第七節  死んでたまるか!


 動揺する気持ちを落ち着けながら、ハズキは静かに氷を睨みつけた。
 裏切りだなどとは思わない。
 思うか。
 思うわけがない。
 自分は只、この男を利用したに過ぎないのだから。
 ハズキは胸元から銃を取り出し、氷へと向けた。
 ツヴァイが支えるようにハズキの体を持ち上げ直す。
「そんなの、オレには当たんないよ。諦めなって」
 余裕そうに銀の髪を掻き上げて、ふっと笑みを浮かべる。
 けれど、ハズキは構うことなく、セーフティーモードを解除した。
「効かないかどうかは、撃ってから考えるよ」
 ハズキも強がりにも似た笑顔を返して、両手で銃を構える。
 キューーーーンンとエネルギーの充填される音が微かにし、ピピピッと音がした瞬間、ハズキは躊躇うことなく、引き金を引いた。
 次の瞬間、空気を震わせるような振動音が響き、宙に波を描きながら徐々に幅を増して、波動が飛んでいく。
 何の変哲もないビーム銃だと思っていたのだろう。
 不意を突かれたように、氷は避けることもできず、ぶつかった勢いに押されて、壁まで吹き飛ばされ、壁にも微かにひびが入った。
「ぐぁ……」
 苦しそうに漏れた声は意外な展開についていっていない思考さえ表しているようだった。
 まさか、ハズキの攻撃でそれほどのダメージを負うとは思っていなかったのだろう。
 重力に従って床に落ちると、ヨロリとよろめき、そのまま膝をついた。
 衝撃をまともに喰らった腹を押さえて、表情を歪ませている。
「……なんだ、今の……?」
「天羽のボイスデータを武器に応用できないかどうか試行錯誤したものだ。まだ実験段階だが……ね。お前がいい働きをしてくれたおかげだよ」
「……あもう……?」
「そのことには感謝している。だが、なぜ、お前がそちら側にいる? タゴルのことは嫌いなんだろ?」
「…………。ああ、なるほど」
 ハズキの言葉に氷はどうにも釈然としない表情をしていたが、ようやく理解できたようにニッと笑った。
「オレは別に親父は嫌いではないぜ」
 その言葉にハズキは目を細めて、不快感を露にした。
 そんな訳はないだろう。
 別に、自分に対して絶対的な忠誠を誓われるなどと思ってもいなかったから、それほど失望感はない。
 元々、彼は人に対しての執着のようなものがほとんどない。
 薄っぺらだから、こちらも信頼しようなどとは思ったこともない。
 けれど、この回答だけは正直納得できなかった。
 氷はタゴルが大嫌いだ。
 それは子供の頃、彼が父親に狭い部屋の中に閉じ込められたことに起因している。
 力のコントロールが効かないほど大きな力を持った彼を、タゴルは隔離した。
 ツムギやママの、ミカナギやトワに対する愛情とは全く異なるその接し方は、今の偏執的でありながら退廃的な彼の人格を形成した1つの要因になったことは紛れもない事実だと思う。
 それが、ハズキの知りうる彼の子供時代だ。
 だから、異常なほどに人を求めるけれど、その中には感情も何もない。
 ミカナギとトワ。この2人に対してのみ、どこか興味を示してはいるものの、それ以外のものに対しては適当というか、なおざりだ。
 簡単に寝返るし、あっという間に気持ちも冷める。
 扱いやすいが、信じる相手にもなりえない。
 そういう印象を持っていた。
「……お前の適当さには、本当に、開いた口が塞がらないな」
「ああ、そう? とりあえず、オレをさっさと倒さないと、折角解けたセキュリティ、復活しちまうぜ?」
 ハズキの言葉に対して、適当な感じに応え、顎で示した。
『トラブルが発生したため、連結を再度施錠し直します』
 その電子ボイスに、ハズキは眉をひそめた。
 正直、先程の衝撃波で氷が気を失うことを計算に入れたつもりだった。
 だが、思った以上に威力還元がなされなかったのだ。
 実験段階では……これが限界か。
 制御できるように計算したことが、今回の場合は悪影響をもたらしたようだ。
 何故、兄は能力を持っていながら、活かし方を知らないのか。
 あの人の言う『ロマン』というヤツは、いつでもあの人の才能の邪魔をする。
