第十四節  ミカナギ VS とわ Part1


 兵の気配を感じて、ミカナギは角を曲がった。
 それに従うように伊織とミズキも同様に角を曲がる。
 壁に背をつけて、出来るだけ見つからないように息を殺した。
 真っ暗そのもの。
 なので、敵も味方も視野が狭い。
 逆に少数で奪還を図ろうとしているこちらからしたら、この状況は好都合だった。
 トワのプラントでの絶対的な力を封じることと、ミカナギの戦闘能力を封じること。
 タゴルは前者を選んだ。
 それだけ、トワの能力をタゴルが目の上のたんこぶ扱いしているということだ。
 暗闇になったところで、ミカナギにとっては別段問題はない。
 プラント培養の警備兵と、多少なりとも外の世界で実戦を積んでいるミカナギ。
 どちらが優秀かなど、天秤に架けるまでもないことだ。
 兵が廊下を駆けて行ったのを確認してから、ふぅと息を吐く。
「警備兵って、こんなにいんのか?」
「さぁねぇ……人事的な問題には僕は一切関与していなかったからなぁ。でも、プラントで就ける仕事なんて限られてるからねぇ……」
「頭が足らないヤツは警備か」
「僕はそこまで言ってないからね」
 ミカナギの失礼な言葉にミズキは苦笑を漏らしてみせた。
 伊織がその二人の様子をキョトキョトと見ている。
 モヒカン頭に暗視ゴーグルをした姿はかなり滑稽だが、ミカナギは特に気にせずに、くしゃくしゃと伊織の髪を撫でた。
「うわ……」
「走り通しで疲れてねぇか?」
「だいじょうぶだよ」
「そっか」
 ミカナギは肩で息をしている伊織を見つめて、優しく笑う。
「プラントって全体回ったことなかったけど、無駄に広かったんだな」
「ああ、まぁ、普段はエレベーター移動のところを階段で移動しているしねぇ、その辺の影響もあるんじゃないの? ……しかし、ミカナギは僕には疲れてないか聞いてくれないんだね」
「25にもなって何くだらないこと言ってんだ」
「……20にもなったハズキには優しくするくせにぃ」
「お前、状況考えろよ」
「……わかってるさ……おふざけが過ぎたね。ごめん」
 さすがにミズキも今の発言はマズッタと思ったのか、すぐに撤回した。
 ミカナギは二人の呼吸が整ったのを確認してから、ゆっくりと元の道に戻る。
 ……と、その時だった。
 ミカナギの鼻先を何かが飛んでいった。
 人間くらいの大きさの、翼の生えた生き物。
 早すぎて暗視ゴーグルをつけた目では捉えきれなかった。
「キュルルルルゥゥゥゥン。ファァァァァァン……」
 鳥の鳴き声のような物が不気味に響き渡る。
「なんだ、一体……?」
 ミカナギは伊織とミズキが歩いてくるのを手で制して、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 タゴルが何も用意せずにいるとは思っていなかったが、……登場しても、氷くらいなものだと思っていたので、完全に意表を突かれた。
 とはいえ、この状況で氷との直接対決になった場合、自分は勝てる自身が4割ほどしかないのだが。
「TG-M001捕捉」
 気配もなく、突然耳元で澄んだ声がした。
 ミカナギはビクリと横に後ずさる。
 気配がなかったのもあったが、一番の原因は……。
 声が。
 聞き覚えがありすぎて、どうしようもないくらい愛しい声だったからだ。
 突然のことに状況が掴めず、冷や汗が噴出してきた。
 ミズキも伊織も、驚いたようにミカナギの目の前にいる者を見つめていた。
 ミカナギも真っ直ぐに見つめる。
 紛れもなく、シルエットも暗視ゴーグル越しにうっすら見える顔立ちも、彼女そのもの。
 長い髪をそっと掻き上げる仕草。
「と、兎環? おま、なんで、ここに……?!」
 そう叫んだが、彼女はうっすらと笑った後、素早く手を振り上げた。
 持っているものに目が行く。
 ナイフ。
 ゆったりとした動きから、ヒュンと音を立てて振り下ろされる。
 ミカナギは慌てて後ろに飛び、それをかわす。
「伊織! ミズキ!! 先行け! ここはオレがなんとかしてすぐ追いつくから!!」
 着地と同時にそう叫び、ミカナギは彼女にタックルをかました。
