第十節 時が生むは、現在・過去・未来。思い出・罪・夢。(前編) 町の奥のほうにある小屋に、5人は通された。 ニールセンは背負っていたリュックサックをドスンと下ろし、手近なベッドに腰掛けると、すぐに本を取り出して読み始めた。 天羽が部屋の奥の、窓に一番近いベッドに駆けていって、ぽよ〜んと飛び上がり、バフッとベッドの上に倒れこんだ。 ゴロゴロゴロ〜と何度か転がると、ムクリと起き上がり、笑顔で言った。 「わ〜い、ふかふかのベッドォ♪ あたし、ここ〜。このベッド〜☆」 今度は掛け布団を体に巻きつけて、更に楽しそうにはしゃぐ。 「……元気なお嬢ちゃんだよ、ホント」 ミカナギはカシカシと頭を掻いて、苦笑交じりにそう漏らした。 カノウがその脇で、楽しそうにその様子を見つめる。 「ニールセンさんの小屋のベッドは時化っていたからねぇ」 今までの天羽のベッド占有率・100%。 悲劇の起こったサーテルの街:2泊とも天羽はじゃんけんに勝利。(因みに2回ともカノウは負け+カノウは武器改造のため1回徹夜) ニールセンの小屋:2泊とも、1つしかないベッドを強引に奪い取り、勝利。(内1泊は車改造のため、カノウ徹夜) 今回はベッドが6つあるので、そういった部分で揉めるということがないのが幸運といったところだろうか。 アインスはカノウとミカナギがどのベッドを選ぶのかを待つように、静かに立ち尽くしている。 ミカナギはそれに気がついて、すぐに壁際にある真ん中のベッドにショルダーバッグを投げた。 「オレ、そこな」 そう言って、スタスタと歩いていき、バッグの口を開けようと、ゴソゴソと手を動かす。 「あ、じゃ、じゃあ、ボクは窓際の真ん中ね」 タタタッとカノウは体を弾ませて、ベッドに腰掛けた。 すぐににっこりと隣のベッドの天羽に笑いかける。 けれど、天羽はカノウに応えるように僅かに笑っただけで、すぐに起き上がり、ミカナギの元へと駆けていった。 ゴソゴソとバッグの中を漁っているミカナギに、ちょいと天羽が手を差し出した。 「ん? 何?」 「お兄ちゃんが持ってるんでしょ? お薬とか、治療の道具とか」 「……大したことねーよ」 ミカナギは心配そうな天羽を見て、苦笑混じりでそう答える。 もう、血のいくらかは頭につけていたゴーグルの下の暑さ避けのバンダナに吸収されてしまっていた。 今更傷の治療も何もない……と、ミカナギは思っているようだが……。 「頭に石だよ? 大したことないで済ませていい部類じゃないって。アインスにちゃんと診てもらうべきじゃない?」 と、カノウもゆっくりと歩み寄って、ミカナギの頭の装備を無理やり外して言った。 天羽が露になった傷口を、本当に心配そうに覗き込んで、何度か口元を押さえて、吐きそうになるのを堪える顔をする。 「すいません、カノウ。治療はできますが、傷の具合や体の状態を診る、というのは、おれの専門外です」 「え? そうなの?」 「はい、なんでも……と言っても限界があり、ミズキ様自体、医療器具等は使いこなせても、造るという知識には長けていませんでしたので」 「……そっか」 カノウはそこでようやく納得して、仕方がないので、ミカナギからバッグを奪い取り、容易く救急セットを取り出す。 若干狼狽するミカナギ。 思えば、この救急セットのお世話になるのはいつもカノウで、ミカナギはほとんどの怪我を自己治癒能力に託していた。 今更だが、その理由が、なんとなく、見えた気がした。 カノウはにこっと笑って、ミカナギの傍に寄る。 天羽が救急セットからガーゼと消毒液を取り出して、ガーゼを消毒液に浸し、すぐにカノウに手渡してきた。 ミカナギは、若干、後ろへと下がった。 「大したことねーって言ってるじゃん」 ヘラッと笑ってそう言うけれど、微妙に顔色が悪い。 カノウは悪戯っぽく笑って、ミカナギにだけ聞こえるように言った。 「もしかして、治療怖いの? そんなにデカイ図体して」 「なっ! にゃわけねーだろぉが!」 ミカナギはすぐにそう叫んで否定する。 ……が、その言葉にも明らかな動揺が窺がえた。 あまりにおかしくて、カノウはクククッと声を漏らして笑う。 肩が震えて、本当におかしそうに、だ。 「ど、どうしたの? カンちゃん?」 2人の会話が聞こえなかった天羽は、不思議そうに首を傾げる。 