第六節 生きて欲しい。願う気持ちこそ、全てじゃないのか? カノウはアインスの腕のパーツを組み上げながら、修理に必要な部分を調査しているコルトに視線を動かした。 コルトは何度も頭を掻き、必死にあーでもないこーでもないと呟き続けている。 先程作業をしていたら、天羽が食事を持ってきてくれたので、カノウは一息つけたけれど、コルト自身は見ている限りではほとんど休んでいなかった。 「コルト、休んできたら?」 「あ? それどころじゃない」 「……そんなに急ぐことでもないだろ?」 「……急ぐ」 「なんで?」 「なんでって……ミズキさんを説得するにはそれくらいしか出来な……」 カリカリするようにそう言いかけて、コルトはそこで言葉を止めた。 大きな目を細めて、バツが悪そうに唇を尖らせ、腕を掻く。 「あー、なんでもない。うん、ちょっと休憩してくる」 コルトは眠そうに目をこすり、クルリと踵を返した。 けれど、振り返ったすぐそこにミズキが立っていて、驚いたようにコルトは慌てて立ち止まった。 カノウも手を止めて立ち上がる。 「ミズキさん。アインス、直りますよ。よかったですね」 「ん? あー、うん、そうだね」 カノウの屈託のない笑顔を見て、ミズキは気まずそうにそれだけ言った。 コルトが自分の体を抱き締めるように、細い腕を握って、ミズキと視線が絡まないように俯く。 「コルト、やらなくていいと言ったはずだよ」 「アタシは、絶対にその指示にだけは従わない」 「コルト……」 「アンタは、創るのだけが仕事なんだろうけど、アタシらエンジニアの仕事はそうじゃないんだよ」 「…………」 「アンタみたいに割り切れないし、直せるものは直すんだ。それがエンジニアの仕事だ。要望通りに作成して、完璧な状態を維持して、直す必要があれば直す。それができて、初めてエンジニアって大見得切れるんだ。だから、アタシはミズキさんの指示に従うつもりはない」 「従えなければ、僕の直下から外すだけだよ」 「そんな脅し……」 コルトはきっとミズキを睨みつける。 小柄なコルトが、ひょろ長いミズキを見上げている様子は、とても可愛らしかったけれど、そこには確かな迫力があった。 ミズキが少し考えるように目を細めてから、ゆっくりと口を開く。 「メモリディスクを返してくれないか」 「は? 何?」 コルトは意味が分からないように首を傾げる。 ミズキはすぐに表情を険しくさせ、声を荒げる。 「メモリディスクを返せと言っている!」 「……だから、何のことだよ?」 「キミしかいないだろう? アインス関連のデータを欲しがる人間なんて。どこにやったんだ?」 「……あのさ、話が見えないんだけど。眠くてこっちもイライラしてるしさ。意味わかんないこと言うの、やめてくんない?」 コルトは困ったようにため息を吐きつつ言い返す。 カノウはミズキの様子がおかしいことに気がついて、慌てて2人の間に入ろうとした。 けれど、それよりも早くミズキは右手を振り上げて、そのまま振り下ろし、コルトの頬を捉えた。 パシンと音が響き、コルトが頬にすぐに手をやる。 ミズキも、片手が不自由な状態であることもあり、少し体勢を崩しながら、自分自身の行動に驚いたように目を見開いた。 慌てたようにミズキはすぐに右手をキュッと握り締める。 「何すんだよ」 「あ、す、すまない。こんなつもりは……」 「ミズキさん、アンタ昨日からおかしいよ。アインスを直さないって言ったり、今日のことだって、結論が早いんじゃないの? 何? メモリディスクが無くなったの?」 カノウはサラリと言われた言葉に動揺して、コルトを見つめる。 コルトは真っ直ぐな眼差しでミズキを見据えているだけ。 叩かれたことなど、まるでなかったかのように、コルトは怯むことがなかった。 「天羽じゃないの?」 「天羽が、どうして、アインスのメモリディスクなんて持ち出す必要があるんだ」 「それだったら、アタシだってそうじゃん。アタシは、アインスのプログラムデータだったらインストールするために勝手に持ち出す可能性はあるけど、絶対にメモリディスクなんて持ち出さないよ」 「…………」 「ミズキさん、調子悪いんなら寝てなよ。無理して空回りされても、こっちは困るしさ。……それにアインスのことだって、そんな簡単に出していい結論じゃないじゃん。しっかり休んでから出してよ、結論。どれだけ考えても、アンタがそれしか浮かばないっていうんなら、アタシはアインスのハードだけ引き取るよ」 コルトはミズキの三角巾で吊られている左腕を気に掛けるような目をしたが、強気にそう言って、ミズキの横をすり抜ける。 カノウはすぐにコルトを追いかけた。 先程のアインスを直さないという発言が気に掛かったからだった。 「ね、ねぇ、コルト、どういうこと?」 カノウは小声でコルトに尋ねる。 けれど、コルトはつまらなそうに唇を尖らせて、ズカズカと前へ前へと歩いていってしまう。 「ねぇ、コルト……」 「……うるさい」 「うるさいって……」 「アタシが一番ショックなんだよ、黙れ……」 コルトはそう言うと、黙ったまますっと目の辺りを拭った。 そして、視線を上げ、ドアのところに立っている天羽を見て、コルトは静かに立ち止まった。 天羽は今にも泣きそうな顔で、そこに立っていた。 もしかしたら、立ち聞いてしまったのかもしれない。 「天羽……」 「どういう……こと?」 天羽が青ざめた表情で、そう呟き、すぐにミズキの元へと駆け寄って行く。 