第八節 渡せるか、ボケェ!!
天羽がカノウの言うことを聞いて駆け出していった。
それでいい。
こういう時、護るべき人が傍に残っていたほうが戦い辛い。
特に、自分には護りながら戦うほどの身体能力はないのだから。
少女は天羽の背中をぎこちなく目で追いかけ、すぐに宙に浮き上がろうとした。
……が、カノウがそれを阻んで、少女に向かってロッドを振り下ろす。
周囲がピカリと光り、少女の立つ位置、数十センチ手前にいかづちが落ちた。
少女はそれを見て、しばし動きを止める。
驚いたのかと思ったが、特に動揺した様子が表情に浮かんではいなかった。
なんというか、気味が悪い。
「どきなさい」
少女は命令でもするように、そう言った。
カノウがそんな少女を見上げて、ふっと口元を吊り上げる。
「そんな簡単にどくわけないでしょ?」
「……そうですか。それではそのまま抜けるまでです」
カノウの体を、槍の柄の部分でガシンと吹き飛ばし、少女は足の裏から煙を出して、飛び出していく。
カノウはすぐに起き上がって、それを追いかけた。
この街の地理なら天羽ももう不自由しない。
簡単には捕まることはないだろうが、このままでは危うい。
空を舞って駆けていく少女を見て、街の人々が驚いたように道を開けていく。
カノウは舌打ちをして、ロッドを左手に持ち替えた。
リュックが重すぎて、ダッシュスピードが上がらない。
左手で器用にロッドをクルクルと回し、そのまま風を読む。
「風向南南東、風速5キロメートル」
感覚で掴んだその風を狙って、カノウはロッドを投げつけた。
空中を過ぎていく間に、ロッドからブーメランへと形状変化をする。
そのままブーメランはスピードを増していって、装備させておいたジェット噴射で更に回転数を増してゆく。
カノウの計算通りクルリと風に乗って戻ってきたブーメランは、少女の横を通り過ぎる瞬間、バリバリといかづちを発した。
今度はわざと外すこともしなかったため、少女の体がよろめいた。
「やた!」
カノウはその隙を突いて、戻ってきたブーメランをキャッチし、素早くロッドへと形状変化させ、少女の背中を勢いよく叩いた。
「くらえ!!」
すると、確かに捉えたと思った少女の体が、ガキーンとまるで金属のような音を立てた。
全く効き目がないように、少女はクルリと振り返る。
「回線チップ破損。その他は問題なし」
少女は確認するように呟くと、すぐに持っている槍を高々と掲げた。
「敵とみなし、こちらも攻撃行動に入ります」
「…………」
カノウは慌てて後ろへと下がり、少女の攻撃を受け止められるように警戒を強めた。
少女が素早く十字に槍を振り回した。
一発目はロッドで弾いたものの、その次の攻撃で、ロッドを持っていた手を思い切り叩かれて、ロッドがクルクルと宙を舞って、ブーメランの形になって、地面に落ちた。
カノウは痛む右手を握り締めて、ギラリと少女を睨みつける。
「死になさい」
少女の目には感情がなかった。
その瞳は、ペリドットのように綺麗な黄緑色の輝きを発している。
けれど、それだけだった。
殺意も何もなく、その感情のなさに、余計に寒気が込み上げた。
「ミカナギ……!!」
カノウは頭を抱えてそう叫んだ。
それはもう、この……たったひと月の間に、当たり前のように頼るようになってしまっていた相手で、初めて、自分に仲間の暖かさを教えてくれた人。
ガッシーーーン、バチバチバチ……と、激しくビームのぶつかり合うような音が、頭の上でした。
カノウは自分の体が無事なのを不思議に思って顔を上げた。
そこには、いつもの背中が、敵の行く手を阻んで立っていた。
「ハァーイ♪ お呼びになった? 大先生」
ミカナギはピンチなどなんとも思わないような軽口でそう言って、こちらをチラリと見た。
「……みか、なぎ……」
「おう。天羽はどうしたよ?」
