『イリスへ
 だいぶ、遅くなっちまったけど、オレたちの結婚式をみんなが開いてくれることになりました。
 日取りは21XX年◇月○日。オレたちの、ママの誕生日です。
 冬の寒い時期ですが、オレたちがどうしてもその日にしたかったので。
 もしよかったら、イリスも参加してくれると、嬉しいです』


『ミカナギ君へ
 結婚式おめでとう(^−^)/☆
 結婚5年目で、結婚式、というのは、一体どういう気分でしょう?
 ミカナギ君はマザコンだ、とトワさんから聞いていたので、その日程を聞いても納得です。
 お子さんにも、お母様のお名前を付けるくらいですものね。
 でも、あんまり猫かわいがりしすぎると、トワさんのご機嫌が斜めになりますから気をつけてね。
 彼女を泣かせるようなことがあったら、お姉さんが許しませんからね?
 あ、そうだ。彼女に着て欲しいドレスがあるんです。
 純白のドレスではないけれど、もしよければ、結婚式ではそれを着て貰えると嬉しいな♪』


第九節  あなたと


「サラ、パパとママを起こしてきてくれますか?」
「はぁい♪」
 桜色の長い髪。アメジストを思わせる深い紫の瞳。
 頼りない華奢な肩。深い青のセーラー服がよく似合う、勝気そうな女の子が、台所からの声に、元気に返事をして、バタバタと階段を駆け上がっていった。
 女の子の名前はサラ。今年で5才になる。
 ミカナギが虹の力を使って、世界を元の世界に戻した後、トワが子供を身籠っていることが発覚した。
 サラは、その時の子である。
 木組みの床をギシギシ鳴らして、サラは廊下を駆けていく。
「パーパァ、ごはんできたよぉ!」
 ガチャリとドアを開けて、元気いっぱいに、ミカナギのベッドの上に飛び乗る。
 そして、ミカナギの隣にトワがいることに気が付いて、むっと唇を尖らせる。
 サラにとって、『いちばん』はミカナギなので、必然的に、トワは『らいばる』になる。
「んー……サラァ、おはようのキスは?」
 ミカナギが甘えたような声を出すが、サラはツンと澄まして、ベッドから飛び降りた。
「やぁ。ママとすればいいでしょぉ?」
「へ? ぉわ! なんで、兎環、お前、ここにいるんだよ」
「……寒い……」
「こら、お前、それはオレの布団だ!」
 ミカナギの掛け布団を奪うように引っ張るので、ミカナギは薄手のパジャマだけで、冷えた空気の中にほっぽり出される。
「サラ、私、まだ寝るからツヴァイに……」
「兎環、そりゃ駄目だ。今日はオレたちの結婚式だろ?」
「…………。私、そういう席嫌いなのよね」
「主賓が何を言うか! まぁったく、ごねるのはどこの子だ? ほら、起きなさい、兎環ちゃん。イリスがドレス持ってきてくれるって言ってたんだから。寝癖だらけで会うつもりか?」
 ミカナギはトワの体をくすぐりながら、ふざけるように笑う。
 プラントではないこの空間では、トワには一切の武器がないので、くすぐられて体をよじらせながら笑うだけ。
「ちょっと、もう! どこ触ってるのよ!! バカ」
 サラはそんな2人のやり取りを見上げて、はぁ……とため息を吐く。
