第十節 クラウンオブプリンセス ミカナギは部屋で1人う〜ん……と頭を抱えていた。 飛行機の設計図はなんとか形になった。 コンピュータにインストールされていたソフトを四苦八苦しながらいじくって、現在画面には飛行機の完成イメージがしっかりと映っていた。 ……だが。 「飛行機がもし出来たとしても、目的地があれじゃなぁ……」 ミカナギははぁぁ……とため息を吐き、ガシガシと頭を掻き毟る。 思い出されるのは数日前。 ツヴァイに連れて行ってもらったスモッグの上で見た風景。 あるはずの虹がどこにもなかった。 トワを連れて行ってあげると、約束した虹はなかったのだ。 一体これがどういうことなのか、それを考えても分かりはしない。 トワも言った通り、記憶のない自分では踏み込めない部分なのだ。 きっと、全てを思い出せば、全てを理解できる。 今まで、どんなことが起こっても、すんなりと受け入れられた自分の頭が答えを教えてくれないのは、本当に今回の件について分からないからなのか、記憶のない自分に教えることを拒んでいるからなのか、不明だが。 もしも、わからないのだとしても、記憶を取り戻せば、調査をするための技術を取り戻すことが出来るということだ。 思い出せば。 そう。思い出せば……。 けれど……思い出した時、今の自分は、今のままでいられるのか? 自分の心にあるこの想いが消えてしまうということはないのだろうか? 今、一番怖いのは、それだった。 そして、何よりも……自分ではない自分が、トワの心を満たすということを考えると、嫉妬が深くなる。 「最低だな……オレ。アイツが喜ぶなら、そっちのほうがいいはずなのに」 ミカナギは低い声で呟いて、はぁぁ……と再び息を吐き出した。 唇を噛み締めて、自身を叱咤するように首の後ろを叩く。 なぜ、あの時、押し倒さなかったんだろう? ……そんなのは簡単だ。 彼女の眼差しが、あまりにも無垢だったから……。 彼女は、いつまでも少女なのだ。 その奔放さを大切にしたいと思っている自分にとって、過ぎった欲望と、彼女の瞳はあまりにも非対称すぎた。 それは対である自分に対しての信頼なのか、……まさか、そういったことに一切思考がいかないようなおめでたいお姫様だからなのか。 「はぁぁ……オレ、昼間から何考えてんだよ、バカ」 人差し指をきゅっと噛み締め、落ち着かない気持ちを落ち着かせるように、身体を微かに揺らした。 飛行機の設計図を見つめ、眉をひそめ、どうするかを迷うように目を細める。 「どうすんだよ……」 ミカナギは自問するように呟いて、またもや深く息を吐き出す。 その時、ポーンと呼び鈴の押された音がして、ミカナギはすぐにコンソールにあるボタンを押して応答した。 「はい?」 「入れてくれ」 「……ツヴァイ?」 「そうだ」 ミカナギはすぐにロック解除のボタンを押して、 「どうぞ」 と返した。 すると、ツヴァイがすぐに部屋に入ってきて、真っ直ぐ立った。 手首には、ミカナギのプレゼントしたブレスレット。 すぐにミカナギは優しく目を細めた。 「……してくれてんだな」 「ハズキ様も何も仰らなかったので」 「……ああ、それでもサンキュ」 「ハズキ様からお預かりしてきたものがある」 ミカナギの言葉に対して、特に表情も変えずに、すぐに手に持っていた白いプレートを差し出してきた。 ミカナギは立ち上がって、ツヴァイの傍まで行き、それを受け取る。 「なに?」 首を傾げるミカナギ。 すると、ツヴァイはその表面にあるボタンのようなものをポチリと押した。 ぶわ〜んと微かな音がして、その場に夜空と銀色の月が浮かび上がった。 「うお?! す、すげぇ」 「簡単な細工だから、気楽にもらってほしいそうだ」 「……え? お、オレに?」 「ああ。姫君に見せたら、きっと喜びますよと、伝言」 「……そ、そりゃ、喜ぶだろうけど……」 ミカナギはツヴァイの言葉に戸惑うように眉根を寄せる。 「あまり、この件については深く考えないでいただきたい。あなたのためです。そして、できれば思い出さずに、彼女と幸せにいてください」 「え?」 「ハズキ様から」 「…………」 ミカナギはその言葉に受け取るのを躊躇った。 ハズキは何かを知っているということだ。 いや、ミカナギが尋ねるのを躊躇っているだけで、おそらくは他にも詳しい人間はいるだろう。 