アインスがすぐに言葉を添えた。 「ミカナギは、治療が苦手なようですよ」 「え? そうなの?」 「アインス! オレァ、まだ認めてねーだろ?! お嬢ちゃんに変なこと吹き込むなよ。兄貴分の威厳がだなぁ……」 「はい、すいません」 なんだか、その潔い返事が、逆にその雰囲気ではミカナギを馬鹿にしているように響いた。 ミカナギが悔しそうに眉をひそめて、カノウは一層笑いから起こる震えが大きくなった。 天羽がすぐにミカナギに近寄り、顔を覗き込む。 「だいじょうぶよぉ? 痛いのなんてすぐ飛んでくよぉ? あ、あたしが歌ってあげるから、それに集中してれば痛くなんてないよ?」 「だ、だから、オレは……別に。傷が大したことねーと思ってるから、要らねーって言ってるだけで……」 年下で、ただでさえ子供っぽい天羽に、そんな風に言われるのが嫌なのか、ミカナギは必死にそれを否定した。 確かにミカナギには大した痛みはないのかもしれない。 けれど、天羽から見ても、カノウから見ても、その傷口は大したものだった。 天羽が突然ニッコリ笑った。……怒りを覚えたような声。 「1回眠ってみる?」 「な……」 ゆっくりと天羽が、ミカナギの頭を両手で押さえつけ、顔を近づけてくる。 そぉっと開かれる口。 天羽が声を発しようとした瞬間……、ミカナギがようやく叫んだ。 「わ、わぁったよ! わかったから! 治療でも何でも受けるから、それだけは勘弁してくれ!!」 「最初からそう言えばいいのよぉ。ねぇ? カンちゃん♪」 ミカナギがようやく了承したので、天羽は嬉しそうにキャロンと笑って、カノウに視線を向けてくる。 確かに、ミカナギが言うことを聞いたのは、とてもいいことだけれど、カノウは心の中で思った。 絶対に、この子だけは怒らせないようにしようと。 ・ ・ ・ ・ 「痛ぇ! いたいたいたいぃ! お前ら、鬼だ! 最悪だ!! あーくそ……」 ミカナギはただ消毒をされているだけなのに、やたらめったら騒ぎまくった。 天羽が耳がキーンとしたのか、耳を塞いで、フルフルと頭を振る。 カノウはバンソーコーを取り出して、ぺりっと紙をはがし、ペタリとミカナギの額にはっつけた。 そして、いつも言われて自分が不機嫌になる言葉を、笑顔でミカナギに言った。 「ガキ」 ミカナギは額に貼られたバンソーコーをさすりながら、涙目で言った。 「仕方ねーだろ……。前治療してくれた奴が、すっげー下手だったんだから」 おかげでトラウマなんだよ……とミカナギはボソリと付け加える。 「あー、ボクに会う前?」 「そうそう」 ミカナギは眉間のバンソーコーを隠すように、いつもよりもバンダナを目深に装着し直し、ゴーグルだけはベッドに放り投げる。 天羽がにこにこと笑って、ミカナギの頭をなでなでと撫でる。 「よくできましたぁ♪」 「お嬢ちゃん、どんなに可愛かろうと、オレにしようとしたこと、忘れねーからな」 「んん? そんなぁ。お姉ちゃんだったら、あんなんじゃ済まないよぉ? 罵られまくり。もしかしたら、傷が1つや2つ増えたかもぉ」 「…………。トワって……一体、どんなんなんだよ……」 「? お姉ちゃんは可愛くって綺麗で、優しいよ♪」 先程言った言葉と、それでは合わないではないか。 ミカナギは眉をひそめて首を傾げるだけ。 カノウは救急セットを全て片付け終えると、ベッドへ戻って、ふーーー……と息を吐き出し、倒れこんだ。 窓の外は、まだオレンジ色に変わったばかり。 出ようと思えば、外に出られる。 けれど、先程の仕打ちを考えると、1人で外に出るというのははばかられる。 その時だった。 「遅くなりまして申し訳ありません。この町の長を務めさせていただいています。トール……と申します」 凛としたその声に、カノウはむくりと起き上がる。 入り口に、神父服を身に纏った、細面の青年が立っていた。 年のころは30代前後。 色素の薄い髪。男の割に細い顎と、縦にスラリと長い体。 手にはバイブルを持ち、首からロザリオを提げている。 見るからに、昔の本などでよく見る神父、というもの。 ミカナギはゆっくりと立ち上がって、すぐにトールの元へと歩み寄る。 「ども、はじめまして。ミカナギです」 「申し訳ありません。スルケルがご迷惑をお掛けしてしまったようで……」 「スルケル?」 「あなたに怪我をさせた少年です」 「……ああ。