第五章  海だ! 水着だ! の章

第一節  変態はパパとして当然?


「うっわ、すっごぉぉい……! これが海ーーー!!」
 天羽はいつもつけている翼の髪飾りでなく、麦藁帽子姿で、楽しそうに叫んだ。
 セーラー服をひょいと脱ぎ捨て、ワンピースタイプの水着姿が露になる。
「ねね、お兄ちゃん、早くいこー! 泳ごーう♪」
 元気いっぱいにミカナギの腕を引っ張り、砂浜に駆けていこうとしている天羽たち。
 ミズキはすぐに声を掛ける。
「天羽! 僕もいるよ!! 今、浮き輪を作ってあげるから待ちなさい」
 けれど、天羽はそんなのには全く気がつかずに、タタタタッと楽しそうに砂浜に駆けていってしまった。
「……あ、天羽……」
 ミズキは悲しそうに目を細めて、その後姿を見つめる。
 なんてことだ。
 天羽が自分の声に気がついてくれなかった。
 ああ、でも……何年ぶりかに見た彼女の白い肢体は、なんと美しく育ったことか。
 そんなことに思いを馳せているうちに、ミズキは夢から覚めた……。
 ぼーーっと天井を見つめて、額に触れる。
「不味い……天羽と会えなくて、禁断症状が……」
 コシコシと目をこすり、ゆっくりと起き上がる。
「順調に進んでいれば……、そろそろ、マリークの街の列車に乗れる頃……かな……」
 静かにマリークかぁ……と何度も呟く。
 マリークは、大陸の南にある海沿いの街だ。
 強い紫外線を上手く遮断して、海水浴場をメインスポットとしている……そんなところ。
 プラントに唯一繋がる、列車のある……街でもある。
「ふふ……どうせなら、泳いでくればいいのに……。そうしたら、後でアインスのログを……」
 ミズキはゆっくりとモニターまで歩いていき、ポチリとボタンを押す。
 天羽の映った映像が流れ出す。
 年間記録全てある。
 今年で13本目。
 これは天羽の成長の記録だ。
「ああ……可愛いなぁ、天羽は。うん、我が娘ながら、本当に可愛い」
 幸せそうに映像を眺めて、ミズキはホタァァ……と頬を赤らめる。
 もう。なんというのだろう。
 アインスもロマンだが、天羽もロマンだ。
 この、可愛らしさ!
 きっと何者も敵わないだろう。
 無邪気で天真爛漫かと思えば、時折見せる恥じらいの表情。
 一生懸命物事を考えて、自分のことのように思い悩むこの子が、本当に愛しく思う。
 3歳の頃の天羽が笑いながら言う。
「パパ? あたし、パパのおよめさんになる」
 ミズキはあの時ぎょっとしてしまって、何も言えなかった。
 10代の自分には、まだまだそんなキャパシティはなかったのだ。(というか、3歳の子供にそんなことを言われて真に受けるなと言われそうな部分であるが)
 憧れはするのだ。
 昔のドラマなんかにあるように、父親が笑顔で娘の言葉を、そうかそうかと受け流す……ああいうシーンに憧れる。
 けれど、まだあの頃の自分は思春期を抜けるギリギリのラインにいて、まだそこまで大人の対応が出来なかった。
「でも……天羽みたいなお嫁さんなら、欲しいなぁ……」
 優しく目を細めて、ミズキはそう呟く。
 きっと隣にトワかコルトがいれば、変態、と突込みが入るであろう。
 だが、それが幸せなのだ。
 天羽の成長を見守るのが、自分の幸せだ。
 なぜなら……彼女が誕生したことで、自分は……生きることの意味を知ることが出来たのだから。



