第二章  ロボットの憂鬱、とか言ってみる、の章

第一節  相棒喧嘩は、犬も食わない


「ば、ばかやろーーーーー!!!」
 朝から、ミカナギの涙ながらの怒声が、宿屋内に鳴り響いた。
 天羽は眠そうにコシコシと目をこすりながら、体を起こし、カノウとミカナギの睨みあっている場面だけが目に入る。
 自分が寝ている間に何があったのか。
 それ以上に、いつも起きるのが遅いカノウが自分よりも早く起きていることに驚いてしまった。
「ど、どしたの?」
 天羽は一応小首を傾げてそう尋ねたのだが、カノウだけがその声に反応し、ミカナギは天羽が起きたことにすら気がついていないようだった。
「あ、おはよ、天羽ちゃん。なんでもないよ、気にしないで」
 笑顔でそう言い、再びミカナギへと視線を戻す。
 ようやく、ミカナギも天羽のことを見たが、特に何も言わずに、カノウの頭をバスバス叩く。
「なんでもないわけあるかぁぁぁ! バカ野郎!! はなからお前、目つけてたろ?! だから、売るの、今日でいいんじゃない? とか、言ったろ? だろう?!」
 怒りながらも、昨日のカノウの口調を真似するのだけは忘れずにこなす。
 天羽はミカナギを見ていていつも思うのだが、『この人は、普通に面白い』。
 カノウはミカナギのそんな言葉を受けて、数瞬考えるように唇を尖らせたが、その後でニッコリ笑ってコクリと頷いた。
「うん、もっちろん♪」
「……もちろんじゃねぇぇぇぇ!!」
 カノウの言葉で、ミカナギはその場に崩れ落ちた。
「もういや……だから嫌なんだ。生活能力のない奴を相棒にするのは……」
 ミカナギは心からの言葉を吐き出すように、深く深く、重く重く言葉を吐き出す。
「失敬な。生活能力がないのじゃなく、探究心が尽きないと言ってほしいものだなぁ」
 カノウは全く反応した様子を見せずにそう呟き、フゥ……と息を吐いた。
「その探究心で、食える飯がどこにある?!」
「大丈夫。ボクが今の法令をぶっ潰せば、すぐにでも食べられるようになるよ」
「そんな、『いつか』の話をしてるんじゃねー!! 大事なのは『今』なの!! 『今』食えるか、なの!!」
「細かいなぁ」
「細かくない細かくない!」
 のんきに答えてくるカノウに対して、ミカナギは素早く反応して、ブンブン首を振った。
「だから、”ガキ”は嫌なんだ!」
「…………」
 1回。
 カノウの表情が少しだけ険しくなった。
 口調も少々険しくなる。
「別にいいじゃん。飯は仕事すればありつけるし」
「余裕ってのが必要なんだよ。予定外のエラー発生させる”ガキ”が、このパーティーには2人もいんだろうが!!」
 2回。
 ミカナギは今回ばかりは我慢できないとでも言うように、バンと机を叩いて、更に怒鳴る。
 けれど、カノウはミカナギを睨みつけるばかりで、もう何も言わない。
「あぁぁぁぁ、今日は街出られっと思ったのに、やってらんねー。”ガキ””ガキ””ガキ”!!」
 3回4回5回。
 そう口にしているミカナギ自体、天羽の目には子供に映ったけれど、それよりも早くにカノウが勢いよく立ち上がった。
 机に置いてあった、ビームサーベルをミカナギに向かって思い切り投げつける。
 ゴスン、と鈍い音を立てて、ミカナギのどてっぱらにそれがめり込んだ。
 ミカナギは苦しそうに表情を歪めながらも、サーベルを落とさないように受け止めてから顔を上げる。
 カノウがいつもの優しい顔でなく、超険悪な顔でミカナギを睨んだ。
「え、か、カノウ……?」
「カンちゃん?」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ、うるさいなぁ」
 不機嫌そうに低い声でそう言い、被っていたニット帽を外した。
「大体、ボクが発明しながら旅をする分には、今までのやり方で全然問題なかったんだよ!!」
「んぐ……」
 カノウがズカズカとミカナギの懐に入り、詰め寄る。
「こんな倹約生活に入らざるをえなくなったのは、君がついてくるようになったからだろうが。それなのに口うるさく、あれは駄目これは駄目って。ボクはね、発明さえできれば、腹なんて減らなかったんだよ!!」
「か、カノウ……ちょい落ち着こうぜ?」
 先程まで激怒していたミカナギのほうが、カノウの怒りを鎮めようと、彼の肩をポンポンと叩いた。
 けれど、それをカノウは振り払う。
「確かに、ボクらは意気投合したけど! 財布ぐらい、お前、自分で持てよ!! 今までボクが持っていた金を使った分も、早く返せよ!! 返してから、そういう大口叩けよな!!!」
「…………」
 ミカナギが驚いたように、カノウを見つめる。
 まさか、そこまで言われるとは思いもしなかったのだろう。
 ぐっと唇を噛み締めて、ボリボリと金の髪を掻いた。
 少しばかりの沈黙が過ぎり、そして、ミカナギも充電完了したようにカノウの胸倉を掴んで叫んだ。
「ああ、そうかよ! 了解しました。オレはオレで、稼いで、自分の金として管理します。すりゃいいんだろ?!」
 あまりにヒートアップしてきた喧嘩に、天羽も素足のままで床に下りて、2人の間に割って入ろうとした。
「待って、待ってよぉ。喧嘩は駄目だよぉぉ!」
 けれど、背の高いミカナギの力は強くて、2人を引き離すことはおろか、2人の間に入ることも出来なかった。
 カノウはミカナギの腕をなんとか外そうと動くが、これも体格差がありすぎて、外れないようだった。
 ミカナギが不機嫌な声で叫ぶ。
「だったら、一緒に旅する意味ねーよな? オレ、ここで外れっからな!! お前が金に困らないようにって、こっちだって、ギルドで稼いだ分を発明に使われようと、我慢してたってのに!!」
「余計なお世話だよ」
「ああ、そーかよ。さいですか、そうですか」
 ミカナギはカノウから手を離し、ふぃっと不機嫌そうに踵を返した。
 カノウもそのまま椅子に腰掛け、不機嫌な眼差しで、机の上に転がっている螺子やらなんやらの部品を、ケースの中へとしまい始めた。
 ミカナギはクローゼットを開けて、自分の装備品を取り出し、それを身に着け始める。
 天羽は意図を察して、タタタッとミカナギに駆け寄る。
「み、ミカちゃん、駄目だよぉ。2人とも、もう少し落ち着いて話し合ったほうが……」
「……どうせ、アイツが前からそう思ってたんだったら、いつかこうなってたんだよ。少し早まっただけだ」
「で、でもぉ……、興奮した時って、つい口をついて出ちゃうことだって……」
「天羽」
「は、はい」
「お前は、カンといろよな」
「え?」
「オレの仕事、危ないの多いから、カンといたほうがいい」
 ジャケットを羽織って、腰にサーベルを挿すと、よっこらせっとバッグを左手で持ち上げ、ポンポンと天羽の頭を撫でた。
 そして、バッグから何かを取り出し、天羽の手に乗せる。
 ずしりと、のしかかるような重さ。
「アイツは腹減らなくても、お前は腹減るだろ。これをな、裏通りの『ダ コルテ ジャンク』って店に売りにいきな」
 天羽はそれを確認して、慌てて顔を上げる。
 昨日ちょろまかした銃。
 全て出したのかと思っていたが、まだ持っていたのか。
「こんなこともあろうかと、な。人間、保険が大事さ。カンにはばれないように」
 ミカナギは人差し指を口元に当て、そう言うと、軽く片目を閉じた。
「たぶん、今日、アイツ行くから。その時に、な。いいな? カンから離れるなよ?」
 確認するように、ミカナギは膝を折って、天羽の目線まで視線を下ろすと、再び、ポンポンと天羽の頭を撫でる。
 天羽が1人になると、またあの男達に襲われるかもしれない、という配慮だったのだが、彼女はそんなこととは思わない。
 それは自分に与えられた使命で、ミカナギは街を出る頃には合流するんだと思い、ピシッと敬礼もどきをした。
 喧嘩してても、相手を気遣うなんて、やっぱり、ミカナギは優しい。
「じゃーな」
 ミカナギは、頭にゴーグルを装着すると、ヒラヒラと手を振って、外へと出て行ってしまった。

