第三節  懐かしき日々、その価値を知るのは……ずっと先


『ヤダよぉ。なんで、女の子なの? ぼくはつよそうなミカナギみたいなのがよかった!!』
 ミカナギが完成したキャラクターデータを持ってハズキの部屋に行くと、そのデータを見た瞬間不服そうにハズキはそう言った。
 ミカナギはハズキのその言葉に一瞬笑顔で停止した。
 怒ったかと思い、ハズキはすぐにビクリと体を震わせて、すぐに唇を噛み締める。
 泣きそうな素振りが見て取れたのだろう。
 ミカナギはすぐにニッコリと笑って、ハズキの頭をなでなでと撫でてくれる。
『まぁまぁ。そう言うなよ。こう見えて、コイツ凄いんだぜ? 槍使いなんだ。動きも速いし、力も強いし。……それにな』
 ミカナギはハズキの耳元に口を寄せて、楽しそうに笑いながら小声で言った。
『蹴り技使った時のパンチラ必見☆』
 その言葉にハズキの顔がボボボボッと赤くなる。
『なんだよ、それぇ! そ、そそそそ、そんなのいらないよ! そんなの……』
『なんだよ。男子たるもの、パンチラ好きだろ?』
『…………』
 憧れのミカナギのそんな発言にハズキが悔しそうに表情を歪める。
『4歳だもんなぁ……頭は良くてもまだわかんねーのかなぁ』
 つまらなそうにミカナギは頭に手をやり、ふー……とため息を吐く。
『…………』
『そんなに嫌なら作り直すよ。また時間掛かっちまうけど。ケイルのところで遊んできな』
『……ん』
 ハズキは唇を尖らせてミカナギの顔を見つめ、本当に悔しくて拗ねた。
 だって、ミカナギが造ってくれると言ったから、凄く格好いいのが出来てくると思っていたんだもの。
 こんな三つ編みで細身の女の子なんて、嬉しくもなんともない。
 機嫌の悪いまま部屋を出ると、隣の兄の部屋ではトワが同じように出来た試作品を持ってきていたのか、ミズキの嬉しそうな声が聞こえてきた。
『すごーい。攻撃パターンが増えてる!』
『……まぁ、色々いじりようはあったんだけど、ミカナギとハズキが可哀想だから、私のサポートはこのレベルね?』
『いいよ、これでいいよ! 僕、完璧なんて大っ嫌いだもの。弱点があっても、それをどう補ったり活かしたりするのか、それが楽しいんだ!』
『そう』
『うん。トワ、ありがとう!!』
『はいはい』
 ミズキが本当に嬉しそうに笑ってトワの腰をキュッと抱き締める。
 いつもひねくれたような大人ぶったような態度のミズキが、トワの前では形無しだ。
 ハズキはこそっとその様子を見て、ふんと鼻を鳴らす。
 みんなして、馬鹿じゃないの。
 ハズキは心の中でそう呟いて、すぐに踵を返す。
 ふぃっと顔を背けて、ペタペタペタと長い廊下を歩いてゆく。
『ハズキ?』
 いじけたハズキを後ろから呼び止める声がして、ハズキはゆっくりと振り返った。
 そこにはトワが立っていた。
 不思議そうに首を傾げて、こちらに寄ってくると、ミカナギみたいにこちらに視線を合わせるようなことなど1つもせずに、見下ろした状態で尋ねてくる。
『どうしたの? ミカナギにデータもらったんじゃないの?』
『あんなのいやだ』
『……ミカナギの主観がだいぶ入ってたからねぇ』
『あんなのミカナギじゃない』
『……う〜ん……あれは、まんまミカナギの趣味だと思うけど』
『ぱ、ぱ、ぱ、ぱぱぱぱぱ』
『ぱ?』
『パンチラなんて』
『…………』
 顔を真っ赤にして言うハズキを見て、トワの表情が氷のように冷たくなったのだが、ハズキの背ではそんな表情の変化など気が付けもしなかった。
 ハズキはぷーと頬を膨らませる。
『ケイルのところに行くの?』
『うん。ママに言いつけてやるんだ』
『ママは喜ぶと思うけどね。あの人、変な人だから』
『……トワ?』
『行くなら行ってきなさい? しばらく戻ってこないでね?』
『え? う、うん』
 トワがちょいちょいと手を横に振ったので、ハズキはコクンと頷いてそのままケイルのいる部屋に向かって走り出した。
 ママやツムギと遊んで、夕飯の時間に一度戻ると、なんでか服がボロボロになったミカナギがブスーとした顔で、カチカチとコンソールをいじくっていた。



