『申し訳ありません……。 おれは、あなたの夢を叶える人型ロボットとして、失格です。 それでも、あなたの願いを叶えるから。 だから、要らないだなんて言わないで。 何番目だっていい。 あなたがおれを大事だと言ってくれる度、それはおれの存在する意味となる。 魂無き存在でも、あなたは尊んでくれる。 あなただけが、おれの価値を導いてくれる人だった。 ミズキ様……おれは、あなたのためならば、たとえ水底に沈んだとしても、あなたを生かす道を考えます。』 第十一節 血まみれのお兄ちゃん 『おはようございます、ミズキ様』 『ああ、おはよう、アインス』 『アインス?』 『そう、お前の名前だ』 『…………。了解しました。アインスですね』 自分の回路にインプットするように、アインスはしばし沈黙し、そう答えた。 ミズキは優しい目でアインスを見つめ笑ってみせる。 『アインスとは、一番を意味する。最初で最後のプロトタイプだ。お前が覚えたこと、学んだこと、それら全てが、今後の研究で活かされ、人々の役に立つことになる』 『最初で最後?』 『ああ。……ただ、もう少し時期を見ることになりそうだけどね。でも、大丈夫。その分、僕が色々な知識をインプットしておいたから。しばらくはその中のどれをお前が選び出したのか、そのへんのサンプリングから始めよう』 『了解しました』 『…………』 『何か?』 『いや。えーと……1つだけ言っておく。僕は、お前を1つの命として考えている。だから、もしも、壊れることがあれば、僕はお前を修復することはない。何よりも優先すべき命令を、今ここで伝えておく。しっかりと刻んでくれ』 『はい』 『自分の命を投げ出すな』 『いのち』 『そうだ。お前のここに在るものは』 ミズキは静かにアインスの胸に触れてみせる。 そこにはモーターと回路が詰まっている。 『大切な命だ。何度も造れるものだと、思わないでくれ』 『造り出すのは簡単では?』 『ああ。……それでも、これが僕のけじめなんだ。アインス、だから、お前にもそれを徹して欲しいんだよ』 『了解しました。努力します』 『努力しますか。任せてくださいという言葉は選び出さなかった。それがお前だね? わかったよ。ああ、努力してくれ』 ミズキはふわりと笑み、ポンポンとアインスの背中を勢いよく叩いた。 アインスは特に動じずに、ミズキの景気づけをしっかりと受け止めた。 * * * * * * * * * * 「あんなに会いたがってたくせに、何やってんだ、バカヤロウ!!」 ミカナギは勢いよく叫んだ。 ミズキの左腕がプラプラと微かに動いているのが見えて、急激に怒りが込み上げた。 アインスの胸倉を掴んで睨みつける。 知っている。 どんなに抑揚がなかろうと、目の前の、このロボットが、どれほどミズキを敬い、どれほどミズキだけを欲しているのかを知っている。 アインスは……何よりもミズキに会いたかった。 そんなのは手に取るように察せる。 なのに、どうしたというのだ。 「何やってる? お前、何やってんだ?! 誰のための一番だよ? 誰の誇りを護るんだったよ? しっかりしろよ!!」 ミカナギは旅の最中アインスが口にした言葉を思い出すようにしてそう叫んだ。 アインスはその言葉に動じることなく、ミカナギの手をパンと払う。 「……アインス……」 ミカナギは眉根を寄せてアインスを見上げる。 ミズキの言葉を察する。 そう、彼はアインスではないのだ。 アインスでありながら、アインスではない。 プログラムをいじられたのか……。 「ロボットの脆弱性……ってやつだよ。書き換えられれば、その前までお掃除ロボットだったのが、その後はお料理ロボットになることだって簡単だ。兵器を積むほど護りたいものなのだったら、人を傷つけてはいけない、なんて言葉をアインスにインプットするべきではなかったんじゃないかな、兄さん。あれが明らかなバグを生んでいたよ。よく、今まで彼の回路が止まらなかったなと感心するほどさ」 「そのバグは一応回避できるように細工しておいたからね……」 「ああ、そうだったの? ごめんごめん、邪魔だったからそのへんのプログラムは全て消去しておいたよ」 「…………」 ハズキが見下したように笑ってそう言うと、ミズキが悔しそうに俯いた。 どんなに想いがあろうと、アインスの中身が変わってしまったのであれば、どうしようもない。 それはプログラムを組める者ならば容易に分かることだ。 それでも、ミカナギは我慢できずにアインスの胸倉をもう一度掴んだ。 「伝えること山ほどあるだろ? お前の口から全部話せよ。お前の口からオレたちのこと紹介してみせろよ!! お前の目に世界はどう映ったのか、それ全て、ミズキは知りたいはずだろ?!! お前がどれだけ成長したのか、お前が自分で伝えろよ! アインス……しっかりしろよ……」 プログラムなんて超える。 彼ならば、自分の思考を構築する大元すら超越した存在になるのではないかと、心のどこかで思っていた。 なぜならば、アインスが不思議なロボットだったからだ。 何よりも真面目で、何よりも誠実で、……そして、何よりも慈愛に満ち溢れている。 『お前さんは、愛されて作られたんだなと、思ってな』 『当然です』 アインスは何も惑うことなく、そう返してきた。 愛を注いでくれるたった1人の人を、誰よりも貴んでいたのはアインス自身だ。 