第七章 君は僕の誇りであり、僕は君の誇りだった、の章 第一節 太陽の光受けて輝くは…… ハズキの居住スペースに入り、4人は少しばかり周囲の様子を窺った。 トワがプラントのシステムに偽の画像を送信し続けているので、例え戦闘になったとしても、大事にはならない。 この居住スペース内で起こる出来事に、一体何人の人間が関与することになるのか。 問題はおそらくそこだけだと思う。 廊下を抜けて、少しばかり拓けた広場に出る。 「待ち伏せするなら……ここが適当……なはず」 ミズキは真面目な顔でそう言い、眼鏡をカチャリと掛け直した。 ゆっくりと周囲を見回す。 「ご明察」 男の低い美声がその場に響き、周囲の空気がキリリと冷え込み始める。 ブルリと、トワがすぐに体を震わせた。 なので、ミカナギは自分が着ていたバトルジャケットを脱いで彼女の肩に掛けてやる。 「あ、ありがとう」 「いや。裸足だし……寒いだろ?」 「だ、大丈夫よ……」 トワは気を張り詰めるようにそう言って、そっとミカナギのジャケットに袖を通した。 ミカナギはマフラーを巻き直して、鼻の頭をこする。 ……本当に寒くなってきた。 そんな中、突然、轟音が響いて、槍を持ってツヴァイが飛び出してきた。 ミカナギはカノウの体をポンと横に押し出しながら、腰からビームサーベルを抜き、素早くツヴァイの槍の攻撃を受け止める。 ツヴァイの足から噴出する煙は量を増し、ギリギリとミカナギの腕を圧迫してくる。 「く……」 やはり、ロボットの力は強い。 「……ツヴァイ、まさか、君がこんなことに絡んでくるとは……」 ミズキが悲しそうにそう言葉を漏らしたのが聞こえた。 ツヴァイが視線はミカナギに向けたままで答える。 「はじめから、ワタシはお前の技術と対するために造られた。何も、不思議はない」 「…………」 ミズキはその言葉を聞いて、一層悲しそうに目を細める。 ミカナギはすぐにツヴァイに声を掛ける。 「少しは何か学んだか? お嬢ちゃん!!」 ミカナギは素早くツヴァイの攻撃を受け流し、柄でガシンと彼女の背中を叩いた。 特に効いていないのは分かっているが、加減をした戦い方では、これが限界だ。 「ロボットは……戦う為に造られてはならない……」 ミズキは悔しそうに唇を噛み締める。 「例え、どんなに強い力を持ったとしても、扱い方を誤ることのないように、僕たちは考えなくてはならない」 「ミズキさん……」 「ハズキが……父との約束を破っているのなら、僕は……」 ミズキはぐっと拳を握り締める。 トワがすぐに叫んだ。 「ここは私とミカナギに任せて、行きなさい!」 その言葉に弾かれるように、ミズキはタタタッと駆け出す。 ミカナギもすぐにカノウに指示を出した。 「ミズキを頼む!!」 「う、うん! なんとか頑張るから、出来るだけ早く追いついてきてね」 「分かってらぁ!」 ミカナギは素早くツヴァイから離れ、トワの傍まで後ずさると、サーベルを構え直した。 「お前は危ないから退がってろ。オレが前に出るから、援護を……」 ミカナギが気遣うようにそう言おうとした時、氷の刃が幾重にもなって飛んできた。 トワは胸に抱いていたホログラフボールを掲げて、光を発させる。 広場に設置されている監視用ビームから、一斉掃射が始まり、その氷の刃はミカナギに触れる直前で全て打ち落とされた。 ミカナギはそれを目の当たりにして、すぐにトワに視線を動かした。 トワは楽しそうに笑って言う。 「誰が、危ないって?」 彼女は楽しそうに目を輝かせていた。 こういう展開大好きなのと言わんばかりに満面笑顔。 ミカナギは口元がひくつくのを感じた。 そういえば、ミズキがズレた人だと言っていた。 自分もイリスにズレていると言われたが、彼女は明らかにその上を行っているらしい。 「あ、いや、失敬。背中は任せる。兎環、さん……」 「……今度、『さん』付けたら、誤射するかもしれないから気をつけてね?」 トワはそう言って、ゆっくりと前を向いた。 ミカナギの背中を冷や汗が伝う。 