第十節  ろまんちすと


 ミズキ様は、言うまでもなく偏屈だ。
 興味のあることしかやらない。
 更に言うなら、やる気がないと何もやらない。
 何かにつけて、「天羽がいないと、僕は仕事ができないんだよー」と言う。
 だのに、すぐ無茶をする。
 一週間寝ないのなんて当たり前。
 ミズキ様は偏屈で、けれど、真の学者であり、真のろまんちすとだ。
 ミズキ様は、夢を語る時、一番いい目をする。
 それがどんなにふざけた夢でも、彼が口にすると、それが叶いそうな気さえする。
 彼の語る夢は、一般的には馬鹿げていて、けれど、彼の中では正当な論理なのだ。
 ミズキ様は、我が誇りだ。
 そして、ミズキ様も、おれのことを誇りだと、笑顔で言うのだ。



『わかるかい? アインス』
『はぁ』
『人型ロボットというのは、人類のロマンなんだよ』
『そうですか』
 アインスは適当に返す。
 適当に返事をする。
 こういう発言をミズキがした時は、あまり真に受けないほうがいい。
 所詮、ロボットである自分では、理解することが叶わないほど突拍子がないのだ。
 けれど、ミズキはそんなことには気がつかない。
 彼の中では、それが正当な論理だから、全く気にも留めない。
『人型ロボは、人間の守護者であり、お友達なんだ』
 ミズキはにっこりと笑う。
 いつも何を考えているのかわからないミズキが、科学の話の時だけ、とても無邪気に笑う。
 アインスは、その笑顔が『好き』だ。
 人間の持つ『好き』とは違うかもしれないが、『好き』だと、感じることがある。
『だって、そうだろう? ただ、人間を手助けするための存在であるのなら、人型にする必要なんてないんだ。色々な言葉を覚えさせて、色々な作業をさせる。そんなの、システム上の設計を考えてみれば、無駄もいいところで、そんなことをするくらいならば、何種類ものロボットを作って、分業させたほうが効率がいい。料理専門のロボットだけでもたくさんできるよ。物を切るロボット、焼くロボット、味付けをするロボット、盛り付けをするロボット、汚れた皿を洗うロボット。……まぁ、一般的にはこれらは全自動なんたらと呼ばれていて、ロボットと思う人と思わない人がいるけれどね』
『全自動洗濯機、全自動食器洗い機、全自動掃除機』
『そうそう!』
 アインスが例えを挙げるように口を開くと、ミズキは人差し指を立てて、得意そうに笑った。
『そんな感じで、人間を手助けするロボットはたくさんある。更に言うならば、生活を手助けするという意味では、人間に仕事を任せたほうが、もっと効率的だ。家政婦さんとか、ヘルパーさんとか。ロボットでは設計通りにしか動かないことのほうが多いからね。けれど、例えどんなに合理的でなく、非効率的であったとしても、……アインス?』
『は?』
『お前が、人類の夢見てきた、真のロボットなんだよ』
 ミズキはぽんと肩を叩いて、鼻高々とでも言いたげに、得意になって眼鏡をカチャリと上げた。
『お前は至高のロボだ』
 ミズキはそう言って、タタタッと廊下を駆けてゆく。
 パタパタと白衣の裾が揺れる。
 時折、彼は年甲斐もなくはしゃぐ。
 けれど、ロマンを持つ人間とは、そういうものなのだそうだ。
『人型ロボは、人類の味方!』
 クルリと振り返り、早くおいでとこちらに手を振る。
 アインスは少しばかり逡巡した後、ガシャンガシャンと音を立てて走った。
 重量ばかりはどうにもならないため、プラント内を走る時は気を遣う。
『どんなことがあっても裏切らず、ピンチを救う。人間を護る。助ける。……そして、考え、感じる』
 ようやく追いついたアインスに、目を細めてミズキはそう言った。
『……人型の意義は、そこにあると思うんだよ』
『ミズキ様』
『決まった言葉を覚えさせるのなら、それは人の形を介したロボである必要は、僕はないと思うんだ』
『…………』
『そんなことをするくらいなら、言語機能など排除して、掃除専用のものとしたほうが、スペックも楽になるだろう?』
『そうですね』
 アインスはミズキの言葉に返事をした後、逡巡する。
 少々時間が掛かる。
 言葉を選び出すのにも、どんな行動をするのかにも。
 アインスは知っている。
 自分のシステムが、コンピューターの中で、動作するためにかかる負担が、一番重い存在であることを。
 そして、その重さは、造り出す人間にもそれ相応の根気と技術が必要であることを。
 これほどまでに人に近い精度を持つ自分を造り出すために、ミズキはいくつの眠れぬ夜を過ごしたのだろうと、思いを馳せてしまう。
『と、言うわけで、人型ロボは、人類のロマンなのさ』
『ろまん』
『ロマンは素晴らしいよ。僕は、そのロマンのためなら、この命差し出してもいいね』
『それは駄目です』
『あはは、例えて言うならの話さ』
 アインスが『命』『差し出す』という単語に過敏に反応したのを見て、ミズキはクスクス……と笑った。
 ぽんぽんと、アインスの背中を叩いて、包むような声で言う。
『お前は、僕の誇りだよ』
 と。



