第三節  なんとなく。寂しい。


「よっと♪」
 ケンケンパをして、天羽は『ダ コルテ ジャンク』と書かれた店の前で立ち止まった。
 裏通りの奥の奥。
 商売上がったりっぽい場所に、その店はあった。
 そこはかとなく漂う、違法ショップのかほり。
 少々傾いた看板が、またまたなんとも言えない風味を加えている。
 天羽はそれを見上げて、う〜ん……と唸った。
「なんだか、懐かしきかほりがするぞよ?」
 天羽はこてんと首を傾げて、そう呟き、プラプラと片足をぶらつかせる。
 だいぶ遅れて、後ろからカノウが駆けてついてきた。
「は、早いよ、天羽ちゃん」
「え〜、だって、お腹減ったんだも」
「お腹? それだったら、来るのはここじゃないでしょ?」
「だって、カンちゃんの理屈だと、あたしもお財布持ってたほうがよさそうだったので〜」
「え?」
 天羽の言葉にカノウは困ったように唇を尖らせた。
 まるで、天羽が何を言っているのか分からないとでも言いたげな顔。
「ミカちゃんに言ってたじゃない〜」
 天羽はリズムを刻みながら、カノウに歩み寄って、後ろ手を組み、首を傾げて、カノウのことを見上げた。
 カノウがそれで思い至ったように、ニット帽に手を触れて、目を細めた。
「……ああ……」
 その表情はとても暗く、天羽は眉をひそめて、すぐに踵を返した。
「だけど、どうして、この店に行きたいなんて……。あ、天羽ちゃん」
 カノウの言葉なんて無視をして、タタタッと天羽は店内に駆け入った。
 店内に並んでいるものは、正直、天羽からみるとガラクタの山だ。
 これでお店として名乗るのだから、とても凄いことだと、店主が聞いたら怒りそうなことを考えながら、天羽は店主と思しき男が座るレジへと歩いてゆく。
 歩くと、床もギシギシ言って、もしかしたら、虫が出るのではないかと思われるほど、不衛生。
 けれど、嫌悪感までは覚えずに、その汚さを見て、またもや『懐かしきかほり』と感じる天羽。
「すいませ〜ん、これ買い取ってくださ〜い☆」
 天羽はデデンとビーム銃を机の上に出して、パタパタと足をぱたつかせる。
 たるそうに店主は紙巻煙草をくわえて、チラリと天羽を見、興味なさそうに煙を吐いた。
 スキンヘッドにたれ目なのだけど切れ長の眼差し。
 なんとも、店の雰囲気にあった、退廃的な店主様だ。
 黒のぴったりシャツの下から覗く、腕の刺青に、天羽は目が行く。
「おぉぉ! ドラゴンじゃ! 竜だ、りゅ〜♪ でんでらりゅうば〜〜」
「うるさい、お嬢ちゃんだねぇ」
 鼻で笑うように店主は言い、ようやく煙草を揉み消して、天羽の出した銃をシゲシゲと見始めた。
「こりゃ、上物だ。ほぼ新品同様じゃねぇか」
「ほくほく、ほくほく」
 天羽は褒めている店主を見つめて、ミカナギの真似をするようにほくほく顔で体を揺らす。
「まだ……あったんだ」
 カノウが後ろからそれを覗き込んでくる。
 天羽は顔がすぐそこにあるのも気にせずに、ふっと首を回してカノウを見た。
 息が掛かるほど近かったものだから、カノウがたまげたように、サッと体を後ろに引いた。
 薄暗がりの中なので顔色はよく分からないが、カノウは胸を押さえて、何度か深呼吸を繰り返している。
「だいじょぶ〜?」
「あ、うん、気にしないで。そんなことより……それは?」
 カノウは首を掻きながらそう尋ねてくる。
 天羽はにっこりと笑って、バカ正直に答える。
「あたし専用のポケットマネーを作れと、ミカちゃんのご啓示でぃっす☆」
「……ミカナギが?」
「うん。これ売って何か食べなさいって」
「……馬鹿にして……」
 天羽が嬉しそうにミカナギを褒めようとしたら、カノウは不機嫌そうに眉をひそめてそう言った。
