第十五節  私たちの在り方。


 ミカナギはプラント内部の構造の説明を聞き流しながら、ぼーっとしていた。
 プラント内部についてのことは何と言えばいいのか分からないのだが、説明を受けなくても感覚で分かることができそうな、そういうどこから湧くとも知れない自信があったからだ。
 実質、ミズキとカノウが意見交換をしている場面が多く、ミカナギは欠伸を噛み締めた。
 大事な時なのは分かっている。
 分かっているのに、そちらに集中できない。
 なぜなら、記憶の大半を占めていた人が……。
 シューーーーンと音を立て、部屋のドアが開いた。
 トワが紫色のショールを肩から掛け、中へと入ってくる。
「揃ったわね。行きましょう」
 トワはそう言って、すぐに踵を返す。
 呆気にとられているカノウに気がついたのか、ミズキがすぐにトワを呼び止める。
「こらこら、遅刻の謝罪は?」
「? だって、私は作戦を聞く必要がないもの。別に遅れたって問題ないところじゃない」
「トワ……」
 ミズキははぁぁとため息を吐き、眼鏡を掛け直す。
「すまないね。ここ十年、まともに人と接してなかったものだから、微妙に感覚にズレが出ているようなんだ。昔から、ズレている人ではあったんだが」
「何よ、人を変な人みたいに……」
 トワがその言葉に唇を尖らせる。
 ミズキがミカナギを見て、うっすらと笑った。
「変な人、だよねぇ? だって、姫だし」
「え、あ、ああ。……だな」
 ミカナギはそう話を振られて、困ったように眉をひそめた。
 そんなことを言われても、どう返せばいいのか難しい。
 トワがミカナギを見て、怪訝そうに目を細める。
 サラリと髪を掻き上げ、ふぅとため息。
「どうでもいいから行きましょう? 時が惜しい。どうせ、ミズキは私をからかうのが好きなだけなのだから」
「酷い言い様だなぁ……そうは思わないかい? カノ君」
「え? あ、は、はぁ」
 ミズキに突然イリスのような呼ばれ方をしたので、動揺したようにカノウは目を細めた。
 矛先をこちらに向けないで欲しいという気持ちが、容易に読み取れる。
 カノウはミズキを見上げて、何か思うように唇を噛み締めた。
「ま、まぁ……内部の地図も頭に入りましたし、とりあえず、行きましょうか」
「え? もうかい? カノ君は優秀だなぁ。僕なんて未だに迷子になることがあるっていうのに」
「ミズキ……」
 ミズキの飄々とした言葉に、すぐさまトワが突っ込みを入れる。
 ミズキはポリポリと頭を掻いて、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃ、行こうか」
「ミズキ、ハウデルたちは?」
「ん? ……そこまで、大事にはしたくなくてね。今回は声掛けていないんだ」
「……そう」
 トワは目を細めてその場に立ち尽くす。
 ミズキの兄としての甘さに呆れているのか、それとも、彼の複雑な心境を察してあげているのかはわからないけれど。
 ミズキはいつも通り白衣姿で、一応その中にビームを反射できる薄手のシャツを着込んでいるだけだった。
「僕は見れば分かると思うけど、文科系なんで、よろしく頼むよ、ミカナギ」
「ん? ああ」
 ぽんと肩を叩かれて、ミカナギはすぐに頷く。
 カノウも先程渡されたシャツをパーカーの下に慌てて着込み、ロッドとその他諸々発明グッズの入ったウェストポーチを装着し直した。
 戦う気満々。
 目の前で好きな人を奪われたのだ。
 カノウにも、プライドがある。
 震えを抑えるように何度も何度も深呼吸をするカノウを見て、ふっと笑みが浮かんだ。
「足手まといが3人か。こりゃ大変だなぁ」
 ミカナギは茶化すようにそう言い、跳ねるように立ち上がった。
 トワがすぐにそれを否定する。
「足手まといは2人よ? これでも、私、プラント内最強の武器所有者だから」
「そう。ま、どのみち、動きづらいのには変わりないよな」