「そ、その子に、狙われてるみたいだったから、逃げてもらったんだ」
「ああ……なるほど。参ったな、見つかるかな……?」
ミカナギはそう言って、ブンとビームサーベルを思い切り振り、少女の体を吹き飛ばした。
ビームサーベルも、昨日の修理の時に、燃料の容量を上げ、燃費率も良くしておいた。
そんな簡単に燃料切れには至らないようになっている。
「なんだ……この手応え。あの姉ちゃん、見た目と違って思いきし重ぇ……」
「……そいつも、おれと同じ、人型ロボットです」
「なんだって?」
ミカナギは少女に警戒しながらも、横から現れた黒ずくめの男にそう尋ねた。
カノウは突然現れたその男に、ぎょっと目を丸くした。
ミカナギよりも背が高いうえに、黒づくめというのが、威圧感を倍増させている。
「今、データ検索を……」
「いや、そんなんはいい。天羽がどこにいるか、わかるかい?」
「……はい」
「じゃ、カノウを連れて、天羽を追ってくれ」
「ミカナギ。おそらく、それはおれとあなたが逆のほうが良いかと、思います」
「バッキャロ、お前さんがいねーと、プラントに行けないんだろうがよ。オレは後でいいから、天羽だけでも戻してやれよ」
「え……プラント?」
カノウは2人のやりとりに置いてけぼりになりながらも、疑問を口にした。
ミカナギが付け加えるように言う。
「ついでに、これ、オレの相棒。プラントに行きたいんだってよ、連れてってやってくれや」
「……ミズキ様の許可なしでは、難しいとは思いますが、天羽を見つけ次第、連絡をしてみましょう」
「ああ、よろしく。あ、バイク、忘れないでくれよな。オレのお気に入りなんでね」
くぃっと、道に下ろしてあるバイクを指差して、ミカナギはそう言うと、少女に向かって飛び出していった。
男がこちらへと歩み寄ってくる。
感情のないスカイブルーの瞳に、思わずカノウは身じろいだ。
……目が、あの少女と一緒だ。
「お名前を伺ってよろしいですか?」
「……か、カノウ……」
「カノウ、おれの腕から離れないでくださいね」
そう言って、男はそっとこちらに手を差し出してきた。
「……君は?」
カノウはびくびくしながらも、ミカナギが連れてきた男ということで、信じて見つめ返す。そして、その手を取る前にそう尋ねる。
「これは申し訳ありません。おれは、ミズキ様試作システム001、アインスと申します」
「アインス……」
「おれはミズキ様の誇りを守る者。常に一番を誇示し続ける、最強のプロトタイプです」
「ミズキ……?」
「我が主です」
アインスはその瞬間、少しばかり口元を緩めたように見えた。
カノウは驚いて、目を見開いたが、次の瞬間には平静な顔に戻っており、カノウの手を握って、バイクのほうへと駆け出した。
人型ロボットは、もう開発されていた。
あのおじいさんの親友の夢は、もう、叶っていたのだ……。
けれど、まだ駄目だ。
プラントにだけ、限られている技術なんかじゃ、それは全く意味のないものなのだ。
「女に手を出すのは、正直気が引けるんだが……渡せって言われて、そうやすやすと渡せるかってんだ! アイツはオレたちの大切なお嬢ちゃんなんでね!!」
そんなミカナギの叫びが、騒ぎで人気のなくなった大通りに高らかに響き渡った。
第九節 ぶつかりあう意志。人外の力を持つ者。
ミカナギは思い切りビームサーベルを振り回して、少女の動きが止まった瞬間、素早く蹴りを放った。
ズシンと足に重みが加わったが、そんなことは気にせずに、ぐっと膝に力を込めて、前へと蹴りだした。
少女の体が吹き飛び、地面にガツーンと激しい音を立てて倒れこむ。
「……なんか、寝覚め悪……ロボットとは分かっててもなぁ……」
ミカナギはハァァとため息を吐き出し、ビームサーベルの刃の部分を一旦しまった。
とりあえず、省エネ。
ロボット相手には、どう戦うのが一番良いのだろうか?