 天羽は驚いて、少しだけ寂しさの混じる眼差しで彼を見た。
 そんなこと言うなんて思わなかった。
「ボクが、天羽ちゃん1人にも気を配れないと思って、そんなこと……」
「べ、別にそんなんじゃないよぉぉぉ。ミカちゃんは、単に心配してくれたんじゃないですかぁ。ミカちゃんは無駄なくらいに親切なだけで、馬鹿にしてとか、嫌味とか……そういうの、全然ないってぇ」
 天羽はぶんぶんぶんぶんと拳を胸の前で振りながら、弁明でもするように言った。
 けれど、カノウはどうにも納得できないように、ふぃっと横を向いて、スタスタと店に並んでいる商品を見に行ってしまった。
 天羽はそれをしばらく見つめていたが、店主がぱちぱちとそろばんを弾き始めたので、クルリと振り返った。
「出た? 結果出た〜?」
 天羽は可愛らしく首を動かしながらそう尋ねた。
 店主がそれを見て、ふっと笑みを浮かべ、その後に紙にサラサラ……と値段を書き出す。
「……まぁ、このくらいかね? 相当上物だから、色つけてやったよ」
「え? え? 金貨2枚に、銀貨5枚?? すっごーい、そんなにするのぉ?!」
「燃料もほぼ満タン。この燃料石は相当特殊なもんでね。しかも、殆ど使われてないとくれば、買い手によってはその倍出すかもしんねー。こっちだって、出血大サービスで、お嬢ちゃんに払わざるをえないわけだ」
 再び煙草に火を点けて、ぷはぁぁぁと煙を吐き出す店主。
 手馴れた様子で銃の中から、青く光る小さな石をコロンと出して見せてくれた。
「へぇぇ。そうなんだぁ……こんなちっこいのがねぇ」
 天羽は珍しいものでも見るように、机の上に転がる青い石を見つめる。
 店主はプカプカと煙草をふかしながら、宙にポンポンと煙のわっかを作り始めた。
 天羽がそれを見て目を輝かせる。
「おぉぉぉぉ! すっごーい。おじちゃん、すごーーい」
「こんなんで、喜ぶなんて安い子だなぁ」
 店主はおかしそうに笑いながら、カノウのほうに目を動かした。
「あの兄ちゃん、連れはどうしたんだい?」
「え?」
「金髪で長身の、如何にも冒険者って感じの連れを連れてたろ」
「ああ、ミカちゃんのことかぁ」
 天羽は納得したように頷いて、こそこそっと店主の耳元で伝える。
 店主が呆れたようにはぁぁ……とため息を吐く。
「金のことで喧嘩別れ〜? なんだ、そのバカな理由は」
 頬を引きつらせて笑い、煙草を揉み消して、新しい煙草にまた火を点ける。
「大体、あの兄ちゃん自体は金に頓着なんて元からしてねぇじゃねぇか。意味の分からん喧嘩でしかないな」
 煙草をくわえたままで、ぼそぼそと呟く店主。
 天羽はそうなんだよねぇぇぇと頷いて、はぁぁとため息を吐いてみせた。
「ま、喧嘩しても、縁がありゃまた会うし、なきゃそれまで。冒険者なんてそんなもんよな」
 店主は目を細めてそう言うと、まだ大して燃えていなかった煙草を揉み消した。
 天羽はゆっくりとカノウのほうに視線を動かす。
 楽しそうにキラキラと輝いた目で、大きな部品を見つめているカノウ。
 店主から袋に入ったお金を受け取って、中身を確認してから、ギシギシと音を立てながら、カノウの横に並んだ。
 カノウは天羽が近づいたことに気がついているのかいないのか、特に気にも留めずに、色々な部品を手にとっては、シゲシゲと見つめることを繰り返している。
「これをもっと……。ああ、そうだ。溶解して組めば、こっちが作れる。……じゃ、こっちを買う必要なんてないか」
 コトコトと持つ物を換えながら、何度も何度も試行錯誤を繰り返している。
 天羽はそんな楽しそうなカノウの表情を見つめて、きゃろんと笑う。
 子供みたい。
 自分が言うのもなんだけど、カノウは見た目のこともあり、こちらのほうが、らしい気がする。