ミズキだって、トワだって、もしかしたら、天羽だってわかっているのかもしれない。 「このプレートは、ありがたくもらいたいけど……」 「ああ」 「なぁ、ハズキに聞きたいことがあるんだけど」 「それは駄目だ。きっと、知りたがるだろうけど、俺は何も答えませんからと答えろと言われてきた」 「……なんだよ、それ」 「そういう意味だ」 「…………。だったら、何もしなきゃいいだろ。オレが気になるんだっつーの!」 ミカナギは淡々と話すツヴァイと、矛盾するような行動をするハズキに対して苛立ちを吐き出す。 けれど、すぐに我に返って、口を塞いだ。 「悪い……気にしないでくれ。オレ、イライラしてるから……」 「別に。ワタシには感情を察するということが出来ないから気にしなくていい」 「……ツヴァイ……」 「ただ……」 「 ? 」 ツヴァイはポチリとプレートのボタンを押して、夜空と月の映像を引っ込めてから、そっと目を細めて口を開いた。 「ハズキ様は……これをお前のために徹夜で造られた。その事実だけは、知っていてほしい」 「…………」 ツヴァイは言葉の後、ミカナギの手にそっと触れて、プレートを手渡してきた。 ミカナギは掌にすっぽり収まるプレートを握り締めて、きゅっと唇を噛み締める。 自分の中には、彼がどういう人物であるかの記憶すらない。 それでも、彼にとって、自分はそれだけのことをしても当然の人物なのだということだろう。 わからないのに、そこには絆がある。 それが……厭に羨ましく思える。 「意味、わかんねーよ」 「分からなくていい。受け取ってくれ」 唇を噛み締めるミカナギに対して、ツヴァイは静かにそう言い、ペリドット色の目でミカナギを見つめてきた。 ミカナギはツヴァイの瞳に吸い込まれるように、それを見つめ返した。 「分からなくていいんだ、きっと。ハズキ様が言わないということは、そういうことだ」 ツヴァイはすっと目蓋を伏せてそう言うと、ふわりと踵を返した。 「ツヴァイ」 「用件はこれだけだ」 「…………」 「あ、もう1つあった」 「へ?」 ツヴァイはもう一度こちらに向き直り、無表情のままでこちらを見据えてくる。 「ありがとう」 ミカナギは耳を疑った。 彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったし、一体何のことを言っているのか、思い至るまでだいぶ時間が掛かった。 ロボットなのに、ツヴァイは文法など軽く無視をすることがある。 言葉の後に、ツヴァイはすぐに再びスカートを翻して、ツカツカと部屋を出て行ってしまった。 ミカナギはそれを見送った後に、プレートにすっと視線を落とす。 こんなことをしてもらうほどの価値が、自分にあるのか……。 やりたいからやる。そのやり取りが、素晴らしいギブアンドテイクの精神になる。 自分は数ヶ月前そう言ったが、自分はハズキに返せるものなどあるのだろうか……。 ミカナギが呆然と立ち尽くしていると、ロックを外した状態だったせいもあって、ドアがシューーンと開いた。 トワがホログラフボールを抱えて、そこに立っている。 「兎環? どうした?」 「ツヴァイ、何の用だったの?」 「ああ、ちょっとな」 ミカナギは誤魔化すようにニコリと笑った。 すると、トワは少々不機嫌そうに目を細めて、その後、ニッコリと笑う。 「あなた、ロボットでも見境ないのかしら?」 「……え?」 「いえ、ツヴァイは仕方ないかなぁっては思うけど」 「……? あの、兎環さん、どうしたの?」 ミカナギは状況が分からずに、ヒクヒクと口元を動かして困ったように目を細めた。 トワはそれを見つめて、わざとらしく口を開く。 「ミカナギって、困った時、口元ヒクヒクさせるのよねぇ。そこがまた……可愛いんだ……」 トワは言葉の言い方を躊躇ったように、ボソボソと言って、きっと睨みつけてくる。 「聞き覚えある?」 「…………」 言い方がだいぶ違うが、確かに、聞き覚えのある台詞だった。 だが、それがなんだと言うのだろう? 「私だけだ、みたいなこと言っておいて、結構外ではお楽しみだったようで」 「え?」 「……証拠突きつけないと、わからないのかしら?」 トワは不機嫌そうに唇を尖らせた。 |
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