 ミカナギがトワの体を軽々と持ち上げて、トンと床に立たせる。
「さ、起きた起きた。娘に起こされるなんて駄目なママだぜ」
「パパだって、そうじゃん」
「ミカナギだって、そうじゃない」
 2人の声がはもり、ミカナギは笑顔のまま、停止した。その後、すぐに素知らぬ顔で、クローゼットまで大股で歩き、パジャマを脱ぐ。
「……私も着替えてこよう」
 トワはサラの手を取って、スタスタとミカナギの部屋を出る。
「ママ?」
「なぁに? サラ」
「サラのせいで、今まで結婚式出来なかったって、ホント?」
「え? 誰が、そんなこと言ったの?」
「……近所の、おばさん……」
 トワはサラの言葉に目を細め、少し考えてから、サラの手を強く握って手をぶんぶんと振った。
「結婚式を今までやらなかったのは、私が渋ったからよ。サラのことは関係ないわ」
「……ホント?」
「ええ」
 トワは普段サラに向けて、それほど笑顔を向けないのだが、その時だけはとても優しく笑うことができた。
 その笑顔に元気付けられたようにサラはトワから離れて、階段を駆け下りてゆく。
「サラ?」
「お皿並べて待ってるから、早く降りて来てね〜♪」
 トワはそんな無邪気な娘の反応に、優しく目を細めた。
 天羽に接するようには出来ないけれど、それでも、精一杯の愛情を、あの子に注いでいるつもりだ。
 トワは先程のサラの言葉を思い返して、ボソッと呟く。
「あのお喋り。今度会ったら、タダじゃ置かないわ」
 ここに小屋を作って住み始めてからずっと、サラの言った近所のおばさんというのは、何の根拠もない2人の噂を作り出しては、広める迷惑な妙齢の女性のことだ。
 見た目的な年令が2人は若く見えるため、年若い駆け落ちカップルだという噂が1番目だった。
 その後、トワがミカナギを尻に敷くような会話をしていたのを聞けば、あそこの奥さんは顔は可愛いけど、性格がちょっとね……という噂。
 ツヴァイが時折朝ごはんを作りに訪ねてくるようになってからは、あそこのご主人は、女を囲っているみたい……という噂。
 ……別に、ミカナギもトワも、そんなことは気にもしないけれど、サラにまでくだらない話が耳に入るのは、正直良いことではない。
 ミカナギがラフなシャツとジーンズに着替えて、部屋を出てきた。
 そして、トワの表情にビクッと肩を揺らす。
「な、なに? どしたの? 兎環ちゃん」
「え?」
「顔。般若みたいになってますけど……」
「…………」
 ミカナギの言葉にすぐにトワは表情を緩める。
「直った?」
「いや、若干、まだ怖い」
 ミカナギは苦笑し、大きな手をトワへ伸ばす。
 むにっとトワの頬を引っ張り、笑う。
「はい、オッケー。か〜わいい〜、兎環ちゃん♪」
「……怒るわよ?」
「駄目駄目。せっかく、可愛いんだから、怒らないの♪」
 ミカナギは朗らかに笑うと、鼻歌混じりで階段を降りてゆく。
 トワは引っ張られたことで、少しだけヒリヒリする頬に触れて、ため息を吐いた。
「……全く。いつまでも、子供なんだから」
 声は優しいまま。
 それは、呆れというよりは、愛を感じる呟き。