 しっかりと腰に腕を回し、動けないように締め付ける。
 容赦なく彼女は肘でミカナギの背中を殴りつけてくる。
 その度に呼吸困難に陥るが、手だけは離さない。
 違う。
 コイツは、トワじゃない。
 心臓が激しく脈打つ。
「刺すわよ」
 そんな声。
 氷のように冷えた、残虐性を帯びた声だった。
 ミカナギは素早く手を離し、トワの腕を掴む。
 逃がすことばかり考えていて、彼女の得物がなんであるのかを忘れていた。
 危うく刺されるところだ。
 ミズキと伊織は、なんとか逃げられたようでミカナギはほっと胸を撫で下ろす。
「よそ見?」
「え?」
 彼女の声に視線を戻した瞬間、ドゴッと股間に衝撃が走った。
 膝が見事にクリーンヒット。
 ミカナギは息も出来ずに、その場に蹲る。
 声にならない声が漏れる。
 正直、洒落になっていない。
 ここを蹴られた時の激痛がどんなものか、分かっていない者でなければできないことだ。
「ッ……」
「痛い?」
「…………男のここは乱暴に扱っちゃ駄目よ…………」
 ミカナギはなんとかそれだけ言葉を返して、次の攻撃を警戒するように必死で起き上がる。
 時折、ピョンピョンと跳ねて、自分の痛みを和らげながら、後ずさった。
「タゴルか? こんな悪趣味なことしやがったのは」
 ミカナギがそう言うと、先程の不気味な声が再び聞こえた。
「キュルルルルゥゥゥン」
 その声と共に激しい風が起こる。
 ミカナギはその風圧で3メートルほど吹っ飛んだ。
 ブルブルッと首を振り、ゴーグルの位置を直すと、先程ミカナギが見た翼を持った人間のようなものがトワのすぐ横に浮遊していた。
「2人っきりだわ。楽しみましょう?」
 トワの声でそんなことを言う複製。
「本物は、そんなこと言わない。それに、その化け物も入れたら3人だろ」
 ミカナギはクッと息を飲み込みながら、そう切り返した。
「これは私だから2人きりよ」
「はぁ?」
「翼を持たない人型の私と、翼を持つ鳥型の私」
 複製はおかしそうに笑う。
「TG-M002はそれの複合物でしょう?」
 その言葉に、ミカナギはカチンと来て、眉間に皺を寄せた。
「トワもオレも、物じゃない。たとえ、TG-Mでもな」
 ミカナギはベルトに差してあったビームサーベルに手を伸ばすが、武器として持つことを躊躇った。
 結局握ることが出来ず、拳を握り締める。
 ふざけやがって。
 何のつもりだ。
 神にでもなったつもりか。
 トワの模造品なんて造りやがって。
 ミカナギはギリッと奥歯を噛み締め、こみ上げてくる怒りを必死に抑える。
「せっかく、2人きりだもの。好い声で啼いてね……?」
 複製はコテンと小首を傾げて可愛らしくそう言うと、ナイフを握り直して、こちらへと飛び掛ってきた。



第十五節  ミカナギ VS とわ Part2


 飛び掛ってくる彼女。
 ミカナギはバックステップを刻んで、彼女の攻撃をかわす。
 頬を掠めるナイフ。
 揺れる長い髪。
 狂気に歪んだ、愛しい人と同じ顔。
 視線が合う。
 彼女は笑った。
 楽しげに。
 ミカナギは眉根を寄せ、そして、かわす。
 腕を上げ、身をよじらせ、つま先に力を入れてターンして。
 かわすことは難しくない。
 彼女と同じ顔をしたその人が、これほどまでにキレのある動きを見せるとは思いもしなかったが、ミカナギがかわせないレベルではない。
 単に彼女が能動的に動くことがなかっただけのことなのかもしれないけれど。
 いや、それでも、彼女の運動能力をミカナギはよく知っている。
 同じ顔のその人は、トワの遺伝子を持ちながら、能力の引き上げポイントが全く違う者であると、そういうことなのだろう。
「どう、したの? 逃げる、だけ?!」
「っく……」
 彼女はナイフを振るい。
 ミカナギはそれをかわす。
 屈んだ勢いで逆立った髪が、プツプツと切れる音がした。
 このままでは埒が明かない。
 ミカナギは屈んだ体勢を活かして、そのまま床に手をつき、彼女の足を払おうとした。
 けれど、判断よく彼女は飛ぶ。
 スカートがふわりと揺れる。