第四節  生きるのならば、他人(ひと)のために生きたい


 ハズキは虹を連結しているコンピュータにケーブルを繋ぎ、今までと同じようにカタカタカタとキーボードを打ち始めた。
 このコンピュータについては研究してきている。
 連結を解除するのに、さほど時間は掛からないだろう。
 最上階まで到達を許すことなど考えていなかったのか、到着した先には何も待ち受けてはいなかった。
 ツヴァイが警戒するようにエレベーターを降りたものの、特に異常がないことが分かって、すぐに持っていた槍を収めた。
「解除出来たら、すぐに虹を破壊する。エネルギー装填をしておけ」
 キーボードを打ちながら、ハズキは当然のようにそう言った。
 ポケットから非常用の固形タブレットを取り出し、口に放り込むと、パキリと噛む。
 腹は膨らまないが、とりあえず、疲れが取れたような気がする。
 気休め程度でしかないのだが……集中力を要する作業は、その僅かな差で大きく変わることもある。
 念には念を、だ。
 ツヴァイは言われるままに、掌にエネルギーを蓄え始めた。
「ツヴァイ」
「はい?」
「俺は、お前のようなロボットが欲しかったわけではなかったんだよ」
「そうですか」
「だが、気が付いた時に造っていたのはお前だった。ハードなど、どんなものでもよかったはずなのにだ」
「ハズキ様はワタシの主です。ワタシにとって、あなたの存在に意味があっても、あなたにとって、ワタシの存在に意味がある必要はありません」
「…………」
「取るに足らぬもの。それで十分なのです」
 ハズキはその言葉に一瞬手を止める。
 そうインプットしたのは自分か。
 改めて思う必要もなかろうが、なんとも、嫌な人間だ。
「知っているかい、ツヴァイ」
「 ? 」
「俺は、俺が嫌いなんだ。無力でなんにも出来ない自分が、ね」
 キーボードをカタカタと打ちながら、その言葉を言った。
 ツヴァイがそんな言葉に反応を示せるはずもなく、ただ室内にはキーボードを叩く音だけが響く。
 自身を嫌いな人間が生み出すものに、きちんとした価値を与えられるはずがない。
 それでも、伊織だけは、ちゃんとした形で成長して欲しいと願っている自分がいることだけは、偽りのない事実だ。
 だから、ここには連れてこなかった。
「大丈夫ですよ」
 予期していなかった言葉に、ハズキは呼吸を止める。
 それでも手だけは動かしていた。
 一刻も早く終わらせて、ここを脱出する必要がある。
 侵入したことなど、もう勘付かれているに違いないのだから。
「何が大丈夫なんだ?」
「わかりません」
「ふっ……まさか、プログラムの中にあったかい?」
「……そのようですね」
「そうかい」
 いくらか表情を柔らかくして、ハズキはふっと笑った。
 パシュッと音がして、第1セキュリティを抜けたのを確認する。
 連結部分は4つある。
 残りは3つ。
 ……プログラムの中にあった?
 自分はそのような設定はしていない。
 その場合、設定として存在するのは……ミカナギの残したデータのどこかだろう。
『大丈夫だ。オレはハズキの味方だからな? 安心しとけよ』
『まぁた、そんなこと言ってハズキを甘やかすんだから』
『うっさい。兎環、お前には言われたくないだろうぜ、ハズキも』
『あなた、誰に対して、そういう口聞いてるわけ?』
 2人のやり取りを思い返しながら目を細める。
 本当に、夫婦漫才が過ぎる2人だ。
 ……自然とミカナギを理想の姿としていた自分からすれば、そんなナチュラルなやり取りさえ、子供の頃は眩しかった。
 彼ならば、ありうることだ。
 念入りに見ていたつもりだったが、暗号で読み取れなかった部分に、そのような意味を残していたとは。
 第2セキュリティ解除という文字が画面に表示され、パシュッと再び軽い音がする。
 残り2つ。
 ハズキは静かに息を吐き出し、引き続き作業を続ける。
 このペースならば、余裕で行けそうだ。
 あとは計算どおりに事が運んでくれることを願うのみ。
 もしも、成功したら……そうしたら、チアキの誕生日だ……。
 ハズキは手を動かしながら目を細める。
 脳裏に幼い頃の2人が浮かんだ。

『まって! まってよぉ、ハーちゃん……っあ!』
 トテトテ走る幼い頃の自分に必死についてこようと、チアキが泣きそうになりながら走っていた。
 けれど、何もないところで見事にすっ転んで、泣きそうな顔がもう泣く直前の顔に変化する。
 やばいと思って駆け戻り、すっと手を差し伸べた。
 全く、年上なのに世話が焼ける。
 そんなことを思いながら、だ。
 しゃくり上げながら、チアキもハズキの手を取った。
『だいじょうぶ?』
『う、うん……だいじょうぶ。ハーちゃん、もどってきてくれたし』
 きゅっと手を握って、嬉しそうにほんやりと彼女は笑った。
『ミーくん、このさきにいるの?』
『うん』
『そっかぁぁ』
『プログラムくんでる』
『へぇぇぇ、すごいねぇ。やっぱり、ミーくんすごいんだぁ』
『…………。べつに、あんなのすごくないよ』
『え……?』
『すごくないよ。あんなあたまでっかちでひねくれてて、トワにしかアイソふりまけないんだから』
 そう言ってフンと息を吐き出すハズキを見て、チアキはパチパチと大きな目をしばたたかせる。
 けれど、ハズキがムキになっているのだとすぐにわかったのか、ニッコリ笑って小首を傾げてみせた。
『ハーちゃんだってすごくなるよ。だって、ミカナギにいさんがいつも言ってるもんね』
『あんなヤツ、すぐぬいてやるんだ』
『なかよくすればたのしいのに』
『なか……?!』
『うん。なかよくしたら、たくさんたくさんたのしいよ』
 当然のように彼女はそう言って、握っている手をぶんぶんと振ってきた。
『わたし、ひとりっこだからうらやましいんだぁ。ハーちゃんのおうち』
 楽しそうに笑う彼女は、そういう時ばかりお姉さんのような顔をして、普段は本当に頼りない……子供らしい子供だった。

