ミカナギはヒリヒリする頬を気にしながら、伊織を背負って走る。
 前をアインスが先導し、後ろにミズキとカノウとニールセン。
 まずは居住区画の囲みを突破しなくてはならない。
 ミズキが後ろで、カノウとニールセンに話をしていた。
「二手に分かれるのは、緊急時のつもりだったんだけど……、はじめから分かれることになったね。プラント内の構造はアインスの頭に入っているから、それに従ってくれれば大丈夫さ」
「……プラント全体の電力供給を再開させればいいんですね?」
「そうそう。それがないと、厳しいからねぇ。なんだかんだで、やっぱり、ウチの要はお姫様なんだし」
 ミズキがクックッと笑い、ミカナギの横に並んだ。
 ミカナギは伊織を背負い直しながら、ミズキを見やる。
「なんだよ?」
「いや、やけにクールだったなぁと思ってさ」
「足手まといなのは事実だろ」
「そうかい? 少なくとも、銃でも持たせれば、トワのほうが僕より数倍強いと思うけどなぁ」
 ミカナギはヒリヒリする頬に意識を動かし、目を細める。
 分かっている。
 彼女は電気がなくたって、ホログラフボールがなくたって、優秀だ。
 頭の切れだけならば、メンバー中随一だろう。
「……まぁ、トワがメインにいたほうが動きやすいっちゃやすいけどねぇ。人を使うほうが向いてるしねぇ、トワは」
「……うるせー……」
 ミカナギがそう言うと、ミズキがクックッと笑った。
 ミカナギはその様子をキッと睨みつけた。
 ミカナギの様子に、カノウが驚いたように目を見開いた。
「全く、後悔するくらいなら怒らせなきゃいいのにぃ。馬鹿なお兄さんだなぁ」
「……相棒、馬鹿にされて、黙ってられっか」
 ミカナギはふんと鼻を鳴らし、伊織を再び背負い直した。


第十一節  置いてきぼり姫


『扱いじゃねぇ。本当に足手まといなんだ。そのくらい、判断できっだろ』
 ミカナギは全くブレることなくそう言った。
 トワは悔しくて、唇を噛み、素早く左手を振り上げた。
 パシンとミカナギの右頬が鳴り、少しばかり頭がよろめく。
『お、お姉ちゃん!』
 天羽が慌てて割って入って、ミカナギとトワの距離を離した。
 トワは膝をついたまま天羽に押されたので、フラリとしりもちをつく。
『私が、カノウ君や天羽と同じレベルだって言うの?』
『兎環、言い方ってもんがあんだろ?!』
 ミカナギはトワの発言に本当に怒ったように、大きな声を出した。
 その声で、トワの肩がビクリと跳ねる。
 悔しい。
 怯えているなんて思われたくないのに、いつも、ミカナギが怒ると自分の体は条件反射のようにびくつく。
『……やっぱ、お前、ここにいろ』
 いつもならば、びくつくトワを見れば優しい眼差しに戻るのに、ミカナギはそのまま冷たい目でこちらを見ていた。
 ……あ、今、完全に軽蔑されてる……。
 そう感じた瞬間、トワの心が急激に冷えた。
 言ってしまった言葉など、勿論、なかったことに出来るはずもなく、トワは何を言っていいのか分からず、唇を噛んだ。
『謝れ』
『い、嫌よ……なんで私が……』
 一度引っ込みがつかなくなると突っぱねてしまうのは、自分の悪い癖。
 そんなのは良く分かっているけれど、ミカナギに言われると、やはり撥ね付けてしまう。
『カンは、部外者だってのにこれから体張るんだ、謝れ!!』
 ツムギに重なる。
 怖い。
 怒ると、怖い。
『い、いいよ、ミカナギ。戦力レベルが低いのは事実だし。こんな時に揉めてる場合じゃないんだし』
 トワの怯えた様子が見て取れたのか、カノウが駆けてきて、ミカナギの前に立ちはだかった。
『そういう問題じゃねぇ』
『え?』
『強いからとか、弱いからとか……そんなのはどうでもいい』
『ミカナギ……』
『この状況で、言い方選べねーようなヤツ、連れてけるか!』
 ミカナギは吐き捨てるようにそう言い切り、そのままサロンを荒い足取りで出て行ってしまった。
 ミズキが慌てたように装備の袋を、カノウとニールセンに渡して、ミカナギを追って出て行った。
 アインスがツヴァイに、
『ここは頼みます』
と声を掛けてから、外へと出て行く。
 トワは本当に……彼に、置いてきぼりにされてしまった。