第二節  海の街・マリーク


 ミズキが禁断症状を起こしかけている頃、ミカナギたち一行は、彼の予想通り、海の街・マリークに到着していた。
 建ち並ぶ家々は可愛らしく、海へ繋がる道路はきちんと整備されている。
 街全体を透明なドームのようなものが覆っており、アインスの話ではそのドームが紫外線を遮断し、周囲の海水を多少なりとも浄水しているのだそうだ。
 そのため、海水浴目的での観光客も多いらしい。
 観光地であり、多くの列車路線の終始点駅というのもあり、人々の服装にも統一性はほとんどない。
「ほれ、金」
 銀行から出てきたニールセンがなんでもないように、大きな布袋をこちらへと放ってきた。
 ミカナギは慌ててそれを受け止める。
「お、おっさん、無茶すんなよ」
「無茶?」
「盗られたらどうすんだよ?!」
 ミカナギはそっと声をひそめて、ニールセンを咎めるように言った。
 ニールセンはそれを聞いて呆れたようにため息を吐く。
「くだらん……。このようなものに執着するとは。人間とはなんと虚しい生き物か……」
「おい、おっさん。大飯喰らいのアンタに言われたくねーな、オレは」
 ミカナギはスパリと突っ込み、すぐに布袋の中を覗き込む。
「結構あるじゃん。おっさん、本当にいいのかよ?」
「ああ、プラントへ案内してもらう駄賃だと思って、全てくれてやる」
「……そっか。サンキュ」
 ミカナギはニッカシ笑ってそう言うと、すぐに買うものの算段を始める。
「食糧……」
「ミカナギ、食糧は要りません」
「へ?」
「ここから出る列車は切符代に、乗車中の食事代も含みます。なので、必要ありません」
「そうなの?」
「はい」
 アインスはそう言って、静かに周囲を見回す。
「とりあえず、切符を取ってしまいましょう。確か3日に一度しか出ませんので、その後に宿を」
「そ、そうだな。いや、旅先の事情に明るい奴がいて助かるわ」
「知識だけですので、この街自体については、あまり詳しくはないです。ただ、ここから出る列車も、あの紫外線遮断ドームの素材も、発明されたのはミズキ様です」
「へぇ……」
「あの方は、天才、ですので」
 アインスは目を閉じてそう言うと、ゆっくりと歩き始めた。
 街の北側にある駅を目指して歩いていくのだと分かり、ミカナギもそれを追う。
 後ろから3人ものろのろとついてくるのだが、どうにも様子がおかしい。
 カノウと天羽は、道すがら一言も言葉をかわしている場面を見なかった気がする。
 ここまで5日かかったのに……一言も、だ。
 カノウも避けていたが、天羽も、何やら避けるようにしていた。
「なぁ、アインス」
「はい?」
「あの2人何かあったのか?」
「2人?」
「ちびーず2人」
「……さぁ?」
 アインスはそっと後ろを見て、逡巡した後そう答えてくる。
 まぁ、そんな簡単に分かったら、苦労もしないか。
 カノウについては、まだ気持ちの整理がついていないのかと思えば、理屈としてはしっくりくるが、天羽までもあそこまであからさまに避ける理由が分からない。
 ミカナギの視線に気がついたのか、天羽がこちらをきょとんとした眼差しで見た。
 すぐにタタタッと駆けてくる。
「な、なぁに? お兄ちゃん」
「……別に用はなかったんだが」
「そうなの?」
「いや、あるにはあるんだが……。まぁ、また、あとでな」
「う、うん、わかった」
 天羽は拳を握り締めて、コクリと頷き、周囲を見回す。
 水着に軽くシャツを羽織っただけの人たちが海に向かって歩いていく。
「どうした?」
「あ、もしよかったら、泳いでみたいなぁって。あたし、海って初めてだから」
「ああ……まぁ、時間があったらな?」
 泳げる海なんて、おそらく世界中でこの街だけ。
 確かに楽しまない手はないだろう。
 天羽はミカナギの返事に、にっこりと笑みを浮かべた。
 自分と話している時は、特に何事もなさそうなのだが……。
 駅へ入り、切符の手続きをする。
 車とバイクの運搬費も含んで、相当の額を支払った。
 ミカナギはズーーーンと落ち込みながら呟く。
「おっさんからもらった金がなかったら、乗れなかったな……」
「危なかったですね」
「ああ」
 ミカナギは頭をカシカシ掻き、一番安全と思われるアインスに切符を預けた。
 列車は今朝出たばかりとのことで、取れた切符は3日後のものだ。
「宿、取らないとな」
「3日もあるのなら、ギルドか何かで少しばかり稼いだほうがいいかもしれませんね」
「ああ、まぁ、そういうのは後で考えようぜ。さすがに5日ぶっ通しでバイクだったから、くたびれちまった」