「サラ〜、相変わらず可愛いなー♪」
 トワが着替えて階段を降りると、玄関先で、サラを抱き締めて、嬉しそうに笑う氷がいた。
「くすぐったいよぉ……氷ちゃん」
「サラは氷ちゃんと結婚するんだからな? 決定なんだぞ? 分かってるな?」
「他人様の娘抱き締めて、変なこと吹き込むな、このロリコン!」
 ミカナギが氷を吹き飛ばして、サラを奪い取って叫ぶ。
 トワははぁ……とため息を漏らす。
「だぁれがロリコンだ!? ロリコンってのは、お前のところの弟みたいなのを言うんだよ!」
「年齢差じゃ、こっちのほうが犯罪的域だろうが、バッキャロ! この白髪頭!!」
「銀髪だ、銀髪! 誰が、白髪頭だ!!」
「……全く、氷、変わらないわね……」
 トワは頭痛がしそうな頭を押さえながら、静かにそう言った。
 その声で、ようやく氷が気が付いて、トワを見て笑う。
「トワ♪ 相変わらず、綺麗だ。結婚しよう。そうしよう」
「氷、何かあったの? 随分とテンションが高いようだけど……」
「へ? やー、別に。好みの女を見つけたなんてそんなそんな」
 氷は笑いながら、照れるように頭を掻く。
 幸せそうなその様子からすると、上手く行っているのだろうか?
 そうならば良いな……と、トワは心から思う。
「おっはよーございまぁす♪ ミカナギ君宅はこちらでしょうかぁ?」
 玄関の扉が開いて、今度はイリスが元気よく入ってきた。
 30才とは思えない元気のよさは、相変わらず。
「こちらじゃなかったら、どうするつもりだよ、イリス」
 イリスの顔を見て、おかしそうにミカナギが言うと、イリスはお茶目に笑った。
「ドレス、持って来たよ〜。トワさん、さっそく着てみて♪ ……ん?」
 氷が顔を真っ赤にして、振り返る。
 イリスは驚いたように目を見開く。
「え? なんで、氷君がこんなところにいるの?」
「そ、それは、こっちの台詞だ。なんで、お前が……」
「お姉さんは、2人の友達です☆」
 イリスは当然のように答え、お邪魔しまーすと言いながら、トワの隣に並んだ。
 そして、嬉しそうに微笑んで、いそいそと包みの中をトワに見せてくる。
「こんな感じのドレスなんだけど、着てくださる?」
 トワは包みの中を見て、驚いたように唇を尖らせる。
「赤? 私が、赤? ミカナギじゃなくて?」
「ええ。トワさんは、どんな色でも映えると思って。その中でも、この、上品な赤。絶対、似合う。絶対可愛いわ」
 イリスは自信満々に言い切る。
 トワはそんなイリスの言葉に、ほのかに顔を赤らめて、それを誤魔化すように髪を掻き上げる。
 なんとも、この人は不思議な空気を持った人だ。
 5年前に、ヤキモチの対象にしたことなんて嘘のように、心の中に軽やかに入ってくる。
 トワが照れたのが分かったのか、イリスは嬉しそうに目を細めて、はぁぁぁぁ……と息を吐き出す。
「だ、だいじょうぶか? イリス」
「大丈夫。臆病な兎さんに抱きつくなんて。そんなこと、お姉さんはしないわ」
 兎の中身は狼なわけだけれど。
「あ、氷君、もしかして、今日の結婚式出るの? それだったら、いくつか正装用の服、持ってきたから、着る服がないなら、あとで一緒に来て。ホテルにあるから」
「なんだよ、オレが金ないみたいだろ、それじゃ」
「お金はあるだろうけど、フォーマルな服はなさそうだなぁって思っただけよ。要らないなら別に」
「あ、や、行く行く! その辺で、時間潰して待ってっから」
 氷はイリスの冷めた反応に対して悔しそうに目を細めて、そう答え、踵を返す。
「じゃ、朝っぱらから邪魔したな。サラには、オレがこの前あげた服着せてくれよな? 絶対可愛い」
「飯食って待ってればいいのに」
「トワの綺麗な姿は、本番で見てぇんだよ。察せ、チビ」
 ガチャっと扉を開けて、氷は出て行く。
 ミカナギはサラを降ろし、風で開いたままになった扉を閉める。
「イリス、オレたち、まだ飯食ってねぇんだ。着せるの、ちょい待ってくんね?」
「了解。じゃ、アタシもご相伴に預かりましょうかな。トワさんの手作り?」
 イリスが楽しそうに尋ね、トワがフルフルと頭を振る。
「今日は、当番、私じゃないの」
「兎環の料理は、あんまり美味しくな……」
 ミカナギが朗らかに言おうとした瞬間、兎環が背後に回って背中を摘んだ。
「い……か、ら……」
 あまりの痛みにズルズルとその場にへたり込むミカナギ。
 トワはそんなことは気にも留めないように、ニコニコと笑って、イリスをダイニングへと通す。
 サラがミカナギの顔を心配そうに覗き込んでくる。
「パパ、だいじょうぶ?」
「ああ……パパ、大丈夫……」
「ママ、気にしてるんだから、だめよぉ」
 サラの言葉にミカナギは苦笑を漏らした。



*** 第十五章 第八節 第十五章 第十節 ***
トップページへ


inserted by FC2 system