第四節 同じ瞳の王子様……?! 大きな街の一角に、小さな小洒落たブティックが出来たのは、つい3年ほど前のことだった。 革変期を迎えた世界はドタバタとしており、新たなお店が出来ては潰れていく。この5年間、そんなことが当たり前のように続いていた。 そんな中で、なんとかこの店は潰れることも無く、順調に売り上げを伸ばしている。 「お客様、とってもお似合いになりますよ。え? あのドレス、ですか? 申し訳ありません、あちらは商品ではないんですよー。ええ、ありがとうございます♪」 中でも評判なのは、店の店長を務めるイリス。 美人で愛想が良く、人に合った服を親身になって探してくれるため、その人柄を買ってリピーターになってくれる客が少なくなかった。 「店長、やっぱり、あのドレス、評判いいじゃないですかぁ。量産すればいいのに……」 「ふふ、ダァメ。あのドレスはね、アタシがこの人って決めた、女性のために作ったものなの。世界で、あのドレスが似合うのは、たった一人だけなのよ♪」 「えぇぇぇぇ……せっかく可愛いのにぃ……。あれ、量産すれば、今以上に売り上げ上がると思うんですけどねぇ……」 「売り上げなんて気にしなぁいの。その人に似合う服。それがウチの信条です」 「はぁ……そんな店長が好きなんですけどね。でも、残念だなぁ。あの服、私も着てみたかったのに」 「あ、わたしもわたしもぉ」 「……こらこら、みんなして、こっち来て……、お客様の相手は誰がしてるの?」 「あ、今、お客様いらっしゃいません♪」 「笑顔で言わないのよ、そういうことは。ほら、棚の服を畳み直すとか、作業はあるでしょ、散った散った」 「はぁい」 声を揃えて散っていく年若い店員たちを見て、イリスは目を細めて優しく笑う。 綺麗な赤のドレスに白い刺繍の入った、シンプルでありながら可愛らしいデザインのドレス。 それは、イリスの認めたたった一人の女性のために作られたもの。 いつか、そのドレスを手渡して、『やっぱり似合う。可愛い♪』と笑顔でその人に伝えたい。 それだけの願望の元に作られた、イリスの珠玉の一品である。 イリスが1人感慨に耽っていると、店のドアが開き、カランカランと来客を告げる音がした。 そこでイリスは我に返り、目を開ける。 「いらっしゃいませー」 と1人の店員が控えめに言い、離れた位置で棚の整理を続ける。 この店のモットーとして、客に声を掛けられるまでは近づかない、というものがある。 こういうお店に慣れていない人は、たったそれだけでも逃げてしまうことがあるための配慮だった。 その客は銀の髪にサングラスを掛けた長身の男だった。 どこにいても目を惹きそうな派手な服。それに見合うだけの体型。 男は少しの間、服を眺めていたが、釈然としないように首を傾げ、店員を探すように店内を見回した。 イリスがすぐにその男に歩み寄る。 「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」 「あー……子供用のワンピースを探してる」 「子供用、ですか。身長はどれくらいでしょう?」 「100……いや、110センチくらいかな」 「色は、どのようなイメージで?」 「うーん……青かな。髪の色が淡いから、ピリッとしてるくらいがいいな」 「女の子、ですよね?」 「ああ。でも、青が似合うんだ、その子は」 男は嬉しそうに笑って、サングラスを外した。 イリスはその目の色に思わずはっとする。 ミカナギと同じ紅玉を思わせる赤い瞳。 けれど、見た目の年齢で明らかに自分より10才ほど年下に見えるので、揺らいだ心を押さえた。 「娘さんへのプレゼントですか?」 「いや、知り合いの娘。もうすぐ、誕生日なんだ」 「そうですか。では、こちらはいかがでしょうか?」 イリスはすぐに自分の頭の中で検索を掛け、目的のワンピースがある場所まで移動し、ハンガーを手に取った。 「色調は青に統一されておりますが、上に行くに従って明るい色になるよう、グラデーションがなされております。いつでも着られる服ではございませんが、お出かけ用などには最適ではないでしょうか」 「ふーん……うん、でも、ちょっとイメージと違うかなぁ」 「そうですか。……それでは……こちらはどうでしょう? メイン色調が青ではないですが、翼をモチーフにして作られたもので、腰の位置のリボンを絞ると、翼のように見えるんです」 「へぇ……子供服ならではのデザインだな」 「はい」 「へぇ……これにしようかな」 「よろしいですか?」 「うん。これ頂戴。お姉さんも綺麗だし、この店入って正解だったな」 「もう、お世辞でお安くは出来ませんよ?」 「いやいや、本音も本音だよ。いくら?」 「あ、ちょっと待ってください」 イリスは小さな電卓をポケットから取り出して数字を叩き、出た数字から1割差し引いた。 「こちらになります」 「んじゃ、これ」 男は革の財布から銀貨を数枚取り出して、イリスの手に乗せた。 「釣りはいいよ」 イリスが差し引いた1割など全く意味がなく、つい、イリスは苦笑を漏らした。 「お客様、見透かしてます?」 「何が?」 「いいえ。それでは、今、お包みいたしますので、もう少々お待ちください」 「……あ、この辺で、お姉さんおすすめのメンズ服のショップある? オレ、そこ見てから帰りに寄るわ」 男は癖のある髪を撫で、ベルトを直しながらそう言って、イリスを見た。 「…………。そうですね、それでしたら、このお店を出て大通りを左に曲がった4つ目の角にあるショップがおすすめですよ。そこの店主さんは、とてもセンスが良いので。その分、割高ではありますが」 「ふーん。サンキュ。見てくるわ」 「はい、お戻りをお待ちしております」 イリスは丁寧にお辞儀をして、男が出て行くのを見送った。 男の姿が見えなくなってから、お店の店員たちが色めきだって、イリスの元に駆け寄ってくる。 「店長いいなぁ、あんなカッコいいお客さんとお話出来て」 「わたしが行こうと思ったら、店長が先に行っちゃうんだもの〜。卑怯ですよぉ」 「卑怯って言われても……誰も動かないから……」 「だって、怯むじゃないですかぁ。ちょっとガラ悪そうだったし」 「……こぉら、見た目でお客様を判断しない。さて、ラッピングしないと」 「あ、それ、私がやりますよぉ」 「そう? じゃ、お願いしようかな」 イリスは持っていたワンピースを手渡した。 そして、先程取り出した服を元の位置へと戻す。 「あ、そういえば、店長宛てに手紙が届いてましたよ? ミカナギって人から」 「え?」 「変わった名前ぇ。東洋人ですか?」 「いえ、違うんじゃないかな」 「男の人ですか? 店長」 「ええ」 「へぇ……もしかして、恋人?」 「もう……、ミカナギ君は友人です。それに恋人だったら、わざわざお店のほうに手紙なんて送ってきません」 「あ、それもそうですねぇ」 「全く……。あ、ほら、お客様よ」 イリスは満面の笑みを浮かべて、ドアが開くと同時に、いらっしゃいませぇと声を発し、先程売れた服の在庫がまだあったかどうかを確認するためにバックヤードへと下がった。 |
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