おそらく戦意を喪失させるというのは、無理な相談だと思うのだ。
ミカナギの知識にあるロボットというのは、プログラム通りに動く物……だからだ。
目的を達するまで、少女は前に進むことをやめようとはしないだろう。
……ロボットじゃなくても、自分もそれと似たようなものだから、なんとも言い難いものがあるが。
少女はしばらく倒れたままだったが、ギチギチと音を立てて、なんともないように立ち上がった。
「ダメージ食らってますって素振りくらい、プログラムとして組み込んどいてくれないと、可愛げねーな」
ミカナギは減らず口を吐いて、すぐに拳を握って構えた。
「……人間で、ワタシと渡り合える者はいないと、ハズキ様から聞いていました。……あなた、何者ですか?」
棒読みの声で、少女はそう言い、持っていた槍を放り出した。
放り出された槍があっという間にどこかへと消え去る。
「うーん……何者と聞かれると困るんだがな。まぁ、人間なんじゃない? たぶん」
ミカナギはしれっとそう返して、再び地面を蹴った。
まぁ、結論としては、『壊す』しかないと思う。
けれど、ミカナギの長い脚が少女を捉えるよりも速く、少女は胸をパカリと開いた。
驚くのはミカナギのほうで、慌てて空中で姿勢を変えて、身をよじらせる。
すると、ミカナギのジャケットを軽く掠めて、小型ミサイルがズババババ……と飛び出していった。
「いっ?!」
ミカナギもさすがに動揺して、右腕を地面についた後、素早くバック宙、バック転をして、少女から距離を取った。
ありえないから。
街中でそんなものをぶっ放すなんて、普通の神経じゃ、まず、しない。
神経など、ロボットならばないのかもしれないが、アインスはその点においては、『ミズキ様』に言われているのか、理解しているように見えた。
この少女は、主からそのようには言い含められていないということか。
幸運なことにミサイルは段々角度を上昇させていって、空へと逃げていったけれど、次はどうなるかわかったものではない。
ミカナギがゴーグルを上げて、冷や汗を拭っていると、間髪入れずにこちらへ飛び込んでくる少女。
少女が手を広げると再び、その手には槍が握られた。
一体どうやっているのか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
素早く振り下ろされた攻撃を、ミカナギは大慌てで柄のボタンを押し、サーベルで受け止めた……が、その防御を軽く吹き飛ばされ、体ごと横殴りに叩かれた。
体が、ギシギシ、と音を立てる。
ミカナギは一瞬遅れて必死に横に体を流した。
左手を地面について、片手側宙をし、少女から距離を取る。
周囲を見回して、ビームサーベルを慌てて探した。
「嘘だろ……。オレ、これでも、記憶ある間は負け無しなんだぞ」
「ロボットの良い所は、痛みを怖がらないところ」
「あ?」
「よく、主が言います。ワタシも、そう思います」
「…………」
「恐怖がなければ、躊躇はありませんから」
ヒューヒューと喉が音を立てた。
骨が折れていないまでも、どこかがいかれたかもしれない。
少女が容赦なく、こちらに向かってくる。
ミカナギは右方向15メートルほどのところに転がっているサーベルに視線を動かし、必死で駆け出した。
あと少しで拾える!
