第十一章  自由に生き、そして、愛するあなたたちを護るための戦い、の章

第一節  飼い猫の異変


 チアキはチッチッチッと舌を鳴らしてテラを呼び寄せるが、テラはそんなチアキには全く見向きもせず、気ままに部屋を駆け回っている。
 この白い猫は、異常なほどにチアキに懐かない。
 悲しげに目を細めて、ふぅ……とため息を吐くと、仕方なくエサを猫用の皿に入れ、壁際に置いてテーブルについた。
 簡単に作ったパスタが湯気を立てており、チアキはすぐに手を合わせていただきますと言った。
 あれから3日ほど経つが、まだハズキはテラを引取りに来ない。
 チアキは思い返して、再び悲しくなり、目を細める。
 そろそろ、様子を見に行ったほうがいいだろうか?
 伊織かツヴァイがついているだろうから、何か問題が起こっているなどということはないだろうけれど……。
 チアキはフォークを手に取り、クルクルと麺を巻きつけ、ゆっくりと口に運ぶ。
 けれど、口に入る前に突然テラがニャーニャーと騒ぎ出したので、そこで手を止めた。
「テラ? どうしたの?」
 チアキはすぐにそう呼びかける。
 テラはそんな声など気にも留めないようにニャーニャー鳴いて、ドアをカリカリと爪で掻く。
 外に出たいのかと思い、チアキは立ち上がってドアを開けてやろうとしたが、そうではないのか、テラはすぐにドアから離れる。
「何? 何が言いたいの?」
 チアキは一抹の不安を覚え、床に膝をついてテラの視線に出来るだけ近づいた。
 テラはニャーニャーニャーと鳴くばかりで、その鳴き方も段々引っ切り無しになっていくものだから、少々の不自然さを感じ、怖くなった。
 いつもならチアキになど興味も示さないのに、視線はこちらに向いており、少しずつだがゆっくりとチアキの膝元に来る。
「テラ……どうしたの?」
 チアキは眉根を寄せながらも、安心させようと慣れない手つきでテラの喉をゴロゴロと撫でてやった。
 テラはそれをしばらくの間は気持ち良さそうに受けていたが、チアキが手を止めると、再びニャーニャーと鳴き始め、チアキはただただ困ったようにわたわたとするだけだ。
 テラが尻尾をピンと立て、ポンとチアキの膝に乗る。
 今までこんなことは一度もなかった。
 一体どうしたことだろうか?
 そんなことを考えていると、突然テラの身体から力が抜けた。
 チアキの膝の上でコテンと倒れ、その後は微動だにしない。
 チアキは慌ててテラの胸に手を当てる……が、全く心臓は脈打っていなかった。
「嘘……テラ? テラ?! しっかりして?!! どうしたの? いきなり!!!」
 指で十字を作り、心臓マッサージをしようとテラの胸に手を当てる……が、そこで何か違和感を覚えた。
 手触りが……おかしい……。
 猫のしなやかな手触りじゃない……。
「テラ……あなた、まさか……」
 チアキが呟いた瞬間、テラは人間のように言葉を発した。
『ミズキノトコロニツレテイケ』
 抑揚のない電子で構成されたその声に、チアキはビクリと肩を震わせた。



