『神なんて、いてもいなくても一緒さ。結局、何にも出来はしないんだから』 ハズキは悲しげに目を細めて、そう言った。 『でも、それでいいのかもしれない。そのほうが、甘えようなんて思わないものな』 彼は笑ったけれど、自分は笑うことなんて出来なかった。 それでは、あなたは、どこで、誰に甘えるの? そんな言葉がこみ上げてきて、けれど、決して口になんて出来なかった。 たった2つ年上なだけの自分には、彼を包める暖かさも柔らかさもないかもしれない。 ……それでも、彼を包みたかった……。 独りじゃない、と、わかって欲しかった。 気が付いたら、彼の背を抱き締めていた。 彼はくすぐったそうに笑う。 『何? どうしたの?』 『……こうしたいだけ』 『……そう』 『うん』 今更、チアキは顔が熱くなった。 こんなことをして、明日から顔を合わせづらくなったらどうするのか。 ただ、真っ直ぐに違う方向を見ている人。 この人の心を溶かせるのは自分ではない。 傍にいることは出来る。 想いを口にしていないだけで、自分たちは”その単語”と同義の関係と同じ位置にいるかもしれない。 それでも、この人の悲しみを溶かせるのは、……自分ではないのだ……。 ハズキの手が、チアキの手に触れた。 優しく、握られる指。 『チアキ』 『……なに?』 『……なんでもない』 彼の指は少し迷うように動いて、けれど、結局その言葉と一緒に離れてしまった。 チアキの腕が少し緩んで、ハズキがこちらを向く。 ハズキは優しく笑って、チアキの髪を撫でる。 くすぐったくて、チアキは片目を閉じた。 『いつか、言うよ』 『……え?』 『自由になった、その日に』 その言葉は。 もしかしたら、自分が言いたくても、勇気を出せずに口に出来ない言葉ですか? そんなことは問えるはずもない。 問えるはずなんてない。 …………。 問えればよかった。 さっさと関係をハッキリさせてしまったら。 触れることのできないあの人の心に、触れることを許されたかもしれないのに。 チアキはお湯を沸かしながら、そっと目を伏せた。 横では天羽がチアキから習ったことを実践するように、紅茶を淹れている。 ほんのりと暗い室内は、今の自分には優しかった。 なぜなら、多少の表情の変化ならば、誰にも悟られずに済むから。 ケトルの口から湯気が出始めたので、チアキはコンロの電源を落とした。 どうか。 神様。 彼はあなたを信じてはいないけれど。 あなたに甘えたことも一度もありません。 だから、たった一度でいい。 彼に慈悲を。 彼を、救ってください。 第十六節 奪還大作戦 「この辺、か?」 「ああ、停電の前に入手したトワの情報だと、第二法廷室、とあるから、その角を曲がって、その次の角を左に曲がったところだね」 「……にしては、警備兵いなくね?」 「部屋の前固めているとかじゃないのかな?」 ミカナギは周囲の様子を窺うように壁に背をつけて、角ギリギリまで歩いてゆく。 そして、そろりと廊下を覗き込んだ。 はい、ミズキさんビンゴ。 ミカナギは苦笑を漏らして、すぐに顔を引っ込める。 ミズキの区画を囲んでいた警備兵たちより若干重装備の警備兵たちが一列に並んで、ハズキのいるであろう第二法廷室とやらへ行く道を塞いでいる。 これに巡回してくる警備兵も追加したら、結構突破に骨が折れそうだ。 全滅させてから部屋に突っ込まないと、逃げる時が大変だし。 「ミズキ、お前の持ってるその銃、どんな機能がある?」 「え? そんなぁ。口でネタ晴らしなんてつまらないよ」 「……お前は、状況考えろとオレに何度言わせる気だ」 ミカナギが少々イラッとしたような声で言うと、渋々ミズキは答えた。 「一撃昏倒」 「ん?」 「相手の意識を奪うんだよ」 「へぇ……」 それがあれば、結構楽な形で戦況を進めることも可能そうだ。 「……じゃ、オレが突っ込んで、ミズキが伊織を護りながらその昏倒銃で地道に数減らす作戦で行くか」 「そうだねぇ。じゃ、伊織は僕の後ろに隠れておいでね?」 2人を見上げていた伊織はその言葉にコクリと頷いたが、それでも、落ち着かないようにしばし目を細めた。 