「ねぇ」
 カノウが突然声を掛けてきたので、驚いて天羽はびくりと肩を跳ねさせた。
 ミカナギが気圧されるほど切れた原因になった言葉を、心の中ながらも言ってしまったので、びくついてしまったのだ。
 けれど、カノウは全くこっちを見ずに、天羽にポイポイと部品を手渡してくる。
「ちょっと持ってて」
「え? え? とっと……」
 わたわたと。慌てて天羽はそれを受け取って、胸に抱えるように持った。
「あ、あとこれも」
 カノウはまだ足りないとでも言うように、ポンと金属の塊をこちらに放ってくる。
 心配りがどうの……と自分でも言っていたくせに、これは正直心配り出来てないというやつじゃないのかと、天羽ですら思う。
「こんなもんかな。えっと……ミカナギ、これ全部買ってもへ……い、き?」
 ようやく我に返ったように、こちらを向いたカノウ。
 天羽の顔が目に入った途端、恥ずかしそうに口を塞いだ。
 店内が暗いからわからないけど、今、カノウはバラみたいに赤い顔をしているんじゃないだろうか。
 天羽はきゃろんと笑う。
「うふふ〜。あたし、ミカちゃんじゃないし、金庫番でもないも〜ん」
 天羽は笑いながらそう答えた。
 ずり落ちそうな部品を抱え直して、カノウの顔を覗き込む。
 カノウは本当にしまったとでも言いたげな顔で俯く。
「意地の張り合い、はんた〜い。 意地の張り合いじゃ、お腹はふくれません! いつでも楽しく、朗らかに。明るく生きなきゃ、生きてる意味ないも〜ん☆ 細かいことで怒るだけ損……だと、思いません?」
 天羽はにゃっは〜と笑いながらそう言った。
 カノウは何も言わずに、ぱっと天羽に預けていたものを全部持って、レジに駆けていってしまった。
 天羽はう〜ん……と唸り声を上げる。
 そして、聞こえないように静かに呟いた。
「カンちゃん、ガキ〜……」
 カノウの背中を見つめて、手で銃を構えると、最後に一発、ぱーんと空砲を撃った。



第四節  それじゃ、これ、餞別ってことで


 10年前。
 あの、旅立つ日、ミカナギは、ツムギからの贈り物である、太陽をモチーフにしたバングルを、トワに預けて旅立っていった。
 意地を張って、ずっと何も話さずに横ばかり向いていたトワに、ミカナギは困ったように髪を掻いた後、
『仕方ねーなぁ』
 と、本当にしょうがなさそうにぼやいて、右腕にはめていたバングルを外し、トワの手に握らせたのだ。
 そこでようやくトワはミカナギを見上げた。
 ミカナギがそれを見て、二カッと楽しそうに笑う。
『おら、これでいいだろ。ちゃ〜んと戻ってくらぁ。そんなに怒るなよ』
『怒って、ない』
『……あぁ、さいですか。そう。兎環(とわ)ちゃんがそう言うなら、そうなんすねぇ』
『……何よ、その言い方』
『別にぃ』
『本当に、どうして、人を逆撫でするようにしか振舞えないの? あなたって人は』
『……お前は分かってるだろうから』
『え?』
『別に、誰になんと言われようと、分かる奴が分かれば、オレはそれでいいよ』
 白い歯を見せて、にぃっと笑みを浮かべるミカナギ。
 トワはその様子を、唇を尖らせて見上げた。
 そうやって、いつもおどけて、いつも茶化す。
 心の中に持っているものは全く別の時でも、ミカナギは人のことを最優先して、損ばかりするのだ。
 この人は強いのだろう。
 その強さに、自分が惹かれていることも、よくわかる。
 ……けれど、それを抱えることって、そうやって茶化せるほど、あなたにとって軽いものなの? と、いつも、呟きそうになってしまう。
『……わかってら。不安なのも、わかってら』
 ミカナギは察したように一歩こちらに近づいて、ポンポンと、優しくトワの髪を撫でた。