「そう……ですね。みんなも疲れているでしょうし、今日はさっさと宿に行きますか」
「賛成〜。あたしも、さすがにバテバテです……」
 天羽も宿という単語に嬉しそうに手を挙げてみせた。
「ねね、かん……あ、部屋どうするの? 5人部屋とかあるかな?」
 天羽はカノウに何か言いかけ、カノウと目が合った瞬間、顔を赤らめて、話題を変えた。
「3・2に分かれよう。天羽はアインスとで」
 ミカナギはその様子を見て、ようやく察しがついた、とでも言いたげに目を細めてそう答える。
 街中の宿屋を歩き回って、一番安かった宿にチェックインする。
 フロントで鍵をもらって、アインスに1つ鍵を渡したその時だった。
「ミカナギ君?!」
 ミカナギはビクリと肩を震わせ、すぐにそちらに視線を動かす。
 天羽もカノウも不思議そうな表情。
 視線の先には、背の高い女性がいて、ミカナギを見て嬉しそうに笑顔を作った。
 ミカナギはすぐに優しく目を細める。
「イリスじゃねぇか。どしたんだよ? こんなとこで」
「うっわぁぁ、もう、相変わらずいい男なんだから。あー、お姉さんきゅんきゅんしちゃう」
「……あ、相変わらずだな……」
 手を組んで小首を傾げるイリスにミカナギは呆れたように苦笑を漏らした。
 年の頃は、24、5。
 銀色でサラサラのストレートヘアー。
 瞳の色は琥珀色で、表情にも体つきにもほのかに艶のある……綺麗系の女性。
 名はイリスと言って、以前、ミカナギが世話になった人だ。
 余談だが、ミカナギの治療嫌いのトラウマを作ったのは、彼女だ。
「まさか、こんなところで再会できるなんて。やっぱり、運命よ。ミカナギ君、運命」
「……イリス、恥ずかしくなんないの?」
 ミカナギはポリポリと頬を掻き、とりあえず、イリスに歩み寄った。
 すると、素早くミカナギの腕を掴んで引き寄せる。
 頬に軽く頬ずり。
「あー、もう……羨ましい肌♪」
 さすがにミカナギの顔が赤らんだ。
 慌てて離れる。
「ば、お前……こんなとこでやんな!」
「えぇぇ?! 前はこのくらい許してくれたじゃない〜」
「あれは臥せってたから抵抗できなかっただけだろ?!」
 ミカナギは出来るだけ小声で訴え、イリスの言動と行動を自粛させようと試みる……が、時すでに遅し。
「ところで、アタシと別れてほんの半年なのに、お仲間がたくさんになったのね?」
「ああ、色々あってな」
「あら……あの長身のお兄さんもかっこいいわね。そっちのニット帽の坊やも可愛いし」
「イリス……頼むからがっつくな」
「大丈夫。一番好きなのはミカナギ君だから♪」
「誰も、そんな心配してねーよ……」
 勢いの強いイリスに押され気味になりながら、ミカナギはなんとか突っ込むことだけは忘れない。
 ふと、天羽に視線を動かす。
 イリスもお気に召したように天羽を見つめていたが、当の天羽はむくれた顔でこちらを見ていた。
「天羽? どうした?」
「お兄ちゃん、誰? そのお姉さん。随分、親しそうだけど」
「ん? あ、ああ、カノウに会う前に世話になってた人で……」
 イリスが天羽の様子を見て、企んだように目を細めて、ミカナギの体を抱き寄せる。
「一夜を共にした仲よ♪」
「はぁ?! お前、話を膨らますな!!」
 ミカナギも慌てて否定するように首を振るが、天羽はそんな言葉よりも、ミカナギがイリスを振り払わないのが気に食わないようで、一層ご機嫌斜めになった。
「いくら、記憶がないからって……」
「天羽、ちょ、違うって。嘘だから。イリス、マジ勘弁してくれよ」
「お姉ちゃんというものがありながら、お兄ちゃんサイテー!!」
 天羽は思い切り叫んで、タタタッと外へと駆け出していってしまった。
 天羽が1人になっては不味い……のだが、明らかに冷ややかな目でニールセンとカノウがこちらを見ている。
 アインスだけが、天羽を追うように外へと出て行った。
「ご、誤解だ……」
 ミカナギがため息を吐く。
 振り払わないのは世話になった人だからであって、何も他意なんてないのに。
「とりあえず、離れたほうがいいんじゃない?」
 カノウが軽蔑するようにミカナギにそう言った。
 ニールセンも興味深そうに笑みを浮かべる。
「青年よ、二股も男の甲斐性だ。気にするな」
「だぁかぁら、違うって言ってんだろー?!」
 ミカナギはイリスの腕をそっと解きながら、思い切り叫んだ。
 その叫びだけが、虚しく宿内に響き渡った。




*** 第四章 第二十二節・第二十三節 第五章 第三節 ***
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