 そして、そのまま床に突き立てられるナイフ。
 カチン、と鋭く金属と金属がぶつかり合う音。
 ミカナギはかわし、膝を軸にターンした。
 体のバネを使って後ろへと下がる。
 トワではないのだ。
 そんなことはよく分かっている。
 けれど、要らぬ感情が邪魔をする。
 傍にいてくれたら、迷うこともなかったかもしれないのに。
 そう思った瞬間、苦笑いに口が歪んだ。
 そんなことを言ったら駄目か。
 彼女を置いてきたのは自分だ。
「お前……戦うの、やめる気、ないよな?」
 ミカナギは言うだけ言ってみた。
 答えなんて分かっているけれど。
 それでも、やめてくれるのなら、時間も、血も、流れなくて済むから。
「無理ね。だって、獲物が目の前にいる。パパの命令なの。あなたを排除してこいって」
「……パパってのは、タゴルか?」
 ミカナギの言葉に、彼女は表情を厳しくした。
「お前なんかが呼び捨てにするなぁぁぁっ!」
 鋭い剣幕。
 響き渡る高い声。
 詰められる間合い。
 ミカナギは仕方なくビームサーベルを抜いた。
 柄でナイフを弾き、彼女の体を受け流し、闘牛士のようにターンをした。
 TG-M――トランスジェニクスメンシュにとっての創造主は、自分の存在を唯一認めてくれる存在。
 そう、必ずと言っていいほど、TG-Mは感じるものだ。
 存在の意味は、そこにだけある。
 創造主は、絶対的な存在。
 手に取るように分かるから、戦いづらいのだ。
 そして、目の前のこの子は、タゴルに存在自体、認められていないに違いないのに。
「悪趣味な野郎だ、ホント」
 ミカナギは小声でぼやき、ビームサーベルをしっかりと握り締める。
 タゴルを忌み嫌う彼女と同じ顔をした人が、タゴルをパパと呼んでいるのだ。
 これほど気持ちの悪いことはない。
 ミカナギは彼女を見据え、次の動きに備える。
 その時、後ろではばたきの音がした。
 彼女との戦闘にだけ気を取られていたミカナギは、鳥型のトワ、と彼女が呼んでいたものに背を向けてしまっていた。
 後ろから思い切り体当たりをされ、体勢を崩す。
 それでも、それはほんの少しの間で、すぐに元に戻った。
 振り返りざま、ブンとビームサーベルを振るい牽制する。
 その瞬間を狙ったように、彼女が床を蹴った。
 真っ直ぐにナイフはこちらを向いている。
「くっ……! しまっ……」
 攻撃できないなどという甘いことは言っていられず、ミカナギは決死の思いでビームサーベルを振って応戦しようとしたが、空振る。
 揺れる彼女の長い髪。
 彼女はとても無駄のない動きで屈んでその攻撃をかわし、体勢を元に戻しながらナイフを振った。
 ミカナギも反射的に体を動かす。
 ピッと頬を掠めるナイフ。
 浮かび上がる血液。
 目の前に彼女の顔。
「ふふっ」
 楽しそうに笑う。
 ミカナギは奥歯を噛み締めた。
 心の中で、すまん、とトワに謝る。
 そして、自分から床を蹴って、後ろに倒れこんだ。
 倒れこみながら、体を捻って、蹴りを彼女の肩にぶちこむ。
 暗がりの、視界の狭い場所で、さすがに対応できなかったらしく、彼女の軽い体は簡単に吹き飛んだ。
 ミカナギは呼吸を整えながら、立ち上がり、2体の動向に警戒しながら距離を取った。
 1体だけならば鳩尾でも殴りつけてそれで終わり、とも思っていたのだが、鳥のほうが、時々不意をつくように動いてくるのであれば、なんとも戦いにくい。
 鳥の顔をして、けれど、体はトワそのもの。
 宙を扇ぐ翼も、昔見た彼女の翼と同じように不思議な光を時々放っていた。
 先に黙らせるのは、こちらのほうか。
 心の中で逡巡する。
 けれど、そんなことを許すはずもなく。
「よそ見しないで?」
 立ち上がってすぐに間合いを詰めてくる彼女。
 接近戦に自信があるのか、それとも、距離を取ったら最後と思っているのかはわからないが、距離が近い。
 ミカナギは彼女のナイフを持つ腕に触れて、除けた。
 その程度の動きでナイフを取り落とすようなミスをするはずもなく、彼女はミカナギの手を振り払うと、空いているほうの腕でミカナギの腹を思い切り肘打ちしてきた。
