第二節  ツヴァイの生まれた理由


 ミカナギはツヴァイに案内された外へ繋がるドアから一歩を踏み出した。
 汚れた外の風と、肌を刺す日差しに懐かしさを覚える。
 プラントに来て一週間。
 質のいい空調に統制された過ごしやすいプラントの空気。
 確かに快適ではあるのだが、外に出て実感する。
 自分の記憶が、外の世界から始まっているせいもあるのだろう。
 外に出ると、戻ってきた……と感じる。
 ミカナギはただ静かに目を細め、外の汚れた不味い空気を思い切り吸い込んだ。
 外に出るということで、長袖とジーンズという、外出用スタイルに着替えたツヴァイも続くように出てきて、無言のままスタスタとミカナギを追い抜いて先を行く。
 出てすぐに荒野というわけではなく、白の石畳が続いている……ように見える。
 ブーツでコンコンと蹴ると、軽い金属のような音が返って来た。
 100M程先には門のようなものが見え、ミカナギはポケットに突っ込んでいたバンダナとゴーグルを装着し、腰のサーベルを確認した。
 ツヴァイは全くこちらを気に掛けることなく、どんどん先へと行ってしまうので、慌ててミカナギは追いかける。
「おい、そんなに急ぐなよ!」
「急いでない。ワタシはこれが普通だ」
「さっきのハズキって奴の時はゆっくり歩いてたじゃん」
「ハズキ様なのだから当然だろう」
「……アイツが、お前を造ったのか?」
「そうだ。ワタシにとって絶対の存在だ」
「…………」
「お前は、前にこう言った。ワタシを可哀想に思うと」
「あ、ああ」
「可哀想とは何だ?」
 ツヴァイがそこでようやくミカナギを見た。
 ペリドット色の目は、全く感情など含んでいない。
 ガラス玉のように空虚だった。
「ワタシには意味が分からない。意味が分からないはずなのに、おかしいのだ」
「…………」
「ハズキ様はワタシにお前と関わるなと言った。それなのに、なぜ、案内など任せる? おかしい。お前が現れてから、ワタシもハズキ様もおかしい」
「わ……」
 ツヴァイの言葉にミカナギは右目蓋をそっと押さえた。
 思い出せないのだ……。
 そんなことを言われても、思い出せやしないのだ。
「わ?」
「わかるかよ……、そんなの」
「…………。そうだな。ハズキ様のお心など、お前にわかろうはずがなかった。それでは、可哀想とは何なのだ? これはお前が言ったんだ。こちらなら分かるだろう」
 ツヴァイは全く歩くペースを落とすことなく、淡々とそう言う。
 ミカナギはツヴァイのペースについていくように歩きながら、考え込む。
 ツヴァイは……アインスのように感情が分かるようには造られていない。
 だから、可哀想という言葉も、意味は理解できていたとしても、それ以上にはならないのだろう。
「お前さんが……愛されずに生まれてきたのなら、可哀想だと……確か、そんな風に言ったはずだ」
「愛?」
「自分の造ったものが傷つくことを何とも思わない奴なんて……この世にいて欲しくない。でも、いるかもしれない……いたとしたら、それはなんて悲しいことかって」
「…………。ハズキ様は、そんな方ではない」
「……っ……」
「そんな方ではない……。あの方のイメージ通りに動くことの出来ないワタシは愚かだ。けれど、あの方はワタシの行い全て、咎めたことは一度もない」
 ツヴァイはぼんやりと自分の手を見つめてそんなことを言った。
 ミカナギはツヴァイのその様子を見下ろす。
 一体、彼女は何を考えているのだろう。
 ロボットというものの思考回路とはどのようになっているのか。
 感情の存在しない世界で、思考というものはどのように動くのだろう。
 そんなことを考えていたら、あっという間に門へと辿り着いていた。
 門をくぐると、荒野が広がっていた。
 激しく風が吹きつけ、赤茶色の岩から細かい石を吹き飛ばしてゆくのが見える。
 ミカナギは目を細め、ゴーグルをしっかりと目に当てる。
「バイク取ってくりゃよかったな……」
「……走ればすぐだ……」
「それはお前のスピードでだろ?」
 ミカナギはツヴァイの言葉にすぐさま合いの手を打つ。
 ツヴァイはなんでもないようにミカナギの顔を見上げるだけで、ふぃっとすぐに視線を荒野へと向けた。
 なんとも、調子が崩れる。
 敵として対していたはずの相手と2人きりなうえに、道案内をしてもらっているというのがおかしな心地だ。
 ふーーと息を吐き出して、首を回すと、マフラーをジャケットのポケットから出し、口元を覆う。
 少々計算違い。
 近いと聞いて、随分な軽装で出てきてしまったものだ。
 ツヴァイがスタスタと歩いてゆく。
 ミカナギもすぐにそれに追いつく。
 そして、静かに言った。
「頼むから走るなよ?」
「わかった」
 敵対視するような態度と違い、その言葉だけは素直だった。
 そういえば、ハズキにもそう言いつけられていたか……と思い当たり、ミカナギは疑問を投げずに、ただ歩き続ける。
 トワに聞くはずだったツヴァイの話は、自分が見事に意識不明に陥ってしまったことで、お預けのままだった。
 何か忘れていると思ったら、その話だったらしい。
 しばらく歩いていると、バサバサ……とどこからか羽音がした。
 ミカナギは下を見ながら歩いていたが、前方に大きな影が突然現れたので、慌てて顔を上げる。
 ツヴァイは早くも槍を取り出していたが、ミカナギはその影の主を見て、ぎょっとした。
 人間の10倍はある、巨大な鷲。
 ただし、肌を覆うはずの羽毛はあまり見て取れず、爬虫類のような硬そうな肌をしている。
 熱帯化が進んだために突然変異した生物はいくつかいるが、これもそれの1つだろうか。
 ミカナギの頭の中に、昨日見つけて遊んでいたゲームのコマンドが浮かぶ。