ミカナギはまだ多少痛む肩の傷を気にしながら、コキコキと首を鳴らし、ベルトから2本のビームサーベルを抜く。 「よし、んじゃ、作戦開始だ」 ミカナギはそう言うと、角を飛び出し、警備兵部隊に突っ込んだ。 装備が重いだけあって、一撃では相手は吹き飛ばなかった。 舌打ちを1つ。 足の親指に力を入れて、後ろに下がり、囮になるように出て来た側ではないほうへ駆け出す。 それを追いかけるようについてくる警備兵に対してビームサーベルを思い切り振るう。 これだけの装備ならば本気で斬りつけても死にはしないだろう。 先程のように防具なしで掛かってこられるよりも数倍戦いやすい。 ミカナギは3人を相手に、ひょいひょいと攻撃をかわし、応戦。 壁際に追い詰められても全く構わずにサーベルを振った。 「ぅわ〜、お兄ちゃんすごぉい☆ かぁっこいい〜〜」 突然そんな声がして、ミカナギが戦っていた3人の警備兵が次々に倒れる。 ミカナギはポカンと口を開けて、その3人を見下ろし、少ししてから、それがミズキの攻撃だということに気が付いた。 ……まさか、今の声は、攻撃のオプションか……? 天羽の声、だったし。 ミカナギは少々冷めた目でミズキを見やった。 誇らしげに立っているミズキ。 隠れている伊織の眼差しにも少々軽蔑が含まれていた。 「ボディにもハートにもずっきゅん攻撃☆ どうだい!」 そんなことを言うミズキ。 ミカナギははぁ……とため息を吐き、特に何も言うことなく、戦闘に戻った。 出来るだけ早く片付けないと、戦いで体力を多く奪われてしまう。 ミカナギは何人に囲まれようと動じることなく、確実に1人1人倒してゆく。 時折発される天羽の声に少々脱力しながらも。 「うぇぇぇぇぇん、狭いの怖いよぉ……」 「お姉ちゃん〜、パパが相手してくれないよぉ」 「大好き〜☆」 ミカナギが戦っている警備兵たちも、そんな攻撃で昏倒していくのでは、とても不憫に思えた。 ミカナギは自分を囲んでいた警備兵があらかた片付いてから、ミズキに突っ込んだ。 「お前! 戦いのシリアス度下げんな!!」 ビシッとビームサーベルでミズキを差し、そう叫ぶ。 すると、ミズキはたいへん不服そうに唇を尖らせた。 「なんでだい? こんなに可愛い天羽ボイスなのに」 「力抜けるんだよ! その声なくても撃てるんだろ?! なしにしろ!!」 「えぇぇぇぇぇぇ」 思い切り不満そうな顔。 そうやってふざけている(当人同士は全くふざけてなどいなかったのだが)間に、通信で呼び出されたのか、警備兵が駆けつけてきた。 折角減らした敵がまた増える。 ミズキと伊織が駆けつけてきた敵に囲まれてしまった。 「しまった……!」 ミカナギはすぐにその一団を倒そうと床を蹴った。 ……が。 狭い視界の端に警備兵に囲まれるハズキが映り、立ち止まった。 ハズキは拘束されているのもあり、こちらを向くことはない。 「……ハズキッッ!」 ミカナギは思い切り彼の名を呼んだ。 ピクリ、と、彼が反応したのを見逃さなかった。 ミカナギはすぐにそちらへ踵を返す。 このままハズキが連れて行かれたら、今回の作戦は元も子もない。 行かせる訳には行かない。 立ちはだかる敵に全力で斬りつけて吹き飛ばし、ハズキを囲んでいる警備兵たちを追おうとした。 けれど、どんどん立ちはだかってくる敵に、なかなか前進が出来ない。 「どけ! てめぇら! オレの弟返せぇぇッ!!」 ミカナギは腹の底から叫んだ。 その声に呼応するように、後ろで声がする。 「パパを、返してっ!!」 その後に、ドシャァッと何かが倒れて滑った音。 ミカナギは戦いながら、そちらに目をやる。 「邪魔ッッ!!」 伊織がそう叫んでダンッと床を思い切り踏み鳴らした。 「パパを返せッ! 返せ返せ返せ返せえぇぇぇぇぇッ!!」 伊織が叫ぶ。 その叫びに呼応するように、ミズキと伊織を囲んでいた警備兵たちは1人ずつ吹き飛んで壁に叩きつけられた。 ミカナギを吹き飛ばした時とは全く威力が違う。 たった一撃で、ほとんどの警備兵が意識を失っていた。 「パパッ! 