第14章  素直なのか、素直じゃないのか……


 日向は雨都のカバンと、淡雪の母親が作ってくれた3人分のお弁当を持って歩いていた。
 両手が塞がっているから、傘がフラフラと頼りない。
 なんとか、バランスを取って、肩の位置で落ち着ける。
「うっちーのカバン、重い〜。そりゃそうだよねぇ……こんなに本が入ってれば。こんなに本詰め込むくらいなら、痛み止めとか常備しておいたほうがいいと思うけど」
 日向は1人ごちる。
 相も変わらず大きな声で。

 雨都の家の鍵を探そうとして、失礼ながらも、日向は雨都のカバンを漁った。
 そうしたら、出るわ出るわ……参考書に学術書。
 それに加えて、教科書と辞書が入ってるんだから、よくカバンの強度が持っているものだと感心せざるを得ない。
 鍵はカバンの奥底に転がっていた。
 普段の雨都からは想像もつかないほど、カバンの中身は雑然としていた。
「意外とうっちー、ズボラ?」
 と日向は思ったけれど、そのことについては、とりあえず、淡雪には言わなかった。
 カバンの中身を整理して入れ直し、小さなポケットに先生からもらったチョコレートと日向が持っていた痛み止めを忍ばせておいた。
 さすがに、淡雪の目の前で渡せるものでもないから、あとでこっそり教えておこう。
 そう考えてのことだった。

「フラフラ危なっかしいなぁ、チビクロサンボ」
 後ろからそう声を掛けられた。
 日向はその声の主がすぐに分かって、むぅ……と頬を膨らませて振り返る。
「なんだ? 顔だけ男」
 負けじと返す。
 赤い傘をさして、安曇がすぐそこに立っていた。
 おかしそうに口元を吊り上げる。
「まぁったく、まだ、前のこと、根に持ってるのか?」
 からかうように安曇はそう言った。
「うるさいなぁ……。あっくんがチビクロチビクロ言うからでしょう?」
「おぅ。だって、これからの季節、本当にお前チビクロになるじゃねぇか。焼け方も変だし」
「し、仕方ないでしょう?ソフトボールは……半ズボンでスパッツで、長靴下なんだから!」
 ソフトボールをあんまり知らない人が聞くと、微妙によくわからないことを日向が叫ぶ。

 まぁ……簡単に言うと、ソフトボールのユニフォームは、『野球と同じタイプのもの』と、『上は野球と同じタイプで、下がサッカーのようなタイプのもの』がある。
 この高校のユニフォームは後者だった。
 いや、後者のほうが見た目的には好評なのだが……着ているほうはたまったものではない。
 足で露出する部分は膝だけ。
 わかるだろうか?
 つまり、焼けるのは……膝だけなのである。
 そうなると、そのラインに合わせて、スカート丈を考えないといけないし、自然とキュロットやスカートを履く時、暑いにも関わらずハイソックス着用が義務付けられる。
 水着なんて、着れたものじゃない。
 海で焼いて、同じ色合いにすればいいと……日向は去年そう考えて、恥を我慢して焼いたのだが、他の部分が黒くなるのと一緒に膝の部分が更に黒くなって、結局変わらなかった……。
 ソフトボールは好きだったが、そこは難儀するところだ。
 今年は……頑張って、日焼け止めを塗り捲ろうと……日向は密かに決意していた。

「……全く、なんでくだらないことばっかり覚えてるのかな……」
 日向はふんと鼻を鳴らす。
「いやぁ……チビクロサンボのファンだから?」
 安曇は楽しそうにそう言う。
 日向がそれを聞いて顔をしかめる。
 安曇もそれを見て、ニヤリと笑った。
「……性格ブサイク……」
「今、俺、なにか気に障ること言ったか?」
「…………。まぁ、いいや、これ持って」
 悪びれのない安曇の顔を見て、日向はふぅ……とため息をつき、雨都のカバンを持ち上げて言った。
「なんで、俺が?」
 そう言いながらも、歩み寄ってきてひょいと受け取る安曇。
「なんだ、これ……何入ってんだよ」
 重さに顔をしかめつつも、さして重そうな仕種は取らずに日向を睨む。
「十二神教授の勉強道具♪」
 日向は楽になった腕をグルグル回して、空いた手できちんと傘を握った。
 安曇は思い出したようにああ……と言うと、特に気にも留めないように歩き始める。
 ……こうやって、自分が話すこと以外に興味を示さないから、性格ブサイクだというのだ。