 ……愚かしいものに気を取られるから、だから、あの人はダメなのだ。
 銃を握り締めて、ハズキは歯噛みする。
 もう1発撃つには、エネルギー充填が終了するまで待たなくてはならない。
 時間がなかったとはいえ、これほど不便なものだとは。
 威力と消費エネルギーが比例する分、追いついてこない。
 天羽があの声を出した後に気を失ってしまっても仕方のないことか。
「ハズキ様」
「なんだ?」
 ハズキが銃のエネルギー量を確認していると、ツヴァイが突然耳元で囁いた。
 ハズキの応答に、ツヴァイはすぐに続ける。
「ワタシが時間を稼ぎます。その間に解除を成功させてください」
「ぇ……?」
「ここに来た目的を達してください」
「しかし……」
「大丈夫です」
「…………」
「ワタシは、あんな男に負けません。ハズキ様に造られたワタシは、最強のカードなのですから」
 ハズキはその言葉を聞いて、ツヴァイのほうを向く。
 ツヴァイは静かな表情でこちらを見つめていた。
 相性があることを、ツヴァイは知っているだろう。
 知っているからこそ、自分を連れて逃げようとしたのだ。
 状況を判断して、逃げるのが最良だと、感じたから。
 ハズキを護ることを優先するための判断だったはずだ。
「最強を示すために、ワタシは造られた」
 ツヴァイはゆっくりと床に降り立ち、ハズキから手を離した。
「だから、証明してみせます。ワタシの勝利は、ハズキ様のお力の証明」
 ハズキは惑うように目を細める。
 どうした?
 いつもなら、言えるだろう?
 ……自分は、この子に必要以上の感情など持ってはいないのだから。
 ツヴァイは手をかざし、宙から現れた槍を握り締めた。
 次の瞬間、緑の光を放つビーム上の刃が出現する。
「…………」
 ハズキはそれをただ黙して見つめることしか出来なかった。
 言葉が出て来ない。
 今、この時、どういう言葉を告げればいいのか。
 自分は知っているはずだ。
 1年間、自分はそのように彼女に接してきた。
 同じように言葉を紡げばいい。
 ただそれだけのことなのに。
 ……なんてことだ。
 自分は、この子の力を、信じてやれない。
 だから、言葉が出てこないのか……。
 兄ならば言うだろう。
 『信じている』と。
 ミカナギならば言うだろう。
 『無茶すんなよ』と。
 その言葉が言えない。
「ワタシはワタシの役目を。ハズキ様は、ハズキ様の志を。必要なのは、それだけです」
 言葉が出てこず黙り込んでしまったハズキに対して、ツヴァイは少しばかり抑揚のある優しい声でそう言った。
 ツヴァイは槍を両手で握り締め、ひと振りブンと振った。
 その瞬間、シャラリ……と右手のブレスレットが鳴いた。
「さぁ、かかってきなさい!」
 ツヴァイはそう叫んで、氷だけを真っ直ぐ見据えた。



第八節  あの、馬鹿!!


「お前、誰だよ?」
 ミカナギはもう一度そう言った。
 ツヴァイは静かにその問いに答える。
「ツヴァイだ」
「違うだろ」
 険しい表情でミカナギはそう言い、ツヴァイの視線まで視点を下げた。
 造り自体に違いがあるわけじゃない。
 けれど……。
「ミカナギ……?」
「ツヴァイじゃねぇ。お前は、オレの知ってるツヴァイじゃねぇ」
 トワが横で不思議そうにミカナギの顔を覗き込んでくる。
 ミカナギは眉間に皺を寄せて、ツヴァイに詰め寄る。
「ツヴァイに何かあったのか? なんで、いないんだ? ハズキは? 本当にチアキのところか?」
「ワタシはここにいる。ハズキ様はチアキのところ」
「…………通せ」
 ツヴァイの返答に納得いかないように、ミカナギはそう言った。
 次の瞬間、ツヴァイの肩を掴んで、そのまま横へとどかそうとする。
 けれど、素早くツヴァイの手がミカナギの腕を掴んで、そのまま背負い投げられて、床に体を叩きつけられた。
「いって……」
 ツヴァイは叩きつけた後すぐに手を離さずに、部屋の外へとミカナギを放り出す。
「……侵入者は排除する」
 冷たいペリドット色の目の輝き。
 ミカナギは奥歯をぐっと噛んだ。
 すぐに体を起こし、フルフルと頭を振る。
