第十二節  線路は続くよ、あなたへと。


 氷は深く深くため息を吐いた。
 目の前にはマントを引っ被った大小の塊……。
 微かに開いた隙間から可愛らしい目が覗いているだけのその姿は、プラットホームに立つ客達の注目を集めていた。
「お前等、見つかる気満々か」
 氷は普段の格好にサングラスを掛け、派手なバンダナを緩く巻いている状態。
 それに比べて、ツヴァイと伊織の姿は、変装というより仮装に近い。
「何を言っている。ワタシは露出が多いと目立つと聞いたから、こうして……」
「うぅ……ツヴァイに無理やり着せられたのぉ」
 伊織はグイッと顔の部分の布を除けて、泣きそうな顔で訴えてくる。
 マントに覆われていたせいか、いつもは元気なモヒカン頭がヘナリとへたっている。
「あ、伊織、ダメ」
「いいんじゃね? 伊織はまだ顔割れてねーだろ」
 氷は伊織のマントをすぐに脱がしてやり、はぁぁとため息を吐く。
 視線の先には怪しい塊、基い、ツヴァイ。
 ロボットというのは天然なのか。
 無知だからこそか、時々人間ならやらないことをやらかす。
 ホームの時計を確認し、気合を入れるように目を閉じた。
「おし、オレについてこい」
「え? 氷ちゃん、どうするの?」
「可愛くしてやるよ。あの似非笑顔男のセンスぶち壊すくらいに」
「……パパのこと言ってる?」
「ハズキ様の笑顔を愚弄するつもりですか」
「……お前さん、どこでそういう言葉覚えてくんの?」
 これから誘拐大作戦をやろうといるにしては、なんとも緊張感のないやり取りだなぁと、氷は心の中で呟いて虚しくなった。
 正直、こんな面倒な作戦などは好きではなく、全員氷らせて、それで終わりでいいのではないかとも思うのだが。
 一応、自分はハズキの技術力に頭を垂れたから……今は従うしかないわけだ。
 全てを終えたら、自分は天使に会いに行く。
 20年前、真っ暗な闇の中、宙を舞っていた天使に……今度こそ会いに行く。
 自分の部屋の明かりだけが、彼女を照らした。
 小さな天使は窓の外からこちらを見て、静かに笑った。
『あなたも……囚われてるの?』
 その言葉に、自分は強く惹かれた。
 強すぎる氷結の能力のために、外に出られなかった幼い頃の氷。
 そんな氷に、彼女の笑顔とその言葉は、十分すぎた。
 だから。
「オレのものにする」
 誰に言うでもなしに、氷は1人呟き、にぃっと笑みを浮かべる。
 その瞬間だけは、大人しくなったかと思われた彼の目にも、狂気が宿った。