「要するに」
 けれど、今日は違った。
「あのお嬢さん家に行く途中な訳ね」
 早足で安曇の隣に並んだ日向に対して、低い声でそう言うと、それ以上は何も言わない。
「付き合ってくれるんだ……」
 日向が感心したように呟く。
 ワンショルダーのバッグを背負い直すと、雨都のカバンも持ち直す。
「持たせといて、何言ってやがる……このクソガキ」
 ちっと舌打ち。
 本当に……配慮のない言葉遣いに、日向は血管が切れる音がした気がした。
「だめだ……」
「ん?」
「お母さんの言ってることがわからない……」
 日向はつい先日、母親が嬉しそうに語った安曇の良さについて考えを巡らせていた。

『でも、ほら、格好いいじゃない、いつも。あれでいて、頑張り屋さんだし、言い方を変えれば、大切な人は大事にしてくれるってことでしょう?人嫌いなのに、雪くんとは仲良くって。なんだか、あつもくんを見ていると、若かりし頃の憧れの人を思い出すのよ。雪乃ちゃんもね、同じなんだって。男は、どこかミステリアスな感じを匂わせているくらいが丁度いいというか』

 日向はその言葉を思い出して首を横に振った。
 この人は、我儘なだけだ。
 いや、有無を言わさず、持たせたのは自分だけど、わざわざ日向の勘に触る言葉を選んでいるようにしか思えない。
 淡雪の親友で……小学校からの知り合いじゃなかったら、絶対に付き合いたくない人間だ。
 遠目から見れば、格好いい?
 違う。絶対にそれはない。

 日向は1人で百面相をしている。
 安曇がおかしそうにそれを見ていた。
「……1人でにらめっこ」
 安曇がぼそっと呟いた。
 その呟きで我に返る。
 慌てておすまし顔をして、安曇を見上げる。
「変な顔」
 安曇は無表情でそう言った。
 日向は言われた瞬間、ぴたっと止まるが、すぐにむくれた。
「なんなのよ〜! いちいち、いちいち〜!!」
「いやぁ……ひなたのファンだから」
 安曇は意地悪げに微笑んでそう言うと、日向の手からお弁当の入った袋も取り上げる。
「雪乃ちゃん、何作ってくれた?俺の好きなきんぴら入ってる?」
 中に入ったタッパーを覗きながら、日向に尋ねる。
 日向は慌てて、ブンブン腕を振った。
「だめだよぉ……3人分しか作ってもらってないんだから、食べちゃ!」
「なんだよ、ケチ。報酬ないなら、持ってってやらねーぞ」
 しょうがないとでも言うように、覗くのをやめて、袋を持ち直す。
 なんだかんだで、一応素直に従うのが、彼が悪い人ではないと、日向でも思える所以か。

「まさか……それも持ってくれるの?」
「ピョンピョコピョンピョコ跳ねると、せっかくの雪乃ちゃんの飯が台無しになるじゃねぇか」
「そこか……」
 日向は悔しそうに拳を握る。

 安曇はしてやったり顔で笑うと、
「雪はお嬢さんのところにいるんだろ? ここにいないってことは」
 そう言って、目の前に迫ってきたお屋敷を見上げる。
 このへんの家は大体、どこも大きいのだが、それの比じゃない。
 日向もつられてお屋敷を見上げて、そう思った。
「雪ちゃんに送っていってって頼んだからね」
「……ふーん……じゃ、雪から報酬頂くか。どっかのケチなカニ頭はくれないみたいだから」
「ケチ、ケチって……」
「そういや、お前も、心が広いよなぁ」
「え?」
 さっきまでケチだなんだと罵っておきながら、今度は一変してそんなことを口にする安曇に戸惑う日向。