 その瞬間、天羽の中に記憶の断片のような映像が流れた。
『トワのこと、よろしくな。アイツ、気丈なようで、結構弱いから』
『……うん。おにいちゃん、すぐもどってくるんれしょう?』
『ああ、出来るだけ早く戻れるように、努力すらぁ』
『おねえちゃんには、いわないの?』
『…………行くって言ったら、怒っちまってなー。まぁ、やらなきゃいけないことっての、アイツも分かっちゃいるんだとは思うんだ。……ただ、あまりにも、オレたちの使命が、酷過ぎるだけでさ』
 顔をしかめて、お兄ちゃんは悲しそうにそう言った。
 天羽はまだ幼かったから、知らない言葉が出てきて、どうしようもなく首を傾げる。
 すると、お兄ちゃんは天羽の頭をポンポン……と優しく撫でてくれた。
『だぁいじょーぶ。なんとかならぁ』
 ニッカリと笑って、ミカナギは天羽の頭にコツンと自分の頭をぶつけてきた。
『おにいちゃん?』
『そう、アイツに伝えてくれ』
『わ、わかった』
 天羽は一生懸命記憶しようと、両の拳をキュッと握って、気合を入れるように、先ほどの言葉を心の中で反芻した。
『んっじゃな、ぼちぼち行ってくらぁ』
 お兄ちゃんは後ろ手をヒラヒラと振りながら、外へと飛び出していった。
 あの後、天羽はお兄ちゃんの背中を、見えなくなるまで、見送って……、そして、その後、ミズキを困らせるくらい、大泣きした。