第十一節  『仕方のないこと』


 アインスはミカナギよりも前に立つと、少女を見据えた。
 見たところ、自分と同等のスペックを持っていると考えられる。
 何度か検索を掛けるも、少女ロボットは自分の中のデータには引っ掛からなかった。
 当然のことではある。
 自分が、この世界で唯一の、人型ロボットで、あるはずなのだから。
 後程、ミズキに確認を取り、調べてもらう必要性がある。
 そう、思った。
 天羽を狙う存在。
 ……そして、人型ロボットでありながら、人間に攻撃をする、ミズキの『ろまん』に反する存在。
「何者です?」
 アインスはまずそう尋ねた。
 少女は静かな瞳でこちらを見て、静かに言う。
「ツヴァイ」
「ツヴァイ?」
 単純に、アインスは一番最初に作られたからアインスという。
 アインスは昔あった言語・ドイツ語で、1を意味する。
 ミズキは言う。
 ドイツ語も、ロマンなんだよと。
 よく、意味が分からないけれど。
 そして、ツヴァイは……2、だ。
 アインスは一歩足を踏み出す。
 ツヴァイも動く。
 ……まるで、あてつけのようなネーミング。
 自分とは全く無関係のところで造られたものではない。
 そんな気がした。
「1が、最強を表すと考えることは浅はか」
 ツヴァイは言った。
 まるで、インプットされた言葉のように。
「後に造られれば造られるほど、物は改良されて、良い物になる」
 ツヴァイはすっと手を掲げ、宙に出現した槍を手に取った。
 アインスも素早く右腕をハンマーへと変形させた。
 次の瞬間、ガシンと音を立ててぶつかり合う。
 人間ならば、体格差により、勝負がつくところ。
 ツヴァイは、アインスの肩の高さほどの背しかないのだから。
 けれど、ロボットに、大きさは関係ない。
 問題は、内部に埋め込まれた設定と、それを支える部品群。
 それが総合されて導き出される力は、人間の方程式とは、全く別のものを生み出す。
「ワタシのデータでは、ワタシのほうが、上」
 ペリドット色の瞳が、アインスを捉える。
 ツヴァイは、自分を知っている……。
 ガツンガツン……と何度も振り下ろされ、ぶつかり合う武器。
 細身の造りの槍も、強度を相当上げているのか、全く折れる気配を見せない。
 アインスはバックステップを踏み、ツヴァイから距離を取った後、ハンマーを納め、元の腕に戻した。
 けれど、ツヴァイはそれに対して、口をカパリと開く。
「 ?! 」
 次の瞬間、緑色の閃光がツヴァイの口から吐き出された。
 アインスに照準の絞られたそれが、光速で向かってくる。
 それを人間ではありえないほどのスピードでかわすアインス。
 閃光は、大通りを抜け、街の門を掠め、遠くの山にぶつかって、大きな爆発を起こした。
 アインスはそれを見てすぐに視線を戻す。
 街に被害がないことを計算してかわしたものの、あそこにも誰かが暮らしていたとしたら、ミズキに申し訳が立たない。
「……あなたは、何のために造られた?」
 アインスは静かにそう問うた。
 ここには、多くの人間が暮らしている。
 あのような武器を、こんな場所で使うことなど、許されない。
 少なくとも、アインスの主が持つ意思に反している。
「望みを叶えるため」
 ツヴァイは静かに答える。
 ただ、空間だけを震わせるだけの声。
 その声は、感情のない、無機質なもの。
「望み? 誰の?」
「ハズキ様の望み。ハズキ様は、ワタシが、お前に勝つことを望んでおられる」