カノウがミズキに問えなかったことを、天羽は容易にミズキに問おうとしていた。 「ミズキ、アイちゃん直さないの? どうして?」 天羽の言葉に、ミズキはすぐに笑顔を返す。 「アインスを造った時から決めていたことなんだよ」 けれど、天羽は納得がいかないように唇を噛み締める。 カノウも天羽の隣に並ぶように歩いていき、ミズキを見上げた。 天羽は、アインスが壊れたのは自分のせいだと思っている部分がある。 彼女の性質上、それは絶対だ。 だから、アインスがロボットで、修理が可能な存在だったことは、彼女にとってはある意味救いであったに違いない。 けれど、もしもアインスが直らないならば、この子の心が傷ついたままになってしまう。 勿論、それだけのためじゃない。 アインスのことが大好きだから、こんなに悲しそうな顔をしているのだってことも分かっている。 こんな風に、気持ちがストレートに表情に出る人だから、好きなのだと思う。 「……僕は、アインスを本当にかけがえのない命だと思っている。だから、軽んじることなんて出来ない……。軽んじないために、そう決めていたんだ」 「そんな……」 天羽がすぐに言い返そうとしたけれど、ミズキが悲しそうに目を揺らすので、言葉を切った。 天羽は優しい子で、そして、ミズキが好きだから……。 あまり聞かないでくれと言いたげな彼の心すらも察してしまうのだろう。 だから、代わりにカノウが口を開く。 「なんだよ、それ」 「カンちゃん……」 「軽んじているのはどっち? さっき、コルトも言ってたじゃないか。直せるものは直すって。それは命だからじゃないの? 人間だって、本当に死ぬギリギリまで助けようとするじゃないか。死に抗おうとするじゃないか。それと一緒だろ? 違うの?」 カノウは被っていたニット帽を脱ぎ、真剣な顔でミズキを見上げる。 「確かに覚悟として必要だよ……1回しかないんだからって覚悟は必要だけど……。それとこれとは違うんじゃないの?! だって、こんなに……アインスのことを大好きなのに……」 カノウは唇を噛み締めて、悔しそうにそう言った。 言った瞬間、過ぎる。 『どのように思われても構わない。けれど……ミズキ様やプラントは、おれとは違います。それだけは信じてほしい』 『……元々、ボクはプラントに対して良い印象はないから気にしなくっていいよ』 『え?』 カノウはようやく立ち上がって振り返った。 背の高いアインスを首が痛くなるほど見上げて、不敵に笑う。 『元々、ボクはプラントに闘いに行こうとしてた人間だ。そんなに気にしなくっていいよ』 『……カノウ……』 『でも、印象だけで何もかも決め付けるのも浅はかだ。プラントに行くまでは、ボクはこれ以上は言わない。……君を罵るのもやめる。だって、結局のところ、ボクらが生きているのは、君が体を張ってくれたからだしね』 あの後、カノウはアインスに対して手を差し出し、意味を理解できないで停止しているアインスの手を握り締めた。 握手はした。けれど、カノウはまだアインスを認めていなかった。むしろ、嫌いだった。 ……その存在が怖かったからだ。 兵器を搭載し、それを使うことに躊躇いもしない。 それが可能な者が、この世に存在するなんて。……そんな思いに支配されていたからだ。 けれど、旅が進むに連れて、自覚する。 ……パーティーの誰よりも、アインスに対しての評価が覆ったのは、自分自身だと……。 もしも、今問われたら……、そう言えるのだ。 大好きだと。 プラントという空間がどうかなどということはまだ分からないけれど、アインスについて言及するならば……そう言える。 「想われる価値って知ってる? それはすっごい尊いんだよ。何気ない日常の中で、誰かの心の中で比重を増していくことは、意識して出来ることじゃない」 「…………」 「お願いです……。考え直してください!」 カノウはミズキをキッと見据え、そのまま勢いよく頭を下げた。 ずっと見てきた。 アインスを見てきた。 アインスはいつも冷静で、ロボットらしく状況を見据え、常に公正だった。 けれど、それに反して、人間の感情を察するという面を確かに見せる、不思議なロボットだった。 人間にとっての死というものは、このように突然訪れるものなのだということは、カノウだってわかっている。 けれど、それでも惜しいと思う心があるのなら。 ”生き返る”可能性があるのなら、その可能性を捨てることは、たとえ、人間であってもしない。 「あ、あたしからもお願い! だって、アイちゃんとやりたいことたくさんあるんだもん。見せたい物だってたくさんあるんだもん。……こんなのおかしいよ! 絶対におかしい。ミズキらしくないよ!!」 先程飲み込んだ言葉を吐き出すように、天羽はそう言って、ミズキの傍に寄った。 ミズキの白衣をきゅっと握り締めて、ミズキの心を見つめるかのように真っ直ぐに見上げる。 カノウは呼吸を止めて、ミズキの反応を待つ。 けれど、ミズキは反応に困るように目を細めるだけだった。 しばらく、そのままの体勢で、室内に沈黙が流れた。 けれど、その沈黙を破るようにトワのホログラフ映像がふわりと浮かび上がった。 「ミズキ、少し、お話しましょうか? 暇な時、いつでもいいから、ミカナギの部屋にいらっしゃい」 と、まるでミズキを子ども扱いするような、優しい話し方でそう言い、すぐにその映像は消えた。 |
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