 トワは補助電力のおかげで力を取り戻したコンピュータのディスプレイを見つめて、ぼんやりしていた。
 その様子を気遣ってチアキが淹れた紅茶を、天羽がカチャカチャと音を鳴らしながら持っていき、トワの前に置いた。
「大丈夫? お姉ちゃん」
「…………」
 天羽の顔を一瞥するだけで、トワは再びディスプレイに視線を戻してしまった。
 ……こんなに落ち込むなら、あの場で謝ればよかったのに……。
 姉の意地っ張りなところは、自分なりに理解しているつもりだけれど、やはり、カノウのことを間接的にも馬鹿にされた感があるところだけは、天羽だって許せなかった。
 天羽はソファに戻って、チアキに話しかける。
「やっぱり駄目だねぇ」
「……きっと、もう少ししたら元に戻るわ。必要だから、兄さんがここに残していったのだって……気付くだろうし」
「お姉ちゃんって……愛されているのに気が付かないタイプだよねぇ」
 天羽が呆れたように言うと、チアキがおかしそうにクスクスと笑った。
 天羽はすぐに首を傾げる。
「……それは、ここの一家がみんなそうだから、仕方ないと思う……」
 チアキは寂しそうに目を細めてそう言うと、紅茶の湯気で曇ったレンズを拭った。
 天羽も砂糖を入れてかき回してからコクンと紅茶を飲んだ。
 ツヴァイは壁際に直立不動で立ったまま、何ひとつこちらに反応を示さない。
 天羽はティーカップをコトリと置いてから、ミズキに手渡されていた袋の中身を確認した。
 ビームを反射するための装備と電池パックに加えて、……メガホンのような形をしたピンク色の物体が入っている。
「……なんだろ、これ……」
『* 緊急時に使うこと!』
という張り紙がしてあったので、天羽はビーム反射用の装備だけを取り出した。
「ここまで攻め込まれないのが1番だけど……」
「安全な場所なんてないからね。私たちは私たちで、頑張らないとね」
 チアキも同じように装備を取り出して、白衣の下に羽織った。
「……どうして、戦わなくちゃいけないんだろう」
 天羽は目を細めてそれだけ呟き、周囲を少し気にするようにしてから、セーラー服を脱いだ。