帰ろ!! チアキお姉ちゃんが待ってるも!!!!」 伊織はそう叫んで、ミズキの傍から離れ、こちらへ駆け出してくる。 ミカナギは出来るだけ警備兵を伊織の傍に近づけないように戦った。 とはいえ、万が一近づけたとしても、今の伊織の力では、誰も手出しは出来ないだろうけれど。 銃で伊織を狙う兵にはミズキが素早く攻撃をする。 相変わらず脱力するような天羽の甘い声で。 ミカナギは伊織のために道を開けてやろうと必死で兵を押しやる。 伊織がミカナギの開けた道を駆け抜け、ハズキを連れ去ろうとする警備兵たちを追った。 「パパが間違ったことするはずないも! 今までたくさんパパのこと苛めておいて、まだ足りないのッ!?」 伊織は懸命に叫んだ。 叫んで、両手を広げる。 バチバチッと音がして、カノウが使ったいかづちのような光が辺りを包んだ。 「パパ!」 伊織が叫ぶと、ハズキを囲んでいる兵の1人が吹き飛んだ。 伊織の体が、不思議な光に包まれている。 ミカナギは思い切り目の前の警備兵を蹴り飛ばした。 退路を確実に確保してから救出したかったが、仕方がない。 あちらが先に動いたのだ。 ミカナギはミズキに視線を向ける。 ハズキを囲んでいた警備兵は1人を残して全員が伊織へと向かって走り出した。 けれど、伊織は全く臆した様子がなかった。 ミズキがミカナギの意図を理解したように、引き金を引いた。 ミカナギは素早く横へ転がり、そのまま膝をついて、床を蹴った。 ミズキの放った衝撃波が当たったらしく、ミカナギを囲んでいた警備兵たちが一気に床に倒れこんだ。 ミカナギは電池切れになったビームサーベルの電池パックを素早く入れ替え、勢いよく突っ込んだ。 二刀流で素早く斬りつけ、蹴りを放つ。 伊織が唇を噛んで、手をかざした。 ミカナギは咄嗟に飛び上がった。 予想通り警備兵1人を吹き飛ばし、風が駆け抜けていく。 ここまで頼りになる力を持っているとは思ってもいなかった。 「伊織! ハズキ連れて逃げろッ! あとはお兄ちゃんたちが片付ける!!」 伊織はその言葉に反応するように、駆け出す。 目の前にいた警備兵を指1つ振って吹き飛ばし、ハズキの傍に立っている警備兵に自らの念動力を利用して、体当たりした。 着地して、追い討ちをかけるように両手をかざし、更に遠くへと警備兵を吹き飛ばす。 「い、伊織……? なんで、ここに……」 「パパ、早く帰ろう!」 伊織は優しい声で、本当に嬉しそうにそう言った。 腕を拘束されているハズキにキュッと甘えるように抱きつく。 「助けに来たの。ミズキおじちゃんも、ミカナギお兄ちゃんも、みんな、パパのこと、助けに来たの!!」 「…………」 「チアキお姉ちゃんが待ってるよ! 帰ろう!! ね?」 「馬鹿な子だ……」 「ぇ?」 「……こんな危ないところまで……」 ハズキはゆっくりと床に膝をついた。 伊織の視線に合わせるようにして、伊織のことを見つめる。 「駄目じゃないか……。こんなところに来ちゃ……」 その声は、明らかに震えていた。 泣くのを堪えているのが分かる声。 「泣いてるの……? パパ……」 「泣いてないよ……。伊織が泣いてないのに、パパが、泣くはずないじゃないか……」 ハズキが首を横に振って、優しい声でそう言った。 ミカナギは思い切り飛び上がり、宙返りし、その後思い切り脳天に蹴りを決めた。 「ミズキ! もう一発だ!!」 兵の肩を蹴り、更に高く飛び上がる。 そこに、天羽の甘い声が響き、そこに立っていた警備兵たちに見事にヒットした。 全員倒れ、そこでミカナギが着地を決める。 「よし、片付いたな……!」 ミカナギはゼェゼェと息を切らし、戦っている最中に出来た傷の血をグッと拭う。 ミズキが駆けてきて、ハズキの傍に寄った。 ハズキはそれに反応して、すっとミズキに顔を見られないようにそっぽを向いた。 「……手錠、外すから。これじゃ、逃げられないだろう?」 「……ああ、お願いするよ」 素直じゃない兄弟の会話。 ミカナギはつい苦笑を漏らした。 |
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