「ッッ」
 堪えきれずにミカナギが腹を押さえると、次の瞬間、ミカナギの肩にナイフが刺さった。
 反射的に動いたのもあって、突き立てられはせず、ジャケットが裂ける音がした。
 バトルジャケットを突き破って、ミカナギの肩に傷が出来た。
 ミカナギは肩を押さえ、距離を取る。
 ズキズキと肩の痛み。
 ヒリヒリと頬も疼く。
 さっさと終わらせるしかない。
 迷っている時間など、ない。
 そんなことは、分かっていただろう。
 ミカナギは自身に言い聞かせながら、もう1本のビームサーベルも抜いた。
 ブン、と光を放つ2本のサーベル。
 暗視ゴーグルを掛けた目では、それは少々明るすぎた。
 けれど、そんなことは構わずに、ヒュンヒュンと振り具合を試し、彼女を見据えた。
「恨むなよ?」
 一言だけ。
 そう言うと、ミカナギは本気で床を蹴った。
 今までとは違うスピード。
 対応しきれずに彼女が目を瞑った。
 鼻先が触れそうになるほどの至近距離。
 ミカナギはナイフを片方のサーベルで弾き、もう片方のサーベルで彼女の体を薙ぎ払った。
 体を振り抜く瞬間、電源を落とす。
 それによって、スカートの生地と彼女の腹部に焼けた跡が出来ただけだった。
 衝撃で気絶したのか、ガクリと膝から崩れ落ちる体。
 ミカナギはそっと彼女の体を抱き止める。
 鳥型も、彼女を抱き止めたままでは攻撃が出来ないのか、戸惑うようにこちらを見ている。
 可哀想な幼子たちよ。
 オレは、お前たちの存在を認めよう。
 複製とも、偽者とも呼ばない。
 お前たちは、お前たちとして、存在している。
 だからこそ、今ここで、加減はしない。
 ミカナギは優しく彼女の体を壁にもたせかけ、座らせた。
 鳥型は激しく翼を羽ばたかせ、こちらへ突進してくる。
 スピードは先程のミカナギの飛び出しよりも速い。
 けれど、攻撃してくるポイントが分かっている以上、そして、目で捉えられる以上、自分に負けはない。
 ミカナギはサーベルをクロスさせて振るった。
 先程と同様に、体を振り抜く瞬間、サーベルの電源を落とす。
 一瞬、体が硬直したようにビクンと跳ね、そして、そのまま床に倒れこむ。
 ミカナギの手は間に合わなかった。
 膝をついて、首筋に指をあてがう。
 きちんと脈打っているのを確認し、安堵の息を漏らした。
「……ふぅ……なんとかなったか……」
 優しい手で鳥型の頭を撫で、すっくと立ち上がる。
 悠長なことはしていられない。
 急いで、ミズキたちに追いつかなくては。
 彼ら2人だけで先に進んでも、警備兵たちに遭遇していたらどうしようもない状況にならざるをえないだろう。
「み、ミカナギ……」
「……?!」
 突然聞こえた男の声に、ミカナギは警戒するようにビームサーベルを構えた。
 声のしたほうを向く。
 すると、そこにはミズキが立っていた。
 ハウデルたちに手渡していた銃と同型の銃を両手で握り締めて、倒れている2体に視線を向けている。
 伊織がミズキの後ろからひょっこりと顔を出した。
「助け、要らなかったみたいだね?」
「……ああ、なんとかね」
「……トワには言わないどこ」
「は?」
「いや、こっちの話。さて、急ごうか」
「なんで、戻ってきたんだ?」
「心配だったからに決まってるだろう? 2対1だったし」
 ミズキはミカナギの反応に呆れたように肩を竦ませてそう言った。
「ぼ、ぼくが言ったの」
 伊織がミズキを気遣うようにそう言った。
 ミカナギはその言葉に、ニィッと白い歯を見せて笑う。
「そっか。サンキュな、伊織」
「ううん。い、急ご。急がないと、パパが連れてかれちゃうよ」
 泣きそうな声で伊織はそう言い、タタタタッと駆け出してゆく。
 ミズキがそれを慌てて追う形で走っていった。
「伊織、1人で先に行っては危険だよ!」
 ミカナギもサーベルをベルトに差し直すと、すぐに2人の後を追った。



*** 第十二章 第十三節 第十二章 第十六節 ***
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