 ミカナギはなるべく素っ気無い態度でそう返すと、コキコキと首を鳴らしてみせる。
 武器所有者は、どう見ても守備力がなさそうだからだ。
 トワはそれを聞いて、少し困ったように目を細める。
「あの、さっきは……」
 何か言いかけたが、ミカナギはそれに耳を傾けることなく、通り過ぎようとした。
 怒っているとかではなく、彼女に明らかに何らかの感情を抱いている自分に戸惑っているのだと、自分でもわかる。
 ミカナギは、感情なしで相手に欲情できるほど、本能的な作りをしていないのだ。
 ……それを分かっているから、戸惑う。
 すると、ミカナギの服をそっとトワが掴んだ。
「ちょっと待ってってば」
 その声で、ミカナギの足がぴたりと止まる。
 まるで、何かに支配されているように簡単に。
「あ、あなたに、返す物があるの。帰ってくるまで預かってって、あなたが言ったものよ」
「え?」
 素早くトワがミカナギの手を取って、パチンと手首に何かをはめた。
 ミカナギはすぐにそれを確認するように見つめる。
 太陽をモチーフにした赤いバングルだった。
「……遅くなったけど、…………お帰りなさい…………」
 トワはそっと目を細めて笑った。
 ミカナギはその笑顔に生唾を飲み込む。
 どう接すればいいのか、わからない自分が申し訳ない。
「無事で、良かった……」
「…………。すまん」
「え?」
「忘れて、すまん」
「…………」
「思い出せなくて、すまん」
「…………」
「どうすればいいか、わかんなくて……悪い……」
 ミカナギは目を細めて、思いつく限りそう謝る。
 トワがそれを聞いて、困ったように首を傾げてみせた。
「どうして、謝るの?」
「え?」
「あなたが記憶を失った原因が、どこにあるのかも分からないのに、謝る必要なんてないわ」
「…………」
「それだけの重みが、あなたにあった。それなのに、私はあなたを独りにしてしまった……。私にはあなたに謝られる資格はない」
 そっとトワの手が、ミカナギの首を抜けて、後頭部に触れた。
 優しい手が、幼子を慰めるように動いた。
「……私は、いつものペースで動くわ。だから、あなたも、今のあなたらしく反応して?」
 トワはそう言うと、ゆっくりとミカナギから手を離した。
 踵を返し、トワは歩いてゆく。
 ミカナギはその細い背中を見つめる。
 彼女が見透かしてくれたことが嬉しかった。
 自分の戸惑いを、見透かしてくれているのだと分かって、ほっとした……。
 すると、ミズキがミカナギの傍まで来てからかうように言った。
「なんだい。折角2人きりにしてあげたのに、そういう話は1つもなかったのかい? 全く、こんなところで見せ付けられると目も当てられないなぁ」
 そう言って、ミカナギの脇をすり抜けてゆく。
 その後にカノウ。
「あのさ、ボク、思ったんだけど、トワさんって……イリスさんに似てるよね?」
「え?」
「あ、いや。昨日トワさんと話してて、イリスさんに悪いこと言っちゃったなって、思ったんだ……。それでつい」
 カノウは静かに目を細め、ミズキの背中を見つめる。
「あと……ミズキさんって、もしかして……」
「ん?」
「ううん、なんでもない。……行こっか!」
 カノウはミカナギの顔を見て、言いかけた言葉をしまいこみ、元気よくそう言って笑った。
 ミカナギはそれを見て、白い歯を見せてニッカシ笑った。
 元々カノウには図太い強さがあったけれど、最近はそれ以外にも、世界に順応するための打たれ強さが加わったように思う。
 それを思うと、なんだか、嬉しいような心地がしたのだった。

 目標:天羽とアインスの奪還。

 照準は定まった。
 あとは、戦うのみ!




*** 第六章 第十三節・第十四節 第七章 第一節 ***
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