 パシュッと音がして、いつの間にか第3セキュリティを突破していた。
 補助用に作成していたデータが思った以上に効果を上げているようだ。
 ハズキはグッと奥歯を噛み締め、気合を入れ直すと追い討ちをかける。
「ツヴァイ、指示を出したら、すぐに放射だ」
「承知しています」
 目に映るコード全ての意味を解することが出来ているような、そんな錯覚に陥る。
 今の自分は、自分の能力の限界値を超えているのではないかと思える。
 タンタンと軽い音を立ててキーボードを叩き続ける。
 どれくらいの時間が掛かったかわからない。
 さすがに最終セキュリティ用に組まれたプログラムは、それほど容易には解除をさせてくれなかった。
 打ち込んだコードを弾かれ、あちらのコードを弾き、まるで場所取りゲームのような勝負になった。
 ミカナギとトワがよくやっていたクラッキング勝負を思い出す。
 そして、ふっと笑みが浮かんだ。
 このセキュリティを組んだのは、父か養父か知らないが、なかなかやるじゃないか。
 だが、残念なことに……。
「俺は、負けず嫌いなんだ」
 そう呟いて、Enterキーをカシンと力強く叩く。
 すると、画面上のコードがバーストしたように消えていき、最後にパシュッという音がした。
 画面上に文字が浮かぶ。
『セキュリティ、全面解除しました。構成物質の連結を解きますか?』
 すぐにハズキはOKと応答する。
『連結を解いた場合、プラントの環境を保つことができなくなります。本当に構いませんか?』
 ハズキは目を細めて、そしてOKと応答する。
 こんな場所、要らない。
 自分の大切な人の命を引き換えにしなくては救えない世界も、世界を一定の幅で統括しようとする馬鹿な仕組みも要らない。
 たとえ、それで……滅びの時が来るとしても、だ。
 そうなったとて、それは人の業。
 逃れようとすることのほうが愚かだ。
 問題なのは、その中でどう生きるか、なのだから。
 ハズキはもう決めている。
 自由に生きると、決めている。
「撃て」
 ハズキはしっかりとした声でそう言い放ち、真っ直ぐに虹を指差した。
 次の瞬間、緑色の光が辺りを包み、大きなエネルギーの塊が虹に向けて飛んでゆく。
 街をひとつ消すに至ったエネルギー量の半分を占めていたほどの威力だ。
 壊せないはずはない。
 けたたましい轟音とともに、塔内に衝撃が走る。
 ハズキは確信する。
 これによって、その構成物質が世界に還元されればラッキー。
 されなければ、人間の運もその程度だったということ。
 それだけの……こ、と。
 眩しさに目を閉じたハズキは、ゆっくりと目を開ける。
 これで……全てが……終わる……。
 そう、心の中で呟きながら、虹を見上げる。

 だが。

 そこには、形を変えずに残る虹の姿があった。
 ハズキは目を見開く。
「ば、馬鹿な!」
 ハズキは信じられずに、虹の傍まで駆け寄った。
 計算にミスはないはずだった。
 たとえ、破壊できなくとも、連結だけは解けたはずだった。
 その連結すら解けていないなんて、おかしい。
 そして、寄ってみて気が付く。
 空気が……異常なくらい冷たい。
 連結部分を繋いでいるものも、先程までの透明な壁ではなく、これは……氷?
「ざ〜んねん。頑張ってたところ悪いんだけどさ、侵入者君。ここ、オレ様の管轄なんだよね」
 その声に、嫌な予感が過ぎる。
「ハズキ様!」
 ツヴァイが声を発して傍まで来ると、そのままハズキの体を抱き締めて、塔を強引に脱出しようと試みた。
 外界の見えているガラスを無理矢理割ろうとミサイルを放つ。
 敵が不得手な相手だということを察したのだ。
 けれど、放ったミサイルは爆発を引き起こしただけで、ガラスにはヒビすら入らなかった。
「逃がさねぇよ。逃がしたら、親父に叱られるんだ。悪く思うなよ?」
 虹の光が、その声の主の顔を映し出す。
 銀色に輝く髪。
 赤い瞳に……左目の下にほくろ。
 ガタイのいい体つきと、長い脚。
 ハズキは言葉を失った。
 そんなわけはない。
 ヤツは……タゴルの言いなりになど、決してならないはず……だ。
 彼は不敵な眼差しで、にぃっと口元を吊り上げた。



*** 第十一章 第一節・第二節 第十一章 第五節・第六節 ***
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