そう、思った瞬間、無情にも、槍の先でサーベルが弾かれた。
「くっ…………」
ミカナギは苦虫を噛み潰し、そのまま躓くように地面に膝をつく。
もう少し戦闘を楽しもうとか、そういう優雅さは持ち合わせていないようだ。当然のことなのだろうけれども。
喉に突きつけられるビームで精製された刃。
熱がジリジリと、ミカナギの肌を焼く。
息を切らしながら少女を見上げ、ミカナギはこの期に及んで、口を開いた。
「オレにはよくわからんが」
その声で、少女の放とうとした一撃が止まった。
それは何故だったのか、よくはわからない。
「そんなことを言う奴は間違ってる、とオレは思うな」
「ハズキ様を愚弄するつもりですか?」
「……そうじゃねぇ。そうじゃねぇよ。確かに、恐怖がなければ、躊躇はねぇかもしんねー。オレも、実際、何が怖くて、何が何でもないものなのかの見分けができない時あるしな」
「…………何が言いたいのですか?」
「さぁ? だから、よくわからんって付けといたろ」
ミカナギはくっと喉を鳴らして笑った。
少女は眉1つ動かさずに、手に力を込める。
おそらくはコードを伝って、その部分を統制している人間の筋肉に代わる部品が動いただけのことだろうが、ミカナギにはそう見えた。
「オレはさ」
ミカナギはまた口を開いた。
なぜか、少女はまたもや手を止めた。
「そんな風に言われて作られたんだとしたら、お前さんが、可哀想に思うよ」
ペリドット色の瞳をしっかりと見据えて、ミカナギは言った。
カノウの傍で見ていた。
愛情を込めて修理される機械たち、作られる作品群。
作ったものの愛情に、物はしっかりと応えてくれる。
だからこそ、そんな言葉を作られたものに対して、何の躊躇いもなく口にしたものがいるのだとしたら、ミカナギはそいつを許せない気がした。
「愚かな。ロボットに、可哀想も何も、ありません。言いたいことはそれだけですか?」
「…………言いたいことは掃いて捨てるほどあらぁが、お前さんはこの先までは許してくれなそうね?」
ミカナギはくくっと笑ってふざけたようにそう言った。
少女がポツリと言う。
「変な人間」
「何でも言ってやるよ。言ってる間は待ってくださるのかしら?」
「次はありません」
「あ、やっぱり?」
そう言って、再びくくっと笑った。
自分でも、何がおかしいのかよく分からないが、こういうピンチの時って、なぜか自分は笑ってしまう。
そういう、性分なのかもしれない。
最期の最期まで、どう足掻けばいいのかを、頭が考えている。
「……まだ、トワって奴が、オレ好みの美人なのかも、確認してねーしな」
ミカナギは少女の持つ槍をガシリと掴んで睨みつける。
……が、少女の力のほうが上を行ったのか、どんどん刃が自分の喉元に近づいてくる。
「ヤベ……」
本当にやばいのか。
ここで助かるってことはないのか?
手を、考えろ。
手を。
諦めるな。
最期まで、諦めるな。
自分には、果たさなくてはならない、『約束』があるだろう。
自然に、『約束』という言葉が、頭から出てきた。
内容なんて分からないけれど、その言葉は、とても重くて、宝物のように大切なもののような気がした。
少女から目は逸らさなかった。
絶対に、自分は目は閉じないと決めた。
隙を、見落とすわけには……。
「お兄ちゃんから離れてーーーーーー!!」
通りを、天羽の声が高らかに響き渡った。
それと一緒になって、激しい風が少女の体を掻っ攫っていき、レンガ造りの建物に叩きつけた。
ミカナギは、目を丸くしてそれを見た。
自分の手には、少女の槍だけが残り、少女の手から離れた槍は、あっという間にその場から消え去った。
ミカナギはすっと天羽に視線を動かす。
大通りの突き当たり。
500メートルは離れている。
それなのに、彼女の声が、何かを起こした。
「どうやって……?」
ミカナギはダラダラ流れ出した冷や汗を、背中に感じながら、それだけを呟いた。
カノウが天羽の下へと駆け寄り、ミカナギの前にアインスが着地をして現れた。
そっとこちらへ手を差し伸べてくるアインス。
「大丈夫ですか? ミカナギ」
「あ、ああ……なんで、アイツがまだここいいるんだ」
「ごねられました」
「は?」
「あなたを置いていくなら行かないと。どうやら、おれを見て、記憶は取り戻してくれたようですが……。どうも、天羽は苦手です。聞き分けがない。ミズキ様も酷いですが、天羽はもっと酷い」
淡々とした口調は確かに無機質だったが、その物言いは、まさに人間そのもののように感じた。
ミカナギはふっと笑みを浮かべる。
「なんですか?」
「お前さんは、愛されて作られたんだなと、思ってな」
ミカナギがそう言って、アインスの手を借りて立ち上がると、アインスは静かに答えた。
「当然です」
と。
和んだのもつかの間、ガラガラ……と音を立てて、少女が瓦礫の中から出てくる。
アインスがミカナギの肩を叩いた。
「ここは、おれにお任せを」
その声は抑揚がないのに、なぜか感情を感じる、不思議な響きがした。
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