第七節  現金ミカちゃん、奔放あもちゃん


 徹夜で改造を終えたカノウが不機嫌そうな表情でその場にぼーっと立ち尽くしている。
 目の前でははしゃぐようにニールセンが、車の中に本を積み込んでいる姿があった。
 ミカナギがなにやら突っ込みながら、その中のいくらかを外へと放っぽりだし、ニールセンと口論になる。
「何のつもりだ、青年よ」
「何のつもりも、旅にこんなに荷物持って来られてたまりますかって話だよ。ただでさえ、旅慣れてなさそうなおっさん1人増えるってのが、オレにとっては恐怖なんだぜ? 旅をしていれば増えるものはあっても減るもんはなし、だしな。だからこそ、はじめから持っていくものは減らせるもの、捨てていいものに限る。それがなんだよ、これ。本の持ち歩きなんて、カンだけで十分だ」
 ミカナギが長々と弁舌を振るうと、ニールセンは心外だとでも言いたげな表情で、ブンブンと天羽のように腕を振った。
 おっさんがやると可愛さのかけらもありはしない。
「なんと。この車は小生の車であるのに。なんということか」
「条件。ついてくる代わりに、バイクに乗れない連中をこの車に乗せること! 昨夜、オレと約束したろうが」
「む。確かに、そのようなことを、少年の脇で見ていた時に言われた気も……」
「気も、じゃなく、言ったの」
 ミカナギは強調するようにそう言って、ニールセンの体にのしかかるようにずずいと前に出た。
 ニールセンは無精ひげはそのままだけれども、今は外出着なのか、きちんとした身なりをしている。
 青色のYシャツにベストを羽織り、リボンのような細いネクタイ。
 下は、大昔の貴族と呼ばれていた連中が、乗馬などを楽しむ際によく使用していた、半端丈のズボンと、そのズボンの裾を靴下の中にきちんと入れるという様式だ。
 ミカナギは後部座席に置かれている本の半分ほどをポンポンと出し、ようやく車の中から出てきた。
 天羽がコチコチとリズムを刻みながら、カノウの脇に行く。
「カンちゃん、そろそろ1時間〜」
「……あと、10分……」
 カノウはポソリとそう言い、再び虚空を見据えて立ち尽くす。
 実は、寝ている。
 器用にも、カノウは立ったまま、しかも、目を開けたままで寝ていた。
 天羽は困ったように小首を傾げて、カノウの目の前に手をひらつかせる。
 ……反応なし。
「カンちゃん、器用〜♪」
 きゃはっと笑ってそう言うと、なでなで〜と、カノウの頭を撫でて、楽しそうにカノウの傍にあった椅子に腰掛けた。
 足をぶらつかせて、まだ揉めている2人に視線を移す。
 さすがに埒が明かないと思ったのか、アインスが2人の間に割って入ったところだった。
「ミカナギ、おれは乗らずとも平気ですので、ここは彼の本を乗せてあげては……」
「ダメだ。お前はコイツと一緒行動」
「え?」
「つかむしろ、お前が運転しろ。できんだろ?」
「はい。できます」
「もし何かあってはぐれた時、絶対に強い奴・またはまともな奴がついてないとまずい」
「…………」
「ただの足手まといを連れて歩く気は、サラサラないんだ」
 ミカナギは真面目な顔でそう言い、すぐにへらっと笑う。
「ってことでよ、おっさん。頼むから読まない本は乗せんな。絶対に読む本だけにしてくれ。あと、生活用品やら食料も、少しは持ってくれよ。オレらそれほど裕福じゃないんだ」
「…………。金ならば、少しはある」
「なに?!」
「だが、銀行に預けてあるゆえ、大きな街に出なければ手に入らん」
「それ、貸してくれんの?」
「金など持っていても、小生はそうそう使わない。くれてやる」
「 ?! 」
 ニールセンの言葉に、ミカナギは衝撃を受けたように停止した。
 天羽はその様子がおかしくて、ケラケラと笑ってそれを見ていた。
 彼ならば、その後の行動は確定している。
 天羽の予想は当たった。
 ミカナギは車から投げ出した本のいくらかを車の中に戻していく。
「お、おおお、おっさんがそんなに太っ腹だなんて思わなかった! いい、いいよ。も少しくらい増えたって。どうせ、オレ、バイクだし。どうせ、後部座席乗る奴ら小柄だし」
 文字通り、現金。
「ミカナギ、いいのですか? そんなことを言ってしまって」
「だ、だだだ、だってよぉ。今の大所帯じゃ、街に出た時の宿代とか……あと、汽車の切符代とか? 馬鹿にならねーだろ。通行証買わないと通れない街だってあるかもしんねーし。街に着いてからギルドで稼ぐ……じゃ、賄えないんだよな、ここまで増えると」
「おれは街の外にいればいいのでは? 睡眠も食事も必要ありませんから」
「お前は大事な戦力だろうがよ。この前みたいなことがあったら、オレだけじゃ護れねー」
「金貨の偽造……という手も」
「それは最終手段なんだなぁー。大体、偽造するために必要な材料とか、あるんだろ?」
 アインスと大真面目に話をしているその脇で、ニールセンが思案するように顎を撫で、車の中から本を取り出してきた。
 バサバサッと床に落とし、それによって空いたスペースに、いくつかの旅用品の詰まったリュックサックを入れる。
 天羽はポンッと椅子から飛び降りて、カノウの肩をポンポンと叩く。
「カンちゃん〜、10分経った〜」
「うん」
 それきりで、再び反応がなくなるカノウ。
 おっきいの3人は旅の準備で相手をしてくれないし、カノウはカノウで、徹夜が祟ってこんな調子。
 天羽はむぅっと頬を膨らませ、いい加減飽きたと言わんばかりに、カノウのほっぺをくいっとつねった。
 1秒。
 2秒。
 3秒。
「いったいな、何するんだよ!!!!」
 カノウがようやくそう叫んで、しっかりとした眼差しに戻った。
 天羽はえへ〜っと表情をほころばせて、カノウの頬を両手でぐにっと挟む。
「起きた〜♪」
 ……無理やり起こした。
「あ、天羽ちゃん? ご、ごめん」
「カンちゃん、お話し相手して? つぅまんないのぉ」
「え? え?」
「まだ、旅の準備で揉めてるのよぉ」
「ああ、なるほど」
 カノウは天羽の小さな手をきゅっと握って、ブラブラと振りながら、3人に視線を動かした。
 けれど、その時には話が纏まったのか、詰め込むものと詰め込まないものをきちんと選り分ける作業に入っていた。