第二節  こんなにも込み上げる想いは


 トワは何度も何度も、映像を巻き戻しては見返す。
 天羽の保護。
 それが気に掛かって、勝手にアクセスして覗いていた映像に映ったのは、……懐かしの、対……だった。
 相変わらず人を食ったように笑って、全く集中力の感じられない立ち居振る舞いをする。
 ……それでも、彼はそれなりに要領が良くて、気遣い屋で、けれど、意外と損をしやすい性質の人。
 きっと、何も変わっていない。
 そう思うと、ふわりと笑みがこぼれた。
 両手の指を軽く組んで、口を覆い、ほこほこする顔を冷やすように息を吐き出す。
「やだなぁ……」
 まるで、初めて月を見た時のようだ。
 感動と、ドクドクドクドク、鼓動が速くなっていく感覚。
 自分は……いつでも、彼に恋をしている。
 その自覚が顕著になったのは、ミカナギがいなくなってからだった。
 その前にも、一応、兆候はあったと思う。
 対として生まれてきた自分達は、一緒に育って、その成長している間、2人は何も分からないことなどなかった。
 心はいつも一緒で、戸惑うことなく、2人が同じ選択をすることが、自然だった。
 けれど、本当はそうではなかったのだと、知ったのは……、15年前の、『あの』悲しい事故の後だった。
 ミカナギは、いつも、トワの選択に合わせてくれていたのだ。
 それは本当に自然に、そう、していた。
 トワの一挙一動さえ、見落とさずに、彼は、トワよりも早くに、トワの選択を察し、トワよりも先に、選択するものを選び出していた。
 だが、15年前の出来事の後、トワとミカナギは、初めて、別の選択肢を選んだ。
 そこで、ようやくトワは自覚したのだ。
 自分が彼の全てを分かっていたのではなく、彼が自分の全てを分かろうとしてくれていたのだと。
 対だから……。
 そんな理屈は、元からなかった。
 たとえ対であろうと、2人は別個の存在だ。
 何をするにも、ツーカーで生きられるはずなど、なかった。
 それを、知った時、トワの心に、生まれてしまったのだ。
 彼を、想う心が。
 それが、もしも、神の領域を侵す恋だとしても、自分の中にはもうある。
 だから、こればかりは、どうしようもない。
 どうしようもなかった。
 彼が旅立っていったのは、10年前。
 彼は、5年待ってくれた。
 トワの心が少しでも落ち着くのを。
 そして、天羽が、トワの心を支えられるだけの存在になってくれることを。
 そして、その時が来たと、判断した時、彼は足を踏み出した。
 ツムギとの約束を果たすために。
 だから……。
 トワも決意を固めなくてはいけなくなった。
 彼が、自分を見て、約束を果たしてくれると判断したのなら、それを、全うしなくてはいけないと、そう思ったのだ。
 もしかしたら、ミカナギは、そんなトワの性分さえ、見透かしていたのかもしれないけれど。
 本当は……この想いさえ、見透かしていたのかもしれないけれど……。
 トワは、再生キーを押す。
『誰に、御用?』
 そう言って、彼は、こちらを見て、人を食ったように笑った。




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