第十二節  囲み突破


 防備班が守りを固めているところを、アインスは怯むことなく飛び越えていった。
 バリケードを崩して侵入しようとしている警備兵を数人蹴散らし、道を作る。
 そこをミカナギ、カノウ、ミズキ、ニールセン……の順で駆け抜けていき、ミカナギが囲みを作っている警備兵たちへと思い切りビームサーベルを振るった。
 伊織が一生懸命振り落とされないようにミカナギの首に掴まっている。
「どけどけー!」
 ミカナギの威勢のいい声が響く。
 警備兵たちの持っていたアーマーが数枚吹っ飛ぶも、囲みを作っている人垣はかなり厚く、一撃で粉砕というわけには行かなかった。
 アインスは後ろからの攻撃に警戒し、攻撃を仕掛けてくる相手を全員蹴り払う。
 カノウもロッドを取り出して、思い切り放り投げた。
 電力が落ちたことで空調も働いていない。
 完全に気流の流れのないプラント。
 だが、ロッドはブーメランに変形を果たし、見事な弧を描いた。
 警備の人垣の頭上をすり抜け、きっとカノウにとっては計算通りの位置で、いかづちが落ちた。
 いかづちの落ちたその箇所のみ、若干手薄になったのが見て取れた。
 そこにすかさずミカナギが突撃する。
 カノウは戻ってきたブーメランをしっかりとキャッチし、次の瞬間、カノウの腕に絡みつくように部品が動いた。
 ミカナギが数人吹き飛ばした後、カノウが力強く叫ぶ。
「ミカナギ、跳んで!」
 何の躊躇いもなく、ミカナギが宙を舞う。
 その瞬間、カノウの武器は激しい閃光を放って、大きなエネルギーの塊を放出した。
 カノウの細い腕が反動に押されて軽く浮いたが、軌道にはほとんど影響はなく、アーマーを持った警備兵達ごと、10メートルほど吹き飛ばした。
 ミカナギは伊織を背負っているのを忘れて、空中で1回転してしまい、伊織の体が宙に投げ出された。
「あ、しまった……!」
 着地してから慌てたように手を伸ばそうとしたが、伊織はふよふよと自分の力で落ちるスピードを調節し、つま先からゆっくりと着地した。
 にこぉと伊織が笑う。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ」
「あ、ああ、そうみたいだな」
 ミカナギはカシカシ頭を掻いて、伊織の言葉に言葉を返すと、そのまま、出来上がった道を伊織の手を引いて駆け出した。
 カノウがそれに続き、素早く、ロッドの形状に戻った武器を振り下ろした。
 いかづちが落ち、道を塞ぎに掛かろうとしていた警備兵たちの動きが止まる。
 光線を弾くには十分な装備であろうが、カノウの用いる雷に似た攻撃には耐性がないと見える。
 プラントの電気が落ちたことで、ひとつだけ利点があるとすれば、カノウが躊躇することなく、存分に武器を使用できることかもしれない。
 壁の立ちはだからない道をニールセン、その後にミズキが駆け抜ける。
 アインスは後ろをフォローするようにそれを追いかけた。
 警備兵の1人が、隙を突いてミズキへと攻撃を仕掛けた……が、アインスは瞬時に判断し、それを思い切り殴り飛ばした。
 ミズキが少々戸惑ったように足を止めたが、アインスが視線を向けると、いつもの調子で笑ってみせた。
 いつも掛けている眼鏡は暗視用のゴーグルに変わっている。
 アインスはそんなミズキの背を軽く押しながら走る。
 ミズキは少々後ろ体重でアインスに甘えるように走るのを怠けた。
「さっすが僕のアインス。かっこいい〜」
「ミズキ様。敵が1番に狙ってくるのは、あなたです。気をつけてください」
「ああ、そうだねぇ」
 全く、この人は分かっているのかいないのか。
 囲みを突破し終え、ただただ白い廊下を駆け抜ける。
 ミズキはようやく自分で走る気になったのか、アインスの手から背中を離し、前に体重を移動した。
 ポケットからトランシーバを取り出し、ハウデルへ通信を繋いだ。
「ハウデルー、囲みは突破したから、これから先は存分にやっちゃいなさい♪」
「あ、あのぉ……ミズキ様、この銃なんですが……」
「ん? 素敵だろう? 一撃昏倒銃さ♪」
「は、そ、その……確かに性能は……いいんですけど……ちょっと……私のようなものには厳しいものが……」
 ハウデルはどうにも言いにくそうに言葉を濁す。
 ミズキはその様子に気が付いているのかいないのか、得意そうに笑ってみせるだけ。
 その得意そうな声のせいか、ハウデルはそれ以上は何も言わなかった。
「では、護りは任せたよ♪ 何かあったらここから先はトワに連絡してくれ。サロンに繋げば出るから」
「は? トワ様は確か……ミカナギ様と一緒では……?」
「色々変更があってねー。あ、もしかしたらご機嫌がよろしくないかもしれないから、口の聞き方には十分気をつけるんだよ?」
「な……い、一体何が……」
 ハウデルが動揺したような声を発したが、ミズキはそんなものは全く無視をして、通信を切った。
 アインスはすぐに尋ねる。
「大丈夫なんですか? トワに任せて」
 ミズキは走るのがもう疲れたのか、くたびれたような表情をしていたが、その言葉にすぐに笑った。
「トワは優秀さ♪ 変なことで感情的にならなければ、完璧なんだけどねぇ……。普段はミカナギのほうが感情的なのに、切羽詰ると逆になるんだ。面白いだろう?」
「…………」
「アインスにはそのようには見えないかい?」
「どう判断してよいものか。ただ……」
「ただ?」
「自分の最大の力を奪われたことで狼狽してしまうのならば、戦力としては、カノウ以下かと」
「あははは。みんな、カノ君を見くびってるなぁ」
「あ、いえ……おれはそんなつもりでは。カノウも優秀です。戦闘慣れしていない人間で、あそこまで的確な判断が出来るのは……そういません」
「ふふ」
「……?」
「それは、当人に言ってあげたほうがいいかもねぇ」
 ミズキはにっこり笑って、いつもの癖のせいか、ゴーグルの位置を直すような仕草をした後に、少しばかり安堵したように息を吐いた。
「たぶんねぇ、トワを連れてかなくて済んで、ミカナギはほっとしたと思うよ。体のいい言い訳が出来てさ」
「どうしてですか?」
「男っていうのは、そういう生き物だから」
「え?」
「好きな女の子に危ないところに行っては欲しくないものだよ」
「そんなものですか」
「ああ。それにねぇ、適材適所って、やっぱりあるしねぇ」
 ミズキは少々目を細めて柔らかく笑うと、持っていたトランシーバのボタンを押した。
 今度はミカナギに通信が繋がる。
「ミカナギ、今どこだい? 完全に、僕とアインス、置いてきぼりなんだけど」
「真っ直ぐ走ってるだけだよ。早く追いついて来い!」
「止まってくれるつもりないのかい?」
「急いでんだろ!」
「だって、これじゃ、作戦の部隊編成にならないじゃないかぁ」
「アインス! ミズキ抱えて早く来い!」
 ミカナギはそこでブツッと通信を切った。
 ミカナギの声に、アインスはすぐにミズキの細い体を肩まで持ち上げた。
 走るのではなく、ジェット噴射で飛行を始める。
 ミズキは耳元で笑い声を上げる。
「どうしました?」
「いやー。ミカナギもご機嫌斜めだなぁと思って」
「それが楽しいんですか?」
「ん? いや、分かりやすくていいと思わないかい?」
「はぁ」
 アインスはミズキの言葉の意味が分かりかねて、首を捻るだけだった。



*** 第十二章 第十節 第十二章 第十三節 ***
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