第八節  ここは砂時計の町。神の導きを待つ……町。


「え? ちょっと、天羽ちゃん?」
「あたし、バイク乗ってみたかったんだ〜♪ それじゃねぇ!」
 バタンと閉じられる車のドア。
 天羽はにこちゃんと笑って、カノウからいつの間にかぱくっていたゴーグルを持って、タタタッとミカナギの元へと駆けて行ってしまった。
「……そ、そんなぁ」
 カノウはガックリと肩を落とす。
 運転席のアインスがそれを気遣うようにこちらを向いた。
「天羽は、狭いのが大嫌いなんですよ。残念でしたね?」
 狭いのが嫌いだから、掃除もいつの間にか上手くなったんですよ、とアインスは付け加えてくれたけれど、カノウはそんな豆知識など要らない……と、ため息と一緒に肩を落とした。
 ようやく、お話できるかなぁと、少しだけ期待していた自分が恥ずかしかった。
 それは……ほんの少し前の話。

 バイクのサイドカーに乗って、ゴーグルをつけた天羽は、楽しそうに両手を上げる。
「あははは〜。きっもちいい〜☆」
「お前、車じゃなくてよかったのか?」
「え? だって、狭いし、暑そうだったんだもん〜」
「カノウは楽しみにしてたと思うけどな」
「え? 何?」
 バイクのエンジン音で、ミカナギの声が掻き消される。
 天羽は聞こえなかったので聞き返した。
「車なら騒音気にせずに喋れたぞって!」
 ミカナギが少し声を大きくしてそう言った。
 天羽は納得したように頷いて、かちゃりとゴーグルを掛け直す。
「お兄ちゃん?」
「あ?」
 ミカナギがこちらを少しばかり見やって、再び前方に視線を戻す。
 天羽は真剣に目を細めて、顔の前で軽く指を組んだ。
「神様は、大変だと思いませんか?」
「は?」
「誰にでも平等で、でも、平等ってことは、結局、誰に対しても、真実の愛なんて注げないって、そういうことなんじゃないかなぁと、あたしは思うのです」
「…………。いきなり、なんだよ?」
「ん〜……お兄ちゃんが1人になる時間をくれた時に、あたしが考えたこと。ほら、お兄ちゃんには、言わないとダメかなぁ……なんて、勝手に思った!」
「別にいいよ。報告しなくても!」
「……そっか」
 ミカナギのその言葉に、天羽は少しばかり寂しそうに小首を傾げた。
 ミカナギもその様子に気がついて、すぐに付け加えた。
「言いたきゃ話せ」
 すると、天羽は嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんだねぇ」
「あいあい、さいですか」
 天羽の言動にいまいちついていけずにミカナギは適当にあしらうような言葉を選んだ。
 天羽はバタバタとはためくフードを頭に戻してから、話し始めた。
「あのね、人には誰にでも、逆らうことの出来ないものっていうのが、1つや2つあるものなのです」
「ああ」
「あたしの場合は、神様に造られたってことで」
「……?」
 創られたではなく、造られた。
 だが、言葉のニュアンスでそんなことまで読み取れるはずもなく、ミカナギはただ続きに耳を傾けるだけだ。
「それは、絶対的な周囲との境界線を生むのです」
「天羽?」
「天使は、神様に造られる。神様の苦悩も何もかも、知ったうえで、天使は神様を誰よりも愛します」
「…………」
 ミカナギは戸惑うしかなかった。
 あまりにも表現が抽象的で、それはまるで聖書の一節か、何かの御伽噺を聞いているような、そんな心地がした。