第二節  潜入! 虹の塔


 ハズキは暗視用のゴーグルを装着して、小型のPCをカチカチと操る。
 PCからはケーブルが延びており、その先にはドアの開閉を操るための操作盤がある。
 ものすごい速さで表示されていくコードをハズキはサクサクと読み込み、どんどん処理をこなしていく。
 後ろでは5体のツヴァイがおとりになるようにして、監視銃の攻撃をかわし続けている。
「ちっ……厳重なセキュリティだ。……まぁ、このくらいじゃなきゃやりがいはないか」
 ハズキはニィッと口元を吊り上げ、手を止めることなく、カチカチカチカチと打ち続ける。
 第1セキュリティ突破。
 第2セキュリティ突破。
 第3セキュリティ突破。
 OPEN
 その表示を見た瞬間、ハズキはすっと手を止める。
 すると、ビィィィッと音が鳴り、シューーーン……とドアが開いた。
「ツヴァイ、行くぞ」
 ハズキはそう言うと、すぐにケーブルを回収し、次の部屋へと足を踏み入れた。
 ツヴァイがハズキに続いてこちらへとやってくる。
 けれど、怪しい音がして、ハズキは足を止めた。
 目の前に盾になるようにツヴァイが飛び込んでくる。
 シャラリとブレスレットが可愛い音を鳴らした。
 高エネルギーの塊を放出し、ハズキに向かって飛んできたビームと弾丸を掻き消してしまう。
「…………」
「ハズキ様、気をつけてください」
 ツヴァイの言葉に、ハズキは目を細め、すぐに室内を見回す。
 次の部屋へ繋がるドア、または階段・エレベーターに繋がるドアを探さなくては。
 おそらく、最上階へ直通のエレベーターがあるはずだ。
 あの男は、年に何度かこの塔を訪れている。
 その際に必要となるものならば、造っていないはずがない。
「ツヴァイ」
 ハズキはただそれだけ呟く。
 4体のツヴァイはその声に反応し、広い部屋にバラバラにポジションを取る。
 素早く監視銃を破壊し、床に隠れている装置を探すように動く。
 ブレスレットをしたツヴァイだけがハズキを護るように従い、右側にあるドアに向かった。
 ドアは3つ。
 1つ目で当たるか、3つ目まで時間が掛かるか。
 それだけのことだ。
 ハズキは素早く、ケーブルを操作盤に繋ぎ、すぐにPCのディスプレイを見つめる。
 ツヴァイがミサイルを発射した音が耳元でした。
 壊しても壊しても、次から次へと兵器の飛び出してくる部屋。
 自己修復型の機械か。
 あの男がいかにもやりそうなことだ。
 ピッと頬を掠めるビーム。
 ハズキは舌打ちをして、すぐにツヴァイに視線を向けた。
「ちゃんと護れ」
「承知しております」
 ツヴァイの肩越しに、腕のなくなったツヴァイや足のなくなったツヴァイたちが動き回っているのが見えた。
 体の一部を失っても尚、攻撃だけを優先するロボット。
 自分で組んでおきながら、それの存在を見つめて、なんとも悲しい気持ちになる。
 カタカタカタとキーボードを叩き、先程のコード解除と同様にパターン化したものを実行し、あとはプログラムが動くのを見つめるだけ。
 第1セキュリティ解除。
 第2セキュリティ解除。
 第3セキュリティ解除。
 …………。
 そこでハズキはDELETEボタンを押し、コード解除を中止した。
「外れだ」
 先程のプログラムと同様のパターンで解除されるということは、このドアに重要な意味合いはない。
 ハズキはすぐにケーブルを回収し、反対側のドアを睨みつける。
 無駄足を踏んでいる余裕はない。
 正規のツヴァイハード以外は、それほど性能は良好とは言えない。
 早い段階で先に進めなくては、最上階には辿り着けないだろう。
 注意深く周囲を見つめ、素早く駆ける。
 ツヴァイがそれに従い、ハズキに向かってくるビームを高エネルギー照射で全て弾き返す。
 手早くケーブルを繋ぎ、カタカタカタとキーボードを叩く。
 今度のコードは全く見覚えのないものだった。
 それを見て、ハズキは顎を撫でる。
「当たりか?」
 そう呟き、すぐにコードの解読を開始する。
 ツヴァイがハズキを護りながら、声を発した。
「ハズキ様。1機完全に機能停止しました。急いでください」
 その言葉に、ハズキは視線だけ後ろに向ける。
 両腕を失い、胴体の真ん中に穴の空いたハードがグシャリと音を立てて倒れこむのが見えた。
「分かっている。そのまま現状維持」
「承知しております」
 ツヴァイは高々と手を掲げ、ブ……ンと出現した槍を掴む。
 フォンフォンと空気を切り裂き、ツヴァイの槍がハズキに照準を定めた攻撃を全て弾いてゆく。
 流れ込んでくるコードのスピードの速さにハズキは戸惑ったが、グッと拳を握り締め、息を吸い込んだ。
 周囲の音が遠のいてゆく。
 ハズキはディスプレイを見つめ、そのコードの流れを全て自分の目に映す。
 見逃すな。
 何ひとつだ。
 間違えている暇などない。
 何度も登場するコードを見つけ、そこを手がかりにしてコードの解除を進めてゆく。
 カタカタカタと指が動く。
 そのスピードはディスプレイに表示されるコードの波に負けないくらいのスピードだった。
 キーボードの反応の遅さにチッと舌打ちが出そうになる。
 それくらいのスピードだった。
 第1セキュリティ解除。
 きっと、トワならばこんなものは涼しい顔で解除してしまうのだろう。
 だが、自分はただの人間だから、こういったコードに手こずってしまうのは仕方のないことだった。
 ミカナギだったら、こんなトラップなど何ひとつ相手にせずに、一番簡単なドアを解除して先に進むだろう。
 けれど、自分はただの人間だから、スムーズに進める道を進まざるをえない。
 そのためには、このコードを解除しなくてはならないのだ。
 何の力もなくてもいい。
 自分で出来る最大限の力で、解決できる手段があるのだから、そこに劣等感などいらない。
 第2セキュリティ解除。
 第3セキュリティ解除。
 第4セキュリティ解除。
 第5セキュリティ解除。
 ビィィッと操作盤が高らかに音を鳴らした。
 ハズキは指の酷使で少しばかり神経が痛み、ブラブラと手を振った。
 シューーーンとドアが開き、その先にはハズキの見越した通りエレベーターがあった。
「当たりだ」
 ハズキは安堵したように一息つく。
 けれど、その隙をつくように、エレベーターについていた監視銃がカチリとこちらを向いた。
 ツヴァイがいち早くそれに気がついて、ドン、とハズキの体を押す。
 ビームがツヴァイの三つ編みを焼き切り、バサリと……太い髪の束が床に落ちる。
「ツヴァ……」
 ツヴァイは持っていた槍を監視銃に投げつけ、完全に機能停止したのを確認して、倒れたハズキに手を差し伸べた。
 ハズキは柄にもなく、ツヴァイの心配をした自分をすぐに押し隠して、当然のようにその手を取る。
「ハズキ様、急ぎましょう」
「ああ」
「3体、完全に機能停止です。役に立たず、申し訳ありません」
「いや」
「残り1体も、損傷が激しく、連れて行くだけ足手まといです。ワタシだけお連れください」
「……そうか」
 ハズキは立ち上がり、その場に立ち尽くしているだけのツヴァイのハードを見つめる。
「は、ズキ、さ、ま……」
 ノイズの混じった声がする。
 ハズキはその声にビクリと体が震えた。
 まるで、こちらを求めるように、ツヴァイのハードはこちらを見つめている。
「ハズキ様」
 ツヴァイの声にハズキはすぐに我に返り、ケーブルを回収し、エレベーターへと向かう。
 エレベーターのドアが閉じる瞬間、立ち尽くしているツヴァイに向かって、残りの監視銃から一斉にビームが照射されたのが見えた。



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