「さ、さっきの……天羽保護失敗の、映像」
 トワは長い髪をサラリとかきあげて、ようやく、ミズキへと視線を上げた。
 今度驚くのは、ミズキのほうだった。
「……彼が、天羽と?」
「ええ。やっぱり、あの子……ミカナギを、探しに……」
「いやしかし……、そうか、ミカナギ、無事だったんだね。連絡が途絶えて、もう8年になる」
「ミズキ様、ミカナギとは?」
 アインスはしばらく情報の収集を行っていたのか、ずっと黙っていたが、おそらく検索してもヒットするデータがなかったらしく、横から会話に入ってきた。
「ああ、済まない。アインスは知らないんだったね」
「は」
 トワがアインスを怖がるように見上げて、すぐにすっと視線を落とした。
「トワの、対」
「対?」
「今はそれしか言えない。君が、会って、それで見定めておいで」
「承知しました」
 ミズキの言葉に、アインスは静かに返事をして、すぐに部屋の隅へと歩いていってしまった。
 ミズキの視線が、ちょっと席を外してくれないかという、動きをしたからだった。
 ミズキはアインスが離れた位置まで移動して、目を閉じたのを確認してから、トワをコツン……と叩く。
「いったぁ……」
「全く……。トワの技術は認めるけどね。プラントの情報に不正アクセスするのはやめなさいと、何度も言ったはずだよ?」
 ミズキは少しだけ怒気を含んだ声でそう言った。
 トワは頭をさすりながら、ふんと鼻を鳴らす。
「ミズキが情報を私まで回してくれないのだから、仕方ないでしょう」
「必要だと思ったものは回すさ。あまり勝手にあちこちからデータを引っ張っていかないでくれ」
「……わかった」
 不服そうにトワはそう言うと、長い桜色の髪をサラリと舞わせて、素早く踵を返し、スタスタスタ……と部屋を出て行ってしまった。
 ミズキはやれやれ……とため息を吐く。
「アインス」
「はい?」
「そういうことだから、出来る限り、手荒な手段には出ないでおくれ」
「わかりました」
 ミズキはアインスにそう言い、アインスが頭を下げたのを確認してから、ソファに腰掛けて、はぁぁぁ……とため息を漏らした。




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