 トワは俯いて、何も言えなくなる。
 不安。
 そう、不安なのだ。
 不安じゃないわけがない。
 この使命を抱えて、不安じゃないわけ、ない。
 どうして、自分が言葉にする前に、彼は先回りしてしまうのか。
『なぁ? 兎環?』
『なに?』
『オレたちにしか、出来ないんだぜ? それって、すげーことじゃん』
『…………』
『誇っていいと、思うんだ』
 ミカナギは右目にそっと手を触れて、そう言い、トワの体を抱き締めた。
 彼の体は、震えて、いた。
 そこで、ようやくわかる。
 自分は、本当に残酷だ。
 心配しながら、彼のことを何も見透かせていない。
 自分のことばかりだ。
 想いに反して、自分は全く、彼のことを分かっていない。
 こんなに、近く、ずっとずっと一緒に生きてきた存在なのに。
『泣き虫ミカナギ』
『うるせ……』
 ミカナギは恥ずかしそうにそう返して、ズズッと鼻をすすった。
 トワは優しくぽんぽんと、背中をさすってあげた。
 卑怯。
 そんな勇気を振り絞って、外へ行こうとしているあなたを、私が、これ以上止められると思っているの?
 自分にだけ、こんな姿を見せてくれるのだと、思えば思うほど、自分の想いは重さを増す。
 この人は、本当に、理解された人間には、恐ろしいほどに、惚れこまれるに違いない。
 強さと、弱さの、この微妙なバランスは、とても……繊細な魅力を発揮する。
『……ミカナギ、餞別、あげようか?』
『へ?』
 しばらく、ミカナギの胸に収まっていたトワは静かにそう言った。
 ミカナギが不思議そうに首を傾げるので、トワは周囲を見渡して、壁に掛かっていた麻で出来た緑色のマフラーを手に取った。
 すっと、ミカナギの首に巻いてあげる。
『これ……』
『外の光は、肌に良くないらしいから。麻なら風通しもいいし、そんなに暑くはないと思うわ』
『さんきゅ』
『ひとつ付け加えておくけど、私は、納得はしてないから』
『……わかってら』
 強調するように言うトワを、おかしそうにミカナギは笑って見つめてくる。
 恥ずかしさをこらえて、きゅっとマフラーをきちんと巻いてあげる。
 心の中で、呪文を唱える。
 ねぇ? 知ってる?
 女性が、男性の首に関するアクセサリやネクタイを贈る時は、『私のもの』って、意味なのよ?
 切なさをこらえて、心の中だけで、トワは、呟いた。


 あの時のことを思い起こして、トワの心が熱くなった。
 顔まで、熱くなる。
 トワはデスクの引き出しから、大切にしまっていたバングルを取り出した。
 太陽をモチーフにしたそのバングルに、優しく口付け、胸に抱く。
 トワの肩から胸にかけた部分には、それと対になるように、青い……月をモチーフにして、脇に兎のいる飾りがある。
 それは、白いワンピースだけを纏っているトワを、十分に映えさせる。
「あなたは、私の鏡でなく。それでも、私はあなたの鏡だった。見透かされることさえ、心地いいと、思えるほどに」
 愛しげに、そう呟き、宙を舞うホログラフを見つめる。
 トワがキーを押せば、いくつでも、ホログラフが宙を舞うのだ。
 ミカナギは明るさを持って、けれど、影で泣く……太陽のような人。
 自分は……、ツムギからの贈り物のこの飾りどおり、月だ。
 静けさを持って……世を儚む、月。
 月は、太陽の光を反射して輝く。
 だから、鏡がお似合いだ。
 自分は……彼の鏡。
 彼を映し出しながらも、自分は、彼の全てを映し出せはしない。
「もうすぐ、会える……」
トワは嬉しそうに目を細めて笑い、顔を赤らめた。




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