 氷たちがホームから立ち去った後、ミカナギたちはバイクと車を預け終えて、ホームへと入ってきた。
 天羽が汽車を見た瞬間にポンと弾んだ。
 カノウも汽車に見惚れるように、ほわーと口を開ける。
 黒光りした流線型のフォルム。
 洗練されたデザインと、レトロの煙突のデザインが見事にマッチしている。
 客室車両のデザインも小洒落ており、荒廃したこの世界の乗り物にしては、随分と近未来を思わせる形をしていた。
 なるほど。
 街中で聞いた、この世界で一番贅沢な乗り物、という言葉も頷ける。
「ミズキ! ミズキ!!」
 天羽が突然そんなことを言って嬉しそうに笑うので、ミカナギは天羽翻訳機に尋ねる。
「なに?」
「この汽車たちの基本設計をしたのはミズキ様です。部屋にもいくつか案として作った模型がありますので、そのことを思い出したのかと」
 汽車たち、という表現がなんともアインスらしくて好ましい。
 ミカナギは納得して頷くと、切符を眺めた。
 イリスが脇からそれを覗き込んでくる。
「おわ、なに?」
「車両一緒だね」
 ミカナギに自分の切符を見せつつ、嬉しそうにイリスは笑った。
「青いなぁ。春だのぉ。小生にもあった、そんな時」
 横にいたニールセンがぼそりとそんなことを言うので、ミカナギの顔が耳まで一緒に赤くなった。
 ニールセンの首をすぐに絞める。
「恥ずかしいことをオレに聞こえるようにだけ言うな」
「皆に聞こえるように言うか?」
「や・め・ろ!」
「ならば、今ので正しいのではないか」
「正しくねぇ……」
 首を絞められても表情1つ変えないおっさんに、ミカナギははぁぁとため息を吐いて離れた。
 ニールセンはすぐに首をさすり、小さく、
「ああ、苦しかった」
 とだけ言った。
 このおっさん、いつか、マジで絞める!!
 ミカナギは心の中でそんなことを叫び、もう一度汽車を見上げた。
 そういえば、いつの間にかカノウがいない。
「カンは?」
「ああ、あそこに……」
 アインスは天羽がどこにも行かないように、後ろからきゅっと抱き締めた状態で、汽車の先頭部分を指差した。
 ミカナギはすぐに視線を動かす。
 すると、そこには確実に人格豹変中のカノウがいた。
 嬉しそうに車体に頬ずりしている。
「何、この肌触り! あーーー、この黒光り具合とか、このモーター音とか!! ふふふ〜、あー、ばらしたい。中身を見たいー」
「…………」
「カノ君って……」
 あからさまに違法者ですと主張してどうする!
 ミカナギはダッシュで駆け出し、すぐにカノウを確保して、皆の元に戻った。
「あー……ボクの、ボクの汽車ーーー」
「お前のじゃないから」
 名残惜しそうに手足をバタバタさせるカノウの体を、すぐに地面に下ろして、軽いチョップを3回。
 叩かれたカノウは涙目で頭をさすった。
 アインスがカノウのその様子を見て、口元をふわりと浮かせ、目を細めた。
「あちらに着けば、いくらでも見られますよ。ミズキ様は、あなたのような方が好きですから、喜んで見せてくださるかと」
 その表情を見て、イリスの顔が赤らんだ。
 ミカナギたちも驚くように動きを止める。
 天羽だけがアインスに抱き締められているので、それが見えず、みんなの表情を不思議そうに見ていた。
「今、完全にわらっ……」
 カノウが言いかけたけれど、イリスがミカナギの傍に寄ってきて、真面目な顔で言った。
「ごめん、ミカナギ君。今、不覚にもお姉さん、アインス君に転びかけた」
「そんな告白要りません」
 ミカナギはため息を吐いてすぐにそう返す。
 イリスは楽しそうにアインスを見つめ、にっこりと笑いかける。
 もうアインスはいつも通りの無表情に戻っていた。
「無愛想そうだけど、言葉遣いが柔和で、無愛想だからこそ時たまの笑顔が映えるのね。アインス君、グッジョブだわ」
「……はぁ。ありがとうございます」
 笑顔で親指を立てるイリスに対して、アインスも無表情で親指を立て返す。
 その横でやり取りを眺めていたニールセンがぼそりと言った。
「青年2よ、小生よりも先に、女性の心を奪うな」
「? はぁ」
「おっさんのどこに女性の心を奪う要素があるんだよ」
 アインスが別段つっこまないので、ミカナギが代わりに突っ込んだ。
 ニールセンがヒゲをさすって楽しそうに笑う。
「ヒゲとか」
「無精ひげだろ。剃れよ」
「何を言う。これはこだわりの長さだ」
「……ふーん」
 ミカナギはなんだか突っ込み続けることにだるさを覚えて、そこでやめる。
 すると、ニールセンはミカナギを見上げた状態で停止した。
「こら、青年」
「ぁんだよ」
「小生はこれより、このキュートな髪と、渋い細目について語る気満々なのだ。年上を敬え」
 ミカナギはニールセンの言葉にため息を吐く。
 ……なんだろう。
 なぜ、このおっさんにこう言われると、一気にやる気というものが削がれていくのだろう。
 ニールセンは結局突っ込んでこないミカナギを、寂しそうに見つめて、すぐにアインスに視線を移した。
「青年2よ、青年が冷たいぞ」
「そうですね。ダメですよ、ミカナギ」
「なっ、なんで、オレが責められてるんだよ!」
「あはは〜、お兄ちゃんが困ってるぅ」
 そんなくだらないやり取りをしている間に、ホーム内の発車五分前を知らせるベルの音が鳴り響いた。
 汽車に乗った後、車内の天国具合に6人は驚くのだが、またそれは別のお話。




 トワは汽車乗客リストにアクセスして、『ミカナギ』で検索を掛けた。
 相変わらず、無断アクセス……。
 プラントのシステムを管轄しているとはいえ、職権を濫用しすぎではないのかと、きっとそのうち誰かに怒られるだろう。
 ぽわ〜んとホログラフボールが優しい光を発した。
 トワはそれを見てすぐに頬を緩ませ、静かに呟く。
「もう……少し……」
 トワの澄んだ紫色の目に、『ミカナギ』という文字が、綺麗に映りこんだ。




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