「でも、神様は多くの者に愛されるのです。そんな中、たった1人の天使に注がれる愛は、僅かでしかなく。天使から見ると、そんな神様はとても気まぐれで、とても残酷なように思えることもあるのです」
「…………」
「意味分かる?」
「すまん、分からん」
「うん、そだと思う」
「……ただ、その天使は」
「 ? 」
「どうあっても、神様が好きなんだろうなってことは、わかった」
 ミカナギはそっと天羽の横顔を見て、すぐに視線を戻した。
 天羽が楽しそうにきゃは〜と笑う。
 ミカナギが1つだけ言わなかったことがあった。
 その天使は、天羽お前か? ……というひと言。
 天羽は言い終えて、少しばかり目を細めた。
 悲しげに。
 遠くを見つめ。
 エンジン音に掻き消されるのを計算の上で呟く。
「でも、この感情は、恋であっては、いけないモノ」
 と。
 それからしばらく2人は黙ったまま、バイクのエンジン音だけに時を任せた。
 少しばかりペースが速かったのもあって、ミカナギはスピードを落として、カノウたちの乗る車が追いついてくるのを待ち、合流してから、再び、アインスの言っていた生命反応が集まっている区域を目指した。
 3時間ほど走った先に、大きな砂時計の建っている集落が見えてきた。
 それは本当に、大きな大きな砂時計だった。
 中の砂は全部で七色に分かれており、それはまるで虹を思わせる色合いだった。
 集落の近くの森にバイクと車を隠し、必要最低限の荷物だけを持って、その集落へと向かう。
 集落の様子はのどかで、木で組まれた小屋が多く建ち並んでいる。
 畑作業から帰ってきたらしき青年たち。
 水場で洗濯物を洗っている女性達。
 集落の広場で、椅子を何段にも積み上げて、その上でバランスを取って立っている少年と、それを感心したように見上げている子供達。
 どこからか聞こえてくる賛美歌のようなもの。
 そこは、今までミカナギたちが見てきた街とは、明らかに、何かが違う……町だった。
 広場の真ん中で遊んでいた少年が、いち早く5人の存在に気がついて、睨みつけてきた。
 相当の高さのある椅子の塔から、躊躇せずに飛び降り、着地を決めると、すぐにその辺に転がっていた石を拾い上げ、こちらへと放ってきた。
 その石は天羽に照準があった状態で飛んできたが、ミカナギがそれをすぐに叩き割った。
 素早く、カノウが天羽を後ろへと下げる。
 少年の一石をはじめにして、広場にいた子供達全員が、ミカナギたちに石を投げつけてきた。



 その様子を、森の木の上から、伊織が見下ろしていた。
 氷は暑さにやられたようにして、木陰に寝そべっている。
 もうしばらく、氷がこの環境に順応してからでないと動けない。
 伊織はそんなことを思いながら、連れてきていないのに、テラを抱き締めるような仕種をして、怖々と町の様子を見つめる。
 石が止む様子はない。
 どういう事情かはわからないが、彼らは外部との接触を嫌っているようだ。
 ふと、ニット帽を被った少年が、耳のようなものがついたコートを羽織った少女を後ろへと下げた。
 伊織はその少女が、ハズキが言っていた、連れてきて欲しい人だということがすぐにわかった。
 けれど、それ以上に、彼の心を捉えて離さないものがあった。
 頬を赤らめて、幸せそうに呟く。
「ネコ……耳……。可愛い……」
 と。




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