 ぶん殴る
 逃げれ
 回復アイテム
 じゅもんとか

 トワの話ではミカナギが適当に組んで遊んでいたゲームだったらしいのだが、そのあまりの適当さに噴いて、自分で駄目出ししたのだった。
 とりあえず、叫ぶ。
「逃げれ!!」
「?」
 ミカナギは叫んですぐにツヴァイの手を取って駆け出そうとした。
 しかし、ツヴァイは全く動こうとしない。
 体は前に行っているのに、ツヴァイが動かないことで右手だけが取り残される。
「おいおいおい」
「走るなとお前が言った」
「…………」
 この緊急事態に何を言っているのかと、イライラしそうになるのを抑えて、ミカナギは叫ぶ。
「走っていい! 走っていいから、ここは逃げるの!!」
「……わかった」
 ツヴァイはその言葉に従うように今度は駆け出す。
 あっという間に加速して、ミカナギがズルズルズルと引きずられていく。
「いたいたいたい!! お前……ちょ、お前……」
 引きずられて擦った膝を押さえながら、なんとかツヴァイについていこうと必死でミカナギも走る。
「あんな奴、余裕で倒せるのに」
「は?」
「今まで、ワタシは奴に負けたことがない。いつも一撃で撃ち落していた」
「…………」
「初めて外に出た時、急いでいたのに前を横切られたから撃った。それから、タイミングよく、ワタシの前に現れるんだ」
「…………。おい」
「なんだ?」
「狙われてんの、お前じゃないのか?!」
「……そうだろう」
「そうだろう、じゃない! だぁっ、くそ、じゃ、倒せ!! 街までついてくんじゃん、このままじゃ!!」
「走るなといったり、走れといったり、倒せといったり……」
 その声には感情など何ひとつこもっていなかったが、まるで呆れているかのような言葉。
 ツヴァイは急停止すると、槍を収め、すぐにクルリと振り返った。
 ミカナギは手を離さなかったものだから、玩具のように振り回される。
 手をかざし、ツヴァイの掌から赤いエネルギーが放出される。
 チリチリと産毛が焦げた。
 鷲はそのエネルギーを受けて、ダメージを負ったのか、急激に失速し、高度を下げる。
 それを見て、ミカナギは呼吸を整えながら、膝をさする。
「はぁはぁ……あんな奴に喧嘩売るか、普通」
「喧嘩など売っていない。邪魔だったから撃っただけだ」
「あのなぁ……」
 ミカナギは口元をヒクヒクさせたが、ツヴァイは全く興味がないのか、聞こうともせずにミカナギの手を離して、飛び出していった。
 槍を空間から取り出し、ジェット噴射で飛び上がり、急激に高度を上げた。
 鷲の心臓部と思われる部分に、槍を衝き立て、素早く引き抜く。
 血しぶきと共に、鷲の体が地面に落ち、グシャリと少しばかり変形する。
 ツヴァイは顔についた血を何とも思わないように、宙に浮いた状態で、鷲を見下ろしている。
「これで……もう襲ってこられない」
 ミカナギはピクピクと翼を動かしている鷲を見つめて、眉根を寄せた。
 すぐに鷲にそっぽを向ける。
「……行くぞ、ツヴァイ」
「……はい」
「?」
 ツヴァイが余りに素直に返事をしてきたので、驚いて顔を上げる。
 ツヴァイはゆっくりと下りてきて、ミカナギの傍に着地すると、不思議そうなミカナギの顔をじっと見つめてくる。
「なんだ?」
「……いや、もう……意味もなく攻撃すんのはやめろよ?」
「……?」
「お前の力は強すぎるんだ。自覚しろよ?」
「…………」
「な? 頼むから」
 ツヴァイの目を真っ直ぐに見つめて、ミカナギは言った。
「…………。ワタシは……」
「ん?」
 ツヴァイがミカナギから視線を外して、すっと胸の辺りに触れる。
 ミカナギはそれをただ見ているだけだった。
 ひゅぅぅ……と風が吹き、ツヴァイとミカナギの前髪が揺れる。
「ワタシは……破壊するために造られた」
 その声は澄んでいた。
 彼女の声はいつでも澱みがない。
 だから、時折、そぐわない言葉に、ハッとさせられる……。
「そんなの……」
「大切な任だ」
「……ツヴァイ」
「大切な任なのだ」
 ツヴァイはミカナギの目を見て、それだけをしっかりと言った。
 ミカナギは何も言えずに、ツヴァイのガラス玉のような目を見つめ返すしかなかった。




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