 心配そうにトワがミカナギに手を差し伸べてきたので、その手を取って立ち上がる。
 状況が理解できないようにトワは物静かに尋ねてきた。
「一体、どうしたの?」
「オレがプレゼントしたブレスレットを着けてないんだ」
「それが……?」
「ツヴァイは気に入ってた。ハズキもそれを咎めてない様な話だった……」
「だから、この子はツヴァイじゃないって?」
「ああ」
「…………」
 トワは迷いもなく頷くミカナギを見て、そっと目を細めてため息を吐いた。
「ナンセンスだわ」
「そりゃ……」
「もらったものは使わずに大切にしまっておく。そういうことだってあるわ」
「…………」
 ミカナギはその言葉にぐっと黙り込む。
 自分が、自意識過剰なのか。
 自分が彼女のマスターだから。
 それを思い出してしまったから、こんな風に当然のように傲慢に見えることを考えてしまっているのか。
「……でも、あなたが言うのなら、きっと、この子は、あのツヴァイではないのね」
 ミカナギの困ったような表情を見上げていたトワが、静かにそう呟いた。
 その声につられて、ミカナギは顔を上げる。
「どいてちょうだい、ツヴァイ。ちょっと、調べたいことがあるの」
「ここを通すことは許可されていない」
「……ハズキの身に関わることなのよ」
 トワは眉をひそめてそう言い切る。
 それでも、ツヴァイは言われたことだけを守るように、2人の前に立ちはだかるだけだ。
「頼むから……どいてくれ」
 ミカナギも言った。
 けれど、ツヴァイは動じない。
 仕方なさそうに、トワがホログラフボールを中空から取り出した。
 何かを呟くと、ホログラフボールが光を発して、次の瞬間、ツヴァイの動きが止まった。
「何を……」
「氷と戦った時と同じ。メインを落としたの。それだけよ」
 慌てるミカナギにトワは静かにそう言い、すぐにカツンカツンと音を立てて、部屋の中へと入っていく。
 他人の部屋に入る時でも、全く動揺を見せない。
「綺麗にしてる」
 トワは部屋を見回して、ふわりと優しく笑い、そのままモニターの前まで歩いていった。
「……ハズキのコンピュータにだけは入り込めなかったのよね」
 そう呟いて、電源のスイッチを押す。
 すぐにパスワードを要求する画面が出てきたので、トワはホログラフボールを掲げて、強引にログインを成功させた。
 いくつかプロテクトの掛かっているファイルを見つけて、どんどん解除していく。
「……直でなら侵入可能なのね」
「お、おい……そこまでしていいのか?」
「するのよ。私はあなたの勘を信じるわ。状況は著しく悪いはず」
「はず……って」
「外れてたら、あなたも共犯ね? 私、ハズキに怒られるの嫌だから、あなたが怒られて」
 トワは当然のように微笑んでそう言うと、再び画面に視線を戻した。
 そして、戻した瞬間、トワは呼吸を止めた。
 ミカナギもトワの動きが止まったことを怪訝に思い、モニターを見上げる。
 そこには、塔と虹に関しての緻密な情報が表示されていた。
 セキュリティレベル・セキュリティ構造・セキュリティコードへの対策法。
 虹を破壊するために必要なエネルギー量・破壊後の弊害。
 破壊しないまま、時が過ぎた時の……人類への弊害。
 天羽のボイスデータの効率の良い利用法。
 などなど、色々な情報が表示されていく。
 そして、最後に……今日の日付で決行の文字と著しく低い成功率が表示された。
 ミカナギは思い切り舌打ちをする。
「あの、馬鹿……!」
 次の瞬間、ミカナギは踵を返していた。
 トワが慌てたように叫んだのが聞こえる。
「待って……! 私、今日、走れな……っ……」
「お前は部屋に戻ってろ……!!」
 ミカナギは首だけ振り返って、屈みこんでいるトワに対して、そう強く言い放った。
 そして、すぐに部屋を出て、駆け出す。
 バカヤロウバカヤロウバカヤロウ!!
 その言葉しか湧いてこない。
 本当に……ハズキは、馬鹿だ。



*** 第十一章 第五節・第六節 第十一章 第九節 ***
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