今、遠回しに、『お前いつまで他人行儀にしてんだよ、この野郎』と言われた気がする。 前と違う面については、言及しないと言っておきながら、これ、か。 なんとなく、彼女の人となりが、自分の中でバラバラにある記憶の中のものと一致してゆく。 「りょ、了解……」 ミカナギはそう答えて、すぐにツヴァイに向かって飛び出そうとした。 けれど、そこに床に出来始めた氷の塊を踏みつけながら氷が出てきた。 ミカナギは白い息を吐き出す。 「……キサマ……」 氷は寒さなどなんでもないように笑い、トワに一瞥くれた。 そして、すぐにミカナギに照準を合わせる。 「オレの女(予定)連れて歩いてんじゃねぇよ、兄弟」 ミカナギは氷の言葉に首を傾げる。 こんな男に兄弟と呼ばれる筋合いなどどこにもない。 氷はその様子を見て、ククッとおかしそうに低く笑い声を漏らした。 「知らねぇのか? まぁ、オレも知らなかったから仕方ねぇかな」 クルリと柔らかそうな銀の髪を弄び、笑いながらミカナギを見据えてくる。 けれど、向かっている先はトワの立っている場所で、ミカナギはすぐにそれに立ち塞がった。 「……何のつもりだ?」 「それはこっちの台詞だな? どけよ、チビ」 氷は若干自分のほうが高い背のことを持ち出して、そんなことを言った。 この2人はどちらも背が高いので、チビも何もないのだが。 「オレ様はトワに用があんだよ」 「兎環はお前に用ないってさ」 「ぁんだと。凍てつかせんぞ、コラ」 「出来るもんならやってみろ」 ミカナギは素早くサーベルを振り上げ、牽制するように振り下ろした。 氷は素早く後ずさりそれをかわしてみせた。 すぐに手を振り上げ、氷の刃を投げつけてくる。 ミカナギはそれをサーベルで払いのけ、氷の懐に入って、思い切り体当たりをして吹き飛ばす。 しかし、氷も衝撃を和らげるために後ろへ下がったのか、あまり手応えを感じなかった。 「へっ……この前みたいに斬ってくるかと思ったら、どうしたんだよ? そんな攻撃じゃ、オレは退かないぜ? ツヴァイもな」 「…………。天羽とアインスはどこだ」 「さぁ? オレはお前と戦えりゃそれでいいんで、知らないね。ツヴァイなら知ってるかもしんねーが、おそらく口は割らないな」 口元を吊り上げて、ミカナギを見下すように笑う氷。 トワはその間、何も言葉を発さなかった。 ツヴァイもミカナギと氷のやり取りをじっと見つめているだけ。 トワに攻撃を仕掛けようとは、何故かしなかった。 ミカナギはフゥ……と白い息を吐き出す。 さすがに冷える。 どうやら、氷が戦いやすいようにこの一帯の温度を下げているのか、もしくは、氷がこの空間を形成しているのかはわからないが、どっちにしても、長引けば凍えるのは必死だ。 ミカナギはブルリと体を震わせて、一度トワの傍らまで後ずさった。 作戦なしで戦うには、無理がある。 「兎環、ちょっと作戦会……」 しかし、トワは氷を見つめて不思議そうに首を傾げているようだった。 ミカナギはそれを見て、凍りかけている睫をパチパチと動かした。 「ど、どうした?」 「……え? あ、えっと」 トワはミカナギの問いに、ぼーっと視線を寄越し、けれど、すぐに氷に視線を戻す。 「男前になったからな。見惚れてんじゃん? これでも、オレ、女にはもてまくりだからな」 自慢するようににぃっと笑ってそう言う。 冷たい激情家の印象が、その瞬間に崩れる。 トワに対しての表情だけ、まるで子供のように無邪気だった。 「…………」 トワは呆然と氷を見つめている。 ミカナギは目を細めて、もう一度問う。 「どうしたんだよ?」 「…………。誰?」 トワはコテンと首を傾げて、悪びれもせずにそう言い切った。 空間は凍えるくらい寒いのだが、それ以上に、彼女のその言葉は、その場を凍らせる結果となった。 ミカナギはトワのその言葉に、驚いて目を丸くした。 そして、その後にぶっと噴き出す。 「ぎゃははは、あれだけ大口叩いといて……!!」 ミカナギは場も弁えずに笑った。 いや、笑わずにはいられなかったし、何より笑わないと、氷が不憫に思えた。 