「ミカナギ……離してください」 アインスはミカナギの腕を掴んで、なんとかミカナギの腕を除けようとするが、どんなに強く握られてもミカナギは離さなかった。 すると、アインスの目が怪しく閃いた。 「離してください。……でないと、攻撃してしまう……」 その言葉を受けても、ミカナギは離さなかった。 ビリビリと肌を電流が走るように寒気が走る。 アインスの顔には元より表情がなかったが、それとは違う。 ぼぉっと見つめるその目が、異様だった。 アインスの左腕が持ち上がり、ハンマーへと変化した。 それがミカナギ目掛けて振り下ろされるかと思った瞬間だった。 「ミカナギ!!」 トワが後ろで叫んだ。 その言葉の意味はすぐに察する。 けれど、ミカナギはその声には応えなかった。 いくらなんでも、トワ、それは駄目だ。 ビームが一斉に発射される音がして、ミカナギはアインスの攻撃よりも早く、決死の思いでアインスの顔を殴りつけた。 ツヴァイ以上に重いその体が、ミカナギの馬鹿力で吹っ飛んだ。 ミカナギもすぐにかわすために横に飛ぼうとしたが、それよりも速くビームがミカナギを捉える。 ジジッと肌の焼ける感覚がして、床に倒れこんだ。 ジワリと頭が熱くなり、ポタタ……と床に血が滴る。 ミカナギは頭に出来た傷を押さえながら、ゆっくりと体を起こした。 血が耳元を通り、頬をかすめ、顎から下へと垂れる。 頭の傷のせいか痛みははっきりしないが、血の量から自分がしくじってしまったことはよく分かる。 「……嘘……」 トワの声。 ミカナギがそっと視線を向けると、トワはその場にへたり込んでしまった。 戦闘の時はこちらへの気配りなど皆無だったくせに、こんな時に何を動揺している……。 気遣うようにカノウがトワの肩に触れた。 ミカナギは酸素を欲しがる頭のために必死に呼吸を繰り返しながら立ち上がった。 少しクラリとして、視界が歪む。 「動揺すんな。平気だよ、このくらい……。つーか、手ぇ出すなよ、兎環」 ミカナギは怒りのままにそう言った。 明らかに今のは、ミカナギを護ろうとして放ったのだろう。 けれど、……アインスは味方だ……。 ミカナギの中ではそうなっている。 トワにとってはそうではないのか。 ミカナギの視線に、トワがビクリと肩を震わせる。 ミカナギの言いたいことがわかったのだろう。 トワがおどおどしながらぼそりと言う……。 「だ、だって……あなたには、スペアはいない……」 スペア……。 確かに、核さえ無事ならば、問題ない……。 きっと、トワのことだ。アインスの耐久度も計算の上で攻撃したのだろう。 「スペア? 馬鹿言ってんじゃねぇよ。はなから、そんなこと考えられっかよ」 ミカナギはため息を吐いてそう答え、ゆっくりとアインスに向かって歩き出す。 「それに」 ポタ……とまた血が落ちる。 アインスの耐久度は相当だな……とどうでもいいような言葉が浮かぶ。 「なめんな。オレがアインスなんかに負けるかよ」 息が上がる。 どうすれば、アインスが元に戻るかなんてわかりもしないけれど、とりあえず、まだ床に倒れているアインスの上に跨って、胸倉を掴み上げ、勢いよく床に叩きつけた。 それを何度も何度も繰り返す。 「よく、イリスがこうやってたからな。意外と叩くと感度良好になるんだ、不思議なことに」 にぃっと口元を吊り上げて、アインスを見つめる。 ポタリポタポタ……とアインスの透けるように白い肌に、ミカナギの血が落ちた。 それはまるで涙のように、アインスの頬を伝っていく。 「目ぇ覚ませ! バカヤロウ!!」 ミカナギの低い声が響き渡る。 アインスの目にミカナギの顔が映った。 「おれは……」 アインスが躊躇うように目を細める。 その表情の動きが、旅の中で見たそれに似ていて、ミカナギは安堵した。 安堵した途端、ミカナギの意識が途切れだす。 視界が黒くなったり、白くなったりして……何かに操られるように立ち上がった。 頭がクラクラする。 どんなに息をしても息苦しい。 そんなのの原因はよくわかっているけれど、自分の体を動かす存在については、相変わらず受け入れるだけで意味は分かっていない……。 その場でやり取りを見つめていた誰もが、ミカナギが次に何をするのか、わかっていなかった。 静かに状況を見つめていたハズキへと歩み寄り、右拳を振り上げる。 勢いよくハズキの顔をぶん殴り、垂れてくる血を拭った。 ハズキの体が勢いよく吹っ飛び、壁に背中をぶつけて、そのまま腰を落とした。 「っ……」 ハズキは何が起こったのかよく分からないような目で、ミカナギを見上げてくる。 ミカナギはハズキを殴った拳をそのまま覆い、ポキポキと鳴らした。 記憶の中から言葉を取り出す。 ハズキを見下ろして、怒りは確かに混じっていたが、それとともに優しさのあるような声が漏れた。 「こんな子に育てた覚えはねーぞ。何やってるんだ、お前」 ミカナギはそう言い切り、ふらりとその場に倒れこんだ。 敵でなく、トワの攻撃で倒れている自分が情けない……と思った。 「ミカナギ!」 慌てたように声を発して、ペタペタペタと駆けてくる足音。 心配するようにミカナギの額に冷たい手が触れた。 傷口を圧迫するように、こめかみに細い指が触れる。 「ちょ、ちょい頼む……。頭が回らん……。何かあったら、お前がアインス、止め……」 言い終える前に、ミカナギの意識が途絶えた。 |
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