「……どこの者だ?」
 アインスを知る者は限られる。
 今の言葉でわかったこと。
 ツヴァイは、違法者の手によって造られた訳ではない、と、いうこと。
「おい、アインス。大丈夫なのか? ……なんか、山が1つ……」
 離れた位置でわき腹を押さえて立っているミカナギが、遠くの山が崩れたのを見つめて、呆然とそう言った。
 アインスは、なんとも言えなかった。
 ただ、こういう時に言える言葉を……1つしか、知らなかった。
「努力はします」
「努力って……」
「ここには、たくさんの人がいるんだよ?!」
 カノウの声が遠くでする。
 天羽は先程多大な力を放出したせいか、カノウの胸に寄りかかるようにして、目を閉じていた。
 今、自分ができることは何か?
 ツヴァイと同じく、手段を選ばずに武器を取り出して、短期決着を目指すこともできる。
 けれど、それは駄目だ。
 ミズキにも言われた。
 街の中では、火気類は使わないように、と。
 しかし、相手は躊躇うことなく、その強大な力を取り出した。
 自分は選び出さなければならない。
 ミズキの言いつけ通り、火気類を使うことなく、なんとかして、街全体を護るか。
 短期決着させ、天羽保護を優先するか。
 前者が、きっと選ぶべき選択肢だ。
 けれど……今回の最優先事項は、天羽の保護。
 一番は、どちらだ?
 アインスの回路が、一瞬、停止しそうになった。
 バグに引っ掛かりそうになったのを、組み込まれたプログラムが、素早く元のルートへと戻した感覚がした。
 ミズキの言いつけは、アインスの中では絶対だ。
 けれど、どちらも、ミズキの言葉だ。
 火気類の使用禁止も、天羽保護も。
 どちらも……ミズキの言葉だ。
 再び、バグに引っ掛かりかけて、元のルートへと思考が戻される。
 場所を、移す。
 そんな答えが導き出される。
 できるかなど分からないが、アインスは高々と飛び上がり、高速のジェット噴射でツヴァイを捕らえようと向かった。
 飛び上がったのは、例え武器を使用されても、出来るだけ街に被害が出ないように、という配慮だった。
 無理やりにでも、街から連れ出し、そこで……。
 けれど、武器の使用に何の制限もないツヴァイがそんなことを許すはずがなく、両手をこちらへ向けてきた。
 手のひらにピンポン玉大の穴が空き、そこから青色の、激しい熱量のエネルギーがほとばしる。
 壊すと、護る。
 それはどちらが有利か?
 答えは簡単だ。
 壊す。
 アインスを壊したその後で、ツヴァイはゆっくりと天羽を奪えばいい。
 だから、ツヴァイが有利なのは当然で、……アインスは、最終的に、この決断を選ばざるをえなかった。
 ミズキにとって、一番大切なものは、何か。
 天羽。
 その答えが、最終的に、アインスの火気使用を、許してしまった。
 濃縮した赤色のエネルギー。
 俗に言うバリアーを、その場に発生させようと試みた。
 赤と青の光がぶつかり合い、そのエネルギーがあまりにも強すぎたのか、相殺されるどころか、より大きな爆発を引き起こす。
 アインスはその瞬間、素早く着地し、両手を広げて、盾のような形の光を作り出す。
 後ろには、ミカナギたちがいる。
 ……彼らだけは、この爆発から、護らなくては、いけなかった。




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