だが、そのミカナギの笑い声に、氷は顔をカァッと赤くした。 目に血の色が宿る。 「……覚えて、ないのか?」 「…………。会ったこと、ある?」 「…………」 悪びれることのないトワの言葉に、氷は沈黙した。 そして、次の瞬間、床を蹴って、バキリとミカナギの顔を殴りつけてきた。 「いつまでも馬鹿笑いしてんじゃねぇよ!」 その言葉と一緒にミカナギの体が勢いよく吹っ飛んだ。 ズシャシャ……と氷の膜が薄く張っている床の上を滑る。 「ミカナギ!!」 心配そうにトワが叫ぶ。 そして、すぐに氷に対して一斉攻撃を仕掛けようと、ホログラフボールを掲げようとしたが、それよりも早く、氷がトワの手を取った。 トワはそれを拒絶しようとしたが、握る力が強かったのか抵抗が出来ないようだった。 「離して! 私、あなたなんて知らないわ!!」 「だったら、覚えろ」 「え?」 トワの手は離さなかったが、氷は力を思い切り込めることなく、大事なものを扱うように、トワの髪を透かした。 「オレは、氷だ。1回会ってる。オレはあの時名乗らなかったし、体もでかくなっちまったから、思い出せなくても仕方ねー」 「…………」 「氷だ」 真っ直ぐにトワを見据えて、トワの指先にそっと口付ける。 「ずっと探してた」 氷の声は真摯だった。 まるで飲まれるように、トワも言葉を発さなかった。 ミカナギはパチパチと星が弾ける視界を、フルフルと頭を振ることで取っ払い、すぐに立ち上がった。 床を蹴り、ガシリと氷の顔を殴り返す。 殴られる瞬間、トワの手を離したのか、氷だけが床を転がっていく。 その時の氷の気遣いに気が付いて、ミカナギは我に返った。 しまった。トワのことも考えずに殴ってしまった。 もしも、今氷が手を離すタイミングが外れたら、トワの体も同じように床に伏していたかもしれないのだ。 そう思った瞬間、氷に対して劣等感が湧いた。 自分の中で湧き上がってしまった憤りを抑えることが出来なかったのだ。 トワに触れるなと、その感情だけが先走った結果だった。 「ミカナギ、血が出てる……」 トワが心配そうにミカナギの頬に手を寄せてきたが、ミカナギは明るく笑って、血を拭い、彼女の手を避けた。 「大丈夫だ。心配してくれてサンキュ」 「……別に。あなたをいじめるのは私の特権なだけで……」 トワは手を避けられたことが気に食わないように唇を尖らせて、ぽそりと小声でそんなことを言った。 ミカナギはふっと噴き出し、彼女の言った通り、今の自分で浮かべることの出来る言葉をそのまま返す。 「それじゃ、ご主人様。ご指示をドーゾ?」 「ちゃ、茶化さないでよ……」 「ふふん」 「もう、だから、腹立つのよね、あなたって。いつも逆撫でる事ばかり」 「あなたが素直じゃないから仕方ないんじゃない?」 「あなたとか言わないで。あなたがあなたって言うと、気味が悪くて仕方ないんだから」 「前のオレと比べないって言ったじゃん?」 「悪意を感じるのよ、あなたのあなたは!」 「……ちぇー」 「ちぇー、じゃない!」 トワは不機嫌そうにミカナギの額をスパコンと叩いた。 ミカナギは叩かれた箇所をそっとさすると、フゥ……と息を吐いた。 息が更に白く濃くなっている。 「まぁ、とりあえず、終わらせないと、な……」 ミカナギは真面目な顔になって、サーベルを構え直そうとした、その瞬間だった。 トワが何かに気が付いたように、ふっとツヴァイに視線を動かす。 そして、ミカナギの腕をきゅっと掴んで思い切り、自分のほうへと引き寄せた。 油断していたミカナギの体は簡単にそちらへと動く。 「な、なんだよ?!」 ミカナギが叫ぶと、トワはすぐにミカナギの広い背中に隠れて叫んだ。 「盾になりなさい!!」 「はぁっ?!」 ミカナギは意味も分からず、ツヴァイに視線を向ける。 すると、ツヴァイが胸をパカリと開いて、こちらへと小型ミサイルを放ったのが見えた。 |
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