第三節  思い立ったはいいが……


 天羽はゆっくりと目を開けた。
 視線の先には白い天井がある。
 目を覚ましてすぐに、それを目にすると、自分は戻ってきたのだと……そう実感する。
 ゆっくりと体を起こし、ミズキを探す。
 昨晩、これでもかというほど乱れていた部屋の掃除と整理整頓をして、その後に疲れて眠ってしまったのだ。
 叫ぶような声がして、天羽は寝惚けたままで起き上がり、コルトとミズキが口論している場面に出くわしてしまった。
 コルトが部屋を出て行って、天羽はすぐにミズキに尋ねた。
 けれど、ミズキはいつものように冗談口調で話し、天羽も同じように接した。
 ただ、とても痛そうな表情をしていたから、気が付いたら彼の頭をなでなでと撫でていた。
 そして……そして、その後……。
 思い返して、天羽の顔がカァッと熱くなった。
 怪我をしているため、抱き寄せる手は片方だけだったけれど、思い返せば思い返すほどこそばゆくなるような……そんなハニカミを覚えるような時間だった。
 旅の間に自覚してしまった想いが、それを覚えさせるのか……。
 天羽はそっと自分の頬に触れ、必死に顔の熱を冷ますようにさすった。
 ミズキはモニターを点けたままで、コンソールに突っ伏して眠っていた。
 結局、アインスのシステムを確認していて夜を明かしてしまったのか……。
 天羽にはモニターに映っているような文字の羅列は何ひとつ読めない。
 トワのようにコンピュータ知識を標準装備しているわけではなく、本当に天羽は無能な子として、この世に生を受けた。
 静かにモニターを眺めていくと、アインスのメモリに入っていた映像にも目を通していたのか、大きな砂時計の映像が出ているモニターもあった。
 天羽はそれを見てはっとする。
 ……ここから先を見られたら……。
 天羽は慌てて屈みこみ、ディスクの入っているデスク下を覗いた。
 モニタは5だったから、ディスクも5を抜き出せばいいはず……。
 ミズキの足にぶつからないように小さな体をデスク下にもぐりこませようとするが、さすがにデスク下はそんなに広い訳でもないので、もぞもぞと動くものの存在に気が付いたミズキが目を覚ました。
「ん……天羽……? 何やってるんだい? そんなところで……」
 眠そうな声でそう言い、椅子をギシリと鳴らして伸びをするミズキ。
 天羽は大慌てでディスク5の取り出しボタンを押す。
 ミズキには見られないように必死にディスクを体で隠しながら、デスク下から這い出て、勢いよく立ち上がり、きゃろんと笑った。
「な〜んでも♪ ご、ゴミがあったから、ちょっと」
 天羽は朗らかに笑いながら、背中に隠したディスクをキュッと握り締める。
「……そう。あ、おはよう、天羽」
「う、うん、お、おはよ〜☆」
 ミズキがニッコリと笑って言うので、天羽もそれに答えるようににゃっぱり笑った。
 ミズキがそれを見て、ふわりと目を細める。
「天羽は可愛いなぁ」
「ミズキ……」
「当たり前かぁ。僕の娘なんだから」
「…………。うん、そうそう。ミズキの設計はカンペキだもの」
 天羽はミズキの言葉に一喜一憂しながらも、表情には出来るだけ出さないようにして、そう答えた。
 けれど、天羽の言葉にミズキが悲しそうに視線を動かした。
「完璧……か……」
「どう……したの?」
「いや、なんでも。僕はもうしばらく忙しいから、ハウデルにでも言ってご飯を作ってもらいなさい。ああ、カノ君とニールセンさんにも声を掛けてね。……それと、トワも。ミカナギが目を覚ましていないとしたら、まだ医務室にいるだろうから」
「……うん、わかった。後で、ミズキにもご飯持ってくるね」
「……ああ、ありがとう、天羽」
「いいえ。かいがいしいでしょう?」
 天羽はミズキに対して、首をコテンと傾げて、顎に人差し指を当て、わざとらしくかわいこぶってみせた。
 それが、天羽に出来る精一杯。
 普段の自分が無意識でやっていることすら、意識してしまうと上手くできていない気がする。
 背中に隠していたディスクを、踵を返すのに合わせて、自分のお腹の前へと移動し、ゆっくりとミズキの部屋を出た。
 ディスクを持ち出してきたはいいけれど、ミズキが始めから順に見ているとは限らないという現実に気が付いた。
 天羽はそれに気付いて、困ったように目を細めたけれど、ミズキのあの態度を見る限りでは、天羽の気持ちを吐露したあのシーンには、まだ目を通していないと、思う。
 ……というよりも思いたいのだ。
 自分の想いが、自分の意図しない場所で相手に伝わるのだけは避けたい……。
 けれど、無断でディスクを持ち出したことなど、きっと、ミズキならばすぐに気が付く。
 天羽は目を細めて、唇を噛み締めた。
「どうしよう……」
 このディスクに刻まれた、ほんの一部分をカットしない限り、天羽はミズキにこれを返すことはできない。
 ……八方塞り……?
 天羽は指を口元に当て、悩むように唸り声を上げた。
 ああ、もう、自分の馬鹿。
 考えなし。
 とりあえず、気が付かれないうちに対応を考えなくてはいけない。
 天羽はディスクをポケットへと滑り込ませ、まず、ハウデルに声を掛けて、その後に一番遠い医務室にいるであろうトワを呼びに行こうと決めて、誰もいない廊下をパタパタパタと駆け抜けていった。




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