しょっぱなから女の子狙って投げるっていうのは、いけ好かないね」 「本当に、申し訳なく。あの子は、少々血気盛んな面がありまして」 トールは仰々しく頭を下げる。 ミカナギは困ったように頭をカシカシと掻き、すぐにトールの肩を叩く。 「いいよ。腹は立つけど、みんな怪我してないから」 「……お優しい方でよかった」 トールは顔を上げて、とても柔らかく笑う。 天羽がすぐに駆けていって、ビシッと敬礼を決めた。 「あたし、天羽〜。よろしく♪」 にゃっぱり笑顔に、トールは戸惑うように目を見開いた。 「君は……」 「え?」 「あ、いえ……なんでも。久しぶりですね、ニールセン」 トールは首を横に振ると、全く動じずに本を読んでいるニールセンに声を掛けた。 ニールセンは本から目を離さずに、 「うむ」 とだけ返した。 ミカナギがニールセンの様子にため息を吐きながらも、すぐにアインスとカノウを示した。 「ニット帽がカノウで、こっちのデカイのがアインスだ」 「カノウさんに、アインスさんですね。よろしくお願いします。……もしよければ、暗くなる前に、この町をご案内しようかと思って参ったのですが、どうでしょうか? 特に何もない町ですし、俗世とも一線を隔していますが……昔ながらの神の教えだけは、守り続けておりますので。多少の、冒険譚の1つくらいには加えていただけるのではないかと」 トールはそう言うと、ゆっくりと部屋のドアを開ける。 一番はじめに動いたのはアインスだった。 「お願いします」 自分の世界を広げたい。 彼のあの時の言葉は、本当に嘘ではなかった。 次に天羽が手を元気よく上げる。 「はいは〜い♪ カンちゃんも行くでしょぉ?」 天羽はすぐに当然のようにカノウを見てそう言った。 ミカナギが少々考え込むように、うぅん……と唸る。 すると、ニールセンがまたもや本から目を離さずに言った。 「青年2は知識に対して貪欲だが、青年は食欲だけか?」 「…………。おっさん、何が言いたい?」 「知識とは2つある。知ったほうがいい知識と、知らないほうがいい知識だ。だが、知らないほうがいい知識こそ、世の真理だと、小生は考える」 「だから?」 「車中で聞いた。青年は記憶喪失なのだそうだな?」 「ああ」 「それはまっさらな状態ということだ」 「…………」 「知ったほうがいい知識も、知らないほうがいい知識も、区別ができない。……それは、本来ならば、一番理想的な状況なのだ」 「簡単に言うな」 「先入観は、人の成長を妨げる元だ。だから、小生は理想的だと言っているだけ」 「…………。オレも行くわ。おっさんと話してると、折角の時間を寝て過ごしちまいそうだ」 ミカナギはカシカシと頭を掻き、バンダナを締め直すと、全員出て行くのを待ってから、部屋の外へと出た。 カノウはミカナギを見上げて、クスクス……と笑う。 「ミカナギは、本当にニールセンさんが苦手なんだね」 なので、ミカナギもふぅ……とため息を吐いて答える。 「おっさんの話は眠くなるんだよ。人の話聞かねーし」 「楽しませ好きなお兄ちゃんには向かないんだよねぇ、きっと♪ お兄ちゃん、普段真面目な話するの、苦手でしょぉ?」 「……ミカナギも、ニールセン・ドン・ガルシオーネ二世も、それぞれ、良いものを持っていると思いますよ」 アインスは横目で3人を見やって、真面目にそう言う。 ミカナギはその言葉を聞いて、にぃっと笑みを浮かべた。 アインスの肩に腕を回す。 「兄ちゃん、ホント、オレ、アンタ好きだよ」 「……ありがとうございます」 アインスは別段抵抗することなく、すぐにそう返事をしてくる。 トールが小屋のドアを開け、皆が来るのを待っている。 天羽は両手を広げて、タタタッと外へと駆けてゆく。 それをカノウが慌てて追いかけ、ミカナギとアインスは並んだまま、外へ出た。 トールがドアを閉めて、全員に言う。 「遅ればせながら、ようこそ、異端の町へ」 夕焼けのオレンジ色が、大きな砂時計のグラスを染めていた。 風が吹き抜けてゆく。 カノウはニット帽を被り直して、ゆっくりと考えるように、目を細めた。 異端の町。 それが、この、砂時計のある……町の通称……か。 |
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