 日向はピョンピョンと庭の敷石を踏みしめながら、安曇を見上げた。
 はぁーぁ……とため息をつくと、立ち止まった。
 日向も、次の石を踏んだところで止まる。
「普通、やらないぜ? 好きな男にあんな綺麗な子送らせるなんて」
「え……だって……」
「鈍感お気楽チビクロサンボ」
「なっ……!」
 日向がまたむくれそうになったけれど、安曇は傘を立て直して真剣な声で言った。
「あの2人……なんかあるぜ。そう思う」
「まぁた、あっくん、あたしのこと、からかおうとして……」
「ああ、あっくんのいつもの意地悪だ。流せばいい」
 笑ってかわそうとする日向に、安曇はそれだけ言うと、スタスタと玄関まで歩いていき、傘をすぼめて、閉じた。

 日向はその言葉に戸惑う。
 いつもと違って……安曇はからかい口調じゃなかった……。
 雨がポツポツと傘を鳴らす。
 山の木々が、風に吹かれてザワザワと音を立てるのが聞こえた。
 さすがに、高台に来ると、こういう音が鮮明だ。

 安曇が呼び鈴を鳴らそうと扉の前まで行ったので、日向も慌てて、玄関まで駆けていく。
 傘をパチンと閉じて、安曇に持たせていた袋とカバンを受け取った。
 安曇がゆっくりと呼び鈴を押す。

 ピンポーン……

 屋敷の中に、その音が響いたのがわかった。

 結構待っても、返事がなかった。

「あれ?」
「…………?」
 日向も安曇も首を傾げる。

「まさか……なぁ……」
 安曇はそう呟いて、日向を見る。
 安曇の意図する『まさか』を掴みかねて、日向は首を傾げる。
 ……が、安曇は乱暴にガチャリと扉を押し開けた。

 広い玄関がそこに広がっていた。
 外の外観と同じく、中も白を基調としていた。
 おしゃれなインテリアが目を引く。
「うっちー! 雪ちゃん? ご飯持って来たよ〜」
 日向が玄関口に入りながら、そう声をかける。

 すると……ガタガタ……バサバサ……という音が響いて、次の瞬間、ドドーンと大きな音が二階から聞こえるとともに、屋敷がにわかに震えた。
「痛ってぇ……」
 淡雪の情けない声が聞こえた。
「い、委員長……平気?」
 慌てたような雨都の声もした。

 その声に日向はほっと胸を撫で下ろす。
 その安堵が何を意味したのかはわからなかった。
 元気いっぱいに、日向はもう1度呼びかける。

「うっちー、雪ちゃ〜ん!持って来たよ〜。きんぴらたくさん作ってもらったよ〜!」
「あ……きんぴらあるんじゃねぇか。さっき、しらばっくれやがって」
 安曇が不機嫌そうにそんな言葉を口にする。
 たまには日向だって、してやったりで笑いたいのだ。
 日向は、安曇にベーと舌を出して、してやったり顔を向けた。
 すると、安曇は傘を壁に立てかけて、グリグリ……と日向の頭に拳を押し付けた。
「チビがいい度胸だなぁ」
 安曇が意地悪くそう言って、口元を吊り上げた。
「痛い〜……」
 日向は、必死にその拳を振り払うと、涙目で髪の毛を整える。
 むぅ……とむくれて、安曇を睨むと、安曇は楽しそうにニッコリと悪びれもない笑顔をこちらに向けた。

 日向と安曇が睨みあいを続ける中、2人が2階から下りてきた。
 雨都は心配そうに淡雪を見上げ、淡雪は痛そうに腰を押さえていた。



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